第二十話「武力王、我と在り」3/4
=多々良 央介のお話=
「ちょっと待てよ! 説明ぐらいしてくれてもいいだろ!?」
「大声は無しだ」
根須くんに指定された体育館裏まで、目立たないように歩きながら前を行く佐介に呼びかける。
いきなり根須くんがサイコだと言い出されてもさっぱりわからない。
「まずは、根須が授業なんかで行動を強制されてるときはサイコからの呼びかけが止まりがちだった。調理実習とかな」
それは、確かにさっきの授業でもそうだったかもしれない。
だけどそれだけじゃあ断定はできないと思う。
「だから保留してたんだが、紅利さんの紅靴妃と戦った時、学校の地上部に二人の反応ってオペレータさんの話があった」
…そんな話、あったっけ。
あの時は何もかも無我夢中だったから、人が居るって部分しか覚えてなかった。
こういう時は佐介の機械なりの記憶が強い。
「あの時、屋上にいた紅利さんは義足を使っていた。でも朝から巨人の足があった紅利さんは義足なんか持ってくるはずがない」
えーと、その、恥ずかしい話だけど全然気づいていなかった。
紅利さんへ謝りたい気持ちと、何もかもで。
「でだ、オレたちが巨人と戦っていることを知っていて、巨人が倒されれば紅利さんの足がなくなることが感覚で分かる人物はサイコしかいない」
佐介は喋りながら、周囲に気を配る。
昼休みもそろそろ終わりで、体育館から教室に戻る子供たちのなかを僕たちは逆に向かう。
僕たちの会話は、雑踏に紛れて気付かれることもないみたいだった。
「その上で紅利さんに義足を届けても不審者扱いされない。これでサイコは紅利さんの傍に普段からいるクラスメイトだと絞れる」
あれ? じゃあ紅利さんと根須くんは互いの事を知っている?
今までの紅利さんとの会話でそんな感じはなかったと思うけれど。
「多分、サイコとしての面は紅利さんには今まで見せてなかったんじゃないかな。知らないから教えようがない」
じゃあ、水泳前に紅利さんとで根須くんと会話した時、飛び出して来たのは…。
「紅利さんが、オレたちと根須のことで変な言い淀みをしたから、フォローに来たんだろうな。紅利さんにもテレパシーできるわけだし」
あ…、そうか。
テレパシーの相手は自分だけみたいな変な思い込みがあった。
本当は誰が相手でも話しかけたりできるんだ。
「そして最後の確認で、さっきのイタズラさ」
迷惑な行動を取り出したと思ったら、あれは確認のためだったのか…。
でも、どうやってあれだけで根須くんがサイコだって判断できる?
「あの時、根須は気配を消してる俺が触ろうとする側に、一瞬早く視線が向いてた。ギリギリまで反応をこらえたのは立派だと言ってやる」
(なるほど。央介の視界を覗き見できるのは俺だけじゃない、そういう罠か)
「サイコ!?」
呼びかけが、いつもと全然雰囲気が違う。
いや、時々こんな風に飾らない喋り方をしていたかもしれない。
もう体育館前の渡り廊下。
ここから回り込めば、指定の場所に着く。
どうすればいいんだろう。
このまま進んだら、彼と戦うことになるのだろうか。
(遠慮しなくていいぜ。そこを曲がれば俺がいる)
僕は足を進めて、体育館外の角から踏み込む。
その先に居たのは、赤い帽子の男の子。
「じゃーん!…ってのも違うかな。もうちょっとは隠れてるつもりだったんだけどな」
根須くんが居た。
手元にはさっきブリキオーをしまった箱を持って、笑顔で待っていた。
僕は、まだ全部を受け入れきれずに、声をかける。
「本当に…根須くんがサイコ? 協力者とかじゃあなく?」
「協力者が居る居ない、ってなると証明が難しくなるけど――」
(――とりあえずここにいるのは俺だけだナ)
根須くんが半端なところで言葉を切った瞬間にまるで後ろから聞こえるような、サイコのテレパシー。
振り返っても当然、誰もいない。
少なくとも彼がサイコの関係者なのは疑う余地がなくなってしまった。
「で、なんでこんなところに呼び出したんだ? 人目に付かない所で決闘でもするか?」
「ここは学校の敷地と私有地が挟まってるスペースだから文科省の権限との兼ね合いでカメラがなくてね。色々都合がいいんだ」
佐介の挑発に根須くんは淡々と答えた。
そのまま、彼は手に持っていた箱を開く。
ブリキオーを傷つけないための緩衝材を放り出しながら、話を続ける。
「さっきのシルバーデビルにどう勝つか、って話の続きがしたかったんだよ。いや話してはいなかったかな?」
そこまで言い切った根須くんは、箱の中から一つの物を掴み出す。
それはブリキオーではなかった。
赤い輝きを放つ結晶、Dマテリアル。
サイコとして彼は前にDマテリアルを持っているとは言っていた。
でも、町中のDマテリアルはRBシステムやアゲハの攻撃で砕かれて残っていないはずなのに。
口に出さなかった動揺。
代わりに佐介が僕の前に飛び出して、警戒を強める。
根須くんは手に持ったDマテリアルを傾けて真昼の陽光をキラキラと反射させてから、答えを返してきた。
「こいつはRBSで砕けないガラス型。それとアゲハのMRBSはね、医療品向けのGPSタグがある場所は狙えないんだよ。お医者さんの娘…心優しい弱点だね」
僕は、自然に考えを読まれていた事を理解する。
彼が言う通り、そのDマテリアルには小さな電子機器が縛り付けられていた。
佐介もシステムの穴を知って呻く。
「テフの敵味方識別装置…。そういう抜け道があったかよ」
すると根須くんはDマテリアルを僕たちの方に向けてきた。
普段、僕たちがDドライブを構えるように。
彼はそれの使い方を知っている。
「なあ、央介…。ヒーローだと思っていたものが敵だったら…。ガイア財団、それとエルダース博士が敵だったら、どうする?」
――ガイア財団? エルダース博士?
