第十九話「アシンメトリック・ウォー」4/4
=多々良 央介のお話=
ついに正体を現した巨人、シルバーデビル。
その後方でクロガネが呆れたような仕草をしながら、語り出す。
「エルダースのジジイが言うには、こいつはオレの補佐体だとよ。補佐体にエネルギーを供給する補佐体、意味が分からないだろ!?」
補佐体の…補佐体???
アトラスと違って機械が乗っているというのはそう言う事だったのか。
あれ? でもそうなるとクロガネへエネルギー供給を行っているって――
《PSIエネルギーを供給する…補佐体!? 馬鹿な! まさか機械だけでこれだけのPSIエネルギーを発生させているのか!?》
通信の向こうで父さんが叫ぶ。
そうだ、引っ掛かってたのはこれだ。
機械だけと言いながら、さっきから巨人の攻撃をしてきている。
――じゃあギガントは、機械だけで“生き物だけが使う力”だったPSIエネルギーを制御している!?
(畜生! チートもいい所だ!)
「前にオレからもPSIエネルギーを感じる、とか言ってなかったっけか?」
頭の中と隣で、サイコと佐介が言い合い。
でも、分かった。
佐介がPSIエネルギーを作り出せているのだから佑介にも同じことができる。
それをもっと進めたら、こういう悪用ができるんだ。
――許せない。
僕の中で怒りに火が付く。
こいつは多少の無理をしてでも、倒さないと。
「佐介、アイアンロッドを!」
「テフ、デリンジャー!」
ハガネとアゲハで武器を構え、シルバーデビルとの距離を測る。
一方でテフが操るアゲハのマントは体と全く別の動きをはじめて、クロガネを狙う。
「当機テフがMRBSでクロガネを抑えます」
「助かるっ!」
テフの支援を受け、ハガネとアゲハでシルバーデビルへ飛び掛かる。
アゲハが上下二本の螺旋槍を突き出し、ハガネはその間をロッドで薙ぎ払う。
逃げ場のない十字の面を作った攻撃を受けたシルバーデビルは後方へ退く。けれど――
「太い! アイアン・チェイン!」
――ハガネ主砲から放たれた巨大な鉄の鎖。
シルバーデビルは巨人体を出現させた分、図体が大きくなった。手足が伸びた。
だから鎖は絡まりやすい!
「かかったっ! 央介、むーちゃん!」
鎖に捕らえられたシルバーデビルに対して、先に動いたのはアゲハ。
アゲハ両手の拳銃から螺旋槍が放たれる。
「――っ!!」
二本の螺旋槍はシルバーデビルの体を貫いた。
貫きはした。
だけど――
「これが…補佐体の反応速度!?」
むーちゃんが驚きの声を上げる。
シルバーデビルは突き出された螺旋槍を両掌で受け、その軌道を本体から逸らしていた。
「でも、ノーダメージじゃ、無いはずだっ!」
僕は、アゲハに縫い留められたシルバーデビルへハガネを躍りかからせる。
相手を抑え込むアゲハとは角度を変え、アイアンロッドでの重たい突きを狙った踏み込み。
ギガントの機械相手には容赦なんて必要ない。
直撃させる。
アイアンロッドが、シルバーデビルの体にめり込む。
「ぐっ、あっ…」
微かに聞こえる、シルバーデビルからの悲鳴。
このままダメージを重ねていけば。
そう思った時に、声が響く。
「いけません! 央介さん、直ぐに離脱を!」
「――スティール・スピナー」
テフの警告と同時に、予想外の角度から必殺の宣告を受ける。
背筋に氷を落とされたような震えが体に走った。
自分の失敗に気付く。
ハガネとアゲハの二体がかりでシルバーデビルに食い付いたため、アゲハの周囲にはハガネとシルバーデビルという二つの壁が出来ている。
アゲハのMRBSに、死角ができている!
ハガネ主砲を狙ってくる、クロガネが作り出した破壊の螺旋。
ダメだ、当たる…!
