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茶会では恋を探しています

 貴族令嬢たちが集まる茶会は華やか。

 そして、そこに群がる貴族令息たちも華やか。


 わたしも負けないぐらい着飾っている。髪と目の色が茶系で地味だから、少しでも華やかになりたい。張り合うとかではなくて、綺麗に見られたいのが女心というものだ。


 城の庭に準備された会場に着くと、さり気なく視線を動かした。顔見知りがいるグループにまだ言葉を交わしたことのない人がいる。


「うふふ、今日は期待が持てるかも!」

「ミシェルお嬢さま……お願いしますから、くれぐれもおしとやかに」

「わかっているわよ。でも、少しでも素敵な人と恋人になりたいじゃない?」


 王妃主催のお茶会ほど、沢山の貴族令息令嬢が集まるものはない。

 夜会? 夜会は駄目よ。下心を盛った獣ばかりだから。それにお酒が入ってしまうと、大したことでなくても、とてもよく見えてしまうという弊害もある。


 だから、この茶会は期待値が高い。上は王族、下は騎士爵まで幅広く参加するのだから。もちろん王族に簡単に近寄ることなどできないけれども、そこはどうでもいい。そもそも王族や高位貴族には興味はない。狙うは伯爵家以下の人たち。自由な恋愛を楽しもうと思ったら、高すぎる身分は結構邪魔。


 気合を入れていれば、お目付け役のフランシスカが嘆いた。


「どうして伯爵家の跡取りであるミシェルお嬢さまがそこまでガツガツする必要があるのですか」

「物語みたいな、熱く燃えるような恋をしてみたいからよ」


 わざとらしく目の前で嘆かれて、気持ちが下がった。彼女はわたしの三つ年上だけど、淑女を体現したような女性。結婚前提でない恋愛にはいつも否定的だ。


 わたしの恋愛のためには、フランシスカをどうにかする必要があるみたい。彼女は親戚筋の男爵家の三女で、わたしにとってはお姉さんみたいな人だけども、ずっと小言を言われるのは勘弁してほしい。


「ねえ、フランシスカもお相手を見つけに行っていいのよ?」

「ありがとうございます。ですが、本日は目を離すなと奥様から()()お願いされておりますので」

「お母さまが?」


 出かけ際にお母さまが何やら色々言っていたことを思い出す。先日、夜会で危うく休憩部屋に引きずり込まれるところだったから、すごく心配しているのだろう。あれは確かにまずかった。


「ですから、お行儀良く過ごしてください」

「はあーい」


 気のない返事を返せば、フランシスカが青筋を立てた。どうしようかとぐるりと視線を泳がせると、親戚の親戚の友人だったと思われる男性を見つけた。名前は忘れてしまったけど、前にフランシスカと親しく話していたのを見た覚えがある。二人は幼馴染の関係だったはず。

 急いでその彼に声をかけた。


「ごきげんよう」

「ああ、これはスウィントン伯爵令嬢」


 爽やかな笑みを浮かべた彼は、わたしの隣に立つフランシスカにちらりと目を向ける。


「もし、お約束がないようなら彼女と少し話をしたいのだが」

「ええ、よろしいですわ」

「ミシェル様!」


 ぎょっとしたフランシスカは鋭い声を上げた。だけど彼はにこやかにフランシスカの手を取った。フランシスカはわたしを理由にいつも縁談を断っているとお母さまから聞いていた。多分彼が何度も断られている人だ。顔を真っ赤にして手を振り払わないフランシスカを見れば、彼のことを嫌いじゃないと思うのだけど。


「フランシスカ、わたし、挨拶に行ってくるわね。じゃあ」

「じゃあ、ではありません!」


 声を荒げているけれども、気にしない。さて、わたしもいい人、見つけよう。

 この人生もあと一年足らず。できる限り恋愛を楽しみたいから、早く見つけたい。


 知り合いに笑顔で挨拶をしながら、人と人の間を歩いていく。


 婚約者がいる人は婚約者といることが多い。でも、わたしのようにまだ特定の相手がいない令嬢もそれなりの数存在する。この国では貴族の結婚は政略的なところも大きいが、あまり性格が合わないのも上手くいかないということで恋愛の自由さはあった。


