第十八話「紅い靴を履いた少女」2/4
=多々良 央介のお話=
「踊ってる、だけ? このままで居てくれれば…」
隣のアゲハから、むーちゃんが話しかけてくる。
僕の動揺を察してのこと。
「紅利さんの…巨人」
街頭に踊る、真っ赤で、歪で、千切れた足を持つ巨人。
その姿は――。
「足が元に戻ってほしい、そういう気持ちが形になったんだろうな。ただ…」
「体の方は、あれ…記録で見た悪夢王そっくりだよ。精神的外傷から言えば当然かも、だけど…」
佐介と、むーちゃんが、僕たちで共通の感想を口にする。
そして、もう一つ感じていることがある。
この巨人は、ここにあるだけのが全部じゃない。
《学校シェルター内にも、同等のPSIエネルギーを共有している反応を検知しています。補佐体テフからの報告通りなら、これが紅利ちゃんの…》
オペレーターさんも、情報を把握しているらしい。
その声の感触で、大人でもこんな状況は嫌だって思うのだと理解させてくれた。
続く、父さんからの通信。
《…今朝から彼女の足の様子が妙だったという報告は、受けている。Dマテリアルにそんな可能性もあるとは思わなかったが…しかし》
《雌性刻裂を確認。対象の形状から戦闘コードを発行します。現対象のコードは紅靴妃。状態は警戒段階で停止》
無情に、いつも通りに、敵対巨人への戦闘コードが決まる。
あれと戦うことが前提で状況が進んでいく。
今のところ踊っているだけの巨人に、危険性は無いのに。
次に通信から聞こえて来た声。
その声に、僕は全身を酷く戦慄させた。
《あれ…私の巨人、なの? …そっか、この足も、巨人。…キセキじゃなかったんだ…》
――紅利さん。
そう、そうだよね。
いつも、通信で僕たちのサポートをしてくれていた。
今日も、そうなって当たり前だったのに、理解したくなかった。
《ああ…珠川君。君も理解していると思うが、今回の作戦において君は非常に繊細な立場にある。何か事があれば通信を遮断することを理解してほしい》
《は、はい》
大神一佐の、非情とも優しさともとれる指令。
最初から紅利さんと回線を繋がない、という選択肢はなかったのだろうか。
…ああ、でも本人以上に巨人の能力の説明役は居ない。
その分を考えると、この巨人と戦うためにはやっぱり紅利さんにはこの場に居てもらう必要があって。
でも、嫌だ。
このまま、戦いになってしまったら――。
僕は、携帯を操作して通信を父さんと大神一佐にだけ繋げて、聞きたくもない可能性を確認する。
もしかしたらの可能性を願って。
「――父さん。エネルギーが共有されてるってことは、この巨人を倒したら…」
《…この巨人を撃破すれば、まず間違いなく、あの車椅子の子に出現している足も消えてなくなる、だろう》
《辛いだろうが、巨人に対抗できるのは君達だけだ。手段の差はあっても、逃げ場はないと考えてくれ》
手段の差。
そうだ、手段の差があるなら、可能性はまだある。
巨人の力は――
《あ、あの、央介くん。できれば、その…。この足は、残らないかな…》
内緒話とは別の全帯通信から、紅利さんの心細さだけの声。
やっぱり、紅利さんもこの巨人を倒すことが、今の足を失うことだって察しているんだ。
――巨人の力。
それだけなら、僕だって使っている。
同じように、紅利さん自身が扱える力を取り出せないだろうか。
「父さん。何とか、紅利さんに足を残す手段はないの…? 安全な部分だけ切り離す、とか」
父さんなら、絶対に応えてくれる。
巨人、Dマテリアルが作り出す力をみんなのために使いたい。
その気持ちは、父さんの方が僕以上に持っているのだから。
《そう、そうだな…。少し、少しだけ考えさせてくれ。分離、安定化…》
父さんが僕の声に応えてくれたのを聞いて、少しだけ暗い気持ちになる。
僕は、今の状況から逃げたくて、父さんの気持ちを利用してしまった。
《…端的に言えば、制限をかけたDドライブで安定した状態だけを利用はできる。ハガネだってそれで出現させているわけだからな》
できる。
できるんだ。
やっぱり、父さんは天才科学者!
