第三話「人形の国のハガネ」3/3
=珠川 紅利のお話=
町中のお姫様巨人“達”が、動き出した。
それぞれくるりと踊ってから、軽く会釈。
スキップしながら、通りを進んでいく。
きゃーほっほ、という子供っぽく不気味で、怖くて可愛い笑い声まで聞こえる。
テレビ映像には、巨人の現在位置まで表示されていて、それによると全部で四人の巨人がハガネに向かって移動している。
ああ、央介くん――ハガネは本当に戦っちゃうんだ。
「なんだ、割と小さいな?」
狭山さんにはハガネの大きさの実感がないからか、やっと相手との比較ができたみたいだった。
私は、この間手のひらにのせてもらったもんね。
「小さいから、大勢で囲んでボコろう、ってか? 意外とセコい手を使うんだな、巨人って」
央介くんと佐介くん、ハガネはこんな大勢の相手は大丈夫なのだろうか?
偽物の央介くん佐介くんの隣で、映像越しに見守るしかできない自分が、少し、辛い。
男の子たち、加えて狭山さんは、始まろうとする巨人の戦いにわくわくしている。
女の子たちは、少し遠巻きに、それでも興味は持ってテレビモニターを眺めている。
その中でも、お下げ眼鏡の真梨ちゃんは少し空気が違った。
何か、心配そう。
――あれ? そういえば、このお姫様の巨人は、真梨ちゃんの持っていた人形に、似ている?
それでも、こんなに派手じゃなかった、かな。
巨人たちは全身に色とりどりの宝石付きのアクセサリーを身にまとっていて、きらきらして。
黒い鉄の色のハガネと並ぶと、余計に煌びやかさが際立つ。
お姫様の巨人たちは、今はもうハガネのすぐそばにいる。
ハガネを中心に輪をつくって、くるくると巡っている。
まるで遊びのようで、かごめかごめ、みたい。
囲まれたハガネは構えたままで動かない。
央介くんなら、大きさの差で、弱いものいじめをしたくないという優しさからの行動だろうか?
と、四人のお姫様たちが急に立ち止まる。
立ち止まって、ハガネを見つめている。
ハガネの横に立ったお姫様は、わざわざハガネの顔を覗き込む仕草までしているのが見える。
何か、ハガネが応えるのを待っているように。
――あれ?
これ、かごめかごめみたい、じゃなくて、本当にかごめかごめで遊んでいるの?
でも、答えるとしてどうすればいいのだろう?
“後ろのお姫様の名前”なんて。
名前の分からない女の子と、かごめかごめをするなんて――。
――!!
私、これ知っている。
私と、真梨ちゃんと、葉子ちゃんと、
……別の幼稚園の、名前を知らないままだった長い尻尾の女の子。
名前を知らないから、その時に思い付いたルールで遊んで。
あのときは――。
「えっ!?」
大勢の驚きの声が、思い出の中にいた私を引き戻した。
映像の向こうにいるハガネは倒れていて。
その右足が――
――ない。
「央介く……!」
叫びかけた私の口を、央介くんと佐介くんの偽物さん達が慌ててふさいだ。
突然のことに驚いたけれど、考えてみれば当たり前の事。
そうだった、ハガネと央介くんの関係は知らない風にしないと…!
偽物さんの二人が口から手を放してくれたので、その顔を見る。
いきなり口を塞いだことを謝る感じの素振りをしていた。
「ご、ごめんなさい。私、びっくりしちゃって」
《危ない所だったよ。……向こうも、大丈夫なのかなあ?》
映像の中の、央介くん達のハガネを見る。
ゆっくり立ち上がるハガネ。
さっきは間違いなく無くなっていた右足は、半透明になっているけれど、そこにある。
えっと、ハガネは元々何もないところから出てきていたのだから、足だってこうやって生やせる、のかな?
それでも中にいる央介くん達は無事で済む、の?
まさか私みたいに、足を無くしたり――。
きゃーほっほ!
街に巨人の笑い声が響く。
そういえば、お姫様巨人たちが映像の中にいない。
一体、どこへ?
私が画面を注視すると、ハガネの周りにきらきらとしたものが集まっていき、その中からお姫様達が飛び出した。
そうしてお姫様たちは、またハガネの周りを廻りはじめる。
ええと……、ハガネが足を回復させたみたいに、相手の巨人も形を作ったり消したりできるのかな。
そこからの央介くん達は、容赦をするのはやめたみたい。
ハガネの頭の横にある部品が角度を変えて、そこから鎖の網を吐きだした。
網はお姫様の一人を絡めとる。
その瞬間だった。
絡めとられたお姫様は、捻じれて千切れ、きらきらとしたものに変わり、網から抜けた。
そして、きらきらとしたものから大きく、赤く、尖ったものが生え、ハガネに向かって、飛び出した。
私は息を呑んで、お姫様巨人だった凶器の不気味な動きを見つめる。
きっと、さっき見逃していた時もこれと同じ事が起こったのだろう。
更にハガネへ向けて、青・黄・黒の尖ったものが突き刺さろうとする。
私は、それが他のお姫様だったもの、と直感する。
だって、この色の揃い方は、覚えがあって――。
映像の中のハガネは、いつの間にか手に持っていた棒で凶器になったお姫様のいくつかを弾き、更に宙に舞って残りの凶器から逃れた。
映像を見ているものたちから安堵のため息が漏れて、私も同じように息を吐く。
ハガネのいた場所で四色の尖ったものが相互にぶつかり、砕け散った。
砕け散って、またきらきらとしたものに変わる。
きらきらとしているあれは、砕けたガラスや陶器、もしくは“宝石”の破片。
私の考えがだんだん確信に近づいていく中、破片はまたくっついて、お姫様の巨人達に戻っていく。
彼女たちがお姫様の姿に戻ったところで、その手元にある輝きを見た。
間違いない。これはかごめかごめ。
それも少し違うルールの。
これを伝えれば、少しでも央介くん達の手助けになるかもしれない。
――そうだ、携帯!
