表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/38

13.高校デビュー


「う~む……分からん……」

 男子便所に入って数分、鏡を前に竜胆は頬を抓り、耳を引っ張り、大口を覗き込み、いろいろと変顔をしてみた。いや、変顔をしたかったわけじゃない。人外の面相にならないか、いろいろ試しただけだ。

 どう見ても人間の顔のままだった。

(……かと言って、自分の認識が正しいかどうかなんて、自分だけじゃあ分からんもんだしなぁ……)

 それでも後ろ向きな思考に捉われる竜胆だったが、長々とトイレに籠っているわけにもいかない。人を待たせているのだ。

「すみません!お待たせして……!」

 慌てたふりをして廊下に出ると、1-Dクラスの担任教師が、じっと空気に溶け込むように穏やかに待ってくれていた。

 竜胆の属するというクラスの担任の甘野老(あまどころ)教諭は、おそらく定年間近であろう、年老いた物静かな男性だった。小柄な体躯は枯れ木のように細く、猫背な姿勢もあって、目を離すとふっと消え去ってしまいそうな儚げな雰囲気を感じる。金銀蓮花に引き合わされて以降、職員室で学校説明をしてくれたのだが、話し口調も実にのんびりしたもので性格も柔和、今も竜胆にしばらく待たされたというのに、ただ野暮ったい黒縁の丸眼鏡の奥から穏やかな視線を向けてくるだけだ。不平のひとつも口にしない。清潔な白いワイシャツの上には、毛玉ひとつないあずき色のセーターを身に着け、スラックスズボンにはピシッと折り目がついている。真っ白な量の多い髪は乱れひとつなく丁寧に梳かれていた。どう見ても几帳面で礼儀正しい、優しいおじいさん教師だ。しかし並みの学校ならいざ知らず、荒れた噂をよく聞くこんな高校にはふさわしくないっぽい。それとも、噂が間違っているのだろうか?

「あの……噂を聞いたことあるんですけど……」

 先を歩き出した教師に、竜胆は気がかりに尋ねた。「この学校、少し荒れてるって、ホントですか?」

「そうだねぇ……」足を止めることなく、物静かに甘野老は答えてくれた。「そういうところも、あるかもしれないねぇ……」

「はぁ……」

 竜胆は押し黙った。糠に釘、みたいな感じだった。

 今は休み時間らしく、廊下のそこここで駄弁っている生徒の姿が目に付く。やはり男子生徒が圧倒的に多い。使い捨て兵士の収穫所みたいな場所だけに当然か。そして大体の生徒が、制服を着崩していた。数少ない女生徒のスカートも、やたらと短い。

 ちなみに、甘野老は竜胆に制服も用立ててくれた。ずっと病衣だったので、やっと恥ずかしくない服に戻った気がする。教科書も全教科一式を貰えた。こういうのは実費がかかると思ったのだが、いいのだろうか。金がないので、払いたくても払えないのだが。

 廊下を歩いている途中に、授業開始のチャイムが鳴り始めて、竜胆が気が急いた。これでは、授業中に入室する羽目になるのではないか?静まり返った教室で、生徒たちの注視する下、あんた誰?みたいな視線を浴びながら着席する自分を想像をすると、心臓が酷く落ち着かない。

 なのに、教師は全然慌てない。足取りは変わらず悠然としている。一見普通に歩いているのに、足音が一切ないのも、全然急ぐ気がない風にも見て取れる。

 一周回って、この教師、やっぱり大物では?などと焦燥感があらぬ思考を巡らせているうち、『1-D』の札の掛かった教室に辿り着いた甘野老は悠然と扉を開けて教壇に立ち、竜胆を招き入れた。良かった、あとは勝手に座っとけ、みたいな感じにならなくて!

 「あ~……今日は~新しいクラスメートを、紹介します」

 チャイムが鳴り終わったが、甘野老教諭はゆったりとしたしわがれ声で竜胆の紹介を始めた。もしかすると、次の授業はこの先生が担当なのか?だったら、なんとなく安心だ。

「あ~、天草竜胆君です。彼は~一昨年に入学を決めていたものの~体調が悪くて登校できませんでした~。新学期開始から数日たっていますが~、同じクラスの仲間として~これから仲良くしてあげてください~」

 ゆるくてぬるい口調に、まるで自分が小学生ぐらいに戻ったかのように錯覚した。面映ゆい紹介だ。

 途中で、別の教師がやってきた。印象を裏切って、甘野老がこの時間担当というわけではなかったらしい。だが、老教師は会釈しただけで場を退こうとはしなかった。いいのか?

