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第十八話「紅い靴を履いた少女」4/4

 =珠川 紅利のお話=


「…早く、央介を止めろ。普通に戦えば央介は勝てる。今は、おまえの足を残そうと、無理な戦いしてるんだぞ」


「でも、でも…央介くん、なんとかしてみせるって、言ってたもの…。なんとか、なんとかしてくれるの、きっと…」


 あきらくんは、おかしな力で私の心を読み取って、言い分けもできない説明で私を追い詰めて。

 そのまま、彼はポケットを探った。

 少しの手間すら苛立たしそうに、焦りながら携帯を取り出し、起動する。


 携帯の映像にすぐ表示されたのは、ハガネの姿。

 ニュースがリアルタイムで流しているハガネの戦う姿。

 その姿は、相手からの攻撃を受けて、酷く傷だらけになっていた。


「これ見ても同じことを言い続けるなら、この場でお前を消してやる…!」


 あきらくんが、私に向けて悲鳴のように叫んだ。


 消す。

 何をどうするのかはわからない。

 でも、それは彼にとって可能な事なのだと、わかってしまった。


「央介からは嫌われるだろうけど、央介が戦い続けて救う大勢の人の数と、お前ひとり。比べ物になるかよっ!!」


 それでも、まだ、なんとかなる。

 なんとかなってほしい。

 そう思って、私は、最後の抵抗を続ける。


「だって、だってわたし…せっかく足が戻ったのに、手放さなきゃいけないなんて、いやだもの…」


 自分でも、惨めな言い訳と思うような言葉が出てきた。

 でも、それが必死の本音だった。

 あきらくんのひどく怒った顔に、少しだけ悲しげな目。


 足が無くなって、良かったことなんて、あるはずもない。


 嫌。


 嫌、嫌、嫌。


「足がないなんて、もう考えたくも…」


 このまま足が無くなったら、これからも車椅子の上の日々。

 学校に遅刻しそうになって。

 あっちこっちに引っ掛かって、怖い人たちに攫われて。


「怖い事があって、助けてもらうばかり…」


 ……。


 ……?



 ――あれ?



 央介くんと出会った。


 出会って、この数か月、央介くんは傍にいてくれた。


 央介くんは、学校で私の傍で話を聞いてくれた。

 央介くんは、車椅子を届けてくれた。

 央介くんは、私が危ない時に助けてくれた。


 車椅子がおかしくなったから、央介くんと出会った。


 車椅子の無い私だったら、事件にも巻き込まれず、何も知らないままの女の子だったんだ。

 何も知らないまま、傍に、央介くんが居てくれない女の子。

 そんなの。


 そんなの、いやだ。


 今朝、私は友達と遊ぼうとした。

 せっかく足が戻ったんだから、昔通りに友達と遊ぼうと思って。

 だから、いまは央介くんはいらない、そうまで思った。


 私、ひどい事をしようとした。

 央介くんは、自由に付けたり離したりできる道具みたいな扱いをしようとした。


 かっこいいヒーローの央介くん。


 巨人という力を使って悪い人たちと戦う小さな男の子。

 私が困っている時に何気なく手助けしてくれる素敵な男の子。

 時々、私が助けに入った時にすぐお礼してくれた可愛い男の子。


 私は、足と、央介くん、どっちが大事なんだろう…?

 考えが、頭の中でぐるぐると回り出す。


 出口は、出口はどこ?


