表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/38

11.悪魔猫


「あなたは授業に出なさい」玄関ホールで、金銀蓮花ガガブタは翔摩に鋭い目を向けた。「私たちは校長室で話をするから」

「待てよ!俺も気になるぜ!なんてったって腐れ縁の親友だからな!」

 一瞬、金銀蓮花の眠たげな瞳の奥の眼光に気圧された翔摩だが、退くものかとばかりに胸を張る。ちょうど予鈴のチャイムが鳴り響いたが、気にしない。

 金銀蓮花は、じっと得体のしれない強さで翔摩を見つめていたが、同じ視線を今度は竜胆へと向けた。

「そうね、判断は天草君にしてもらいましょうか」

「え?オレが?」

「ええ、まず私があなたの話を聞く」

 す、と自分の胸に手を当てる金銀蓮花。「それに対する私の見解を聞いて、その上で更科君に話すかどうか、天草君が決めるの。どうかしら」

「オレは隠し事なんて――」

「ただし。3日は時間を空けてもらうわ」竜胆の言葉に覆いかぶせるように金銀蓮花が告げた。「それほど、この件は深刻な内容を含んでいるの。場合によれば、人の生き死ににも関りがあるかもしれない。いくら親友でも、親友だからこそ話せない内容も、天草君は聞いてしまう可能性がある」

「そんなに大層な話なのか?」翔摩は動揺する視線を竜胆に向けた。

「……」竜胆も同じことを問いたかった。

 健常な体になって舞い上がる気持ちはあったが、あの不気味な機械群を思い浮かべると、一気に萎える。触れてはならないものに触れて、呪われてしまった心情だ。そもそも、事態の全容がまるで把握できない。ただ、人類には不治であった病を一日で完治させてしまった技術の重大さを鑑みると、金銀蓮花の言葉も、あながち翔摩を追い払いたいだけのブラフとは言い切れない。

「3日は、空き過ぎてないか?」そう言うのがやっとだった。「オレだって馬鹿じゃない。1日で何を言うべきか判断がつくと思う」

「……判ったわ。あなたが責任を持つというのであれば」

 そう言うと、翔摩のことを忘れた様に身を翻し、金銀蓮花は来客用玄関へと歩み去って行く。う~む、やっぱり、ただのブラフっぽい。

「すまんショーマ。また、な」

 ぼそぼそと謝辞を述べると、戸惑う翔摩を置いて、竜胆は少女を追いかけた。

「なあ……」十分距離を離して、小声で前へ声をかける。「そんなに凄い話なのか?」

「その話は、着いてからよ。ここでは話さないで」

 にべもなく少女は応え、来客用玄関から入った2人は、階段を上がった。どうやらこの学校は上履き制度がなく、ずっと下靴で良いようだ。

 やがて、生徒の姿が途絶え、教員らしき大人達がメインで歩む廊下を肩身を狭くしながらついていき、重厚な扉の前で金銀蓮花は足を止めて振り返った。「ここよ」

 見上げると、『校長室』とある。

「おお……」

 唖然と部屋札を見上げる竜胆に気にせず、金銀蓮花はわが部屋のように扉を開けると、中へと竜胆を招き入れ、扉を閉めた。

「お、お邪魔します……」

 おずおずと校長室に足を踏み入れた竜胆は、ぐるりと室内を見渡した。十畳ほどの部屋に応接セットが置かれ、執務机が2つ並んでいる。窓には分厚いカーテンがかかり、別方向の扉は――職員室にでも繋がっているのだろうか、そちらから人のざわめきが遠く聞こえていた。残りの壁を覆うのは、書類棚とトロフィー類の棚、そして所狭しと置かれた観葉植物の山だった。

 翔摩に聞いた話を思い出す。

(なるほど、校長の娘の趣味ってやつか……)

 しかし、これは置き過ぎではなかろうか。違和感を感じる程の緑の物量だった。世話も大変だろうに。

 その時、パッと部屋の照明がついて、金銀蓮花は応接セットに座るよう竜胆に仕草で伝えると、自身は執務机の一方についた。やはりというか、その机の上には小さな鉢植えがある。

「?」あれ?と違和感がよぎった。竜胆達が入った時、部屋には分厚いカーテンがかかり、照明もついていなかった。だから真っ暗だったはずだ。なのに、なんで室内の細部まで見えたのだろうか?