「あの……天草竜胆です。よろしくお願いします」

 上ずった声で最短の自己紹介をすると、パチパチパチ、と1人分の拍手が湧いた。翔摩だ。それに合わせてばらばらと各所で拍手が鳴えう。クラスの人数は……32名か。たったこれだけから、あいつの顔を見つけ出せなかったとは。1年ぶりの学校に平静を失っているらしい。

「では、天草君の席は……え~~~……どこだったかな」

 メモ帳を取り出し、眼鏡の角度を変える。遠近両用か。後ろで授業教師がいらいらし始めていることに、竜胆は身が縮む思いになった。甘野老からも見えているはずだが。

「……そうそう、窓際の後ろから3つめだった」と眼鏡の角度をまた変えて空席を確認し、平手で席を指し示した。「隣の生徒は更科君だ。……ああ、知り合いだったっけね」

 はい、と短く答える竜胆に、老教師はまた柔和な笑顔を見せ、「じゃ、私は、授業があるから……」

 そう言い残すと、授業教師に丁寧に会釈して教室を出て行った。最後の最後まで、自分のペースを崩すことはなかった。ていうか、この時間、授業を持ってたんだ。実にマイペース過ぎる。

 ひとりになって、竜胆はぬるい笑みで頭を低くしながら、机の間を通り抜けた。

 じろじろ見てくる気配だけで不安を感じる。気の強い奴なら、こんな状況でも物怖じしなかったりするのだろうか?

 ふと、ヒヤッと背筋を冷たいものが走った。

 クラス内をそっと見渡すと、翔摩以外、だいたいは無関心な顔つきだったが、なぜか一部からの視線が鋭い。特に廊下側の席の一番後ろの男。厳つい顔つきの眼鏡の生徒が、竜胆を露骨に睨みつけている。当然、見覚えなんかない。

(できるだけ関わり合いにならない方が良さそうだな……)と竜胆はこの時思ったのだ。

 その男の名前は宇坪克羅。今から2時間も経たないうちに、彼とはぶつかり合う羽目になる。




 竜胆を甘野老教諭に任せて校長室に戻った金銀蓮花は、後ろ手で扉に鍵をかけた。そして自分専用机に歩み寄り、おもむろに固定電話の受話器を取り上げる。押すボタンは短縮ダイヤルではなく、11桁の番号だ。何も見ずに押せるあたり、記憶力がすごいのか、番号を押し慣れているのか――。

「……」

 呼び出し音の間、金銀蓮花は目の前の鉢植えを引き寄せると、じっと目を凝らし始めた。

 呼び出し音が消える。

「あ、月貫Drですか?私、金銀蓮花ガガブタです。朝から何度もお電話を差し上げて申し訳ありません」

 金銀蓮花の名前は気に食わないが、この場では忌避感はない。――ある特定の血族に対し、この名前は強制力を持つからだ。

「ところで」鉢植えを撫でながら、金銀蓮花は声のトーンを落として言った。「診察室ではなく、人けのないところに移動できませんか?はい、右後ろの窓際の看護師さん、聞き耳を立ててますよ?……そうですね、ベランダに出ていただけたら。今は誰もいないようです」

 金銀蓮花の見ているのは鉢植えだけだ。なのに医師の周囲の様子は手に取るようにわかるのか、しばらくして満足げに頷いた。「そうですね、そこなら大丈夫です。上も下も誰もいません。

 ――では、改めて聞きたいのですが、天草竜胆の退院許可を出したようですね」

 金銀蓮花の声質ががらりと変わった。

 良く通る、澄んだ声なのは変わらない。なのに、底冷えのする声音には聴く者を怯えさせる強い気配があった。

「……自分でも分からない、ですって?不自然にも思わなかったと?冗談じゃありません、あなたは何をされてか分かっているのですか?

