贋恋文4
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そんな稀有な邂逅があったことなど知らぬ深山一座では、ほとんどの座員たちが手紙を広げる雪之丞の周りにわらわらと集まってきていた。
「妹御がおられたのですか」
とポツリと呟いたのは江戸詰めだった助三の家・本多家の中間だった文治だ。その言葉に噛みついたのは小平太。ともに深山一座の裏方でそれぞれ本多家と片桐家(雪之丞の家)との中間だった二人で、同じ中間同士で気があっているようである。
「は? おまえ、おきくどのを知らぬとあれば相当な半ちくだぞ」
などと年配の小平太が小バカにするように言う。藩内では片桐家の娘(雪之丞の姉の方)といえば三国一の器量良しで評判だったし、おきくも幼い頃より将来を嘱望されていたのである。とはいえ、秋山藩がお取り潰しとなった二年前にはその美貌を謳われるにはいささか早すぎた。
だがまあ、間近に雪之丞という美女(笑)を目にしているのでは、その女兄妹への期待値も高まろうというものだ。ましてやおきくは雪之丞の一つ下というから、今まさに花も恥じらうお年頃である。
「―――雪や、おきくどのが江戸へ参られるのか」
座頭の惣右衛門が口を開いた。
「はあ…その、左様でございます」
雪之丞も戸惑いがちに言葉を返す。ばらりと膝上に広げたのは二通目の手紙、一通目の手紙を出した後すぐに追いかけるように書かれたもので、一通目の並飛脚を早飛脚が追いかけ追いつき結局一通目と同時に届いたものである。早飛脚といえば相当に金のかかるものなのだが、よほどに切羽詰まっていたらしい。
「本当にあの子ときたらお転婆で…」
雪之丞が諦念を色濃く漂わせながら嘆息した。
皆にはさぞや美しくなるであろうと嘱望されていたおきくだったが、本人はといえばそれが逆にプレッシャーだったのか、小さな頃から女らしいことに反発してばかりであった。挙げ句、女だてらに道場通いである。しかも手裏剣投げに関しては藩内で指折りの腕前だった。
見た目はクールビューティ系のキリリとした美形だが、中身はそうでもないらしい。雪之丞に言わせるところによれば、四人兄妹の末っ子で年の離れた兄と自分とですっかり甘やかしてしまった、と。ねだられて朝倉一刀流の道場に通うことも許してしまったのだ。確かに片桐家は代々藩の剣術指南役を務めていた家柄でおなごにも武道を奨励してはいたが、あそこまで熱心に剣術を納めていたのは珍しく、小さな頃には本当に少年剣士にしか見えなかったらしい。藩をあげての御前試合の時には兄を応援していた中でまだほんの赤子であったというのに『わたくちもでりゅ、あにうにぇのカタチをとりましゅ』と言っていたという。
「その時のあの子ときたら、本当に可愛らしくって…」
と呟いた雪之丞は結局のところ立派なシスコンであった。
そう言った後ですぐに表情を曇らせた雪之丞が、
「―――だと言うのに…片桐の家を継ぐのはもうあの子しかいないというに―――」
ぎりりと噛み締めた口元からこぼした言葉には誰もが何も返しようもなかった。
「雪や。して、おきくどのはいつ江戸へ?」
とりなすように発せられた惣右衛門の言葉に、雪之丞はもう一度手紙に目を落としくるりくるりと紙を開いていき、
「あ…」
と呟いた。
「あの子はひどく健脚ですから…この日付でしたらもう―――」
その言葉に被せるように、
「ごめんくださーい!」
元気一杯のアルトの声が、芝新明宮の一角に建てられた芝居小屋の、その隅から隅まで響き渡ったのだった。