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2、もしも、モモがサンタクロースだったら 

*バルクライ視点にて

 ジュノール会社主催のクリスマスパーティで、両親の招いた年配のご婦人の話し相手をしていたバルクライは、いつ相手を振り切ろうかとタイミングを計っていた。相手が見合いの打診まで始めたのでのらりくらりと交わすのは慣れた作業とはいえ、実のない話は疲れるものだ。クリスマスくらいは気の知れた仲間と穏やかな時間を過ごしたかったのが本音である。


 とはいえ、会社の社長を務める父親のメンツを守るためにも最低限の付き合いはしておくのはジュノール一家に生まれた以上は義務であった。ご婦人より奥から人の波間を上手くかわしながら兄のジュノラスがやってくる姿が見える。バルクライはこれを逃す手はないと目で合図を送った。さすがに半分とはいえ血が繋がった兄である。バルクライの状況を察してくれたようだ。


「バルクライ! こっちに来てくれ」


「ああ。──話の途中で申し訳ありませんが、兄が呼んでいますので」


「あら、残念ですわね。ところで、私の娘とのお見合いの件はいつ頃がよろしいかしら?」


「オレはまだ会社についても勉強中の身ですから婚姻は考えられません。お嬢さんには他に相応しい方がいらっしゃるでしょう。では、失礼」


 再び口を開こうとするご婦人を冷静に遮り、バルクライは兄の元に足早に進む。そして声を落として礼を伝えた。


「すまない、助かった」


「弟の窮地に駆けつけるのは兄の役目だからな」


「初耳だ」


「兄のルールその十に書かれてるんだよ。後はオレが誤魔化しておくから、抜けてもいいぞ。せっかくのクリスマスなのに接待だけじゃあ、つまらないだろう」


「ありがたいが、兄さんの負担が増えるだろう?」


「心配するな。オレは腹の探り合いも笑顔で出来る。それに、バルクライよりも口が上手い」


「それは認めるところだな。わかった、後は任せる。なにかあれば連絡を」


「ああ、いい夜を。さて、オレはケーキを全種類制覇しに行こうかな」


 甘党のジュノラスの冗談に聞こえない言葉にふっと笑いを漏らすと、バルクライはネクタイを緩めながら裏先に出ることにした。パーティ会場は中で庭は解放されていないので、ちょうどいい。その時スマホが震えた。パーティ中に鳴らすのはマナー違反なので、マナーモードにしておいたのである。表示されているのは気心知れた相手、キルマージだ。バルクライは通話をタッチする。


「どうした、キルマ?」


『そちらはまだ会場ですか? 今、カイと飲みに出ているのですよ。明日私達もパーティをするというのに、どうしても飲みに出たいときかなくて。もし、抜けられるならいつものバーにいらして下さい』


「そうか。オレもちょうど抜けたところで──……なんだ?」


『え? どうなさったのです?』


 バルクライはスマホから耳を放すと、どこからか聞こえるなにかに耳をすます。周囲を見回して、ふと夜空を見上げるとなにかが落ちてきている。


「……あああ……」


「あれは、子供かっ? ──後でかけ直す!」


「ひゃああああ──っ、たしゅけてほしいのぉぉぉぉっ!!」


 叫びながら落ちてくるのは声からして幼い子供のようだ。バルクライは通話を切ると咄嗟に落下地点に駆け出して両腕を空に広げる。一瞬後、腕に思いのほか柔らかな衝撃があった。


「……怪我はないか?」


「ふぐっ、うえっ、あり、ありがどうっ、おにいしゃん!」


 落ちて来たのは幼女のようだ。三歳? いや、五歳くらいかもしれない。目を放せなくなるほど大きな黒い瞳に黒い髪、異国風の愛嬌のある顔立ちをしている。幼女はボロボロと涙を零しながら健気にもお礼を伝えてくる。柔らかで温かな身体をそっと地面におろしてやるとその格好がサンタクロースを模したものであると気づく。白い布で出来たリュックを背負っており、目元をごしごし手で拭っている。


 バルクライはスーツの胸元から青いハンカチを取り出すと幼女の目元にそっとあててやった。幼い子供の扱いは知らないので、ぎこちない仕草で小さな背中を撫でててみる。やがて幼女の嗚咽が落ち着いてきた。どうやら撫でたのは正解だったらしい。バルクライは幼女の様子を注意深く眺めながら尋ねる。


「落ち着いたようだな。オレはバルクライという。お前の名は? なぜ空から落ちて来た?」


「あの、その、私はミニサンタクロースの桃子です! みんなからはモモって呼ばれてるの。今日はクリスマスだからね、私たちみたいなお子様組もプレゼントを配るお仕事を手伝っているんだよ。それで、私も配達先に向かっていたんだけど、お友達のギルにソリを蹴られちゃって、びっくりしたトナカイが爆走したの。それで、ソリから振り落とされちゃった。魔法で衝撃を軽くしようと頑張ったんだけど、バルさんは大丈夫だった?」


 バルクライは話の所々で疑問を抱いたものの、モモの目があまりにも澄んでいたのと、空から降ってきた状況、そして腕にかかった衝撃が不思議なほど少なかったことを総合的に判断して、この話をひとまず信じることにした。


「オレは問題ない。話は理解した。ミニサンタクロースという存在は初めて聞くが、モモの抱えているのは子供たちへのプレゼントということだな?」


「そうなの! だけど、トナカイがどっか行っちゃったからこのままじゃ配れない……」


 再び目を潤ませるモモに、バルクライは頭の中で計算をする。クリスマスイブからクリスマスにかけてはこの国の人間は夜通し騒ぐのが通例だ。車の行き来もいつもより多い。ならば、車で移動するよりもバイクが適している。幸いにもバルクライはバイクの免許は持っていた。


「足がないのならば、オレが連れていこう。プレゼントの数はいくつで場所はわかるか?」


「えっと、プレゼントは十個で、場所はこの地図に書いてあるよ。だけど、本当に手伝ってもらっていいの? バルさんのクリスマスが減っちゃうよ?」


「構わない。この後は飲みに行くくらいしか予定はない」


「じゃあ、あの、お願いします!」


「わかった。まずは足を手に入れる。少し待っていてくれ。──オレだ。ロン、バイクの用意を頼めるか?」


 バルクライはスマホで執事に電話をかけながら、神妙な面持ちのモモの頭をひと撫でした。




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