第四話「地球最強種族の刃!」1/4
=珠川 紅利のお話=
「真梨ちゃんの巨人、なんでしょう?」
私の問いかけに、偽物さんから聞こえていた大人の人たちのがやがやが一瞬、止まる。
央介くんの声も、しない。
《――すまない、お嬢さん。隠し事をしてしまったことを詫びなければならない》
大人の人の声。
央介くんのお父さんじゃ、ない。
《私は、日本都市自衛軍一佐、大神ハチ。この作戦の責任者だ。まずは年若い君の作戦への協力を感謝する》
おおかみ、はち。
軍隊の、長い役職の名前。
……私、どうして、誰と、話しているの?
《そして、君の質問だが、君の情報で巨人を撃破できたことからすれば、おそらく君の考えている通りだ》
――どうしよう。
体ががたがた震えだす。
本当に怖いところに踏み込んでしまったことに気付く。
それでも、それでも聞かなくちゃ――。
「あの、あ、あの……、真梨ちゃんは、どうして、巨人を……どう、なるの?」
何とか声に、なった。
でも、意味がむちゃくちゃな気がする。
偽物さんが、心配してくれて、背中をさすってくれて。
《先に言っておこう。これらの情報は各法律、特に軍事上の秘匿、保護範囲にあたる。そのために君はとても危険な状態にある》
軍の人は怒っているわけではないのだろうけど、厳しい声が、重たい。
《ただ、民間人、そして貴重な外部協力者を罪に問いたいわけではない。ある程度の情報を開示するので、理解してもらいたい》
「……は、はい」
必死の返事に、向こうの息遣いが響く。
どんなことを言われるか、怖い。
《……さて、まずは君の友人。赤い結晶回路、Dマテリアルによる精神の投影体、通称“巨人”を破壊された者は、気の毒だが、何らかの精神的外傷を負う事例がある》
Dマテリア……、セイシン、トウエイタイ。
……巨人。
そして、巨人を壊されると、セイシン、ガイショウ……ええっと……。
《心に……、心とか、夢とか、そういうのが傷つくんだ……僕のせいで》
央介くんの、声。
心や、夢が傷つく――?
《央介君、君はあまりしゃべらない方がいい。君にも彼女にも法的リスクが生じる》
《ご、ごめんなさい》
軍の人の言葉は厳しいけれど、央介くんにも、私にも、きちんと話してくれている、と思う。
《こちらも難しく言い過ぎたな。……以前に出現した巨人の元になった人物は、精神的負担による不眠症状や体調不良に陥った》
不眠症状……、それは巨人を壊されて、夢が傷ついたから……?
あれ? そういえば、喘息で投稿してこなくなった夏木くんは眠れなくて症状が酷くなったって……。
《つまり今回の君の友人も、精神不調を起こす可能性がある。……当然、それらは我々としても望んだ結果ではない。だが――》
軍の人は、少しため息をついて、続けた。
《――巨人は十分な攻撃をもって破壊しなければ、短期間で同じ個体が再度発生してしまうのだ》
再度――。
巨人は何度でも出て、そして、央介くんのハガネは全身を切り刻まれる。
私はまだ混乱が多いままで、その恐ろしい話を聞き返す。
「あの……何度でも、ですか?」
《そうだ。こちらは補給なり回復なりが必要なのに、すぐに、何度でも現れる。……そして、発生した巨人が悪意を持った誘導操作を受ければ、先週や今回のような事態になる》
悪意を持った、誘導。
やっぱり、悪い人たち、央介くん達の言う、ギガントという人たちがやっているのだろうか。
《……巨人の破壊命令は私から出している。央介君達に責任はなく、また事態解決に最小限必要な犠牲だ》
必要な、犠牲。
真梨ちゃんは、犠牲……。
《必要な犠牲、ですか……? じゃあ僕は、あと何人の、子供達の巨人を壊して回れば?》
「お、央介くん? ――子供達の、巨人?」
急に喋り出した央介くんに、通信先がざわつく。
秘密だとか通信を切るべきだとか、咎める声。
これは、多分言っちゃいけない、聞いちゃいけない事なんじゃあ……?
