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第十七話「国道99号線にサンドシャーク!」7/7

 =どこかだれかのお話=


「だいぶ疲れた顔をしているねえ。まあ愛妻が事件に巻き込まれたとあっては当然かな?」


 機密通信画面から、労い、あるいはからかいの言葉を投げかけるのは附子島少将。

 受け取った大神は、それでも表情を崩さない。

 軍人として、疲れや苦境を感じさせてはいけない。家族の事で動じてはならない。と、養父に厳しく言われていたからだ。


「卸したばっかりの大気振動監視システムのおかげで相手は飛んでこなかったし、飛んで逃げもしなかった。…それで地面に潜って移動してくるんだからたまらないねえ。いい加減に休暇が要るかい?」


「いえ、まだやるべきことがいくらでも残っていますので。――特に、米軍の巨人技術実験部隊との演習の計画が」


「あれねえ…。巨人技術は博士が公開したけど、設立だの運用開始だのが速すぎるんだよねえ。そのへん疑ってることをわかっててぶつけてきたんだろうけども」


 どこまでを見通しているのかもわからないこの上官は、最近はどこにいるのかすら不明になっている。

 それは非合法自警団の超能力者による情報漏洩――彼らは知らないことだが、央介の同級生のあきらの能力で、情報が流出することへの警戒によるものだ。


 ESP読心能力に関しては、どこの軍でも研究が進んでいる。

 原理はわからなかったが、どういう手段かはわかっているのだ。


 一つは、能力者が自身からの一定範囲を聞き取るもの。

 これには直接肉体的に接触する必要がある程度のものも含まれ、一方で範囲が広すぎる能力の場合は雑踏の中で会話を聞き分けるような困難を伴う。


 一つは、能力者自身にも制御はできず距離や方向、果ては過去や未来と言った時間の順序すら無視して見聞きできてしまうもの。

 “虫の知らせ”や“とっさの思い当たり”を、はっきり受け取ることが出来る能力と言うべきかもしれない。


 一つは、読み取る対象の座標さえわかっていれば距離や隔離を一切無意味としてその人物の情報だけを読み取れるもの。

 これがもっとも危険な種類だと言われている。

 あきらの能力はこれに属し、その中でも神経系への介入すらできる極めて強力なものとなる。


 それらのESP読心能力者からの最低限の防衛として、距離の確保と所在の追跡困難が必要となる。

 これは何もあきらだけを警戒しているのではなく、ギガント側にも同一の能力者がいる可能性を考えての対策行動だった。


 一方で、大神は所在がはっきりしている。

 これは能力による読み取られの被害担当といっても過言ではない。

 だから、都市自衛軍の作戦を任せられる一等塞佐という立場にあっても、情報の核心部分について公開されることはない。


 それでも、敵が不明なままで戦うわけにはいかない。

 大神は僭越を冒してでも、敵の分布を聞くことにした。


「やはり、アメリカはギガントと接触があると? 政府が、それとも軍のみが?」


「どっちもそれぞれに、かなあ? ま、自前で作るしかないこっちと違って、いい技術降ろしてもらってるんじゃないか? 天下のガイア財団からさ」


 大神は、あまりの驚愕に思わず席から腰を浮かせてしまった。

 勢いで跳ね飛ばされた椅子が倒れ、大きな音を立てる。


 何でもないように飛び出した単語、ガイア財団。

 それは子供でも知っている、世界的な知の振興者。


「各国の軍部、政府がギガントとの密約を持つとは聞いていましたが…、それらがガイア財団経由だというのですか!?」


「そだね。だからどこもガイアの関与に気付いても口出ししないし、できない。言っても黙っても利益しかこないんだから、まず咎める意味がない。世界征服ってそんな感じなのかね」