 それに、光の見え方も気にかかった。なんだろう、光に濃度と言うか、厚みを感じる。まるで、反射した光が重なり合うのが見えるというか、どれだけ反射しあった光が連なっているかが分かるような感じだ。その光量も、光源から遠くなるに従って減衰しているのが分かる。

 そんな光の見え方は、生まれて初めてだった。この部屋が特別なのか?

 ……いや、思えば、目覚めた謎の機械の部屋だって、光源がほぼ無かったが、きちんと見えていた。異常は、きっと今朝目覚めてからのものなのだろう。それ以降に照明の灯った暗い部屋に入ったのは、今が初めてだから顕著に感じるのであって、屋外では気づきにくいのかもしれない。

「さて」

 自分の視界に戸惑う竜胆の態度をよそに、金銀蓮花は組んだ指の上に顎を乗せ、モノ問いたげな視線を向けた。「早速で悪いんだけど、昨日からのこと、順を追って話してもらえるかしら」

 説明も何もなく、金銀蓮花は主題に入った。

「お、おう……」

 だが、不思議と反発する気は起きない。なんというか、彼女の言うとおりに行動することこそが、自然に感じる。これがカリスマと言うものだろうか。背は、竜胆の方が少しだけ大きいのに。

 ソファに座っているので、どうしても少女の顔を見上げる姿勢だった。それだけで委縮する気分だ。とはいえ、話を聞いてもらいたいがためにここまで来たのだ。ありのままを話すしかない。

「……なにか、妙な思い込みで勘違いをしている部分もあるかもしれないが……」

 頭が変になった、と思われにくいよう予防線を張ってから、竜胆は昨夜に病院で目覚めてからの出来事を詳しく話し始めた。

 金銀蓮花は、疑問をさしはさむことも無く、真面目な顔で彼の話を傾注し続けた。

 ただ、タクシーを追い駆けていた妹のいた辺りで、光の柱が突き立ったことに「ああ、あれがあの子の……」と呟いて唖然としていたり、不気味な機械群の部屋で裸で目覚めたというところで、妙に鋭い眼光を煌めかせたりもしたが、別段、話の内容を小馬鹿にしたりする風もなく、すべて真実の話であるかのように受け入れてくれる風だった。

 ――話を聞き終えた後、彼女は両頬を両手で支えて机に肘をつき、考え事をするかのように鉢植えをじっと見つめた。しばらくして目をつむる。考えをまとめているらしい。

「……ちょっと再確認したいんだけど」

 やがて、じっと目を開けた金銀蓮花が聞いてきた。「その女の子、猫目だったのね」

 そこを最初に気にするのか。

「そう見えたと思ったんだけど……」

 タクシーの助手席の女の子が、逃げていったあの猫モエギちゃんだという推測すら話してある。その辺りで笑われそうと思ったのに、金銀蓮花は尚の事きりりと視線を鋭くしただけだった。

「そっか」

 一呼吸置き、深刻な表情で髪をかき上げた金銀蓮花は、唇を噛んであらぬ方を見つめていた。言おうか言うまいか悩んでいる風だ。

「……実は天草君にはね、その猫について、聞いてもらいたいことがあるの」

 意を決したか、息を殺す口調で金銀蓮花は口を開いた。

「モエギちゃんについて?」

「……。うん、その……モエギちゃんについて」ちょっとイヤそうに名前で詰まりつつ、彼女は言葉を続けた。「その子はね……あなたには信じにくい事なのかもしれないけれど……きっと、悪魔だと思うわ」

「は?」気圧されてきた感情が不意に消えた気がした。そんな馬鹿な!

「いや、そんなはずはない。あんな悪魔がいてたまるか!だって猫なんだぞ!悪魔図鑑にだって見たことない。それにモエギちゃんは、ナメクジの悪魔に襲われてたんだ?悪魔が仲間を襲ったりなんて、するのか?」

「認められない気持ち、分かるわ」反駁する竜胆の疑問を、さも当然のように彼女は受け止めた。「だって人間社会には、まるで知られていないもの。そんな悪魔がいるって」

「モエギちゃんは悪魔ではなく、猫だ。そりゃ悪魔的に可愛いのは認めるが」

「……」金銀蓮花の冷静な瞳に、イラっとした色が灯った。何か変なことを言ったか?いや、100%真実しか言ってない。

「だいたいだ」竜胆は言い募った。「悪魔が人間に懐くか?オレを庇ってくれるのか?なによりあんなに愛らしいか?可愛いか?そりゃ、透明になったり人間に化けたりするのは普通の猫には難しいかもしれないが」