《――巨人の元になるのは……、子供の心だけだから》
《央介、それは……!》
央介くんのお父さんが慌てて止めようとする、けれど――
《――以上、おしゃべりロボット佐介くんでした!》
えっ、えっ? 佐介くん?
喋り方を似せてたから、全然、央介くんと聞き分けできなかった……。
でも今、巨人は子供だけから、って?
《佐介!!》
央介くんと、央介くんのお父さんの声が同時に、流石に怒っている。
《ちゃんと理解してもらいたいんだろ!? ごまかし無しで話してスッキリしよーよ。……気に食わないならフォーマットでも解体でも、お好きにどーぞ》
佐介くんは、やっぱりロボットとしてどこかおかしい。
私でもそう感じる出来事だった。
《むう……余計な混乱につながる情報だから、伏せていたのだが……。多々良博士、補佐体にリミッターや停止機構は組み込めないのかね?》
《すみません……! 幾度か試みているのですが、その都度、夢幻巨人側に悪影響が出てしまって……》
まるで佐介くんは、大人にもイタズラをするヤンチャな男の子そのもので――。
――あれ? でも前に央介くんと繋がってるみたいな話をしてたような?
《珠川 紅利君、今のは完全に機密情報だ。決して人前で話さないでほしい》
色々言われていたと思ったけれど、“今の”というのはたぶん――。
「――あ、あの、子供が。子供だけが巨人の元になる……、ですか?」
《そうだ。……すべての子供が、テロリストの武器になる、あるいは災害になる》
「……えっ?」
子供が、武器で、災害……??
《この事実が知れ渡れば、世界レベルで、どんなパニックになるか。それがあまりに危険すぎる。巨人の元になるもの――子供を傍に置けないような世界になってしまう》
軍の人は、恐ろしい未来を語った。
ぐらっと、体が揺れたように感じて、それがめまいだと理解するにも時間がかかった。
急に、話が大きく、怖くなった。
《現在、軍や警察は、この技術を悪用している国際犯罪組織“ギガント”を追跡している。一方で央介君は、その組織に狙われ、巨人による攻撃を差し向けられている》
この部分は、央介くんから聞いた話と同じ、だと思う。
だから、わたしが考えていたのは、自分と同い年のヒーローが、悪い人達と戦う。
それだけだと思っていたのに。
巨人は、子供から現れるもので、世界中の子供がみんな、危険な存在になってしまう。
これ、私みたいな子供が知っても、どうしたら、いいの?
どうしようもできない。
ただ、こわいだけ。
子供の央介くん達は――。
――ううん違う、佐介くんはロボットだから、央介くんはたった一人でこんな怖い事と戦ってきたの?
“央介くんと、友達になってあげてほしい”
最初の事件の時、狭山さんのお母さんに言われた言葉。
その意味が、やっと分かった気がする。
――軍人さんが、また話し始める。
《我々は今、巨人を根本的に無力化し、ギガントを撃退する計画を進めている。それまで、事情を理解して、秘密を守ってくれるだろうか?》
「あ、あの、私……」
心臓が痛いぐらいに鳴っている。
これは、私にできることなんだろうか。
――誰にも言えなくて、何か間違ったら、お父さんお母さんと逢えなくなる。
そうなったら、私は何もかも無くすの?
両足を無くして。
夢も無くしたのに。
《紅利さん……》
今の声は、央介くん、それとも佐介くん?
……ああ、でも、そっか。
今の私には彼らがいる。
それなら、できるかもしれない。
彼らが、守ってくれるなら。
深呼吸をする。
もう一度する。
それから――
「――わ、私、頑張って、みます」
私の精一杯の答えから、軍の人の返事が戻ってくるまで、少しだけ間があった。
その間の時間が、何分もかかるぐらいに長く思えて、怖かった。
《……うむ。我々、JETTERも、君達を最大限守れるように努力させてもらおう》
その返事は、なにかもう、ぐわんぐわんとした言葉にしか聞こえなかった。
けれど、多分これでいいはず。
……ひどく疲れて、車椅子に全体重を預けた。