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第十七話「国道99号線にサンドシャーク!」6/7

 =多々良 央介のお話=


 僕たちの攻撃で一度は数を減らした陸鮫妃がサメの群れ。


 それが集まって作り出した竜巻。

 その内側から、竜巻の旋風を切り裂いて、サメの頭が飛び出した。

 一つだけではなく、左右対称にもう一つ。


 瞬間、竜巻がはじけ飛んだ。

 竜巻があった場所に浮かんでいたのは、五つの頭を持ったサメ。

 いや、手足と首それぞれがサメの頭部を象った巨人!


《お雑魚、ではお相手になりませんでしたかしら?》


 陸鮫妃の合体サメ巨人。その頭部の上に、プリンセスの立体映像が投映された。

 その姿は普段のドレスではなく、競泳水着に水泳帽。

 泳ぐ巨人に合わせた、ということだろうか?


 僕はハガネを前に進めてショッピングモールの岸に構える。

 後衛は屋上駐車場の中央、むーちゃんのアゲハ。


「自分が雑魚じゃあないとでも?」


《おーっほっほ。では、その身をもってお確かめになっていただきますわ!》


 プリンセスが、陸鮫妃が、幾度かの予備跳躍に続いて大きく身をひるがえす。

 飛び込み競技の大技、切れ味鋭いきりもみ回転で宙を舞って、そのまま地面へ潜り込んだ。

 地面から飛び散る水飛沫は、ほんの僅か。


「そう言えばアイツ、自分はスポーツ科学の結晶だとか言ってたな…」


 佐介が記憶力を披露した次の瞬間だった。

 父さんの叫びと、響く警報。


《央介、気を付けろ! PSIエネルギーが検出できない!》


《ハガネ直下! 退避を!!》


「おーちゃん! ――シルクっ!!」


 ハガネの足元に、今まで同様に警戒情報が投映されていた。

 しかしその猶予時間表示は、今までのサメとは比べ物にならないほど短い。

 今度のハガネの飛び退きは、間に合わなかった。


「があっ!!」


 僕の口から漏れた悲鳴と、右足の激痛。

 ハガネの右足を食いちぎっていく陸鮫妃の顎が目の前に突き出る。


 それでもハガネの体はギリギリで逃れることが出来た。

 むーちゃんのアゲハがバタフライシルクを絡め、引っ張ってくれたおかげで。

 僕は片足になったハガネが倒れないように、手に持っていたMRBSのロッドをとっさの杖にする。


《良い反応でしたわね。小さなエイハブ船長さんはどこまでできるのかしら?》


 プリンセスからの侮りの言葉。

 彼女が操る陸鮫妃は、すぐさま床に潜り込んで姿を消す。


「おーちゃん! こっちに!」


《央介! 大丈夫かぁっ!?》


「だ、大丈夫…、とは、言いにくいかな…」


 僕は幻肢痛に耐えながら、アゲハを頼るように傍に近づき、ハガネ右足の再生を急がせる。

 でも、今すぐ次の攻撃が来たら、損傷した右足の分で動きが鈍って避けることはできないだろう。

 まずい――。


 けれど、神経をすり減らしながら警戒を続けても、その次の攻撃は来なかった。

 屋上駐車場の中央にいるハガネの視界には、相手の姿はない。

 携帯に映る軍のカメラ映像には、ショッピングモールの周囲を泳ぎ潜るサメの背ビレと、その傍に接続している真っ赤なアトラス。


「どうして、トドメを刺しに来ない…?」


 ハガネは、破損欠損程度ならすぐに回復できる程度の事はギガント側でも把握しているはず。

 その回復の時間を、なぜ許しているのだろう?