「左手ぇ!」
左手――?
とっさに声通りに左手を伸ばした。
左手が強く引っ張られたような感覚があって、視界が一気に吹き飛ぶ。
感じたのは、アイアンスピナーの貫通感覚。
そこでやっとわかった。
佐介がスピナーを作り出してくれて、その中に巻き込んで飛ばしてくれたんだ。
「ひー…、上手くいった! まだ行くぞ!」
「ちぃっ!! ちょこまかと!」
螺旋からクロガネが飛び出し、また次の螺旋を作って追いかけてくる。
僕も佐介が作り出した螺旋に飛び込み、角度を切り替えて、相手が螺旋から飛び出る瞬間を狙う。
周囲の被害を気にする余裕はなかった。謝る時間もなかった。
都市の隔壁や住宅まで貫通して、破壊して、相手の隙だけを探す。
シルバーデビルが火炎攻撃をしかけてこないのは、クロガネを巻き込むことを嫌っているからだろうか。
でも、僅かに追い付けない。
幾度か、クロガネの末端に当てることには成功した。
しかしクリーンヒットになってくれない。
原因はわかっている。
僕が読心を受けている分、相手が機械の分、クロガネの方が少しだけ、正確で速い。
ハガネが攻撃を受けていないのは、クロガネが狙っているのは佐介だけというハンデがあるからだ。
勝てない。
そんな弱気が頭の中に湧き始めた瞬間だった。
「バタフライ・シャイン!」
追いかけていた目の前のクロガネがいきなり消し飛んだ。
佑介だけが飛び出し、驚愕の表情で宙を舞う。
急に近くの隔壁を照らし始めたのは、シルバーデビルと組みあったままのアゲハから伸びる照準光。
「追いかけっこの邪魔だった!?」
「宣言通り、クロガネを抑えました」
そこで僕はやっと理解した。
ハガネとクロガネのドッグファイトの先にMRBSの破壊領域が置いてあったのだ。
無我夢中の戦いは、偶然ながら追い込み漁のような状態になっていたらしい。
「…助かった!」
冷や汗だらけでむーちゃんに感謝を伝える。
やっぱり、アゲハがクロガネに有利を取れるのは大きい。
吹き飛んだ佑介が、雨の泥だらけになって路面から立ち上がるのが見える。
シルバーデビルは依然としてアゲハの二本槍を刺されたまま。
そう思った時だった。
「佑介さまーーっ!!」
急にシルバーデビルが、炎を放った。
僕はそれは目前のアゲハを焼くものだと思った。
でも、アゲハをシルバーデビルから引きはがすには距離があり過ぎた。
けれど、炎に焼かれたのはシルバーデビル自身。
アゲハに貫かれて固定されているシルバーデビルの両腕が、炎で焼き切られる。
そのまま両腕の無いシルバーデビルは飛翔し、佑介の前に立ちはだかった。
「な、何!? あいつ、どうして自分の腕を!?」
「さっき、佑介がアゲハを傷つけるなって言ってたとは思ったけど…!」
自身を損なってでも命令を守る。
機械らしいと言えばそうかもしれない。
けれど、僕にはシルバーデビルの行動が不気味にしか感じなかった。
「MRBSに排除の必要あり…」
シルバーデビルの呟きが聞こえた。
今、あいつはアゲハを狙っている。
でも命令ではアゲハにダメージを与えられないはず。
何を、してくる。
僕はハガネをアゲハ前に立たせ、彼女を庇う。