「難しいじゃないでしょ?出来ないでしょ?普通の猫は、そんなこと」すごく面倒くさそうに反論すると、金銀蓮花はため息の後、とつとつと話し出した。

「あの猫はね、実は追跡していたのよ。昨日の朝の時点で疑わしい点があったから。でも動きが巧妙で捉えきれなかった。高度なステルススキルがあるのだったら納得ね」

「疑わしいって?」竜胆は眉をしかめた。

「……」どう悦明したらいいのか、金銀蓮花は考えあぐねているようだった。ついには、目を逸らしてぽつりと言う。「色が変でしょ?」

「それは認める。あんな色のイエネコはいない」

「でしょ?だから――」

「しかし!」竜胆は金銀蓮花の言葉を聞いていなかった。「この世には、たくさんの猫種がいる。世界には、まだオレの知らない猫がいるかもしれないんだ。知っているだろうか?猫は古代エジプトで飼われ始めて以来、人の手によって様々な変化を遂げてきた。そしてきっと、今もって変化を続けているだろう。

 ――だからきっと、モエギちゃんは、きっと新しい時代の猫なんだ!いわば未来の猫、猫の歴史の先にいる可能性の猫なんだよ!つまり、彼女の救うことは、猫の未来を救うことに等しい――」

「うるさい」

 ついに、バン!と金銀蓮花は机をたたいた。そして豹変ぶりにびっくりしている竜胆に指を突き付ける。「あんたは二言目には猫だ猫だとうるさいのよ。こっちも色々と忙しいのよ!前の悪魔災害も収まっていないし、政情もキナ臭いし、これ以上妙な悪魔騒ぎは御免なの!そりゃ猫は可愛いわ、可愛いわよ!それは分かるけど、あんたは自分で言ったでしょ?」

「何を?」

「人間に変身する猫がどこにいるのよ!」

「……。あ~」真面目な顔で竜胆は頷いた。「そう言われたらそうなんだが……困ったな」

「何が困るのか言ってみてくれるかしら?」荒れた息を整えて金銀蓮花はジト目で見た。

「でもさ、それは昨夜の話だろ?結果論で話を進められても」

「結果的に怪しすぎると判明した猫を、あらかじめ怪しいと判断して、追跡したことの何が悪いか説明してくれるかしら?」

「……推定無罪の原則かな。いや、ごめん、確かに」

 斬りつけるような目つきの金銀蓮花に、竜胆は弁解するように平手を向けた。「し、しかし、なんで怪しいって感じたんだ?昨日の朝に何かあったのか?」

「そうね……」机の上で組んだ両手指に額を乗せて、彼女ははぁ、とため息一つ。「回りくどく言っても、あなたは猫を擁護するだけだから手っ取り早く言うわ……あの猫にはね」

「モエギちゃん」

「……。モエギちゃんにね……」少女の組んだ手指がぎしりと鳴った。「……魔力を感じたのよ。地上のまっとうな生き物には存在しない、地獄に生まれた者しか持ちえない、悪魔の力をね」

「いや、だからと言って……ん、魔力?」

 魔力だって?魅力でなくて?しかし、ここで猫の魅力を語るとまた怒られそうだ。「んあー……その魔力、というものが、もし仮にあったとしてもだ。……悪魔というのは飛躍し過ぎてやしないか?そもそも悪魔っていうのはさ、もっとこう、暴力的で、知性の低い、むやみと暴れまわる化け物だろ?」

「悪魔にはさまざまなタイプがあるのよ。人間社会にはあまり知られてはいないけれど」金銀蓮花は有無を言わせぬ口調だった。「地上に出てくる悪魔は、そう、あなたの言う通り無差別に人を襲うようなモンスタータイプが多いわね……でも。あなたは悪魔がなぜ地上に出てくるか知ってる?」

「ああ」悪魔図鑑の内容は、子供の頃に一言一句頭の中に叩き込んである。「苦しめた人間の魂が好物なので、食べに来てるんだろ?」

「……子供向けの答えだけど、まあ半分だけ正解だわ」金銀蓮花は頷いた。「正確には、人が強烈な感情を持つと、体に微量の魔力が発生するの。あまりにも微量なので、物理的な効果は発揮しえない。

 強い感情であれば、悦びであろうが、怒りであろうが、悲しみであろうが構わない。でも、魔力は徐々に消失していくものなので、より感情が高まったところが悪魔にとって一番の食べごろなの」