《ただ、それには対象の巨人のPSI波形を分析記録する必要がある。当然それが済むまであの巨人に動かないでいてもらうことになるから、捕獲と保護ができれば…》
《うん! 捕獲する! それと、ギガントの連中も近寄らせない!!》
それならもう他の手段なんて必要ない。
全身全霊で、この巨人を守ればいい。
隣で、むーちゃんのアゲハも頷く。
《…よし。大神一佐、それで構いませんか?》
《紅靴妃が攻撃性を発揮するまでにそれが可能ならば、という条件のもとで許可する。ただし、戦闘状態へ至った場合は保護は破棄。そしてその際には珠川君との通信を遮断する》
大神一佐の決定を聞いて、通信全体にため息が混ざる。
きっと、軍の人たちもやりたくない事をしなくて済んだ、そう思ってくれたんだ。
通信を紅利さんに通じるように切り替える。
胸を張って、言う。
「紅利さん! なんとかしてみせるから!」
《…うん!》
紅靴妃との警戒距離に立たせていたハガネを、少しだけ相手に近づける。
刺激しないように、何が来ても守れるように。
アゲハも同じ距離まで進む。
《夢ちゃん、Dキャプチャーを使ってから、周囲のDマテリアルを処理してくれるかな。相手を固定してからPSIエネルギーの波形記録をとるからね》
《わかりました、おじさま!》
むーちゃんのアゲハは言われた通りに、巨人の立ち位置になる装置、Dキャプチャーを投入してから、マントを展開。
内蔵機械を輝かせてMRBSを放射、周囲のゴミ掃除を始める。
《央介は周囲の警戒だ。アトラスに接近されたら元も子もない》
《央介君、アトラスは発見が困難だ。よって物理的な排除が望ましい。紅靴妃に近寄れないような状態に出来るか?》
「やってみます!」
近寄らせないように、護る。
紅靴妃を閉じ込める意味でも、鉄の檻とか囲いみたいな…。
「鉄の柵か。チェインとロッドの組み合わせでやれると思うぜ」
「任せる、佐介。ええとアイアン・チェインとか使います! 前方、かなり広く!」
すぐにハガネの主砲が動き出し、上空を狙う。
何本か長めのアイアンロッドが空へと撃ち出され、放物線を描いた後に紅靴妃の周囲へ柱のように突き刺さる。
ロッド同士は何本もの鎖網で結ばれていて、アトラスが通れる隙間はほとんどない。
《よし、いいぞ。波形の記録までもう少しかかる。それまででいい…!》
「アゲハも! バタフライ・シルク!」
MRBSによる掃除を続けていたアゲハは作業の片手間、繊維を伸ばす蝶を飛ばし、微かに光る繊維が鎖と鎖の間を埋めていく。
これなら、アトラスがいつも通りに飛んできても、紅靴妃に取りつくことはできない。
「よし! どこからでも…」
《…央介君、地中への対策はない!? 前回、アトラスは…》
《おーっほっほっほっほ!!》
紅靴妃の檻の中に水飛沫が上がり、同時にプリンセスの嘲笑が響く。
それは、巨人の超常現象で土中を泳ぎ進んできた。
檻の中で身を翻すサメの巨人、撃破していなかった、もう一匹の…!
「佐介! 檻を分解して!」
言い終わる前に、鎖と絹で編まれた檻は宙に溶けて消える。
でも、せっかく作った紅靴妃を護るための檻、それを消すための一手分でハガネもアゲハも出遅れた。
その間に、アトラスの真っ赤な触手が、紅靴妃に突き刺さる。
《最大級のエネルギーを持つこの巨人はとっておきでしたの! でも、仕方ありませんわ。もう別室の計画が動き出してしまいますもの!》
《けどお嬢! この巨人、こないだの吸血鬼より波形が大きくてまた逆流の危険が…!》
《もう敵前に出てきちまったんだ! 四の五の言ってられるか!!》
ハガネの両手は、もう紅靴妃の両肩を捉えていた。
アゲハの螺旋槍は、アトラスの触手のいくつかを引きちぎっていた。
でも、間に合わない。
《今日こそ、ハガネ! あなたに勝って我々ギガントのテクノロジーの証明を…! Dominate Dr…ぐっ!?》
「そんなのどうでもいいっ!! 紅利さんの巨人から離れろぉっ!!」
紅靴妃からアトラスを引きはがす。
ハガネの力任せで。
(ワタシカラ…)
勢いで、遊離していた紅靴妃の足が、切断部から僅かに離れる。
その時だった。
(ワタシカラ アシヲ ウバワナイデ!!)
――声。
紅利さんの。
次の瞬間、紅靴妃の上半身から、真っ赤な血が噴き出した。
その両肩を掴んでいたハガネの両手は、巨人の血の奔流に飲み込まれた。
飲み込まれた両手から、焼け爛れる痛みが流れ込んでくる。
「うっ!! ぐっ、ぐうぅあああああっ!!!」
僕は耐えきれずに叫びをあげ、紅靴妃の肩を手放して退いてしまった。
でも、手放す必要はなかった。
相手を捕まえていたハガネの両手の先は、もう存在していなかったのだから。
「…っ! 大丈夫か央介!? 悪夢王と同じだ! あの流動部分全部が巨人を食っちまう!!」
佐介の呼びかけ。
それでやっと我に返る。
我に返って、目的を思い出す。
「で、でも…。紅利さんの巨人を助け、なくちゃ…」
目の前の紅靴妃から流れ出ていた幾筋もの血流は、流れ出るだけに留まらずに太く蛇のようにのたくり、離れかけていたアトラスに絡み付いた。
アトラスから、悲鳴が響く。
《ぎゃっ、いっ、ぎゃあああああああああああああっ!!!!》
アトラスの天板上に投映されていたプリンセスの姿に、異変が生じた。
彼女の足から先が燃え上がる。
そのまま、足の先から、ボロボロと崩れていく。
《あ、足っ…! わたくしの、足があああああああ!!!!!》
《おお、お嬢!? 足が、足がどうしたんだ!? バイタルデータは別になんとも…!》
《巨人の特異現象か!? クソッ! この巨人はオレたちを取り込むつもりか!! ぱ、パワーまで取られ…》
真っ赤なアトラスは、真っ赤な紅靴妃のドロドロの中に飲み込まれていく。
上方の僅かに露出した部分には、プリンセスの立体映像。
そこで両脚の無いドレスの女の子が、力なく宙づりにされていた。
最悪のトリガーを引いたのはそいつなのに、僕はそれを一瞬可哀想だと思った。
思ってしまって、呻き、毒を吐き出す。
「ちくしょう…」
「うわあああぁぁぁあぁぁらあああああああああぁぁぁぃぃぃぃぎいいいいいいぃぃごぉぉぉぉおおおおおおおおあああぁぁぁあぁぁじぃぃぃぃぃぃいいいいいいいぶぅぅぅぅうううううばぁぁぁああああああああぁぁぁわああああああぁぁぁぇぇぇぇぜええええええええぇあぁぁぁぁぅううううぃぃぃぃぃいいいいい!」
紅靴妃が、口も顔もない頭で、吼える。
僕と、ハガネも――。
「ちくしょおおおぉぉぉっ!!!」