《何か、機材不調でも起こしているのか?》


《せっかく防空監視システム更新したのに、地面に潜るなんて!》


「機材…。巨人が物をすり抜けるのはわかるけど、機械のアトラス自体はどうやって土の中に潜ってるんだ?」



 突拍子もなく佐介が疑問を口にした。

 父さんも父さんで、律儀にそれに関して考えだす。


《それは…今、央介達がいるようなD領域、亜空間に入り込んでいるんだろう。巨人にアトラスを内包させるような状態で――あっ!?》


 父さんは、何かに気付いたようだった。

 そのまま機器を操作して計算を始め、直ぐに終える。


《佐介、ハガネそっくりの人形を出現させることは出来るか?》


「うーん…耐久とか攻撃力とか、そういうの一切なしでなら、多分」


《それでいい。そういう囮を作って、ショッピングモールの外側へ向かわせてくれ》


 囮。

 ということは、何かの検証。


 擱座状態のハガネの主砲から吐き出された鉄の塊は、立ち上がるとハガネそっくりの姿になった。

 背中から伸びるアイアンチェインは玩具に繋がる電源コードのよう。


 立ち上がった囮が一歩一歩、歩き始める。


「歩かせるのが…限界だな」


 それが屋上駐車場の縁に近づいた瞬間、陸鮫妃が囮を食い破った。

 手足だけを遺して、見事に胴体だけ消えてなくなった囮。

 すぐに自分が計略に引っ掛かったことに気付いたプリンセスの舌打ちが響き、陸鮫妃はそのまま地面へと返る。


 直後、父さんが通信回線に大声を響かせた。


《やはりだ! 今のアトラスは索敵能力がほとんどない! 巨人の視覚に頼っているんだ!》


「ど、どういうことなの。おじさま!?」


《今のアトラスは巨人の外側にくっついているように見えるが、土中への潜航のために巨人の中の亜空間に居る。そうなればセンサー類もまともに機能させようがない》


「それで…接続した巨人の視界だけで戦っている?」


《そうだ。さっきまでは分身体のサメで視界を広げられていたが、今は本体しかいない。施設の電力が邪魔をして電気察知も使えない。央介がさっき投げ捨てたMRBSのアイアンロッドが電力もPSIエネルギーも含有していて本体とで判別できない。そして計算したが、地上からは屋上中央の巨人は見えない!》