 ――天草竜胆は、妖物化病に3年以上も耐え続けた……。この意味が分かりますよね?その間魔力に燻ぶられ、熟成され、それでいて年齢も若い。また、単独で悪魔につっかかっていくような激しい意志の強さもある。性癖に多少難はあるものの、素体として稀有な逸材です」

 いや、年齢はもう少し低い方が良かった。それは医師も当然分かっているはずだ。だが、『反論できるのに黙らせる』ことに意味がある。ボスたるもの、失敗した手下には、多少なりとも罰を与えねばならないのだ。

「……彼はしばらくこちらで様子を見ます。変わりがありましたら、また手続きをお願いすることになると思います」

 相手が畏まっているのを見計らい、金銀蓮花は許しを与える事にした。Drに非が無いのは始めから分かっていた。彼は、悪魔猫に操られただけなのだ。

 竜胆の話とも総合し、あの悪魔猫の能力は徐々に明らかになりつつある。とはいえ、本質はまだまだ掴めてはいない。格的に、メインとなるもっとすごい能力がありそうだ。

 悪魔猫が地上に出てきた目的だって不明だ。権力闘争に負けた?それだけならばいいのだが。武力で進撃する奴らなら慣れているし分かり易い。搦め手を突いてくるような異質な相手の場合、攻撃を受けた事にすら気づけず、それと知った時にはすでに手遅れ、なんて事もあり得る。  

 しかし、あの悪魔猫を捉えることは可能だろうか。誰にも気づかれずに、どこへでも侵入できる上、逃走能力にも長けているのに。

「……いえ、極めて元気にしています。急変する様子は少ないと思われます」

 他に異常がないことを確認しているうち、Drは竜胆の容体を気にしてきた。それもそうだ、余命1ヵ月と診断しておいて、放置は医者の本分が許すまい。

 だが、悪魔に改造された、なんてことは言えない。金銀蓮花の正気を疑うことはないだろうが、研究材料に欲しがりそうだし、彼の体の秘密が外にばれるのは極力避けなければ。Drの忠誠心を疑ってはいないものの、人の口に戸は建てられないことも知っている。竜胆には決して病院に立ち入らせないようにしよう。

「彼は私に任せておいてください。全責任は、私が負います」話を断ち切るつもりでそう言った金銀蓮花は、トドメのつもりで言葉を繋いだ。「心配いりません。さすが、『あの男』の子、と言ったところでしょうか?」

 そう――金銀蓮花は、始めから天草家をある程度知っていた。元々監視対象だったからだ。

「妹もどうやら天使属性を持っている様ですし、自殺したという姉も……ええ、個人的に彼女を知っていますが、自殺するような殊勝な奴じゃない、状況的にもおそらく、生きています……確証がないので彼には言えませんが……」

 そろそろ話を切り上げよう。

「……計画は完全に狂いましたが、こちらとしても観察を続行する予定です。ええ、日頃の手を流用して、上手くうちの学校に潜り込ませることができましたし。ただ、少々キナ臭いことになるかもしれません。ご協力、よろしくおねがいします。……くれぐれも、外部には漏れないように。はい、こちらこそ。では、また」

 受話器を置いて、金銀蓮花は、「は~」とため息をついて虚空を見詰めた。

 本当の事を言うと――竜胆に妙な手術をする気は全くなかった。第二次成長期に達した者で、死霊兵化に成功した例はない。失敗が確定している手術など、彼を苦しめるだけだ。

 金銀蓮花にあったのは、純粋に――何の力を持たない人間が、たった一人で悪魔に立ち向かったこと、その勇気への深い尊敬の念だった。

(なのに、悪魔に変えられてしまう、なんてね……)

 妙な事になった。彼女自身の経験はもちろん、噂にすら聞いたことのない事態だ。

 解明には、あの悪魔猫との接触が必要不可欠だ。何の目的で、人間を悪魔に変えてしまったか。

 正直言って、悪魔猫の目論見が判明するまで、竜胆は監禁しておきたかった。本人にその気がなくとも、他の人間に害を為す可能性が皆無ではなかったからだ。

 だが、彼の行動が尊敬できた故に、無体なことはしたくなかったのがひとつ。

 もうひとつ、彼に優しくする理由は、

(あの悪魔猫は、高度な生体改造の技術を持っている……)

 人間を悪魔に変えることができるのならば。

(別の、異質な状態の者だって、きちんとした人間に治すことは可能なのでは……?)