「食べごろ?」なんだか嫌な言い方だ。人間がエサ、みたいな。だが、続く話は、もっとエゲツないものだった。

「余裕がある場合、悪魔はまず体の一部を喰らうことが多いわね」物静かに金銀蓮花が教える。「そして更に苦しんで魔力が膨らんだところでもう1口、もっと苦しめてもう1口、餌の血と肉に籠った魔力を、時間をかけて味わうのよ。悪魔によっては、自分流に一番美味な苦しめ方を弁えている者だっているみたいね。そうやって、悪魔はエネルギーを補給するものだけれど」

「……」

「顔色が悪いわよ?」蔑む、というほどではないが、金銀蓮花が微かに微笑んだ。

「い、いや、気にしないでくれ……」悪魔が人を襲うまでは理解していたが、襲い方までは考えたことがなかった。そして、自分や自分の家族や友人がそうやって喰われてしまう姿を想像したら――。

「でもね、地上でどんなに殺戮を繰り返したとしても、悪魔が地上に出てくる理由にはならないの。……だって、『地獄』には魔力が溢れているはずだもの。地上で罪を犯して堕ちてきた膨大な数の亡者を地獄で拷問し続けることによってね。肉体を持たない亡者は死ぬことはなく、延々と魔力を生み出され続けている。そこで得られる膨大な魔力に比べると、どんなに頑張ったって地上で得られる量なんて微々たるものなのよ」

「地獄に落とされる亡者?」子供向けなのは、どっちなんだ。「いや、オレが言っているのは悪魔の住んでいる地獄だ。悪い事したら閻魔様に舌を抜かれるとか、そんな御伽噺的なものじゃなくって、現実の――」

「現実にそうなのよ。これは、歴史的な機関が調査をした結果、分かったことなの。確かにオトギ話的ではあるけれども」少しばつが悪そうに金銀蓮花は言った。まずいことを言った、みたいな顔つきだ。「認めなさい、悪魔が存在する以上、存在を維持させる環境がある。地の底にある地獄なんて見たことないでしょう?でも、悪魔はそこから現れる、現れると言われている。実際の地獄がどんなものか、どんな原理と理屈で成り立っているのか、あなたには説明できるの?」

「それは……」竜胆は思考を巡らせた。地獄には地獄のバイオームがあるはずなので、無理に地上の理屈に合わせる必要はない。とはいえ、金銀蓮花の説明を打ち消せるだけの論拠もなかった。それは認めざるを得ないだろう。

「まだ納得いかないという顔だけど……まあいいわ、話を続けるわね」幾分か迷いを感じさせる口調だったが、「悪魔にもっとも適した環境は魔力に溢れた地獄、との前提で考えてちょうだい。人間で言えば、水と緑にあふれた環境よ、食べ物はいくらでも採れ、空気も美味しい、素敵な世界。でも――そうね、人間の例を続けると、かつて人類の祖先はアフリカで誕生したと言うわ。その頃のアフリカは、緑溢れる豊饒な大地だったと言われている。なのに、多くの人類がそこを離れて砂漠や、寒冷地帯まで進出していったのはなぜ?」

「その過程は、まだ確定していないと思うけど」

「私だって人類史は詳しくないわ。推論でいいのよ、推論で」

「……そうだな。人口が増えて、食べ物が足りなくなったから、かもしれないし」あちこちで続く紛争や侵略を考えたら分かる。人間は協力し合えるが、我の強い生き物でもある。「戦争や迫害があって、争いから逃れたかったからかも知れない」

「悪魔の状況は、まさにそれよ」金銀蓮花は深く椅子にもたれ、合掌するように左右の手の平を合わせた。「悪魔同士の繋がり合いは、正直全然分からない。でも、他者よりもっと、たくさんの魔力を集め、領土を我が物にし、自分の取り分を多くしようとしたら、当然他の人の取り分が少なくなるわね」

「自然法か、地獄の……」

 より快適に生きるために自分の権利を突き詰めていけば、おのずと他人の権利と衝突する。しかし、

「地獄は無限に魔力を生み出せるんじゃないのか?亡者が死なず、永遠に苦しめて魔力を生み出せられるのなら」

「無限に生み出せるエネルギーなんてものは存在しない」金銀蓮花はきっぱりと言った。「仮にそういったモノが地上にあったと仮定するわね。……人類は仲良くそれを分け合えると思う?」

「分け合えるさ、いずれ」

「希望はいつだってあるものよ。叶うかどうかは別にして」やんわりと竜胆の言葉を否定する。「現状、膨大な力があれば、それをできるだけ取り込み、自分のために使おうとする。できるだけ自分だけ得したい。力がある者こそがより力を得、富を得られる弱肉強食こそが世の習いだわ。人間は、そう――そして、たぶん悪魔にとってもね」

