第二十一話「合衆国陸軍巨人機械化歩兵実験小隊」4/5
=どこかだれかのお話=
「Hoo-ah!」
観測車両内で多々良 上太郎がモニター越しに見た米軍部隊は、整列して掛け声を上げる。
それからすぐバラバラと散開し、あっという間に仮設都市へと潜り込んでいく。
軍事面で素人の上太郎では、それらを目で追跡することも困難だった。
相手部隊はDマテリアルを用いた武装の兵員20人と、対巨人仕様のメック4機、その搭乗者4人。
対するJETTER巨人隊はハガネとアゲハ、狭山一尉の3ユニット。
それらは上太郎の正面モニターに大きく映し出されていた。
仮設ビルの合間に堂々と立つハガネ、その後方で支援の構えのアゲハ。
それは通常の巨人相手を想定した前衛後衛。
けれど、対人部隊戦としてはどうなのか、上太郎としては大きな不安だった。
その不安は的中した。
遮蔽の影からハガネに向けて、いくつものワイヤーが同時射出されたのだ。
しかしハガネも瞬時に対応し、大きくアイアン・チェインの網を投射、ワイヤーを絡めとらせてその場をしのぐ。
アゲハも同様の戦術をバタフライ・シルクで行い、ハガネとで前後をカバーし合った。
飛び出した巨人らの捕縛攻撃によって、米軍側の多目的ライフルはもぎ取られていく。
己が子らが相手の初撃を抑え、上太郎が胸を撫で下ろす。
――その時だった。
《波状攻撃よ! 次がすぐ来る! ――ハガネの1時と4時方向! 敵メック、ガトリングが回ってる!》
通信に走ったのは、狭山一尉の声。
その指摘通り、画面内に映り込む2台のメック。
ハガネを中心に90度の位置から十字砲火を狙っていた。
《僕が盾で前に出る! むーちゃんは軸から離れて!》
《駄目! 離れたら相互カバーができなくなるわ! ハガネとアゲハは一緒に動きなさい!》
《は、はい! ハガネの真後ろにつきます!》
ハガネは傘を、アゲハは翅を盾に、敵機の砲撃を凌いで前進。
すると、そのすぐ後ろ、アゲハの足元で何かが動いた。
《アゲハ! 真後ろ!》
《えっ!?》
《後ろ、アレか!》
最速で反応したのは、ハガネ。
おそらく内部の佐介が広く視界を取っていたのだろう。
後方に向いたハガネの主砲から、鉤のついたアイアン・チェインが大量に放射され、それがアゲハの足元を薙ぐ。
チェインの鉤は、相手の化けの皮を的確に捉えた。
メックが纏っていた光学迷彩カバーを引き裂いたのだ。
《こいつが本命!?》
一瞬姿を晒したのは、他のメックとは配色の違う、青色の1台。
それが放った反撃のアンカー攻撃は、辛うじてハガネに当たらなかった。
――そして、次の瞬間には轟音と閃光。
《うわっ!?》
発見された相手メックが爆音閃光弾を投擲、炸裂させたのだ。
巨人の中、央介達には防護装備を付けさせていたが、それでも強い閃光内で視界が不自由になることに変わりはない。
上太郎の見ていたモニターも焼き付きこそ起こさなかったが、補正に画面が明滅する。
その一瞬だけで、青色のメックはその場から身を隠していた。
続けて巨人隊へ降り注いだのは、メックの機関砲撃と、歩兵らのワイヤー。
《隙が、ねぇっ!!》
《でもアンカー1本使わせたよ!》
更に、それらの攻撃の合間、1台のメックがハガネに接近していた。
ハガネは見逃さず瞬時にアイアン・ロッドを構え、メックの顔面盾を殴りつける。
戦場に、重たい金属音が響く。
機械程度なら粉砕できるハガネの一撃は、その膝に届かない程度の大きさしかないメックの前進を阻害しただけに留まった。
《硬い!? 嘘でしょう!》
《一度引いて! ハガネ、アゲハどちらも指定の場所まで!》
通信からの狭山一尉の指示で、二体の巨人は飛び跳ね飛び退き、野生じみた動きで後退を始めた。
その動きには、流石の米軍部隊も追従はできなかった。
あるいは次の作戦に移るための時間だったのかもしれないが。
「可能性はあったが……やはり、か?」
戦闘を映すモニターの前で上太郎は独り言ちる。
先ほどメックが見せた異常な剛性は、上太郎が持つ理論で説明は可能だった。
しかし、それだけのPSIエネルギーを制御する精度が問題だった。
上太郎は、司令部の大神にコールをかけた。
作戦指揮官には、抱えた危惧を伝えなければならない、そう考えて。
《流石に専門家相手では……、うちの子らも厳しいようで》
「大人の面目躍如、と言いたいところですが、やっているのが別の国の部隊ですからな」
モニターの向こうで、多々良博士が辛そうな苦笑を浮かべていた。
通信を受け取った大神も同じく返す。
