第十七話「国道99号線にサンドシャーク!」5/7
=多々良 央介のお話=
大神一佐は、ショッピングモールの屋上にいる僕らに武器を届けると言っていた。
ただ、相手の妨害を受けないように、また大型のものの運搬になるので、少し遅くなるようだった。
それまで僕たちは、モールを取り囲むサメを警戒しながらの、待機。
モールの地上駐車場から、止まっていた自動車たちが脱出していく。
それは誰かが乗って動かしているわけではなく、軍による遠隔操作だろう。
車が減っていくにつれて、地面を埋め尽くすサメの背びれがより目立つようになった。
それを眺めながらの空いた時間、佐介やむーちゃんがそれぞれ喋り出した
「そう言えばこの巨人、陸鮫妃なんだな? 女の子の巨人。てっきりサメ好きな稲葉の巨人かと思ったのに」
「稲葉くんは…キレイな顔してるけど男の子、だよね」
巨人は、ある程度差異はあるけれど、男の子のものならあるべき部分に出っ張りが、女の子のものならそれがない。
投影している子供たちの自分の体はこういうかたち、という意識からくるものだろう、と父さんたちが言っていた。
ハガネやアゲハは、鎧を着込んだ姿なので、そういうのは見えない。見せたくない。
《今先ほど国道99号線近くでもサメ型巨人が確認され、そちらには雄性突起があった。複数体の巨人が居る可能性が高い。気を付けたまえ》
巨人の雌雄は、こういう形で個体の分別に役立つ。
時々、巨人の全身像が確認できなかったりして、あとになってから投影した子供と、巨人のコードの雌雄が間違ってる事もあったりするけれど。
「でもサメはこっちに集まってるって話じゃなかったっけか?」
《アトラスが接続している本体か、あるいはこの巨人に触発されて現れた巨人かもしれん》
《さっきの男の子、サメの悪者扱いに随分怒ってたから、あの子の巨人かしら。アトラスが分身体向けにDマテリアルを散布してるから、別の巨人も出現しやすいのでしょうね》
佐介の疑問に対する父さんの見解に続いて、母さんの見解。
母さんが作戦中の通信に混ざってくるのは、少し不思議な感じ。
戦闘指揮へ参加するのは父さんばっかりだったから。
と、母さんの声を聴いたむーちゃんが何か思い当たったように、しゃべり出した。
「さっきのアザラシのお肉もったいなかったね。相手が匂いじゃなくて電気とPSIエネルギー追いかけてくるって分かってたら」
「それでも、大神さんはアレの匂いで僕たちを追いかけることが出来たんだから、結果オーライだよ。それと――」
そこまで喋ってから僕は、ハガネをアゲハに向けて、小さく手招きをする。
近づいてきたアゲハに、ハガネで内緒話の耳打ち。
「――アレ、母さんのドリンク材料を取り上げる目的もあったから…」
こっそり、むーちゃんにだけは打ち明ける。
そう、あれは半ばサメ相手の機転。
そして、半ば口実。
どさくさ紛れで、肝臓ドリンクだけは阻止させてもらった。
これで僕らは笑顔で家に帰れる。
大神さんの言った通りに。
「おばさまのおかしなドリンク、まだ続いてるの…? それは…うん…」
《巨人隊、作戦中の不明朗な会話は感心できませんよ。輸送ヘリの到着が近いので戦闘の準備を》
流石にオペレーターのお姉さんから怒られてしまった。
食べ物を無駄にしたのだから、これぐらいは受け入れないといけない。
――悪い事をしたら、その分、償わないといけない。
大型輸送ヘリの爆音が近づいてきて、クレーンに吊るされた大きなコンテナがいくつも屋上駐車場に降ろされる。
これはアゲハの装備品が詰まっているコンテナ。
近づくと自動で開いて、装備しやすい形に武器を展開してくれる。
でも、今回はコンテナの数が多い。
とてもアゲハに装備しきれる量には思えないけれど。