「だから……なんだよ」

「地上に出てくる悪魔は、地獄での生存競争に負けた存在ってことよ」

 金銀蓮花は断言した。「地上に近づけば近づくほど、すなわち地獄から離れれば離れるほど、地獄から供給される魔力は薄れ、生存に適した量は得られなくなる。強い力を持った悪魔は存在するためだけでも、より多くの魔力が必要になるものだから、なおさら地上に出て来難く、押し出されるように弱い悪魔がやってくる。生存に適した環境を求めて、ね」

 魔力はエネルギー量なのだろうか、それとも、人間にとっての酸素みたいなものだろうか?いや、どっちも含まれている気がする。

「それじゃあ……悪魔同士が地獄で共食いをしてるみたいじゃないか。でも、そんな社会が成立しうるのか?」

「しうるのよ。……だって、人間は王様だろうが奴隷だろうが、同じ肉体を持った同種の生き物なんだから。でも、悪魔は違う。おそらくは生得的な能力に、違いがありすぎる。いわば、悪魔同士に食物連鎖のヒエラルキーが存在すると言ったところかしら。弱い者はただ餌になり、強い者は肥え太る。そんな世界ね」

「だから、あのナメクジは萌黄ちゃんを襲ったのか?自分よりも弱い相手だから」

「あの猫が弱いかどうかは置いておくとして……地獄と地上では事情が違うの」金銀蓮花は噛んで含めるように言う。「共食いなんて、普通はしない。だって、地上に出てきた段階で同じ弱い者同士、戦えば無傷ではいられない。共食いで得た魔力よりも、失う魔力の方が多くなるのは避けたくなるものよ。

 ――それより、地上には手ごろなエサがいっぱいいるじゃない」

「えさ?」

「人間」そっけなく金銀蓮花は言う。「地上の武器は、悪魔を傷つけるには弱すぎる。通常ダメージカット率9割以上。高位悪魔になるともっと高い。それが地上における悪魔の特性。悪魔同士だとその優位性が消えるから、なおさら互いには戦わない。稀に、どうしても地獄に居づらくなって地上に出てくる大悪魔もいるけれども、それは生存競争に負けた上に敵が多過ぎたからよ。ただ、地上に存在しているだけで魔力消費量も半端ではないから、できるだけ手早く人間を襲って魔力を補充し、再び地下へと引っ込んでいくのが大半。数日前にこの銀葉市を襲った悪魔のそのたぐいだと言われているわ……地獄に戻ったかどうかは未確認だけど」

「……」竜胆は、息を呑んで聞くだけだった。悪魔の内情なんて想像の埒外だった。ただ圧倒されていた。

「話がズレてしまったわね」金銀蓮花は自戒するように、一旦視線を落とした。「けれど、悪魔は暴れまわるだけではないってこと、分かった?」

「……認める。仮説としては、だけど」急に信じられるはずがない。「でもなんでガガブタは――」

「……」

「……委員長はそんなことを知っている」睨まれたので言い直しつつ、竜胆は問うた。ショーマがそう呼んでいた気がする。

「私が情報通だからよ」疑問はあっさり斬って捨てられた。そして、矢継ぎ早に、「で、その、モエギとかいう猫のことだけれども……どう見ても下位の悪魔じゃない。むしろ、かなりの上位悪魔と見て取れる」

「なんでだ」

「人間に化けるのは下級では難しいからよ」

「……。あのタクシーの女の子がモエギちゃんだというのは、オレの勘違いかも知れない」

 竜胆は食い下がったが、金銀蓮花は首を振った。

「どうも、彼女は人を操る技も心得ているようだけど……あるいは、その女の子が操られていただけだとしても、あなたの体を作り替えた技は、間違いなく低級の悪魔が為せる業じゃない」

「作り替えた?」無意識に自分の右手に触れて、竜胆は怪訝な目を向けた。「何を言ってるんだ?」

「一見健全に戻ったあなたの手足からは、動くたびに魔力を感じる」氷を感じさせる声で、彼女は言った。「あなたには悪魔のパーツが使われているわ。それでいて人の姿を保ち、魔力欠如を起こさずに動いていられるなんて、相当な高位魔術があなたに施されたようね、それを為せるのなら、猫のモエギは間違いなく高位の悪魔だわ。

 それも、もしかすると、人類が歴史上出会ってきた悪魔の中でも、とりわけ高いレベルのね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