第十六話「月下の悪魔嬢」4/5
=多々良 央介のお話=
「うわぁっ!!」
吸血妃の攻撃へ、ハガネの両腕での防御。
アイアンロッドさえ切り裂くその攻撃を、腕で受け止められるはずもないのに。
当然、ハガネの両腕には深く傷が残る。
《二層、第5エリアから第13エリア、完全に沈黙! 猶も洗脳隊員の侵攻が続いています!!》
《吸血妃のコウモリを侵入させるな! 気密モードはどうか!?》
《現在、空調含め司令部への侵入経路の98%の閉鎖が完了。しかしこれではこちらも反撃に移れませんよ!》
通信は混乱の声だらけ。
もう、都市軍を頼ることはできないかもしれない。
鉄棍を取り出して、ハガネは横薙ぎを放つ。
やっぱりダメだ。
コウモリの群れになって逃げられる!
「くそっ! 殴っても殴ってもこれか!」
佐介が怒声をあげる。
吸血妃は、そんな僕らを嘲笑うように、ゆっくりと人型に戻る。
「でも直撃は避けようとはしてるんだ! 効果がないわけじゃあ、ない!」
それも、そうあってほしいという希望でしかないけれど。
ハガネの足元に倒れたままのアゲハ。
むーちゃんのバイタルは生存とはなっている。
けれど、もし悪夢王の攻撃と同じだとしたら、酷い夢を見ているかもしれない。
「一体…、どうすれば…」
「考えろ! 何か…ヒントはあったはずだ!」
佐介が叫ぶ。
この戦いに関することで、思い出せる限りのことは、思い出したはず。
相手は吸血鬼の巨人、その源となっている吸血鬼の有角さん。
思考の隙を突いて、コウモリの群れが肉薄してきた。
その狙いは、狙いだけはわかっている。
ハガネの首筋近くにアイアンロッドを構えると、それに巨大なコウモリが噛みついてきた。
そのコウモリを基礎にして、吸血妃の全身が組み上がる。
「それだけは…食らうもんか!」
アイアンロッドで圧して、食らい付いてきた吸血妃を押し返す。
こいつは、攻撃も回避も強烈だけど、定期的に首筋への吸血を狙ってくる。
「ワンパターンだよなっ! …あっ!」
佐介が、何か妙な声を上げた。
こういう時は、直ぐに説明してくるはず。
「――さっきも、噛みついてきたのはこれぐらいの大きさのだった!」
「そ、それが!?」
「ひょっとしてだけど、巨人噛みつき専用の大コウモリが居るんじゃないか!?」
ええと、つまり、吸血妃のコウモリは、どこがどこになるか決まっている?
でも、この闇夜に、襲い掛かるコウモリの群れのなかから、それだけを見つけられるわけもない。
押し退けられた吸血妃は、支配下にあるアトラスを呼び出し、武器として構える。
強烈な一撃が、くる。
「この攻撃を凌ぎながらなんて、無理だよ!」
一際大きな警報音が、携帯から響く。
それでも意識は、逸らせない。
《司令部隔壁が開放…! す、既に内部には洗脳された隊員が潜伏していたものと!》
《エンハンサー3名の戦闘領域からの離脱を確認。 洗脳被害は出ていないようですが、予断を許しません》
《いっそ全員ゾンビになって、夜明けを…待ちますか? 吸血鬼ですし、夜明けで力を弱めるはずです》
大人たちも、もう限界が近い。
負ける?
夢幻巨人二体と、要塞都市総動員で――
《――了解した、三佐。その可能性に賭けてみよう。央介君、聞こえるか? 吸血妃に、じゅ――》
――じゅ?
通信が、途切れた。
ちょっと待って、大神一佐が何か言おうとしていたタイミングなのに!?
向こう側の通信の機械が壊されたのだろうか。
あれだけ騒々しかった携帯はうんともすんとも言わなくなった。
あと、連絡の手段は――
(央介! 十字架だ! 十字架を突きつけろ!)