アゲハも首をかしげていて、むーちゃんの困惑がわかる。
《コンテナは、ハガネ用とアゲハ用でサイン分けしてあります。確認をどうぞ》
オペレーターさんに言われてよく見ると、コンテナには蝶のマークが描かれているものと、円錐ドリルのマークが描かれているものがあることに気付いた。
前者がアゲハで、後者がハガネだと思うけれど。
アゲハが彼女用のコンテナに近づくと、いつも通りに武器が飛び出して、並ぶ。
それをアゲハがマントの内側に装備していくことを含めて見慣れてきた。
僕は、ハガネを歩ませて、自分用のコンテナの前に立つ。
コンテナが開き、中に収納されていた機械がせり上がってきた。
それはアゲハが使っている武器に似ている機械。
ただ、何か背骨のような部品が並んでくっついていて、その背骨部品の端に、発光強調している穴があった。
ここに何かを入れて、というように。
《佐介、アイアン・ロッドを構築してくれ。央介はそれを光ってる所に。差し込めば固定される》
言われた通りにする。
鉄棍が穴の奥まで差し込まれたタイミングで、背骨部品がガキン!と強い音を立て、食い付くように固定された。
そのまま持ち上げる。
手元に残る鉄棍の端の隣には、引き金らしい部品。
何となくわかってきた。
「これ…、ハガネ用のMRBS?」
《そうだ、それはハガネでも扱えるようにしたMRBS。磁力で自壊してしまう構造部分をアイアン・ロッドで代用させている》
《ただ、受電アンテナを付ける構造的余裕がなかったのでバッテリー式。バッテリーはアゲハから受け取って運用するようにね》
大神一佐と、よく父さんの傍で仕事している士官のお兄さんによる説明。
えっと、技術士官の――名前覚えておかなきゃ。
ハガネに持たせた新型MRBSをあらためてよく見る。
アゲハのものよりは少し大きいけれど、片手持ちで問題はない。
コンテナには同じ機械があと3挺分。
2本目のアイアン・ロッドを出して、もう1挺のMRBSを組み上げ、2挺をハガネの両手で構えた。
ハガネの内部から見ると、かなり物々しい構造が2基、前方に伸びる。
「おーちゃん、カッコいい!」
「央介さん、夢、当機テフ、射手3名による攻撃効率はアゲハ単独より80%の増加と推定されます」
「こういうの撃ち慣れてないから、どうかな…」
むーちゃんとテフの賛美に少し照れたので、照れ隠しの試し撃ち。
地上の駐車場を泳ぐサメの背びれに照準光を当てて、ハガネが引き金を引く。
見えない磁力攻撃の発動を示す白い照準光が奔り、照らされていた一匹のサメが蒸発するように消えた。
《照準補正はある程度こっちで行う。巨人隊はアトラス本体を炙り出すまで攻撃を続けるんだ!》
「了解!」
ハガネは慣れないMRBSで、2挺を交互に狙って撃つ。
アゲハは慣れたもので、マントと両手に構えた大量のMRBSから大量の光線が飛び出す。
サメの背びれは少しずつ数を減らし、しかし時折減らした数を回復させた。
「アトラスがサメの素を供給してんのか!?」
《としても無尽蔵に所持しているはずはない! 相手が出し尽くすまで破壊してやれ!》
ハガネのMRBSを動かす最初のバッテリーが尽きる頃には、この武器の使い方がわかってきた。
しかし、電力枯渇の警報が表示されてバッテリーが排出されたのを見て、僕は一瞬戸惑う。
戸惑った瞬間に、アゲハのマントの先端がこっちに伸びてきて、新しいバッテリーを装填してくれた。
「央介さん、次は投げて寄越してください! 補給のため接近する分で効率が低下します!」
テフが武器の使い方を警告してくれる。
その割には要求する手段が随分雑だと思うけれど。
「分かった! 次からは!」
すぐ続いてもう片方のMRBSのバッテリーも限界を迎えたので、アゲハの方へ投げる。