 父さんのすごい捲し立て。

 …とりあえず、相手に不利な状況が重なったことは理解できた。

 言われてみればなるほど、さっきから陸鮫妃が変に泳ぎ回っていたのは、僕たちの位置が特定できないかといろんな角度で“見て”回っていたんだ。


 奇襲での一撃必殺に賭けている今、狙いが甘いままで地上に飛び出してしまえば反撃にあう。

 だから完璧な狙いが付けられない今は襲ってくることを避けている。


《じゃあ…煙幕で相手の視界を奪いますか?》


《それだけでは土中に籠られるだけだ。何とか相手を“釣り出す”必要がある》


《“釣り”なら…何か餌が必要ですね》


 大人たちが作戦計画を始める。

 しばしかかって練り上がった策は、煙幕を焚いた中でPSIエネルギーと電力を持った物を地面に降ろし、相手を誘うというものだった――。



「――だからって、これはないんじゃないの!?」


 佐介が喚く。

 それも当然、サメの最後の釣り餌として選ばれたのは、佐介だったのだから。

 細くて視認困難なバタフライシルクを胴体に巻きつけた、気の毒な佐介(釣り餌)の姿。


《アイアン・ロッド式のMRBSと、佐介を地面に降ろす。囮の中に、唯一走り回るものが混ざっていれば…後はわかるな?》


「わかりたくない!」


《よし、作戦開始だ》


 大神一佐の号令と共に、都市のあちこちに伸びる武装ビルから煙幕弾が発射された。

 ショッピングモールは周囲の駐車場ごとカラフルな煙に包まれる。

 そんな中で僕は、煙幕の向こうへ一本目のMRBSを投げ込んだ。


 一本目が派手な音を立てて地面に落ち、続いて二本目に手をかけた時に煙幕の中で小さく爆発が起こる。

 陸鮫妃が一本目に食い付いて破壊したのだろう。


 二本目を投げ込む。

 今度は落下音の後は静かなものだった。

 さっき襲ったのが偽物だと気付き、二本目は疑っている。計画通りに。


 ハガネは最後に残った三本目を手に持つ。

 煙幕でよくわからないけれど、アゲハは所定の位置に佐介を投げ込む準備をしているはず。


「さーちゃん…。出来るだけ早く引き上げるからね…」


「ああもう…早く終わらせてくれ…!」


「せー、のっ!」


 音と声だけでしか状況は把握できない。

 上手くいっただろうか。


 三本目のMRBSが地面に落ちた音が響く。

 同じ頃に佐介も地面に着いたはず。

 予定では、落下から10秒後に佐介は走り出す。


 10秒が経過して僅かな間もなく。


《見逃しませんわっ!!》


「こっちがだっ!!」


 大きなものが動く気配と、プリンセスの嘲笑。

 次の瞬間、僕はハガネを地上へと飛び降りさせた。

 同時に、爆風が煙幕をきれいに吹き飛ばす。


「うわああああぁぁぁぁ……」


 叫んだのはアゲハによって空高く釣り上げ避難をさせられた佐介。

 その真下、食い付こうとした姿勢のまま混乱して動きを止める陸鮫妃。

 僕はそれを正面に捉え、挟み込むようにアゲハが待ち受ける。


 陸鮫妃が我に返り、動きを取り戻そうと、地面に潜り込もうと、一度飛び上がって。

 でも、させない。


「むーちゃん! 突き上げだぁっ!!」


「うん!」


 ハガネはアイアン・ロッドを構え、アゲハはドリル槍を構える。

 三人で父さんに教わった多々良家の基本の技。ただ相手を上方に刺し貫く。

 二人での協力の技は――


「――比翼、早贄ッ!!」


 交差するつがいの突き刺しが、陸鮫妃を空中に縫い留めた。

 その背中、赤色の敵本体は――。


「アトラスが、居ない!?」


《お見通しでしてよ!》


 もう一匹の鮫が、宙を舞う。

 ――そうだ、別にサメの巨人が居たって聞いていた!

 アトラスは自分達が攻撃される可能性を考えて、巨人を乗り換えていたんだ!


《おーっほっほ! このもう一体の巨人をもってすれば!》


 新しいサメ巨人は、地面に潜って勢いをつける。

 その勢いのまま、牙のない大口をハガネに向けて飛び掛かり――


 ――ハガネの頭上を飛び越えて。


《とんでずらかることなど、造作もありませんわああぁぁぁぁ……》


 勝ち誇ったプリンセスの高笑いを追いかけて振り向くと、ものすごい勢いで遠くへ泳ぎ去る、第二のサメ巨人の姿があった。


「…え?」


《今の…ジンベエザメでしたか?》


《…戦闘力の低い巨人、ということだろうな。土中潜航での撤退には最適かもしれないが》


 撤退。

 逃げた。

 それを聞いて、僕は反撃への恐れで、体中が冷や汗まみれになっていた事に気付く。


 でも、逃げられた。

 助かったけど。


「……ぁぁぁぁああああ!! ぐえっ!!」


 そして今頃になって地面に落ちてきたのは、さっき上空に釣り上げられた佐介。

 物理的なダメージは平気のはずだけど、潰れたカエルのポーズで地面に張り付いている。

 でも、大丈夫っぽいかな。


 えーと、うん、勝った。

 勝ったけど…どっと疲れた。


 疲れで魂が抜けたようになった僕と、酷い目に遭って魂が抜けたようになった佐介の隣で、戦後の処理が進む。

 むーちゃんが、先に帰るのをぼんやり見届けて。


 …まあいいや、一件落着。

 僕たちも家に帰ろう。

 せっかくの休日だったのに、気分転換もあったもんじゃなかった。


 でもまあ、稲葉くんがサメに襲われるっていうおとぎ話の再現じゃなくてよかった。

 そもそも彼がサメを騙しての騒動じゃないのだから、痛い目に合うはずもないのだけど。


 そう、薄っぺらな口実で障害を取り除けばしっぺ返しを受ける。

 僕も肝に銘じないと。


 あれ?

 肝?

 口実?


 何か引っかかるような。

 なんだっけ…。


 軍の車で家に送り届けてもらって、へとへとのまま玄関を開く。

 そこで笑顔の母さんが待っていた。

 ほっと一息の僕たちの笑顔。


 ――でも、それはすぐに凍り付いた。


 母さんの手元、アザラシのレバーの生鮮パックを見てしまったから。

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