第二十話「武力王、我と在り」2/4
=多々良 央介のお話=
「うーん…、アレぶつけて皮膚が裂けただけとかじゃないよ。切創、それも皮下組織以下まで深くエグる傷で、交差する2回だもん」
体育館に向かう途中、むーちゃんによる根須くんの額の傷跡についての見解。
流石はお医者さんの娘。
日頃から人の体がばらばらになった写真だらけのお医者さん向けの本を読んでいるだけのことはある。
それをうっかり見てしまった僕にとっては、トラウマなんだけども。
「やっぱり、触れない方がいい話かな…。紅利さんは、その、何か知ってる?」
「えっと…」
僕の押す車椅子に乗る紅利さんは少し戸惑って、周りを気にする。
それから更に少し考えこんでから、口を開いた。
「…多分、“あきらくんは私が言う事に気付いてると思うんだけど”、あれはあきらくんのお家での傷だと思うの」
言うって気付いている?
紅利さんがどうするかぐらいは察している、ってことかな。
それよりも気になったのは、家での傷という部分。
「3年生の時だったのだけれど、あきらくんは血だらけで登校して来て。あきらくんは登校中に怪我したっていうんだけどね」
怪我。
いや流石に無理があると思うのだけども。
怪訝な顔をしていたら、振り向いた紅利さんも頷いて続ける。
「その頃、あきらくんのお父さんお母さんが別れたってママたちの噂になってて、あきらくんも時々登校もしなかったり、だったの。学校の時間にも町中を歩いてたり…」
登校しない。
登校、できない。
僕と、同じ――?
「それが、あの怪我をしてからはむしろ笑顔が増えた、のかな? おかしな事だと思うけど…」
――あれ、違うのかな。
何か、自分を咎めるような事でもあったのかなって思ったのに。
「でも、あきらくん。あんな事ができたのなら、それが…」
「――あんな事?」
紅利さんの呟きに近い一言を、無理に問いただすような言い方になってしまった。
彼女は妙に戸惑って、逆に聞き返し――
「え、えっと。あれ? 央介くんはあきらくんの事…」
――その途中で、言葉を切ってしまった。
僕が、根須くんの事について。
特に接点はなかったはずだけれど。
「う、ううん。なんでもない。私の勘違いだった」
「勘違いって――」
明らかにごまかしを感じる話に、佐介が聞き返そうとした。
その時、階段の下から声が響く。
「わすれものー!」
目的を掛け声に駆けあがってきたのは、話題の根須くんその人だった。
バッドタイミング、というべきだろうか。
――でも、他人の秘密をそんなに知ろうとするべきではないとも思った。
僕だって今、秘密を抱えたまま、この学校の子供達に被害を出している側なのだから。
「水泳で忘れ物って素っ裸で泳ぐつもりか?」
「水泳帽! 忘れがちでね!」
佐介と根須くんの短いやり取り。
彼は普段から帽子被ってるのに、帽子を忘れるというのはちょっと不思議な感覚。
水着袋から出してしまっていたのだろうか?