 ――竜胆がモエギと呼ぶ、おそらくは上級悪魔。

 操れると油断する気はないが、どことなく理解し合える相手のような気がした。竜胆自身の言うとおり、悪魔猫は彼を助けるために行動していたとしか思えないのだ。

 だからこそ。竜胆を慮ってやれば、翻って当の悪魔猫にも恩を売れるのではないか――?

(姑息な……)

 ぐったりと椅子にもたれて、金銀蓮花は苦渋のため息をついた。

 校長は別件の、もっと重要な事件に動いている。助力を仰ぐにも、まだ早い。

「あの悪魔猫、どこにいったのかしら……。なんとしても見つけ出さなければ」

(でないと――)

 フッ、と口元に笑みを浮かんだ。

(早く出てこないと……私が竜胆を取ってしまうかもね……)

 スマホが低く振動し、金銀蓮花は画面を持ち上げた。敷島木蓮の名前が表示されている。

「私よ……緊急かしら」

《そうかも知れねぇな》

 ぶっきらぼうな木蓮の声は、見た目が大人の男性だったにもかかわらず、甲高い少年の声だった。だが、金銀蓮花は不審に思わない。だって彼の本体は、13歳になったばかりの少年でしかないことを知っている。

 声には、聞きづらい雑音が混じっていた。

「今はどこ?」

《例の牛乳配達所の1階だ。倉庫から出てきたところだが、確かにあれは悪魔の秘密実験室っぽいな》

「悪魔猫や、別の悪魔の存在は?」

《いや、いない。気配もねぇな。それなりに警戒してたんだが。

それより実験室内部だ。あれはかなり奇妙だな》

「くわしく」

 校長の机のスイッチを押すと壁の一部が移動し、裏から巨大な液晶パネルが現れた。続く操作で、銀葉市の詳細な地図が映し出される。更に操作すると、当の元牛乳配達店がズームアップした。詳しい説明の表示つきだ。

 権利者の名前や敷地面積、建物の外観などが映し出される。廃業は20年前らしい。

《……あの悪魔の工作は、配管配置一つとっても工学的には無茶苦茶だな。何処にもつながっていないコード、ループしているパイプ、安定感も何もなく妙な角度で機材同士が接着され、なにより電源が繋がっていない。他にも異常な点は山ほどあるが、常識で見ると不気味さを演出する現代アートってところか。

 だが、全部の機材に所狭しと落書きされた線や文字、あれは魔法術式だな。

 縦横8メートル程度の倉庫に、大小40もの機材が置かれ、それらにびっしりと魔法術式と、魔力の痕跡を残すラインが記されている。記録はしたが、解読はたぶん無理だろう。目を引くのは、パイプでつながれた人が入れる大きさの水槽が二つ。どちらも底の方にヘドロのような溶液が溜まっていた。サンプルは取ったが、おそらく臭いがきついと思う。開ける時には気をつけてくれ。ただ、竜胆の話の通り、水槽の上の方にまで水の溜まっていた形跡があった。彼の出た後、水が蒸発したか、排水したか。ちなみに、水槽には排水溝は見当たらない。

 ――そして設備全体に劣化が始まっている。基盤に無茶な電力を通した後みたいだ。あれほどの規模のものを作り上げながら、1回使い切りの設備らしい。1度だけで十分だったのか、急造だったのか》

「その両方でしょう」金銀蓮花は即答した。竜胆を人間から悪魔へと作り替えるための設備だ。大仰であっても、役目はもう終えたと見ていい。

「あなた達に使えそうな技術は見つかった?」

 それが何より重要だ、と力を込めて金銀蓮花は言った。しかし、返ってきた答えは否定的だった。

《いや、どうやら分野が違う気がする。全体の写真は撮ったし、できるだけの痕跡は覚えたが、役に立つとは思えない。その悪魔猫本人に協力して貰わなければ意味が無いだろうな》

「それが出来れば苦労はしないわ」

《あと――これが問題だが、爆弾めいたものを見つけた。魔力を帯びたものに影響を与える爆弾だ》

 木蓮の声が一層クリアになった。車の音も聞こえる。建物の外に出たようだ。

《高電磁波で機械だけ壊す魔力版ってとこかな。直観だが》

「あなたのESPは私とそうは変わらない」多少の謙遜を込めて金銀蓮花は言った。「あなたがいうのなら、きっとそうなんでしょう。……危害半径は推測できる?」

《たぶん、屋内だけだ。威力は未知数だが、魔力の通った場所だけを破壊し、建物には損壊を与えないと思う。爆弾の起爆システムは不明。タイマーがあるのか、スイッチがあるのか……。お嬢はどう思う?》