それをアゲハはマントの端から飛び出たマジックハンドで見事にキャッチ、バッテリーの装填作業に移る。
その間に、ハガネは新しいアイアンロッドを形成して、残されたMRBSを組み上げて砲撃を再開した。
戦い方の手順が決まったところで、ハガネとアゲハはショッピングモールの屋上をあっちへこっちへ走り回り、取り囲むサメの群れを薙ぎ払う。
忙しくはあるけど、一方的な戦い。
そう思っていた時だった。
《ハガネ下方から大型陸鮫妃が昇ってきます! 退避を!》
見るとハガネの足元、床面の向こうから上昇してくる陸鮫妃の姿と、接触までのカウントダウン。
一瞬、どういう仕組みか分かりかねたけれど、とにかくそこから跳び退る。
サメの大顎がハガネの居た場所を喰らって、仕損じた勢いのまま空中に飛び出し、すぐ向きを切り替えて床へ潜り込んでいった。
遅れて、空中のドローンが解析映像を床面に投映してくれていたのだと理解する。
その映像ではまだ沈んでいく陸鮫妃の姿が見えていた。
僕はその映像が示す場所に2挺のMRBSを向けて、引き金を引く。
映像の陸鮫妃は搔き消えた。
えっと――。
「今の、やりましたか!?」
《商業施設床面に潜る前に消滅が確認できました。良い感じです、央介君!》
そこからは、陸鮫妃による逆襲が始まった。
さっきと同じく床面から飛び出してくるもの。外の駐車場から大ジャンプして食い付いてくるもの。
次々襲い掛かってくるそれらに対して、ハガネとアゲハでMRBSの破壊エネルギーを浴びせて蒸発させていく。
《陸鮫妃、全体量で73%まで低下! ただ対巨人目的の大型が増えています!》
《各防衛塔の送電アンテナ問題なし。敵対巨人からの攻撃を受けないようにランダム時間で切り替えを実行中》
アゲハの方は、都市から電力を受け取っているのでMRBSを使い放題。
足元の陸鮫妃の攻撃範囲をステップで避けながらに照準光線が幾筋も伸び、その度に陸鮫妃の推定量がごっそり減る。
ハガネの方と言えば、乱射ごとにすぐバッテリーが尽き果てて、補給のためにアゲハへ投げ渡し、それがまた投げ返される。
その間で攻撃が追い付かずにギリギリに迫った陸鮫妃の一匹を、思わず手に持つMRBSで殴りつけた。
途端、機械部分が火を噴く。
《すまない! 言うのを忘れてたがそいつは格闘戦には使わないでくれよ!》
「ご、ごめんなさい!」
《陸鮫妃の全体量、51%まで減少。プリント兵装ですから破損は気にしないで》
気にしないでと言われても気まずさを抱えながら、片手にMRBS、片手に残骸がくっついたアイアンロッドを振り回して、応戦を続けた。
壊れたMRBSは床に投げ捨て、でもそのままにする。
転がしておいてもとっさの鈍器にはなるはずだから。
電池切れのMRBS、補給済みのMRBSが交差するように宙を舞い、何本もの光線とサメが飛び交う。
そんな中でも、不思議な安心感があった。
むーちゃん、そしてその分身のテフは、こっちの行動とタイミングを理解してくれている。
ちいさい頃からの三人組の信頼が、戦闘のコンビネーションを完璧なものにしてくれている。
陸鮫妃の数は、目に見えて減ってきた。
そろそろ、来るはずだ。
《陸鮫妃、21%まで減少…!? 陸鮫妃たちが…!!》
予想通りに異変が起こった。
ショッピングモールの正面の大駐車場に、残った陸鮫妃達が集まっていく。
集まったところにMRBSを撃ち込む。でも、今までのようにはサメが消えない。
「…いる! アトラスだ!」
サメが集まり、渦を巻く。それは次第に勢いを増していく。
そしてサメ達が作り出した渦潮は、物理法則とは真逆に空へ向かって伸び、竜巻を作り出す。
その竜巻の中に、不気味な眼光が灯った。