私はポーチの中から早速取り出して、操作を始める。
央介くんの携帯アドレスは少し前に教えてもらっていた。
おねがい、繋がって!
携帯の着信音、それは私の真後ろから聞こえた。
「えっ?」
「あっ……。どうかしたの珠川さん?」
電話、偽物さんに繋がっちゃうんだ……。
どうしたら……?
「う、ううん。なんでもないの、携帯の操作間違えちゃって……」
どうしよう、何もできないの?
そうしている間にも、ハガネはお姫様に攻撃をしかけて、また反撃を受けている。
すると、私に声がかかった。
《珠川さん、ひょっとして央介君達に知らせたい事とか? 緊急で?》
偽物さん達が察してくれた。
必死にうなずく。
《わかりました。ちょっと待ってね》
すぐに、偽物の佐介くんが手を揚げて、周りに声をかける。
「先生! 珠川さんが少し具合悪いみたいなので、救護室に連れていきます!」
「あ、はーい。多々良くん救護室の場所は……」
先生の返答が途中で聞こえなくなるような勢いで、偽物さんたちは私の車椅子を押して、その場を離れた。
後ろで、シェルターに備えられた気密ドアがしっかりと閉まる。
「よし、ここなら大丈夫、クラスのみんなにも声は聞こえないからね」
央介くんの偽物さんが、央介くんの見た目で、大人の声でしゃべる。
結構、ブキミ。
「……ええと、どうすればいいんでしょう?」
偽物さんに、方法を聞く。
偽物さんたちはまた動きが止まって、でも大人の声で喋りはじめる。
「今、本部に確認を……。――OK、このまま喋れば央介君に通じるよ。どうぞ」
《紅利さんから通信ってどういう…!?》
偽物さんのどこかから、央介くんの声。
……通信機を持っているの? 偽物ロボット自体が通信機なの?
余計な事に考えがいって、でも今はそれどころじゃない!
「央介くん! 聞こえる!? 大丈夫!?」
《え、あ……、うん。ちょっと大変だけど……! 何か、あった!?》
偽物さんの手元にホログラフが投映されている。
テレビ映像より小さいけれど、戦い続けているハガネの姿。
なるべく簡潔に伝えないと……。
「あのね、今戦ってる巨人は、多分、央介くん達と“かごめかごめ”をしているの!」
《ずいぶんと物騒なかごめかごめだな!?》
――これは佐介くんの声かな。
通信先だと、あんまり差がわからない。
「それは……多分、央介くん達が答えなかったりして、ルール違反をしてるからだと思う」
《ルール違反。そうか、ロジカル寄りの巨人か! 威力的に直接攻撃だと思ってたが……》
急に、大人の人の声が聞こえた。
確か、この間避難させてくれた時にも聞こえた、央介くん達のお父さんの声。
……ロジカルの巨人というのが、よくわからないけれども。
《ええと、それなら止まってる時に後ろを狙えばいい?》
その言葉を言い終わる前に、ハガネの頭横の装置が、真後ろに向けて網を撃った。
鎖をしているのは、佐介くんって言ってたから、多分、彼が動いたのだ。
《6時方向、アイアン・チェイン! 撃ってからでごめんなさいっ!》
網はお姫様の一人を捕まえたけれど、またしてもお姫様は四色の凶器に変わってハガネに襲い掛かる。
《うわっ……!!》
《アイアン・チェイン。童話妃に、効果認められず!》
央介くんの叫びと、大人の人の声が交錯した。
同時に、ハガネは四方からの破片をギリギリで避ける。
それでも凌ぎ切れなかった一つがハガネの腕を削っていった。
《くうっ!!》
央介くんの、痛そうな声。
いけない……!!
