贋恋文20
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「さあさあ、本日の演目は『曽我兄弟の仇討ち話』だよ! 見ていきねえな、面白いよぉー!」
深山一座の芝居小屋の木戸番の軽快な口上を聞く者は誰もいなかった。
「………」
客が集まらなかったという意味ではない。押し寄せた客がただ一点を声もなく見つめていたからである。
スタン!
と、きれいに的に刺さった手裏剣は棒手裏剣の一種で短刀型手裏剣である。それが縦横に5列4段、二十本ほどが整然と並んでいた。最初の一本が的の左端に当たった瞬間、見物客から揶揄する声が上がったものの立て続けにその隣へ、次にはその下へ段を作る辺りになって見物客から一切の声がなくなった。
しかも、そのスゴ技をやって見せているのがこれまたとんでもない美少年ときているのだから、度肝を抜かれるどころの話ではない。
菊弥は懐に仕込んだ手裏剣すべてを投げ終えペコリと一礼をして、つかつかと的に近づき刺さった手裏剣を引き抜きだした。
「ウワォォォ~!」
静まり返っていた観客が一転、割れんばかりの拍手と歓声でもって彼女(シーッ!)を迎えた。菊弥は照れたように少しはにかんで、それでも姿勢を正してもう一度ペコリと頭を下げる。
「さてさて、皆さま、当一座に新たに仲間入りしましたこの者、なんと当一座の看板女形・雪之丞の弟にて菊弥と申します。舞台には上がりませぬがこうして皆さま方のお目に触れることもございましょう故、どうぞご贔屓にお願い致しまする」
木戸番が口上を述べた途端に、
「キャー」
という黄色い声。さっそく『菊弥さまぁ~』と声をかける女たち。初日よりも格段にその数を増やしている。
そんな光景を雪之丞はそっと影から見守った。
「中々の人気じゃあありませんか」
「おや? これは伊勢屋の大旦那―――おそれいります」
菊弥を誉められて雪之丞は少し嬉しそうだ。声をかけてきたのは廻船問屋伊勢屋の大旦那で、雪之丞のファンクラブ会長の亭主である(ファンクラブ会長は大おかみの方)。雪之丞がいつもの様子とは違って《兄》の顔をしているのが興味深かったようだ。
「舞台に出したらどうだね。人気者になると思うがねえ」
菊弥を役者にするつもりはないと周知してあるため、伊勢屋の大旦那はそう言って残念がった。雪之丞はそんな伊勢屋に向かって『ふふっ』と笑んで、
「…ご定法に触れてしまいますから…」(←女歌舞伎禁止のご定法)
思わせ振りに答えた。
「―――ああ、なるほどねえ。しかし、残念だねえ」(若衆歌舞伎のご定法に触れるほど若いのかぁ)
雪之丞と伊勢屋の大旦那は噛み合わない会話を『あはは』『うふふ』と続けながらも、じっと手裏剣を投げる菊弥を見守っていた。
そんな二人とはまた別の物陰で、やはり菊弥を見守る男がもう一人。
吉三の口上に合わせてニコニコと手を振る菊弥を眺めながら、両腕で頭を抱えずるずるとその場にしゃがみこむ。
(あ~、よかったぁぁぁ!―――女…女かぁ~)
心の底から安堵する助三であった。
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本田助三郎! アウトォォォーーーー!!!
( ゜∀゜)人(゜∀゜ )
とりあえず第二話完結です。
亀更新、どころかミジンコ更新でした。次回からも変わらずミジンコ更新のままだと思いますが、ながーい目で見てください。m(_ _)m
ミジンコはぎりぎり肉眼で見えます。見えます、見えますよね? ね?
次回は第三話「贋花嫁」
↑これの読み方は「はなよめ」です。贋茶碗もちゃわん、贋恋文もこいぶみ、とお読みください。最終話だけ「茶碗」となっています。読み方はちゃわんって当たり前か。
第三話「贋花嫁」
「ようやく来ましたね、おみよちゃんが待ってますよ。早く行っておあげなさい」
「俺はやくざです。こんな俺がおみよと一緒になれるわけはねえ。ですから、俺はこのまんまおみよには会わずに江戸を出やす。ただ、おみよに伝えておくんなせえ。意にそまぬ、助平親父と夫婦んなるのだけはやめてくれってね」
「―――待って! 駒吉っつぁん! こまきっつぁーん!」
ってな感じのお話。
ちなみにこの時の雪之丞の格好は綿帽子を被った花嫁姿です。