僕たちとすれ違って教室へ向かう彼を、佐介が見つめていた。
競泳で、クラスの子たちが順番に泳いで50mのタイムを測っていく。
僕らの番もそろそろ来る。
応援の声が飛び交うそんな中で、近くにいた根須くんに話しかけたのは、佐介。
「転校先で熱烈なブリキオーファンに出会えるとはなあ。やっぱ26話、雷武が一人でフルパワー出すとこか?」
ん? それは26話じゃなかったはずだけど。
たしか26話は――
「……26話はみんな液体に溶けちゃうホラーだ。ミスリード仕掛けるには相手が悪かったな」
「おっと、こいつは本物か。失礼しましたー」
引っ掛け問題か。
いつもながらこいつはよくわからないタイミングで他人と関わろうとする。
ひょっとしたら、僕を同じ趣味を持つ他人と関わらせようとしているのだろうか。
「多々良も…ああ、双子でブリキオー好きだったんだな。さっき狭山が変な飛行ポーズさせてたの睨んでたし」
「あ、見られてたんだ。…うん、やっぱり、違うかなって」
僕は観察されていた恥ずかしさをごまかすように水泳帽の頭を掻きながら返答した。
根須くんも笑顔で続ける。
「でもまあ26話は嫌いじゃあない。悪い奴らが自分の作った怪獣にやられちゃうのはな」
「あそこ怖かったよ。ブリキオーまで飲み込まれかけるんだもん」
「次―、多々良、佐介君」
話の途中で、佐介が泳ぐ順番がきた。
軽く手を上げて飛び込み台に向かう佐介を見送り、根須くんと話を続ける。
「言ってたフルパワーは24話だな。松井が倒れて、雷武が初めて一人で動かせるようになった時だ」
「ブリキオーたった一機で敵軍をなぎ倒していくのはカッコいいけど…やっぱり松にーさんが死んじゃったのが悲しいかなって」
その時、僕がふと思い出したのは、軍を相手にしたハガネの性能試験。
ハガネは攻撃こそしなかったけれど、軍の銃も戦車もミサイルも、どれ一つハガネにダメージを与えることはできなかった。
もし攻撃に出れば、大した苦労もなくハガネ単独で戦車隊を壊滅出来ていたと思う。
昔の僕なら、それを雷武に近づけたと喜んでいたかもしれない。
けれど、実際にその時に感じていたのは、巨人という力が悪用されてしまっていることへの恐怖と後悔だった。
「…じゃあ好きな話ってどの辺だよ?」
僕を現実に引き戻す、根須くんの質問。
好きな話。
当時は新東京島の同級生に話して笑われた記憶があるのだけれど、6年生の今なら少し感覚が変わってくると思う。
「ちょっと変かもしれないけど…ポテッチ誕生が好きだった」
「ギャグ枠じゃん!」
根須くんも言う通り、ポテッチはギャグっぽいサポートロボだ。
スクラップから作られたロボットボディに雷武の妹のペットのハムスターをサイボーグとしたもので、ブリキオーのサイドキックとして活躍していた。
それでも、彼の活躍で強敵に勝てたことは一度や二度ではない。
「そうだけどさ…。でも科学の力で命が生まれ変わるってのが、好きだったんだ」
「ふうん。その辺は多々良も科学者の息子だから、ってことかな」
「ああ、うん。そうかも」
話すうちに不思議と落ち着く答えに辿り着く、そこまで話した時だった。
こちらに向いて話を続けている根須くんの向こうから、泳ぎ終わった佐介が歩いてくるのが見えた。
しかし、その動きに違和感を感じる。
佐介はそのまま、プールに気を向けているクラスメイトの間を抜けて、根須くんの真後ろに回る。
なんで、こいつは気配を消しているのか。
そのまま佐介の右手がそろそろと根須くんに伸びる。
僕の静止は間に合わず、佐介は根須くんの肩を鷲掴みにしてしまった。
「うわっ! …なんだ、佐介の方か。脅かすなよ」
驚きながら振り向く根須くん。
「…いやー、話し込んでるからさ。気付かなかっただろ? きちんとした先祖伝来の忍術なんだぜ?」
「そういうのは…兄弟にやれっつーの。ってかおまえら忍者の子孫なのかよ」
「さ す け!」
僕は隣に戻ってくるポンコツの耳を引っ張った。
佐介がするいたずらにしては、今回のは珍しいパターンだ。
身内以外には、手を出すことはなかったのに。
「いてて、うひひ。でもおかげで分かったぜ。後で付き合え。捕まえに行くって言ってあっただろ?」
「――ああ、今のでバレたかよ。…そうだな、昼休みに体育館裏にこい。二人だけでな」
――え?
何か、勝手に進んでいってしまった話。
水泳の授業が終わっても、佐介からは何の話なのか説明も無し。
当然、根須くんに声をかけても「すぐにわかるさ」の一点張り。
わけがわからないまま黙々と給食を食べて、次の授業の準備を済ませて。
いつの間にか居なくなっていた根須くんと、腹ごなしの準備運動をしだす佐介と。
「さて、行くとするか。どんな手品使ってくるやら」
「いいから説明しろ」
流石に僕も怒りを面に出した口調で佐介に詰め寄る。
すると佐介は僕の口を押えて、小声で言った。
「根須がサイコだ。さあ、捕まえに行くぞ」
僕の驚きの叫びは、佐介の手でしっかり押さえられた。