「天草君が出て行ってしまったのなら、設備の存続理由はない。爆弾を仕掛けたのなら、とっとと爆発させてしまえばいい」

 廃店の周囲をズームアップした。廃店の周囲の家は、無人だ。20年前にここにコロッセオが建てられた時、住民のほとんどが出て行った。そして3年前、立て続けに悪魔がネストから這い出てきた頃に、残ったすべての住民が去っていったと聞いている。動いているのは、工場街の一部と、スクラップ場ぐらいだろう。

「まだ爆発させないのは、単に爆破準備をしただけだったか、時限爆弾で、たった今もタイマーが作動中ってとこかしらね……天草君が出て行ったことに製作者が気付いているか、気づいていないかで判断が変わってくるけれども……」

 あの悪魔猫が実験室近辺にいる、とはあまり考えてはいなかった。竜胆に否定して見せたように、膨大な手間を駆使して造り上げたであろう実験体を、むざむざ逃がしはするまい。うっかり逃して所在を見失いながら、自分で戻ってくることを期待するほど敵は間抜けだろうか。一応、それを仮定して竜胆を行かせなかったのだが。

 そして、木蓮なら悪魔猫が使うらしい精神操作にも対抗できる。他に仲間の悪魔がいたとしても、木蓮ならあまり心配いらない。閉所ならば、『彼の能力』は最大限に発揮される。

 しかし、魔法爆弾を仕掛けられて留まる手は無いだろう。木蓮もまた、魔法的存在なのだから。

《更に可能性があると言えば、俺が近づいてきたから、爆破を取りやめたとかな》

「悪魔相手に性善説を振りかざすなんて、気が知れないわね」

 金銀蓮花の皮肉に、木蓮は通話の先で肩をすくめた気がした。

《じゃあ、今から帰る》

「気を付けて」

 通話を切って、金銀蓮花はぼんやりと液晶パネルを見詰めた。銀葉市全体図に戻す。

 悪魔猫の追跡はしたい。しかし、ある程度の目安がついていなければ疲労するだけだ。

(そういえば、エンジュちゃんからの連絡がないわね……)

 液晶パネルを操作した。飛び交う世間の電話の通話内容が文字となって表示されて上から下へと流れていく。 

 そこから警察署の通話情報をピックアップした。

 想像通りなら、エンジュちゃんはどこかで気絶して倒れているのだろう。だが、警察にそんな情報は寄せられていはいない。かと言って、犯罪に巻き込まれたはずもない。あの状態のエンジュちゃんに手を出せば、触れるだけでエナジーを吸い取られて、ただでは済まない。

(そうか、エナジードレイン……)

 昨日の朝、竜胆が極端に弱っていたのは、あの悪魔猫にエナジードレインを受けたからだと思い当たった。限界まで魔力を失った『悪魔』や『天使』は、自動的に触れたものの魔力を奪おうとしかねない。並の人間は魔力を持っていないから、酷い痛撃を与えて苦痛から魔力を生成させ、それを吸収しようとする。竜胆の場合、始めから妖物化病で魔力に親和性があった。魔力を生み出すことが可能な状態だったのだ。ただ、生み出した魔力は自分の体を維持するために限界まで使われていたはずだ。それを奪われたから、体調が悪化してしまったのだ。

(もしや、あの悪魔猫はそれを苦に病んで借りを返そうと?)

 だが、そんな義理堅い悪魔なんているだろうか。まさに性善説の妄想だ。

 会ってみて、本人に訊いてみるしかないわね、などと思って首を振り、改めて金銀蓮花はエンジュに連絡を取ろうとスマホの画面を翳した途端、メールが入った。

 金銀蓮花は眉をしかめた。

『敷島木蓮』の表示がある。

(なんでメール?通話を終えたばかりなのに……)

 不吉な予感を感じながらメールを開いてみて、彼女は凍り付いた。

 内容は短い。

『お嬢、俺の後ろに何かがついてきている』

 多少テンパッてもいるのだろう。そこで文章は途切れ、また短い着信があった。

『振り返ったが誰もいない』

『指示をくれ』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