「ミシェル、ごきげんよう」


 そう声をかけてきたのは侯爵令嬢のジョゼフィン様。

 彼女は金の髪に青い瞳をしていて、とても華やかな容姿をしている。一緒に並ぶと地味な色合いのわたしなんて霞んでしまう。


「ごきげんよう、ジョゼフィン様。今日はお一人ですか?」


 彼女はすでに婚約者がいて、とても仲がいい。いつもならべったりとしているのに一人でいるなんて珍しい。


「そうよ。たまにはいいでしょう?」


 いたずらっ子のような顔をして彼女はウィンクする。その仕草一つとっても、下品にならず可愛らしいのだから、世の中不公平だ。


「一人にするわけないよね」

「エディ」


 すぐにジョゼフィン様の後ろから婚約者のエディ様が来た。隣国の公爵家の方で、ジョゼフィン様を溺愛している。この二人を見ていて、夢中になれる恋がしたいと思ったの。


 今まで生きることに重点を置いていたから、何とか自分の死を回避しようとあがいていた。


 でも何をしても、どんなに行動を変えても、十歳に戻って十八歳の時に必ず同じ事故で死ぬ。

 それを繰り返すこと五回。


 六回目の十歳の朝を迎えた時、こういう運命だとようやく理解した。繰り返す理由はわからないけれども、わたしの人生は八年間を何度も何度も繰り返す。


 回避することに神経を尖らせるよりも、楽しんだ方がいいと初めて思えた。そう決めた矢先に、出会ったのがジョゼフィン様だった。今までにない出来事。わたしの心ひとつで、簡単に未来が変わったことに驚いたものだ。


「ミシェル嬢。僕たちと一緒に来てほしい。紹介したい人がいるんだ」

「紹介、ですか?」


 今まで何度も顔を合わせていたけれども、紹介だなんて初めてだ。目を丸くすれば、エディ様が肩を竦めた。


「ああ。ちょっとギスギスしている奴だから、挨拶をしてみて一緒にいるのが無理だと思ったら離れていい」


 ちょっと不安な説明だけども、上位貴族の彼に言われてしまえば、ついていく選択肢しかない。もうちょっと会場を漁りたかったのにな、と恨めしく思う。


「挨拶が終わったら、わたくしと一緒に会場を回りましょう。何人か、紹介することができてよ」

「ありがとうございます」


 やっぱりジョゼフィン様は女神さまだわ。



「ランバートだ」


 この国の第三王子ランバート様がにこりともしないで名乗った。エディ様の友人と聞いていたので、相手は高位貴族だろうとは思っていたけど、まさか王族とは。

 ちらりとランバート様の隣に立つエディ様を恨めしく見やった。彼はごめんね、と声に出さずに唇だけ動かして伝えてくる。挨拶を貰ってしまったのだから、返さないわけにはいかない。


 ジョゼフィン様に鍛えられたカーテシーを披露する。


「初めまして。スウィントン伯爵家長女ミシェルでございます」

「頭を上げてほしい。君も他の令嬢と同じように、エディに無理やり連れてこられたのだろう」


 その通りです、とは言えずに曖昧に微笑んだ。ランバート様の噂は色々聞いている。

 二人の兄王子とは違い、髪は黒で目の色は珍しい紫色。王族の中で時々現れる色であっても、現在の王族には誰一人この色を持っていないのでとても目立つ。稀有な色を持って生まれ、顔立ちも美しいと有名な側室によく似ている。

 ただ、栄養失調かと思うほどガリガリに痩せ、思いつめたような眼差しとくっきりとした目の下のクマがどうにも近寄りがたいものにしている。一言で言えば、骸骨が服を着て歩いている。


 その近寄りがたい容姿は野心たっぷりの令嬢達すらも距離を置くほど。王族という血筋であり、いずれは臣籍降下して王族として相応しい爵位と領地を貰うにもかかわらずだ。


 でも。

 ちょっと理解できるかも。

 切羽詰まっている理由はわからないけど、わたしも死を回避しようと必死になっていた時。絶望と期待に浮き沈みが激しく、負の感情に囚われ食事など何日も食べない時もあった。あの時は周りの事なんて見ることができずに、随分と心配をかけたものだ。