「…お前の足は、ここにあるぞ」


 声をかけてくれたのは、あきらくん。

 あきらくんは、見覚えのある大きな箱を、再び私の前に突き出す。


「お前が嫌がってるだけで、立てるって奴だろ、これ」


 箱の留め金が外れて、開かれて。

 中に入っていたのは、私の、義足。


 今朝、必要が無くなって家に置いてきたはずの――


 ――さっき、あきらくんは酷く息を切らしながら入ってきた。

 私の家まで、義足を取りに行っていたんだ。


 巨人同士が戦い合っているこの街に飛び出て。

 巻きこまれる怖さが分かっていて。


 ああ、そっか。

 あきらくんもヒーローになろうとしてるんだ。

 男の子たちは、ヒーローを目指してる。


 ――今、ヒーローの央介くんが怖いのを我慢して戦ってるなら。


 今、私も怖いのを我慢して戦うなら。


 それなら、ハガネは、央介くんは、出会ってからみたいに、傍に居てくれるかもしれない。


 ――私は、やっと、やるべきことを、決めることができた。

 それでも涙は止まり切らなかった。


 泣き腫らした顔を見せたら、央介くんは余計に辛く思ってしまうかもしれない。

 でも、このままだと央介くんは戦いに倒れて、止まらなくなった巨人が街へ被害を広げてしまう。

 そうなったら、央介くんはもっと悲しむ。


 私は、央介くんに傍にいて欲しい。

 私を助けてくれた彼が、笑顔になってほしい。


 あきらくんが手渡してくれた義足を手にする。

 その瞬間、私についていた巨人の足は光の破片になって砕け散った。


 でも、それはもっと大切なもののため。

 ヒーローに一歩でも近づくため。


「…ふん、少しは人のことを考えられるようになったな。あとは頑固者の央介にどうやって…」


 あきらくんが何か呟く隣で私は義足を縛り留めて、壁頼りに立ち上がる。

 立ち上がろうとする。

 でも急に縛り留めた義足は無茶苦茶な震えを起こして、それを許してくれない。


「お、おい! 無茶すんなよアカリーナ! 央介に説明すればいいだけなんだって!」


「駄目!」


 何で駄目なのか、自分でもうまく説明できない。

 なんで、なんでだろう。


 今、ここに居てはいけない気がする。


 私が、私が行かないといけない。

 私が行かないと――


(ワタシカラ アシヲ ウバワナイデ…)


 ――来る!

 この場所に、学校のシェルターまで、(紅靴妃)が来てしまう!


「あ…、ああっ! そうか、悪夢王と同じかよ!! えーと、えーと…どうする…どうする…!」


「地上…! 学校の、屋上まで行く! あきらくん、おねがい手伝って…!!」


 それから、私はあきらくんの肩を借りて、学校まで昇るエレベーターに向かった。

 でもエレベーターが続いていたのは、校舎の中まで。

 残りは、非常階段を自分の足で登っていくしかない。


 階段に着いた途端に、義足がピンと伸びた形のままになって、あきらくんと二人で倒れ込んでしまった。

 私は義足を抑え込んで、祈る。

 お願いだから言う事を聞いて。今まで使ってこなかったことを謝るから…!


