第十七話「国道99号線にサンドシャーク!」2/7
=多々良 央介のお話=
街で目撃された、実体のないサメの襲撃について、母さんと、むーちゃんと、僕で話し合い。
佐介は、鮮魚売り場に置かれた立体映像投影機に映るサメを眺めていた。
「サメ…サメの巨人、なのかな?」
「それにしては、PSI値が検出されないことが気になるわ。エネルギーの流れに乱れがあれば巨人だってすぐわかるもの」
「じゃあ、本当に地面を泳ぐサメの怪物かも! ツチザメ、スナザメ…オカザメ?」
むーちゃんの仮定は、とんでもない怪物を作り上げてしまった。
でも、そういう怪獣退治でも、ハガネはJETTERとして協力することになる、はず。
ゼラスの時は…ハガネだけじゃ、どうにもならなかったけれど。
あと、水の中を泳ぐ巨人という意味では覚えは、ある。
あるから、相談に出さざるを、えない。
「シャチの巨人なら…、島にいる頃に、戦ったことが、あるけど…」
「それなら記録映像で見たよー。やっぱりあれはとっしーの巨人かな。でも、海からは出てこなかった、よね」
むーちゃんが口にする懐かしい名前、友達の名前、辛い名前。
僕が倒した巨人。
そのあと、登校してこなくなった、シャチ獣人の友達。
「あっ、ととと…。大丈夫だよ、おーちゃん!」
辛い思考の中に籠りかけた僕に、むーちゃんが声をかけてくれた。
僕が、一番ひどい事をした彼女が――。
「島の、巨人を出した子供達は、日常は問題なくなってるって情報を見たから。私達がちょっと…特別だったんだよ」
「それは…、そうなんだけど」
母さんが黙ったまま、そっと僕を抱き留めてくる。
心配してもらえているのはわかるけど、流石にその、ショッピングモールの真ん中では、恥ずかしい、かも。
「サメ、新規の情報が着信したぜ」
停滞しかかった空気に割り込んできたのは、佐介。
いつの間にか携帯端末を弄っている。
「今さっき、近くの公園、男女二人が、地面を泳いできたサメに襲われて食べられた」
「ええっ!?」
「――ような気がしたが、サメはすり抜けていった。被害者なし、って報告だ」
びっくりした。
そんな直接的な被害を出す巨人がいたら、僕は、もう、どうしたらいいか、わからない。
佐介の悪趣味な報告の仕方も、問題だけど。
「そうなるとやっぱり巨人っぽいわね。攻撃的誘導をされていないか、PSIエネルギーが集まらずに、実体化しきってない状態にある…?」
母さんはぶつぶつと呟きながら、携帯を弄って、出てくる数字の監視を始めてしまった。
佐介も、やれやれといった感じで軽口を言い始めた。
「その内、サメの凶暴さで暴れられたらたまったもんじゃないけどな」
「サメは優しい生き物で、むやみに人は襲わないよ!」
いきなり飛んできた反論は、立体ビジョンの向こう側から。
すぐに声の主も近づいてきた。
整った顔立ちを包む真っ白い髪、そこから伸びる真っ白い兎の耳に、真っ赤な瞳。
とても目を引く、男の子。
「ああ、ええと、稲葉くん、こんにちは。なんていうか、君がサメ好きなのは…見てわかるけどさ」
居合わせたのはクラスメイトの、稲葉備斗くん。
彼が着ているシャツには、大きくジンベエザメの絵が描かれていた。
思い出してみれば学校でも文房具とかはサメグッズで揃えていた記憶があるし、そういう事なんだろう。
「人食いサメなんて存在しないんだよ。サメが人を狙って襲うなんてことはないんだ」
「ああ、うん。血の匂いとか激しい動きをしていると、餌と間違って噛みついてくる、だよね」
僕は、憤慨してまくしたてる彼を落ち着かせるために、サメが危険性を発揮する状況を限定して説明する。
それを聞いた稲葉くんは、納得したようで、満足げに頷く。
「…なんだ、多々良もちゃんとわかってるじゃん」
「まあ…、海育ちだからね。海岸遊びとかしてたから」
僕の育った新東京島には広い砂浜があった。
晴れた日はいつも大勢の人が足を運び、とくにシャチ獣人の子供達はそっちのほうがホームグラウンド、グラウンド?とばかりに泳ぎを競っていた。
だから、僕だってサメについての知見ぐらいはある。
「ああ、そっか。…その割には、こっちの多々良はサメをワルモノ扱いなんだな」
「警戒心が強いと言ってもらおう」
佐介が自慢げに語る。
でも、少し怖い笑顔の母さんがその両肩を取り押えた途端に、顔が青ざめだした。
僕も、追い打ちをかけることにする。
「その…、佐介はホラー映画の影響受けちゃってさ。サメ怖いんだってさ」
佐介が責めるような目で見てくるけど、気にしない。
普段から余計な事を言ってる方が悪い。
「ああいうの酷いよ、サメが危険な生き物だー!みたいな話になってるんだもん…」
稲葉くんは、ついに憤慨を通り越して落ち込みだしてしまった。
そうやって項垂れると、彼の長くて白い兎耳は目立って大きく揺れる。
思い出したのは、因幡の兎が、騙したサメに襲われるっておとぎ話だったのだけど、黙っていよう。
「でも、新東京島の浜がサメ群れで閉鎖になった事はあったよね」
空気を読んでか読まないでか、むーちゃんが別の事件について切り出して来た。
えーと、あれは確か――。
「群れだと、食べ物が行きわたらなくて、腹ペコザメになるから危ないかも、って話だった、かな」
僕のフォローに食い付いたのは、稲葉くん。
よかった、悪い感触じゃないみたいだ。
「確かにそういう状況では、人にもサメにもパニックが起きちゃうからね。人を襲うサメなんて、何かよっぽど環境がおかしくなった時の…」
長い耳をピンと立てて、講釈するように話を続ける稲葉くん。
彼は、何かに気付いたように、立体ビジョンの方を指さした。
「ほら、こういうホオジロザメが飢えてはぐれて…」
稲葉くんの指の向く先に居たのは、大きな大きなホオジロザメ。巨体と獰猛さで知られるサメ。
さっきまで流れていた映像にはこんな大きなサメはいなかった。
映像が切り替わったのだろうか?
