第二十一話「合衆国陸軍巨人機械化歩兵実験小隊」2/5
=多々良 央介のお話=
ギフ基地、以前にゼラスと戦った場所に僕はいる。
ここで米軍と模擬戦、それが今日のハガネのお仕事。
ただ、前に来た時とは基地の様子が随分と様変わりしていて、びっくりしたのだけれど。
大きくしっかりした軍用テントの中で、僕、狭山一尉、むーちゃん、テフ、そして佐介が待機命令を受けて、ブリーフィングが始まるのを待っていた。
他愛のない話で時間を持たせていると、設置された大型モニターの待機画面が見慣れたオペレーターさんの挨拶する笑顔に切り替わる。
そこからすぐに大神一佐の凛々しい犬の顔。
隣の画面には、父さんの顔も。
「おはよう、諸君。体調不良などはないかな?」
「ないでーす!」
すぐ元気よく答えたのは佐介。
こいつに体調不良なんてあるのか怪しいけれど。
「大丈夫です」
「問題ありません」
僕とむーちゃんも続いて答えた。
大神一佐が頷いて、本題が始まる。
「よし。さて先にも簡単に説明したことだが、今回の模擬戦は米陸軍の対巨人部隊との市街地戦だ」
モニター画面にいくつもの情報画面が映る。
その中でも地図には僕たちのいるテントには青色の三角が三つ、反対側に赤色の三角が大きいのと小さいのでいくつも置かれていた。
多分、青い方が僕たち巨人隊、赤くてたくさんある方がアメリカの兵隊さん達を示しているのだろう。
「これは互いに互いを新種の、ただし接敵した後の巨人と見なして戦うという形式となっている」
「……せってきしたあと?」
佐介がよくわからなかった単語について聞き返す。
多分、敵とぶつかる時の事だと思うのだけれど、どうしてその後になるのだろう?
「ある程度相手の知識がある状態、ということだ。ハガネやアゲハの戦闘映像は世界に公開されているから、相手側にはこちらの戦法がある程度知られているからな」
「なので相手側の情報もこちらに公開されている。ハンデは無しってことだ」
大神一佐の説明に続いて、隣の画面で父さんが補足。
父さんの顔を見ながら、僕たちはなるほどとうなずく。
一方で思った。
僕たちの戦いって世界にまで公開されてたんだ。
……それって、あんな戦いやこんな戦い、ハガネの格好悪い所も?
――ちょっと、恥ずかしいかな。
「区域は、このギフ基地の演習区域に用意された仮設市街が範囲、その外に一定時間出ると撃破扱いになる。その際には警報を鳴らすから問題はないと思うが」
仮設市街。
これについて一つ思う所があった。
僕は学校でやるように手を挙げて、大神一佐に尋ねる。
「あの質問です。この間、ゼラスの時にはこんな街並みは無かったと思うんですが」
そう、様変わりしていたというのはこの街並みの存在。
ゼラスと戦った時はゼラスの拘束装置以外はだだっ広い滑走路が広がっていて、こんなものはなかったはずだ。
その質問へ大神一佐が何でもないように答えたのは、シンプルだけど衝撃の事実だった。
「うむ、これらは簡単に言えば風船などを用いたハリボテだ」
「風船!? ちゃんとした家とかビルに見えるけど!?」
佐介が僕の代わりに驚きの声を上げる。
それに答えたのは、意外にもむーちゃん。
「あれね、結構硬いんだよ? 表面に金属の網とか張ってあって、その下がふーせん」
「え? なんでむーちゃんがそんな事を……」
「むーはこっちに来る前、海底基地でよくやってたもん。こういう模擬戦」
――ああ、そうか。
むーちゃんはこっちに来るまで軍とで訓練していたんだっけ……。
幼馴染が自分の知らない経験をしているというのは、少し悔しくて、悲しい。
「なので、戦いの最中に壊してしまっても問題はない。人が全く住まない街だ、大怪獣のように大暴れしてもいい」
冗談めかして語った大神一佐は、話題を次に移す。
「さて、戦う相手で目立つのはこれだ」
大神一佐の指示に合わせてモニターに大きく映し出されたのは、前面に巨大な盾を張り付けた機械の人型。