どうしてそんな話がこんな時に出てくるんだろう?
疑問をかき消すように、根須くんの掛け声が体育館裏に響く。
「Dream Drive! ブリキ!」
真っ赤な光が根須くんの体を包み、その体積をどんどん拡大していく。
巨人が構築されていく。
(…央介のDドライブと違ってコードは必要ないわけだけどね。やりたいじゃん!)
サイコのテレパシーが頭の中に響く。
そして根須くんの巨人は少しずつ形を整えていく。
「――やるしかないみたいだな。央介」
「…うん」
いつもとは全く違う形での戦いの始まり。
それでも僕たちはいつも通りに構えて、僕たちの力を呼び覚ます。
「Dream Drive!! ハガネ!」
学校の体育館傍に、二体の巨人が胸を突き合わせるように立つ。
僕たちのハガネの目の前に立つのは、僕たちが、根須くんが大好きなヒーロー。
ブリキオーそのものの姿。
(ほら、ヒーローが敵になったぜ!? 戦えるか、央介ッ!!)
ブリキオーは至近距離から殴りかかってきた。
すぐハガネの拳で相手の腕を外側に弾くカウンターパンチを放つ。
「格闘術はそこまででもないなッ!!」
佐介の分析と共にハガネの拳はブリキオーの顔にめり込む。
少しの罪悪感。
しかし同時に手応えの無さを感じた。
「何か…変だ!?」
(これが俺の戦い方さ! そして央介にだって出来る戦いだ!)
次の瞬間、拳の先に居たはずのブリキオーは消え失せていた。
周囲にその巨大な姿が見えない。
戸惑いながら周囲を警戒し始めた途端に、携帯が緊急コール音を鳴らす。
自動着信から大神一佐の声が響いた。
《央介君! 一体何が起こっている!?》
「…すみません! 学校内で正体不明の物体を追跡していたら、巨人に変わりました!」
咄嗟の嘘。
ごめんなさい。
《そういう場合は早めの報告を――》
「それよりも! 相手は今どこにいるか教えてくれよ! PSIエネルギー観測してるんだろう!?」
佐介が現状を煽り立てて、話題を流しにかかる。
ごまかしもあるけれど、割と切実でもある。
《現在PSIエネルギーは、ハガネ周囲に偏在、しかし数値が流動していて…!》
「流動!? 一体どういう…」
(こういうことさぁ!)
ハガネの全身を襲う衝撃、そして身動きが取れない。
両腕は動いて――羽交い絞め!?
いつの間に後方に!?
「後ろに回ってきたわけじゃねえ! 後ろに“出現”しやがった!」
《この巨人、アトラスが融合しているのか!? 巨人にしては思考能力がはっきりしすぎている!》
《対象の形状から戦闘コードを発行します。現対象コード“武力王”》
巨人の機敏で狡猾な動作への司令部の動揺を感じる。
でもブリキオーの武力王を操っているのは僕のクラスメイトだとは流石に言えない。
(悪いね。嘘と沈黙ばかりさせて)
「でも、雷武は…こんな卑怯な戦いはしない!」
「遠慮なく撃つぜ!」
佐介が背後へ主砲を撃ち放って作り出した隙。
その間に武力王の重心をハガネの下半身に巻き取って前方に投げ飛ばす。
(おわっ!?)
「格闘術はそれほどでもない!」
僕は幼稚園の時から父さんに武術の訓練をしてもらっている。
サイコは、根須くんは確かにすごいESPかもしれないけれど、その技術までもっているわけではない。
違う!?
(ご名答! だから!)
投げ飛ばした武力王が、空中に溶けて消える。
きっと、さっきからの出たり消えたりも同じことをしている。
それでやっと理解した。
サイオニックは、PSIエネルギーを自在に扱える。
サイコが初めて語り掛けてきた時の話を思い出しながら、結論を出す。
「こいつは、形がない巨人!」
(いいね! じゃあどうしてそうできると思う!?)
ハガネから距離を取った場所に、再び姿を作り上げる武力王。
それはアニメで見慣れたブリキオーのファイティングポーズ。
僕にはその向こうにクラスメイトの男の子、根須 あきらの不敵な笑顔が見えた。