あれ、ビジョンに映るのは商品になっている魚だったような気がする。
ホオジロザメなんて希少なサメが売ってるはずはない。
人食いザメ、狂暴ザメと呼ばれて、数を減らしてしまったホオジロザメなんか売れるはずがない。
それに、稲葉くんが指をさしているのに、調理法が表示されていない。
――これは、違う。
「立体ビジョンの映像じゃあない!!」
佐介が警戒を叫んで、慌てて飛び退いた。
一瞬遅れて、佐介の居た場所に噛みつく、ホオジロザメ。
いや、巨人ザメ!
唖然とする稲葉くんの前で、僕は母さんの買い物籠から、アザラシレバーのパックを引っこ抜き、開封した。
瞬間的に思いついた、味、匂い、食性、少しでもサメが狙いそうなもの。
それを佐介にパスする。
「被害担当上等っ!!」
佐介は受け取ったアザラシの肝を握り潰し、血生臭い匂いをばらまく。
一方の巨人ザメは、情報通りに床に潜って、背ビレだけをのぞかせて、向きを変える。
背ビレが向かう先には――、佐介!
「よしっ!!」
唖然とする稲葉くんを含めた一般客を後にして、佐介の全力逃走が始まる。
それを追いかけて、巨人ザメ。
僕は、更にそれらを追いかける。
警報が鳴り始め、混乱して逃げ惑う客が駆け回るショッピングモール内。
佐介は走りながら右へ左へ、時には商品の棚に駆け上って方向を変える。
角度を作って、巨人ザメに的を絞らせないように。
対する巨人ザメは、地面に潜り泳ぎ、佐介だけを追いかけていった。
その二つを、僕は人波をかいくぐって四苦八苦しながら追いかける。
佐介が走っていくのは、食品売り場を抜けて、雑貨、おもちゃ、本屋の方向。
その先にあるのは、屋外の広い駐車場。
じゃあ、そこで――
「ハガネとアゲハを出す、だよね!」
――急に思考の先を、思いがけない声に言い当てられてしまった。
驚いて声の方をちらりと確認すると、いつの間にか、むーちゃんが追い付いてきていた。
身体能力で負けてたつもりはないけど、最近、僕の歩幅とむーちゃんの歩幅は、差が大きい!
「むーちゃん! …でも、テフは!?」
最初は、何でついてきたのと聞くつもりだったけど止めて、能力の過不足について聞く。
そうこうする間に、モール利用客の避難は進んでいて、走るのに不自由はなくなってきた。
「大丈夫! テフ自身が軍に連絡してくれてるはずだから、すぐに出動してくる!」
――ああ、そうか。
佐介が僕の感覚を共有しているように、テフもむーちゃんの見る物、聞く物を共有している。
そのテフは軍の基地でスタンバイしているわけだから、余計な通信無しでも話が通るんだ。
「便利でしょ!」
「それは、そうだけど――って、うわあっ!?」
曖昧な返事をむーちゃんに返そうとした瞬間、僕の足元を横切ったのは、巨人ザメの背ビレ。
幸い、そいつは僕たちを狙っていたわけじゃあない様子。
でも、さっきまで追いかけていた佐介は!?
「こっちだ!」
声のする方を見れば、おもちゃの並ぶ、高い棚の上に佐介が陣取っていた。
一方の巨人ザメは床から背ビレを出して、しかし、迷うように泳ぎ回っている。
佐介を追いかける様子は、ない。
「一体、何が…!?」