私の伝え損ないで央介くんに余計な怪我をさせてしまった。
次は、よく考えて話さないと……。
「ごめんなさい央介くん! でも、網で縛っちゃうかごめかごめなんておかしいでしょう!?」
《あっ……悪ぃ、そりゃそうだ……》
《じゃあどうすれば!? 後ろの子の名前なんてわかんないよ!?》
これは先が佐介くんで、質問してきたのが央介くん。
すぐに質問に答える。
「そう、私たちが、名前のわからない子と遊んだ時からのやり方なの! お姫様たちの手元を見て!」
《私達……》
《……あれは、宝石? さっきから色が違うなとは……》
お姫様巨人が手にしている、彼女たちを飾っている宝石。
私たちが遊んだときは、宝石じゃなくて、ガラスのビー玉だったけれど――。
「紅、青、黄、黒で、ルビィ、サファイア、トパーズ、オニキス。それぞれ持ち主の名前代わりだったの」
《……! じゃあ、その名前を呼んでみればいい?》
私は、勝手な思い付きで行動してしまったかもしれない。
もし、これが間違いだったら、またハガネが襲われることになる。
「……たぶん……ご、ごめんなさい」
急に、酷い後悔と不安しかなくなってしまった。
でも――。
《……大丈夫、きっとそれが正解だよ。ありがとう!》
央介くんのやさしい声。
《それと……ごめん。僕は、君の友達を――》
「央介君、それ以上は……」
偽物さんが急に割って入って、央介くんの言葉を遮る。
でも、なんとなくわかる気がする。
私が気付いてしまった“この事”は、ハガネが央介くんだという事と同じように、知っちゃいけない事なのだと思う。
《あ……、ごめん、なさい……》
央介くんは、それを全部背負っている。
だから、あんなに悲しそうにしていた。
央介くんが戦っている相手は――。
《央介! 連中が動きを止めるぞ!》
お姫様達が、巡りを止め、ハガネの答えを待っている。
偽物さんから響く通信の向こうからは、色々な声が聞こえる。
《童話妃、それぞれ仮定で、ハガネ正面からルビー、3時方向オニキス、6時方向サファイア、9時方向トパーズ》
《これ、我々が教えるのはルール違反になりますかね?》
《……童話妃に動きなし、ハガネへの“耳打ち”は問題なしと思われます。ハガネ、かごめかごめへの対処を》
ハガネは、ルビーのお姫様の方を向いたまま。
《……サファイア。サファイアの姫》
央介くんが、ハガネが答える。
――と、人形のお姫様達は砕け散って、きらきらとした破片に変わっていく。
《失敗か!?》
「央介くん……!」
けれど、ハガネの背後にいたサファイアのお姫様だけは、そのままの形だった。
そして他のお姫様だった破片がサファイアのお姫様の後ろで一つにまとまっていく。
それはハガネと同じぐらいの大きさの人型になり、小さなサファイアのお姫様を抱き上げた。
……やっぱり、お人形だったんだ。
人形を抱いたドレスの姿の巨人は、何をするでもなく、彼女に向き直ったハガネをぼんやりと見ているようだった。
戦いは、終わったのだろう。
そもそも戦いだったのかもわからないけれど。
《僕は……》
急に央介くんが、辛そうな声をあげる。
「え……?」
《僕は、また誰かの夢を壊す……!》
急に動いたハガネの手が、刃物のようにドレス巨人の体を貫いた。
抱いていた人形ごと。
突然のことに、私は声も上げられなかった。
どうして? もう相手は何もしてこなかったのに?
それにあの巨人は……。
私が状況を理解できずに見ている中で、ハガネの手刀が相手から引き抜かれる。
女性型の巨人は自身の体に開いた穴よりも、ハガネの攻撃で壊れてしまったお姫様人形を必死に抱きしめて、子供のように泣きじゃくっていた。
そのまま彼女は光の粉になって崩れていく。
《……対象の崩壊を確認しました、作戦を回収段階へ移行してください》
偽物さんの通信機を通して、大人の人たちの声が聞こえる。
でも央介くんの声は、聞こえない。
私は、どうしても説明してもらわなければいけない。
「央介くん、あの巨人は」
間違ってるとは思えない。
せめて、理由を知りたい。
「――真梨ちゃんの巨人、なんでしょう?」
See you next episode!
紅利は真実を知り、困惑の中で決断する。
央介は人々を守るため、破壊と苦難の戦いを続ける。
そんな中、影から央介に接触するものが現れた!
次回、『地球最強種族の刃!』
君も、夢の力を信じて、Dream Drive!
##機密ファイル##
警察庁特殊警護用遠隔操作擬装ロボット『まもるくんファミリー』
全国警察に配備されている人間擬装ロボット。
男性型、女性型、子供型の3種類がある。
本来は人質事件などにおいて現場に潜入、機械由来の耐久力で被害者らの盾になったり、接触スタン端子などの内蔵機器によって、事態の制圧を図るためのもの。
ある程度はAI制御されつつも、専門の訓練を受けた警察官が“演じる”形で操縦をする。
現在、神奈津川小学校に配備されているものは央介、佐介そっくりに改造をうけており、普段は小学校の用具庫、開かずのロッカーに隠されている。
そして、巨人事件が発生次第に央介達と入れ替わることで、ハガネに関する機密の隠蔽工作を行っている。
なお、生体素材は用いていないので、犬などが相手では匂いでバレる欠点がある。あいるびーばっく。