いや人型というよりは、別の生き物っぽくも――。
「これが、相手側が持ってきた目玉商品。対巨人装備仕様のメックですか」
真っ先に反応したのは狭山一尉。
“メック”が、この機械の名前なのだろうか。
画面には、ハガネと“メック”と人――多分大人が並んだ時の比較画像が表示されていた。
それからすると、メックは厳めしい形の機械だけれど、大きさはそれほどでもない。
人間よりは大きくて2mちょっとの程度、ハガネと比べてしまうと膝より小さい程度の大きさだ。
「ああ、ベースはW6マッカーサー歩行戦車。Dマテリアル関連の装備で大分膨れ上がっているがな」
「これ……実験兵器としては機能が公開され過ぎていると感じますけど。これがDマテリアル技術の公開原則からですかね?」
「そうなります。といっても全部が全部公開とはなっていません。向こう側がDマテリアルにどういう強化措置を施して来たかも不明です」
「もちろん機体そのもののフルスペックも見せないだろうがな。対外向けモードの範囲だ」
父さんと大神一佐、狭山一尉が難しい話を始めた。
大人の話は、まだ僕にはよくわからない。
そんな空気を読まずか読んでか、むーちゃん。
「うーん、大きなお面つけたゴリラ?」
「あー。あはは、確かにゴリラっぽいかもね。これはね、アメリカ陸軍の都市制圧用歩行戦車」
楽し気に答えてくれたのは狭山一尉。
なるほど、このメックの腕の太さはゴリラのそれに近い。
にしても……とし、せいあつよう、ほこう、せんしゃ、えっと?
「大顔面みたいな盾の後ろ側はがら空きでね、背中側に兵士がしがみつくような感じで乗って動かすの。歩くゴリラの防壁に、兵士が飛び乗ったり飛び降りたり……そういう切り替えの早さが売りになってる乗り物よ」
狭山一尉がざっくりとした説明。
なるほど、どういう使い方をするのかは分かった。
しかしそうなると。
「……これで戦車なんだ。キャタピラとかついてなくて、ロボットみたいなのに」
「戦車というのは日本語に直訳した際の間違いなのだがな。そのまま書類では定着してしまったのだよ」
僕の素朴な疑問への回答は大神一佐から。
そして大神一佐は話を進める。
「さて相手の搭載兵装の説明に移る。まず目を引く左肩側のDマテリアル弾頭ガトリング砲」
画面に表示されていたメックの3Dモデルがぐるんと角度を変えて、その肩から突き出た機関銃のアップに切り替わる。
3本束ねられた銃身が回転しながら、弾丸を撃つ姿が映し出されていた。
その他にも沢山表示が出ているけれど、詳しいことはわからない。
「この機関砲は、弾頭のDマテリアルに兵士のPSIエネルギーを纏わせて撃ちだすものだ。当然、巨人に対して影響を及ぼす」
大神一佐のその言葉は、どうしても聞き捨てが出来ない内容だった。
僕は慌てて確認の言葉を口にする。
「そんな、銃で巨人を攻撃できるの!?」
それが、驚きだった。
僕が神奈津川に来る前、JETTERに入る条件として巨人やハガネの事を軍に確認してもらうための戦いをした。
その時は、軍のありとあらゆる攻撃がハガネに向けられ、でも銃も戦車もミサイルもハガネに傷一つ付けることはできなかった。
それはハガネに限った話ではなく、巨人に対抗できたのは、子供だけが作れる巨人ぐらいだった。
それなのに――。
「まあ、影響といっても、巨人相手には実効性が薄く、当たっても人にゴムボールをぶつけた程度の効果と説明されている。それを信じれば、牽制や気を引くだけの豆鉄砲だな」
――あれ、思ったほどではないかもしれない。
大神一佐の説明が続く。
「それでも有効射程は1500m、今回の仮想戦場の端から端が余裕で狙える。それを複数体からの集中砲火となれば身動きは取りづらくなる。そしてそれが命取りなんだ」
大神一佐の言葉に合わせて画面のメックが向きを変える。
ガトリング砲と反対側の右肩に装着された、長い箱とドラムがくっ付いたような機械が正面に表示された。
