第二十一話「合衆国陸軍巨人機械化歩兵実験小隊」1/5
=珠川 紅利のお話=
いつも通りの教室。
車椅子の私の隣には、席に座った央介くんと佐介くん。
けれど、この央介くんと佐介くんは本物じゃない。
おまわりさんが動かしている偽物ロボット。
最近は、なんとなくわかるようになってきた。
となると、向こうにいる夢さんも偽物かもしれない。
巨人も居ないのにどうしたのかな?
「おはよーい……」
私が怪しんでいた時に、誰かが教室のドアを開ける。
朝からぐったりした様子で入ってきたのは赤い帽子の男の子。
「おー、あきらがズル休みから復活だ」
「マジ休みだっつーの……」
奈良くんの冷やかしに、あきらくんはぼやくように答えて、ランドセルを机のフックに掛けて、着席する。
三日間、熱が出たからとお休みしていた彼。
その前の日にあったこと。
えーっと、多分だけど、この間の巨人って。
(まあ、そういうこった)
早速飛んできた、ちょっと気持ちの悪いテレパシー。
この間から、央介くんとの会話の途中で割り込んできたり、口止めされたり。
今は斜め前の席に座ったあきらくんから、聞こえない言葉が飛んでくる。
物語では時々出てくるけれど、本当に体験することになるとは思わなかった。
それも、幼稚園から一緒だった幼馴染がこんなことをできるなんて。
(ほれ見ろ。気持ち悪いって思うだろ。だから黙ってたんだよ)
「あう……」
痛い所を突かれて、変な声が口から出てしまった。
隣の偽物の央介くんが怪訝な顔。
いけない、いけない。
周りに気付かれないように。
そう、頭の中だけ、頭の中だけで。
(ほらな? 二重三重の隠し事は大変だろ? 俺は何年も前からこうだったからな)
それはまあ、そう思うけど……。
でも、そうやって隠し続けてきたのに、央介くんには教えたんでしょ?
(まあ……そうだな。アカリーナよりは話せる相手だし)
それ、どういう意味?
あと、アカリーナも、やめて欲しいかな。
(なーに、男として友達になれるのは男同士だけってこった。それと……自分の足で頑張るとか言ってたのに、バレリーナは諦めるのか?)
あれは、その、あの時はそうしなきゃ、央介くんが大変だったし。
少しづつ、義足で歩くようにもしてるし。
男の子同士っていうのは、ちょっとよくわからないけど。
――ん、男の子。
あの、あきらくん。一つ聞きたいんだけど……。
(そうだよ)
ちょっと待って! 心の準備ができる前に答えないでよ!
言葉になる前の考えに先に答えるのもやめて!
じゃ、じゃあ本当に女の子の裸とかお風呂とか覗き見できるの?
(……あのさ、覗き見じゃなくて記憶とか感覚とか全部わかっちゃうんだよ)
深いため息。
これはあきらくんのもの。
(子供も大人も男も女も関係なく。だから裸だとか風呂だとかトイレだとかそれ以外とか、今更何とも思わない。犬猫が服着てないのを変だとか思わないだろ?)
見ないようにすればいいじゃない! エッチ、変態。
……顔が赤くなってないかな、周りに変に思われてないかな。
不安になって周りを見回してから、それ以上挙動不審にならないように机の上の本を見ている振りをする。
あきらくんは、私と“通話”してるような素振りもみせない。
平気な顔をして、一時間目の授業の準備。
でも、激しい気持ちをぶつけてくる。
(それができなかったから困ってたんだよ! ちょっと前までは周りの人の強い感情とか苦しいのが全部流れ込んでた!)
なが、流れ込んで……?
それって、その、悲しいとかそういうのまで、入ってきちゃうってこと?
(ああ! 4年の時、何処かのお母さんが赤ちゃん産んでる時の痛み苦しみ全部来て、その場で叫んでぶっ倒れたからな!? 死ぬかと思ったよ……!)
……うわー。
それは、なんていうか、凄いなって。
男の子に生まれたあきらくんが、そんな目に。
(でも元気な赤ちゃんだったよ……。とても大事な……)
何か、凄く温かい感じが伝わってくる。
あきらくんには、そのお母さんになった人の苦しみだけじゃない気持ちも流れ込んでいたのかな。
でも、そんなのがいつも続いてて平気なの?
(慣れてったのと……今は、こいつのおかげで助かってるから)
そう、言葉ではない言葉で言ってから、あきらくんはランドセルの中から何かを取り出して、私に見える机の端に置いた。
キラキラと輝く、赤い結晶。
――それってDマテリアル!? ダメなものじゃない!
(央介と同じさ。きちんと使いこなせれば巨人なんて出ない。見たくないものを見ずに、感じたくないものを感じずに済む。そういう壁を作れる)
あきらくんはそこまで伝えてきてから、私の方に振り向いて笑顔を作った。
そして、相変わらず声には出さずに話を続ける。
(こいつを作った多々良博士は、俺にとって救いの神。央介は……天使だな! 隣に小悪魔も引き連れてるけど)
天使。央介くんが天使。
隣の小悪魔というのは……佐介くんかな?
それぞれの羽の生えた二人が頭の中で飛ぶ。
(それに……もうすぐアカリーナもこいつがどれだけ凄い発明か分かるさ。多々良博士は天才だから)
私……?
どうして央介くんのお父さんが凄い博士ということが私に関わるのだろう?
私は、もう巨人は、いやだよ。
央介くん、あんなに悲しそうに泣いてくれて。
(ふうん、成長したもんだ。アカリーナはもっと自己中心的でダメな奴だと思ってたよ。……央介を好きになったからかな?)
―――っ!
そういうの、見ないで!