 しばらく勝手な動きをした後、辛うじて動くようになった義足。

 私は、地面にぶつけた痛みをこらえて、階段を登り切る。


 あきらくんは、先生たちしか知らないはずの緊急用パスワードを入力して、屋上のドアの鍵を外してくれた。

 ――すごいな…、なんでもできちゃうんだ。

 あとは、そのドアを開けて屋上に出るだけ。


 でも――。


「あきらくんは、ここまででいい。巻き込んじゃったら、央介くんが悲しむから、逃げて」


「もう十分巻き込まれて…。いや、お言葉に甘えるかな。見つかったら面倒だし」


 あきらくんは、拍子抜けするような様子で、向きを変えて、階段を下りていった。

 彼もヒーローになろうとしているのだから、彼の行動を信じることにする。


 私もヒーローに、央介くんに近づきたいから。

 だから、私は自分で立つ。


 扉を開いて、屋上に出て、立って歩く。


 へたっぴな立ち方でも、かっこわるい歩き方でも、少しでも央介くんに近づいて、声を届けたい。

 立てなくて機械の足を床に引きずりながらでも、赤ちゃんみたいなはいはいになってでも、ハガネへ近づきたい。


 私は、こっちに向かってくる私の真っ赤な巨人と、追いかけてくるハガネに向かって歩いて、出来る限りの声で、叫ぶ。


「もう! 悪い巨人(わたし)がくれた足なんて、いらないっ!!」


 わかってる。

 私はこんなふうに叫んでも、足が無くてもいいという気持ちを、全部受け入れられたわけじゃない。


 だから、もう一人の私――あの巨人は私を狙って向かってきた。

 あそこにいるのは、他の全部を犠牲にしても今の私を否定しても足が欲しい私。


 でも、いらない。

 そんな人を傷つける私は、いらない。

 央介くんの傍に居られない女の子なんて、いらない!


 だから!


「央介くん! 倒してぇぇええっ!!」


 ハガネは、央介くんは校舎の上の私と、真っ赤な巨人との間に割って入った。

 ハガネから央介くんの叫び声が聞こえる。


「僕は…、僕は! きみの悪夢を砕くっ!」


 それはとてもギリギリの距離でのこと。


「アイアン・スピナー…!」


 普段のハガネの必殺技!の距離よりずっと近くて、巨人の胸に直接ねじねじを突き付ける距離。

 それが終わった後、私の巨人と央介くんのハガネは背中合わせみたいに立っていて。


 砕かれて、光になって消えてゆく、私から流れ出た真っ赤な血だらけの悪夢。


 その向こうで振り向いた、私の傍にいて欲しい巨人。


 鋼鉄の巨人は一歩一歩こちらに近づいてきて、ぱっと光になって消え、中から小柄な男の子が二人飛び出して、屋上に降り立つ。

 その片方が私に走り寄ってきて、何かを言おうとして、ぎゅうっと抱き着いてきた。

 突然の事に、私もびっくりして、その場にへたり込む。


 抱き着いたまま、央介くんは涙混じりの声で、私に語り掛けてきた。


「あの…、あし…。ど…したら…」


 ああ、うまく言葉に出来ないんだ。

 それで、どうしたらいいかわからなくての、抱き着き。


 気にしなくていい、そう言ってあげないと。

 央介くんを抱きしめ返して、優しく声をかける。


「ううん…、っいにっ…あっ…、えっ、えぐっ…」


 あ、あれ。

 私も、だめだ。

 言葉に、なってくれない。


 代わりに涙ばっかり。


 でも、わかってる。

 彼が言いたいこと。

 その前に私が言わなくちゃいけないこと。


「ごめ…」


「ごめんなさい…!」


 彼が一瞬先に言いかけて、私が押し返して言い返す。

 お詫びしなきゃいけないのはワガママで彼を傷だらけにした私なのに、本当に優しい男の子。

 それでも彼は負けずに。


「ごめん…。ごめん…!」


「ごめんね。ごめんねえ…!!」


 あやまって、あやまられて。

 だんだんなんだかわからなくなってきた。

 それ以上は声を出そうとしてもお互い、えずいて、しゃくりあげて。


 あとは私と、彼の、二人の泣き声ばかり。

 わかるのは、一番傍にいるお互いの体の柔らかさと温かさだけになった。


 唯一、固い義足が、校舎の屋上を引っ掻く。






 =根須 あきらのお話=


 僕は、お熱い二人の抱擁と、その向こうにいる佐介(ポンコツ)の視界に入らないように警戒し、屋上のドアの影から様子をうかがっていた。


「ま、上出来かな。アトラス追いかける余裕はないだろうけど。…あっ」


 二人の着地点への感想を呟いてから気づいた。

 央介にはまだ想いを寄せている女の子がいる。

 その女の子の巨人にかかっていた呪いが消えて復活し、央介を心配してこちらに向かってきている。


「まいったな、三角関係作っちゃった…」


 友人たちの関係を複雑にしてしまって、ちょっとの後悔。

 思わず頭を搔こうとして、自分が帽子をかぶっていないことを思い出した。


「…うん。どこで落としたんだろな?」


 その後、走りまわった道中で帽子を探し出すのに結構な時間を使ったのと、戦闘警報中に抜け出した事で叱られたのと。

 この二つの苦労は、僕の胸の中だけにしまっておこう。


 See you next episode!!