更に少し角度を変えて、箱部分を斜め前から見た状態になると、箱の正面部分が弾け飛び何かが飛び出す。
飛び出したものが空中で停止して、表示される。
それは鋭くとがった銛だった。
「こちらは危険な方の武器だ。鯨でも突くような銛を撃ち出すワイヤーアンカー砲。ワイヤーとアンカー双方にDマテリアル系の素材が使われており、ワイヤーの有線を通じて常時PSIエネルギーを纏わせられる。こちらは明確に巨人にダメージを与えられる武器という説明だ」
確かによく見れば、銛のお尻には太い紐が結びついていた。
紐が拡大されて、その中にDマテリアルが組み込まれているような説明画像がリンクされる。
「このワイヤーも巨人に強い影響力をもつ。縛り付けられたり、足をとられたり、警戒するべきだ」
「ハガネのアイアンチェインとか、アゲハのバタフライシルクみたい」
むーちゃんの簡単な感想。
多分だけど、相手も同じDマテリアルを使う分、似たようなルールでしか動かないのかもしれない。
むーちゃんの一言の次に口を開いたのは父さん。
「ただしこれは単発で、射程も短く、100mもないだろう。巨人なら目と鼻の先だ」
「単発ってことは、撃ったらおしまいってこと?」
むーちゃんの質問に父さんが頷き、答える。
「ああ、戦ってる最中にはワイヤーの巻き取りは難しい。引きずって戦うのも不利になる。だから撃ち直しができずに装置を丸ごとポイ捨てするようだ」
「じゃあ撃たせたら危険だけど、撃たせてしまえばもう撃てない分で有利になる、かな!」
佐介が機能の欠点を言葉に出して指摘して、僕とむーちゃんで情報を共有する。
少しずつ、戦い方が見えてきたかもしれない。
「……機械ごとの再装填は可能だ。油断はしない方がいい。さて目立った武器はこの二つだが――」
大神一佐が危険性を指摘してきた。
再装填……でも見た感じでは人間の身長ほどもある機械を付け外ししにいく時間はないと思うのだけど。
「一番重要なのは、この機体は巨人接触能力を持っていることだ。簡単に言えば巨人を捕まえたり殴ったり、ということが可能となる」
一佐の言葉に合わせて、映像のメックが前脚、あるいは両腕を挙げて見せる。
この腕の感じは、まさしくゴリラのそれだ。
そこで気になったことを、きちんと聞いてみる。
「この腕、巨人相手だとそんなに大きいとは思えないんですけれど」
「確かに大きさに差はある。だが捨て身や、死角から足に組み付かれれば、君らの巨人と言えど身動きは大きく制限される。気を付けるように」
「はい!」
僕たちは大神一佐の警告に揃って返事を返した。
一佐はさらに続ける。
「そして、巨人とは無関係の機能だが、光学迷彩幌――ホログラフを発生するカバーを被ることで、周囲の配色を真似て隠れる機能を持っている」
「えっと、ギガントのロボットとか、アトラスが使ってたみたいなものですか?」
ギガントがよく使っていたトレーラー型の変形ロボットは、それで姿を変えたり、透明になったりしていた。
神奈津川市に来た時、紅利さんに出会った時もそんなのを捕まえたっけ。
「いや、あそこまで完璧に姿を隠すものではない。ただそれでも戦闘挙動の最中に見極めるのは難しい、気を付けるように」
「ただし欠点があるんだ。機械仕掛けのカバーを被っているだけだから、引き剥がすことで無力化できる」
カバーを引き剥がす。
父さんのアドバイスからすれば何かこう、鉤とかそういうので引っ掛ければいいだろうか。
隣の佐介を見れば、直ぐに用意するとばかりにサムズアップをしてきた。
目を戻すと、メックの映っていたウィンドウが畳まれて、今度はフル装備の兵隊さんが映るものに切り替わった。
米軍の兵隊さんの隣に見えている巨大な足は、ハガネのもの。
一瞬戸惑ったけれど、思い当たったことを大神一佐に聞いてみる。
「……もしかして、生身の相手もいるんですか?」
「そうだ。相手小隊の歩兵全てが対巨人装備をしている」
大神一佐のあっさりとした肯定の言葉だった。