「――サイコ!」
「たまには役立つなっ!!」
『吸血鬼でも人を傷つけなくて済むのです。これもきっと天にまします主様の思し召しなのです』
彼女はそう言って、ネックレスの十字架を手にとって、目を閉じ、祈りの仕草をしていた。
吸血鬼の有角さんには、十字架は効かない。
吸血妃が、アトラスを振るい、襲い掛かってくる。
「っ!! アイアン・クロス!」
ハガネに、彼女のネックレスに似せた巨大な十字架を構築させる。
それを、吸血妃に向けて、突き出した。
吸血妃は――
「――っ! 止まった!」
彼女は攻撃を止め、アトラスを手放す。
けれど、そこまでだった。
吸血妃は、アイアン・クロスから飛び退く。
「止まるのは一瞬だけか!?」
そのまま十字架を構えたハガネが近づくと、吸血妃は怯えるように距離を取り続けた。
その動きに、攻撃的だった時の鋭さはない。
更に前進。
吸血妃はコウモリになって後退するだけ。
攻撃によるかく乱の最中でなければ、群れの中には大コウモリが一匹だけというのが見てわかった。
「そうだ! 吸血鬼の弱点じゃなく、有角さんだから、十字架の前では悪い事したくないんだ!」
「よおし、あとは中枢、頭の大コウモリを狙うだけ。もっと早く気付ければよかったな」
十字架を前に立てて、突撃。
動きの鈍った吸血妃を逃がさない。
ギリギリまで近づいて、僕は十字架を投げつけた。
慌てて逃げようと分身した吸血妃の大コウモリに、十字架が直撃した。
それを、佐介がアイアンチェインで縛り上げる。
「吸血鬼殺しの鉄鎖だ! やるぜ!」
鉄鎖の螺旋、そして――
「僕は、吸血鬼に鉄杭を打ち込む!」
ハガネの正面に、鋼鉄の螺旋。
その回転の先には、十字架に縛り上げられた大コウモリ。
「――アイアン・ダブル・スピナー」
ハガネは、いつも通りに、一閃。
背後を確認すると、月下に悪魔の化身が、崩れていった。
=どこかだれかのお話=
要塞都市に立ち並ぶ防衛塔の屋上。
満月の光が一人の影を作っていた。
「はぁ…央介くん。素敵なのです…。英雄の血はどんなお味なのです…?」
月光が小柄な姿を照らす。
語っていたのは純白のナイトキャップとナイトドレスの少女。
帽子から零れるのは強くウェーブがかった黒髪。
それは、普段とはずいぶんと印象の違う、有角くらりだった。
更に、彼女の傍に巨大なコウモリが降り立ち、その姿を変える。
コウモリから変身した軍服姿の男性は、少女の頭を撫でながら、窘める。
「いけない子だな、我が娘は。こんな騒動を引き起こして」
男性は、都市軍情報部所属の吸血鬼、有角彩文三佐。
くらりの父親。
「お父様。央介くんなら、私程度の巨人なら必ず倒せると信じていたのです」
くらりはそういうと、手に握っていたDマテリアルを備える虫型メカを父親に見せびらかした。
そのまま父子は、ビルの際から、立ち尽くしているハガネを見下ろす。
彼は、周囲を警戒しつつ、何かを待っている様子だった。
「ふむ…兵士への洗脳が外れたのは確認した。設備の修理も始まったはずだが――ああ、繋がったか」
有角三佐は通信機から繋がるイヤホンに手を当て、事態の進展を待つ。
一方で、娘のくらりは熱っぽい視線をハガネに贈り続ける。
「悪魔が英雄の掲げる十字架の元に討たれるなんて、これ以上なくロマンチックなのです…」
「はい、こちらは情報部の有角。――そうですか、役に立てて何よりです。いやはや、家に帰って娘を叱ってやらなければいけませんね」
父親からの当てつけの言葉を受けて、くらりは陰でぺろりと小さく舌を出す。
有角三佐もその程度はお見通しで、彼女の頭に軽く拳を落とした。
「娘がこんなに余所の男に入れあげているのは、父親として心配だよ?」
「でもでも、お父様。央介くんは女の子に囲まれていて、このままじゃすぐにオトナになってしまうのです! そうなる前に血の一滴だけでも…」
「うーん、ワガママなグルメ娘にも困ったものだな…」
どうやら花より団子を好むらしい娘に、安心しつつもため息を吐いた有角三佐は、やれやれと言うように頭を振ってから、その背中に大蝙蝠の翼を生やす。
それを見たくらりも、幾分可愛らしい、同じものを生やし、飛び立つ準備をする。
「…まあ、私の可愛いくらりのためだ、何かと手は尽くしてみるがね…。さあ、月夜の散歩もこれまでとしよう。監視機器をごまかすのも一苦労だ」
「はあいなのです、お父様。――央介くん、また明日、学校で逢いましょう」
月の下、ハガネを見つめる真っ赤な猛獣の瞳は、一時紅い光を放って、満月の夜空に紛れて消える。