「蓄積イオン値から十分威力を確認…」
雨がハガネの体表面を激しく打ち付ける。
シルバーデビルの虚空の顔がこちらを睨み付け――。
「…PKシステム・サンダー」
体を揺るがすほどの轟音。
続いて目もくらむような閃光が周囲を包んだ。
慌ててアゲハを確認しようと僕が振り向いた時にも、まだそれは眩しく天から地を貫き続けていた。
落雷。
「むーちゃんッ!!!?」
僕は必死で彼女に呼びかけた。
「…だ、大丈夫! むーは、なんともないよ!」
むーちゃんからは、無事を知らせる声が返り、僕は安堵の息を吐く。
考えてみれば、落雷といっても物理的な現象。
巨人にはダメージがあるはずはない。
だけど、問題はそこではなかった。
「ですが、MRBS制御系が落雷による多大な電流サージにより破壊。MRBSは照射不能です!」
《しゅ、周囲に雷を発生させるようなエネルギー干渉は確認できません! 自然雷です!》
《こんな不自然な落雷があるか! …機械系を狙い撃ちにしてきたとでもいうのか!?》
MRBSの排除。
シルバーデビルの呟いたとおり。
相手は巨人にダメージを与えずに、機械だけを壊すことに成功した。
僕はシルバーデビルと雨雲の向こうで鳴り響く雷を警戒しながら、ひとつ思い出した。
通信回線を開き、問いかける。
「父さん…、前のクロガネとの戦いも雨、だったよね?」
《――ッ!! 上空の雷雲自体がシルバーデビルの作り出したものか!? …いや、熱を操れるなら、可能か…。しかし範囲が…》
父さんの反応を見る限り、偶然でもなんでもないみたいだ。
アゲハのMRBSはもう頼りに出来ないと考えた方が良いだろう。
炎と雨と雷を操る機械仕掛けの巨人。
読心と高速思考で襲ってくる機械仕掛けの巨人。
むーちゃんのアゲハは武器を奪われ、僕のハガネでは相手に追い付けない。
こんな相手に、どうすれば勝てる――?
手詰まりを感じながらハガネを相手に向け、攻撃の構えをとらせる。
すぐ横で、アゲハも拳銃だけ構えて続く。
「やめた。つまらない!」
響いたのは佐介の声。
――いや、これは違う。
シルバーデビルの下で雨宿りしている佑介の声だ。
やめる…?
「佑介さま。今の状態であれば佐介の破壊は可能です」
シルバーデビルも疑問に感じたのか、佑介に聞き返している。
今はシルバーデビルの言う事の方が正解だろう。
僕たちにはもう打つ手がない。
「…勝てるとわかって馬鹿にするのか!?」
佑介に向かって悔しさをぶつける。
負け惜しみにも届いていない、酷く惨めな怒り。
「違うよ、央介。オレが自分の力で偽者に勝たなきゃ意味がない。なのに、この木偶人形が余計な事するんじゃ興覚めだ」
木偶人形。
あれだけの脅威を見せたシルバーデビルを佑介はそう言い捨てる。
クロガネとで本気でコンビネーションをしかけてきたら、こちらに勝ち目はないのに。
「帰るぞ」
「――御意の、ままに」
佑介が機械の腕から鉄鎖を伸ばしてシルバーデビルの腕に絡める。
シルバーデビルはそれを一息に引き上げて佑介を肩に飛び乗らせた。
このまま見逃してくれれば――
――何を考えてるんだ!? 僕は!
負けて、怯えて、相手に逃げてもらう!?