 ギガントは国際犯罪組織。

 世界各地で目的不明の襲撃や収奪を行ってきた。

 それでも被害の数で言えば、一度に百人千人が巻き込まれた、その程度の話。


 一方で、ガイア財団が救い続けている人間の数は、日々に百万千万の単位。

 “収支”と考えれば破格と言っていいだろう。


「んで、ガイアは元々ギガントとは距離が近いか、あるいはどっちかがどっちかの下部組織の可能性すらある。名前どおりならガイアが産んだことになるのかな?」


「言葉遊びではなくて…! ガイア財団の技術無しでの現代文明など考えられないレベルです! それを、敵に回すことになると!?」


 動揺し声を荒げる大神。だがそれも当然の話だった。

 世界には、ガイア財団の協力なしでは文字通り息もできなくなる人々すらいる。

 真空空間、宇宙開発技術はその入り口である軌道エレベーターから、ガイア財団の尽力によるものなのだから。


 自分が踏み込んでいた戦場の巨大さを理解し、動きも取れなくなった大神は、ただ見下ろした机を睨み付ける。

 以前に彼自身が、とある少女へ法的な警告を与えたことが返ってきたように。


 しかし、それを気遣った附子島の答えは簡素なもの。


「最悪ね。覚悟しときなよ?」


 附子島は少し間を開けてから、話を続けた。


「ガイア財団の総帥であるDr.エルダース…。僕が子供の頃にはもう老齢の大科学者だったはずなんだけどなあ。どっかですり替わってるか、単にバケモノなのか」


 それには大神にも実感がある。

 生き残るのが容易になった年齢の頃から、身の回りにあるもの、戦場を変えるようなものを調べれば、どこかで必ずその名前がでてきて驚いた記憶があったからだ。


「彼の名の下、ガイア財団が世界中の科学者に声をかけて回ってるのは誰でも知ってる話だ。その技術が表裏ともギガントに流れているとすれば、連中の使う超技術も簡単に説明できる。ねえ」