(そんなのは一々読まなくても分かるぜ。夢さんと張り合って央介にべたべたして)
恥ずかしさと怒りが込み上げてくる。顔と耳が熱くなってきたのも感じる。
かといって今ここであきらくんをどうこうすることもできない。
……こういう時には紅靴妃の力が欲しいかもしれない。
(こわいこわい……、猛獣に噛みつかれないようにこれ以上は黙っとくよ)
がるるるるる……。
私の中の怪獣が、1メートル少し先にいる幼馴染を踏み潰してしまえと咆えている。
でも、この距離はとてつもなく遠い。
表に出せない“気持ちの距離”。
あきらくんも、表に出せない気持ちを抱えたままでずっと一人ぼっちだったのかな?
そして、一人ぼっちだった幼馴染が、自分から友達になろうと思った相手。
――今日は傍に居ないヒーローの男の子、央介くん。
偽物ロボットの央介くんをちらりと見る。
本物の彼は、今どこで何をしているんだろう?
(ああ、それがな)
また、私の頭の中に幼馴染からのテレパシーが届く。
その内容は――。
=どこかだれかのお話=
ギフ基地、第三指令室。
あきらが登校してきたのと同じ頃、都市自衛軍一佐、大神ハチはそこに居た。
彼の前に並ぶモニター画面の一つには、仮設の待機所で談笑する央介達の姿もある。
「仮設市街地の最終チェック完了しました。演習は予定通り開始可能です」
オペレーターが顔を向けて報告を上げた。
大神は軽く頷いて、次の命令を下す。
「では巨人隊をブリーフィング待機するように連絡を」
「了解」
「巨人隊……JETTER協力隊員のライブデータをそちらに上げます。ご確認を」
大神の目前のモニターに目を引く形で新しいウィンドウが開く。
央介と夢、双方の数値は平常時と比較され、変動があるものほど赤く表示されていた。
「うむ……、やはり全体的に数値が上がっているな。当然の緊張気味か……」
大神がそう呟いた瞬間、高い靴音が指令室に響く。
彼の傍へ歩み寄った人物は、一礼もせずに大神の見ていた画面を覗き込んだ。
「フン、情報を見て目を疑っていたが、本当に子供を戦場に出すのか。この国の人権意識を疑うな」
その女性は画面から顔を上げて、睨みつけるように大神を見た。
青年と言っても通る外見年齢の彼女だが、肩に付けた階級章は銀葉――米軍の中佐を示している。
「そうは思わないのか、カーネル・ケイナイン?」
「……ふむ。その言葉通り、私は国の犬だ。そのことに関しての善悪を指摘できる立場ではないのだよ。ミシェル・ブロウニング中佐」
韻を踏んだ、しかし侮辱といっていい問いかけにも大神は慇懃に応じた。
しかしその答えに呆れを隠さない米軍士官は、更に刺々しい言葉を投げつける。
「この国では獣人という人体改造を強制して非人道的な扱いと貶め、剰え食料にすら加工していたとも聞く。その獣人という差別を受けた貴官が、未だにその正義に尻尾を振り続けるのか」
険悪な空気が指令室を満たす。
その中で大神は肩をすくめ、先の言葉以上の答えはないという態度を示した。
対したブロウニング中佐は、早々に彼女の腹の内を明かす。
「では、はっきり言おう。私は個人的にだが、君ら日本軍がギガントと密約を持っているという仮定を持って行動している。日本国とギガントはかつて接点があったという事実と、君らに向けられているギガントの工作があまりにも手緩いのだからな」
「その時代とは国の体制が変わっていることだけは理解してもらいたいのだがね……。しかし――」
相手方が妙に攻撃的な理由は理解できた。
しかし、ブロウニングの話の中で、別に引っ掛かるものを感じた大神は質問を返す。
「“君らに向けられているもの”ということは米軍側にもギガントが仕掛けてきている、となる。その情報は我々の方には報告がないのだが?」
大神からの反撃の質問だったが、相手は意に介せず、あっさりと答える。
そこに何の問題も生じていないとばかりに。
「我々は実験部隊だが、拠点基地の周囲で幾度か巨人が出現し、それに対して出動を行っている。子供を使っている君らに対し、公の軍である我々が秘密裏に、だがな。そのようにギガントどもは巨人技術があるところを明確に狙ってきている」
「完全な初耳だ。米軍側は実戦経験が不足しているからこそ、今回の模擬戦が組まれたものだと判断していたが」
その大神の反応は、ブロウニングからの信用を受けるものではなかったようだ。
彼女は冷笑し、切って捨てる。
「白を切るならそれでもいい。君達の表に出せる数字だけでも回収して、我々米軍が最強であるということを維持し、子供に頼るような軍が異常であると証明するのみだ。」
ブロウニングはそう言うと最低限の一礼だけして踵を返し、部下らを引き連れて退出していった。
扉が閉じてしばらくしてから大神が大げさな身振りをし、嵐が去ったことを周囲に示す。
「あの若さで中佐まで昇るバリバリのエリート。中身も相当にガチガチでしたね」
技術士官が軍帽を被りなおしながら大神にぼやきを漏らす。
大神も頷いて返し、オペレータの一人が情報漏洩の懸念なしのハンドサインを挙げるのを見てから呟く。
「自国の正義を疑わない良い軍人だが、ギガントから見れば目の前に敵を置いてやれば盲目的に応じてくれる都合の良いスパーリング相手、か――」
更に彼は内心ではこう付け加えた。
(――米国がガイア財団と通じているならば、哀れな人形そのものだな。国の犬が言えた義理でもないが……)
大神は子供らを戦場に出している自身に関してわずかに思い悩み、しかし通信の呼び出し音がそれを差し止めた。
「大神一佐、巨人隊の準備が整いました。ブリーフィング開始できます」
「……ああ、了解した」