 理解できると、勝手に同情に近い感情を抱いた。


「ランバート様、ミシェルはわたくしのお友達ですの」

「友達? ジョゼフィンに友達なんていたのか。てっきり嫌われ者かと」

「喧嘩を売っていますの? 殴りますよ」


 ジョゼフィン様は怒りでランバート様を睨みつけながら、力いっぱい扇子を握りしめる。ぎしりとなんだか不穏な音が聞こえたような気がした。


「いや、そうじゃない。友達……友達か。まてよ、いつもと違うな」


 ブツブツと何やら呟き始めて、一人思考の渦に落ちていった。それを目の前で見ていて、呆気に取られてしまう。


 とりあえず、ヤバい人だと認識した。うん、離れるべき。


「……あの、わたし、これで失礼しても?」


 恐る恐る告げてみた。エディ様も離れていいと言っていたし、大丈夫なはず。


「ちょっと待ってくれ! 君の右胸を見せてもらえないか!?」

「初対面の令嬢に何を言っているのよ! この変態!」


 ランバート様がわたしの両手を握りしめて迫ったところで、ジョゼフィン様の扇子が彼の頭を直撃した。



 右胸を見せてほしいと言われて、息が止まるほど驚いた。


 昼間のお茶会のことを思い出し、はあっと大きく息を吐く。


 寝台に横になったまま、寝着の上から右胸を押さえた。ここには人生を繰り返した証がある。一回目の繰り返しの時には変な痣ができたとしか思わなかった。二回目の時、小さな痣が二つになったことで、もしかしたらという疑問が湧いた。


 三度目、四度目、五度目、を繰り返すと痣は円を描くように配置され、それは何かの花のように見えた。そして六回目の今回、一つの花の模様となった。恐らく、回数を重ねるごとに花びらの痣が増え、花が描かれていくのだろう。そんな予想ができるほど、人工的な痣だった。


「何で知っているのかしら」

「その痣は、王家の祝福を使った回数だからだ」


 突然、男の声がしてぎょっとした。体を起こせば、窓の側に誰かがいる。窓からの月の光が逆光になって、顔がよくわからない。ごくりと唾を飲み込み、枕を握りしめた。


「胸を、胸を見せてもらえないか」

「き……」


 悲鳴をあげようとしたところで、彼はさっと近寄るとわたしの口を大きな手でふさいだ。ふがふがともがくような声しか出ないが、掴んだ枕を振り回し、思いっきり暴れる。


「落ち着けって! あまり暴れられると僕の骨が折れるっ!」


 落ち着いていられるか、と怒鳴り返したいところだが思い切り口を塞がれてできない。きっと強く睨みつけたところで、押さえ込んでいるのが誰であるのか気が付いた。


 びっくりして見つめれば、わたしが気が付いたことが分かったのだろう。


「声を出すなよ」


 そう言いながら、ランバート様はゆっくりと離れていった。その隙をついて、大きく息を吸った。


「きゃ……ふがふが」

「まったく。油断も隙もない。何もしない。ただ、確認したかっただけだ」


 いやいやいや。

 乙女の寝室に夜中に侵入してくる時点で、敵でしかない。そんな思いを込めて睨めば、彼はため息をついた。


「ああ、うん。君の言いたいことはわかっている。でも僕には時間がないんだ」


 答えることはできずに、下から睨みつけていればランバート様は困ったような顔をした。


「六回目だろう? 君が死ぬまであと十か月と少し」

「!」


 驚きすぎて、固まった。わたしがもう騒がないと思ったのか、ランバート様がわたしの上からどいた。


「そのループは王家の祝福で行われているんだ。次が最後のループになる」

「最後?」

「そう。七回目で成就しなければ、もう戻ることはない」

「ええええーーーーっ!」


 衝撃的な事実に、お腹の底から大声を上げた。


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