 互いに影響を与え合う、左右対称、鏡映しのような双子巨人、双生王が襲い掛かる。

 また影響を与え合う人々。

 それら全ても百億の鏡の欠片なのかもしれない。

 次回『アシンメトリック・ウォー』

 君達も夢を信じて!Dream Drive!!



 ##機密ファイル##

『多々良一芯流 蘭華書房刊 現代に残る古流武術100選より』

 中部地方の山岳地帯に道場を開く、多々良氏一族の棒術を中心とする武術。

 元来、多々良氏は名のごとく「たたら」を用いた製鉄・鍛冶を生業としていた。

 その中で武器を用いる者により良い武器を、という研究の過程で、自らも体術を習得することでの研鑽に重きを置くようになったのが武術としての始まりとされる。


 時は戦国、一族の技は諸武家の知るところとなり、乱破、いわゆる忍者としていくつかの陣営を渡った。

 その頃には、多々良流にはある哲学めいた原則が生まれており、これが文献にも残されている。

 曰く「天下乱状 人生不失 其剛刃也」 (天下が乱れていても、人間の傍で失われることがない それこそ強い武器である)


 この原則のもと、多々良に三つの技が生まれる。

 一つ、棒状のものを用いる一芯

 一つ、輪状のものを用いる双環

 一つ、布状のものを用いる無刃


 これら「武器に見えない武器」「どこにでもある武器」による殺傷術として完成された多々良流を用いる一族は、渡りの果てに徳川幕府が御庭番に収まることとなる。

 以後、江戸時代には半蔵門外の鍛冶屋を表向きの生業とし、一方で脱藩した鍛冶師と身をやつし日本各地の武器の密造場へ抱え込まれることで潜伏、暗殺など破壊工作を行っていたという。

 しかし、その所業は反徳川陣営にとっての仇となり、幕末において一族郎党女子供に至るまでの惨殺という結末に至る。


 明治中期、一族たった一人の生き残りであり中興の祖となった人物が生還し、一族の故郷に居を戻す。

 その時点では多々良流には三つの技が備わっていたのだが、この人物がそれを活人を目的とした三つの流派へと分かち、それぞれを三子に伝授。

 結果、長男が受け継いだ多々良一芯流のみがこの地に残された。

 また、双環流の技は長女から女系で受け継がれる中で各地に傍流が発生し、軍の制式格闘術にもその一部が取り入れられている。

 しかし一方で無刃流は記述が酷く曖昧な第三子に継がれて以降の動きが不明。失伝してしまったものと思われる。


 現在、山の中腹に構える多々良氏の家道場には、火と金属の神を祀る社と鍛冶場が併設され、武に限らない一族の技術を伝えている。

 当代、多々良 天道 師範は威圧感ある大男に見えて豪放な好人物で、筆者も大変なもてなしを受けた。

 しかし武門の一族ということもあってか、天道師範に奥さんの地恵さん、師範代で息子さんの前次郎氏も相当な長身。

 お孫さんもまだ小学生ながら中学生と見間違うほどの体格で、巨人の国に迷い込んだような気分を味わった。


 道場の裏手には真っ二つに裂けた大岩が鎮座し、これは前述の中興の祖が奥義をもって割ったものと云われる。

 実際、多々良一芯流の技として、石の芯央を捉えて打ち砕くというものがあり、それによって割られた石がこの巨岩に奉納されている。

 しかし40mはある大岩を人間の業で割ったとは考えづらく、それぐらいの意気を込めるべきという伝承だろうと師範は語っていた。

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