しかし、この科学者が世間話のために通信を始めるはずはない。
懸念を取り除くため、大神はハンドサインで通信の安全確認を命令する
――オペレーターらの反応は、問題なし。
「傍受は無いと思います。何か、気付かれましたか?」
《推論だらけなので言い辛いのですが……、相手の練度が高すぎるように感じているんです》
――練度。
相手は軍人なのだから、訓練あるいは実戦は足りている。
となれば――。大神は十分に考えてから答えた。
「それは、PSIエネルギーを扱うという意味で、ですか」
《ええ、先ほどから相手方のメックはハガネの攻撃をほぼ完璧に防御している》
多々良博士はそう言ってから記録映像を操作し、気になったらしい映像を指令室へと転送してきた。
映っていたのは、ハガネの攻撃で多目的ライフルを失った米軍兵士がメックに飛び乗り、代わりに乗っていた兵士が歩兵としてポジションを交代する、その場面。
《狭山一尉が言っていましたね。あの兵器は飛び乗りと、飛び降りの自由度を持つ兵器だと。つまりあの兵士、全員がメックへの適正を持っている……可能性ですが》
「兵器とはそういうものです。部隊の誰が使っても性能が保証されることでダメージを抑えられる……。いや、この部隊全員が……同等の防御力を持つ?」
多々良博士の説明に対し、大神は軍としての一般論を唱え、しかしその途中で何かが彼の思考に引っ掛かる。
指令室に、外部マイクが拾った轟音が響く。
それは、相手メックがまたしてもハガネのロッド攻撃を受け止めた音。
そしてただ攻撃を受け止めただけでなく、メックは両腕を伸ばしてロッドを掴みにかかる。
《――また防いだ……。アレはDロッドと同じような体外へのPSI出力、それをメック前面の盾全体にPSIエネルギーを集中させて、巨人の攻撃に耐える防御力を持たせていることになる》
拘束を嫌ったハガネはすぐにロッドを分解して距離をとる。
やはり、ハガネが対人相手に強力な攻撃を繰り出せないのが大きな弱点となっているようだった。
《そういう適性と練度。それが合計24人……いえ、予備員も居る。米本国には更に居るはず……》
――確かに、用意されている技能が少し、高すぎて、多すぎる。
相手部隊の結成に関して、附子島少将も似たような話をしていた。
部隊が構築されていく過程、兵器技術、適性選別、専門訓練のいずれかで時間が不足してくる。
大神は口の中で唸り、しかし答えが出なかった。
そこへ言葉を繋いだのは、多々良博士。
《……こちらの方の投影者はデータ持っていかれているわけですが、向こうの兵員のデータが機密扱いなんですよね》
「ああ、PSIエネルギー操作の適性持ちとなれば、いわゆるサイオニック兵に当たるはずだから、その個人情報を伏せたいのだと考えているが」
この大神の答えは、軍の常識上のもの。
だから、彼が想定していた模擬戦相手は、それらの人員に新技術を繋ぎ合わせて、新規の戦術に必要な要素が組み上がる過程をショートカットしたもの。
いわば間に合わせの部隊という予想が彼の頭のどこかにあった。
しかし、今戦っている相手部隊の完成された姿はそれを否定している。
《兵器への適性と、最適化……PSIの成長と言い換えてもいいかもしれませんが。その時間が無いなら、“加速”させてしまえばいい。そうなりませんか?》
多々良博士の説明に、少し熱が加わる。
そこには学者なりの怒りの気配が感じられた。
だが、まだその原因が大神にはわからない。
《大神一佐は、私どものPSIエネルギー利用研究とは別に、米軍も長年、PSIエネルギーの利用を研究してきた、というのはご存知でしょうか?》
「軍関係者なら大概聞くような話だ。そもそも米軍に限らずどこの国も安定して利用したい力の一つだった」
大神は頷き、教本通りの答えを返す。
事実、日本自衛軍でもそれに関わる研究はしているのだ。
国内から募った、旧体制では狩り集めたともいう大勢のサイオニックの協力は、しかし個人差が大きすぎて長年の未完成。
世界大会選手もいれば、走ろうとすれば蹴躓く人もいる。
サイオニックの能力には、それをもっと極端にした才能の差があった。
《研究の参考として、あちらの情報を得られないかと努力してみたこともありました。流石に軍機密で駄目でしたけれど。……しかし、その時にある程度の概要は掴めたんです》
そこで多々良博士は言葉を切り、すこし苦々しげに言葉を発した。
《あちらの技術は、Dマテリアルのような機械側からのアプローチではなく、人体の方をどうこうするようなものだと……》