 公になっている科学技術、表に出る科学者。

 それらの技術はガイア財団が庇護し、活用方法を提案し、世界に益を広める。

 一方で違法性のある科学や、科学技術を悪用する犯罪者たちも存在する。


 それら全ての集約。


 それがギガントの科学力。


「エルダース本人は欧州の自宅で悠々自適だというが、結局それがどこまで事実なのかもわからん。なんとでもできちゃうんだからさ」


 悪夢めいた現実を冗談めかして締めくくる、附子島。

 元々どこまでが冗談で、どこまでが本意か測りかねる人物なのだが。


「わ、私は…、それでも多々良博士と、央介君、夢君らと共に戦います。まだ、撤退命令は出さないでください」


「出さないよぉ? まだまだ切り取れる分がある限りは戦ってもらうからねえ。…まあ、怖い話はこの辺でやめよう。で、そのハガネ(央介)君だけどさ」


 大神の決意を聞いても、附子島は調子を変えることはない。

 頼もしいと思ったか、使い捨てることを考えだしたかすらわからない。

 そのまま、移った話題の前置きが始まる。


「多々良博士は、悪い親ではない。武術を教えられる程度に、子供を叱り褒められるのだろうねえ」


 大神は、移った話を飲み込みかねる。

 何故、央介と上太郎の話が始まったのだろうか、訝る。


「私みたいなろくでなしでも武術を究めることはできる。でも、それは武術を教えられる才能とは別なんだよ。わかるかな?」


 附子島が剣術を使うという噂なら、大神も聞いている。

 しかし、誰もそれを見た者はいない。

 将官が格闘戦をすることなどありえないのだから当然なのだが。


 そして、有能な戦士と、指導者の才能、これも分かる。

 戦闘が巧いのと、戦闘で危険な事を理解させるには別個の能力が必要だ。


「けども、師範の才能があっても、子供を見透かせるほど親の才能がある、とまで上手くは揃わない。完璧人間はそうは居ないんだからさ」


「子供を…見透かす、ですか? 央介君は我々や多々良博士に隠し事をしていると?」


「ふむ。大神君も人の親なんだ、子供には子供の矜持があることぐらいわかるだろう? 大人の見ていない所で転んだ時に、怪我をしていないふりをしたりする」


 そこまで言われて大神は、気づいた。

 いつでも張り付けたような笑みを浮かべている附子島が、それを解いて虚空を睨むような表情になっている。

 それは戦場に潜む危険を探る思考の構えなのだろうが、この人物にしてはただただ不気味なだけだ。


「ハガネの央介、彼はちょいちょい“戦いたがり過ぎる”。致命的な怪我。爆弾抱えてるんじゃないかな」


 それだけなら大神も感じていた。

 央介の周囲にいる軍人も、ある程度気付いていたかもしれない。

 それは、子供特有のヒーロー願望かと考えられていた。


 しかし、それにしては苦痛を越えてでも戦いたがっている。

 子供らしい恐怖心の欠如ではなく、恐怖心を意図的に麻痺させている節がある。


「友人を傷つけたことでの自罰意識かとも思った。だからアゲハちゃん(黒野 夢)を隣に置いてもみた。でも違う。たいして変わらない」


 自罰。

 それぐらいが子供の行動として可能性のあるところだろう。

 しかし、巨人で友人らを苦しめたことが主でないなら、何への自罰なのか。


 多々良一家の情報、央介の情報、それらは軍の作戦管理の内として十分に把握している。

 それらの中で、央介が自責の念に駆られるようなものと言えば、友人らの巨人への攻撃。

 これが主でないようなら、附子島にも大神にも結論が出せない。


「変なところで爆発しないといいんだけどねえ。その前に戦場から引かせたいよ」


 これは附子島の話としてはまともな意見に聞こえる。

 子供を前線に立たせたくないという善意や道徳に沿う内容。


 しかし、大神には附子島の思考がある程度類推できた。

 この人物の場合は、単に不確定因子を抱えたくない打算だけなのだろう、と。


 自身の上司ながら、子供すら駒にするその人格には嫌悪しか感じていなかった。

 無論、大神はそんな感情は表には出さない。

 引き締めた表情だけで応対する。


「あっはっは。大神君は隠し事が出来ない口だねえ。耳と尻尾に出ているよ」


 いつもの薄っぺらい笑顔に戻った附子島も、その考えを簡単に見透かしていた。


 See you next episode!!

 その少女は、紅い靴を履くための足を失った。


 次回『紅い靴を履いた少女』

 君達も――…



 ##機密ファイル##

『獣人:補足項目 獣人の特色や過去と現状』

 獣人、正式名称エビル・ユナイター

 Eエンハンサーの技術を応用・簡略化した、呪怨獣形融合人。


 現在、日本国民の1/5が該当する外見様々な獣人は、改造の目的によって愛玩型と実働型に大きく分かれていた。


 愛玩型は犬猫兎などの小中型哺乳類、あるいは動物園でしか見られないような珍獣の形態が選ばれ、その外見は人間の耳が動物の物に置換された程度、尻尾が生えた程度の外見が多い。

 理由は単純、愛らしい姿にするためだけのもの。

 例えば、兎獣人は生きたバニーガールを目的として人体改造を受けさせられた人々だった。

 逆に言えばそういう程度の扱いをされた、ということでもある。


 一方で、愛玩型のうちで獣面の状態にまでされているものは、何らかの懲罰目的――政治犯や敵性国民への見せしめである事例が多かった。

 後期になると獣面もそういう趣向で作られる事例も増えていったのだが。


 片や実働型は、外見からはっきり動物の要素が主となっている。

 こちらは単純なフィジカル強化を目的としての犬や牛馬豚といった家畜種を合成されたものが主流。

 また、人間の活動が困難な領域を得意とする生物、鳥類や海生哺乳類などの形態が選ばれている。


 特筆すべきはシャチの形態を合成された獣人、通称「オーク(Orca-Uni)」は、戦前の日本が力を入れていた海洋開発での作業員目的として多用され、海沿いの町では彼らの姿を見ない所はない。

 人工鰓を咥えた彼らには、もはや水中活動での時間制限も身体負担もなくなる。

 水難事故に遭わない海洋労働者がどれだけ有用か言うまでもない。

 一方で、泳いで海洋を渡り切っての亡命などが社会問題になったこともあるのだが。


 旧体制下、人権の無い彼ら獣人は“市販”されており、一般的には平均年収の半分ほどで買うことができた。

 高級な家具として購入され、科学技術では満たせない欲――人間の支配欲を満たすために使役され、身分から解放されることは稀。

 反抗すれば全身に電流が流れる首輪を付けられ、肉体こそ頑強でも精神に限界がきて働けなくなれば、再処理施設や解体工場へ送られる。

 最悪、暴行や殺害こそが目的の購入者すらいたという。

 そんな悪夢のような時代もあった。


 時代は変わり、人権を取り戻した獣人は、人間として平穏な日常を送っている。

 一部県法では未だ人身売買が合法となっているが、殺人的なものこそ無くなっている。

 どこの街角でも、人間の子供と獣人の子供が、互いの差無く手を取り合って走っているのを、それを微笑んで見守っている人間と獣人の親たちを見ることができるだろう。

 彼らは、獣人解除手術の順番を待ち望むものも居れば、逆に獣人としての姿や機能に誇りを持ち、終生獣人の姿であるものも居る。

 獣人改造技術が確立してからそろそろ100年、獣人は人が選ぶ生き方の一つとなっているのだ。


 現代において、新規での獣人化改造は一部の団体が推奨こそしているものの、ある種の人体改造愛好性癖を持つものが利用するばかりで、一般的ではなくなっている。

 そのため獣人体質者の総数に関しては、獣人を含む家庭は多産の傾向がみられるが、母系でしか遺伝しない、また人工子宮を利用すれば獣人の姿を受け継がないというのもあって微減、といったところ。


 ただし、オーク改造に関しては、漁業や海上保安といった船上生活を行う者の間で好まれており、同種に限っては増加傾向。

 海生哺乳類信仰の強い欧米から同改造手術を受けに来る者すらいる。

 それも含めて海外での獣人の扱いは、未だ不安定なままだ。

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