歯を噛み鳴らして臆病風を体から追い出し、声を絞り出す。
「…っ! 待てぇっ! 逃がさない!」
鋼鉄の螺旋を作り上げ、浮かび上がるシルバーデビル、その上に立つ佑介を狙う。
アイアンスピナーで相手に向かって飛びこんで。
瞬間、一際大きな落雷がシルバーデビルを包む。
その衝撃を伴った閃光が消えた時。
アイアンスピナーが何もない空を切った時。
佑介の姿も、シルバーデビルの姿もそこにはなくなっていた――。
「…ちくしょおおおっ!!!」
=佑介のお話=
ハガネ、アゲハとの戦闘を離脱して1分47秒。
今は、要塞都市のはるか上空。
「カレー、食べたかったな…」
自衛軍からはシルバーデビルと名付けられた飛行機械アトラス・タイプKの上に立って、僕は独り言ちる。
今日、偽物と戦いに来たのはそれだけが羨ましかったからだ。
しかも偽物はそれだけでなく、ホットドッグまで央介たちと楽しんで食べていた。
「ご用意、いたしますが」
ガラクタが余計に気分を悪くしてくれる。
こいつは補佐体だというのに、僕の心を受信するようにできていない。
僕と央介なら、何もかもが通じ合っていて、こんな煩わしさは不要なのに。
「オレは、昔通りに教室で給食のカレーを食べたいんだ。分かったら黙ってろ」
「はい…」
もう、成層圏を抜ける。
真っ黒い空に、無機質に輝く太陽。
「スピナーの形成こそ偽物の仕業でも、威力と速度は央介の意志と技術…。それを当ててきたんだから、僕の方が負けてるんだよ。央介…」
大気の振動が無くなった世界で、僕は誰にも聞こえない呟きを漏らした。
消し飛んだ右半身、アイアンスピナーの貫通した大穴を、亜真空の風が通り抜けていく。
See you next episode!!
人の心を覗ける力。
もし君がそのような力を持ったら、幸せになれるだろうか?
そんな力を持たずとも、心一つになれる時があるのではないだろうか?
次回『武力王、我と在り』
君達も夢を信じて!Dream Drive!!
##機密ファイル##
『通貨制度』
この時代の日本には二種類の通貨、生活用トークンの日本銭(ZEN)と、資本通貨の日本円(YEN)がある。
前提として、完全AI工場やマイクロウェーブ受信発電などによって人間の介在が希薄となり資源消耗が微細過ぎる生産は、資本価値が極端に低い。
結果、生産業の大半に価値を付けることが出来ないほどのデフレーションが起こっている。
その状態にあっても経済活動の証明としてのトークンが社会システムに必要であるために、日本銭が存在している。
この日本銭は、日本に在住しているものであれば、国から定額が毎月支給され、衣食住に加え医療教育交通程度なら不自由はしない。
月の支給額はそれほどでもないが、前述の通り一部農業や工業製品などの価値が暴落しているため、それでも余る程度。
ただし支給発効から半年ほどで失効するため、そのままでの蓄財はできない。
一方で、日本円は人間の労働や権利に対して支払われる資本通貨。
人間が作った物、趣味的な物、希少価値のある物、他人と権利を売り買いする際に用いられる。
当然ながら、こちらは何らかの労働をしなければ手に入らない。
しかしAIによるありとあらゆる支援が完成されているこの時代において、労働を見つけることが大仕事。
最も分かりやすい円が手に入る業種は、AIに制限がかかっている軍関係となり、次いで人の手による料理店や創作活動、動植物取り扱い、スポーツ選手等となっている。
が、軍以外は個人的資質が大きく影響し、競争が激しいために、簡単になれるものではない。
国際通貨である円は相場により変動するが、銭は毎年度国会で価値が決定される。
そして、現代においては円と銭の両替が可能になっている。
わざわざ可能になった、と前置きしたように、過去にこの二つは両替不能だった。
というのも、この二重通貨制度は本来『非人間用の通貨』と『人間用の通貨』での区別として制定されたもの。
すなわち、人間の労働でないAI生産、および人権剥奪者の労働管理目的での下級通貨として発生したのが日本銭の始まりとなっている。
当時、社会保障の国への返上という名目で、人権は本人の同意をもって権利種別ごとに円払いでの切り売りが可能だった。
もちろん本人の同意とはいえ、脅迫その他で売らせてしまうことは珍しくもない。
そして、ほとんどの人権を売り払ってしまった者は人間として扱われず、誰かの所有物になり、請求権を失い、円を手に入れることも不可能になり、脱出不能の階層に陥ってしまう。
このようにして価値のない人間を人間扱いしないことにより、国としては好転していたことが数字の狂気といえる。
なお、今回のお話で央介らが買い食いしていたホットドッグはフードトラックで手作り調理されたもので、円払いの贅沢品である。