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第十六話「月下の悪魔嬢」3/5

 =多々良 央介のお話=


 《雌性刻裂を確認。外見から、戦闘コードを発行します。対象は修道――》


 その巨人は、一見大人しそうな“服装”の姿からは想像できないほど、高速の攻撃を仕掛けてきた。

 巨人の姿が一瞬崩れ、数多くの黒い断片になり、それが襲い掛かってくる。

 僕は、とっさにハガネの急所をアイアンロッドで守った。


 鋭い牙が、首筋近くのアイアンロッドに食い付き、ガチガチと音を立てる。

 野生動物の攻撃、野生王との戦闘経験が今の僕を救ってくれた。


 ハガネに牙を向けているのは、大きなコウモリ。

 それは攻撃の失敗を悟って、空を翻り、周囲に仲間のコウモリを集めて、再び最初の姿を取り戻す。


「吸血コウモリか!? まさかこいつ…!」


「もう攻撃的に操作されてる!? 周囲にアトラスは!?」


 僕と佐介が同時に別の疑念について問う。

 答えたのは、父さん。


 《いや、PSIエネルギー量が異常に大きい! 悪夢王同様に深層接続を起こしている攻撃的な巨人だ! 警戒しろ!》


 《対象のコードを再設定、“吸血妃”。繰り返します、対象は“吸血妃”》


 悪夢王…、嫌な名前を聞いてしまった。

 ハガネを酷く追い込んだ、異形の巨人。

 目の前にいるのは、それと同じほどの力を持つ、吸血鬼の巨人。


「吸血鬼ってやっぱり有角(うすみん)の巨人かなー? あの子大人しそうだったのに…」


 《きゅ、吸血鬼? 吸血鬼の子供がいたのか? …うーん、抑圧された吸血衝動が、巨人化してしまったとでも…》


 むーちゃんと、父さんのやり取りを横に聞きながら、吸血妃の様子をうかがう。

 相手は、時にコウモリの群れに変わって、立ち位置を自在に変えてくる。


 攻撃のタイミングが掴めずにいた、その時だった。

 夜空の一点にいきなり光の群れが現れた。


 《おーっほっほっほ! 算出通り優秀なスペックをしているようですわね!》


 こんな時に、アトラス!

 ギガントの飛行機械は、吸血妃に引けを取らない速度で空を飛び、いつもの真っ赤なケーブルを伸ばす。


 《Dominate drive!! 十分なエネルギー量ですわ! これならば、ハガネ、アゲハ両名を相手にしても引けをとら…》


 アトラスは、吸血妃にケーブルを繋ぎ、いつも通りに支配操作を始めるように見えた。

 でも、その動きは途中で止まっていた。


 《引けを…、とら…、とら…、どら…、きゅら…、ら…らら…、ぶら…》


 《ど、どうしたお嬢!?》


 スピーカーから駄々洩れの声。

 ピクリとも動かない吸血妃と、アトラス。

 何か、様子が、おかしい。


 《(ブラッド)…! 血を吸わせろですわぁぁぁ!!》


 《へっ? わっ、ぎゃっ、ぎゃあああああ!?》


 ついに聞こえだしたのは、プリンセスの常軌を逸した咆哮と、汚い悲鳴。

 凸凹悪人両方の叫び声が、要塞都市に響き渡る。


 そっちに気を取られて油断した瞬間だった。

 吸血妃はコウモリの群れに姿を変え、ハガネに肉薄してきた。


「あ、アイアン・ロッド!」


 慌てて佐介に指示して作り出させた鉄棍で、防御態勢を作る。

 吸血妃に向かって、突き、薙ぎを防げるように構えたそれは、一瞬で、断ち切られた。


「ぐっ!! 破壊力も悪夢王同等か!」


 鉄棍を断ったのは、コウモリが合体して現れた吸血妃の真っ赤な爪。

 それでも、ハガネ本体を斬られずに済んだ。

 これで攻撃を受けずに済んだと思った。


 ハガネに、強い衝撃が加わった。

 次に感じたのは、腹部の痛みと、目の前を覆う真っ赤な何か。


「これ、は…!」


「アトラス! 直接体当たりしてきやがった!?」


 先ほど吸血妃に接触し、制御下に置こうとしていたギガントの飛行機械は、真っ赤なケーブルをだらりと伸ばしたままで、ハガネにぶつかってきていた。

 普段は、巨人の背後に隠れて、こちら側に直接接触はしてこなかったはずなのに。

 やっぱり、様子がおかしい。


 《巨人から、アトラスへPSIエネルギーが…逆流している! まさか、支配しようとして逆に支配されたのか!?》


「なんだそりゃ!? ミイラ取りがミイラならわかるけど、吸血鬼取りが吸血鬼になったのかよ!」


 とにかく、このままでは何もできない。

 食い付きっぱなしのアトラスをハガネの両手で引きはがし、更に前へ向かって飛び膝蹴り。

 アトラスを弾き飛ばす。


 次に攻撃を仕掛けたのは、アゲハ。

 マントを展開して、内部に並んだ磁力兵器を起動させた。


「巨人だけなら!」


「MRBSで弱体化させられます!」


 むーちゃんとテフの掛け声。

 照準光が、吸血妃を捉える。

 光に照らされた吸血妃は、それこそ太陽光に照らされた吸血鬼のように悶えだす。


 《PSIエネルギーの収束率低下を確認!》


「あとはDキャプチャーを…!」


 けれど、その照準光を遮るものが現れた。

 それは――


「――アトラス! とにかく邪魔ばかりするな、アイツ!」


 吸血妃に操られるままに盾になったのは、磁力兵器を無効化するアトラス。

 攻撃を打ち消した証拠としてバチバチと電光を放ちながら、まるでこちらを嘲笑うように、吸血妃の前に浮かぶ。


 そこから更に、アトラスは様子を変えた。

 空飛ぶ自動車みたいな本体から、一方向に赤いケーブルを伸ばして捩じり合わせて。

 そして、その伸びたケーブルを、吸血妃が手にした。


「何あれ! 武器のつもり!?」


 むーちゃんが叫ぶ。

 確かに、今のアトラスは歪な赤い柄が伸びた、槍か槌のようにも見える。

 吸血妃は、それを携えて僕たちに向けて構えた。


 《まずい! こうなるといつものアトラス合体巨人と同じで、MRBSもDキャプチャーも効き目が無くなる!》


「…なら、直接殴る! むーちゃん!」


「うん!」


 ハガネとアゲハ、ステップを揃えて、攻撃にかかる。

 対する吸血妃は、武器となったアトラスを振り回してきた。


「もっぺんアイアン・ロッドだ! 受け取れ!」


 手元に飛び出した鉄棍で、吸血妃の真っ赤な武器と切り結ぶ。

 相手の武器のほうが重く、押し切られる。

 ハガネはそれを受け流すのが精一杯だけど――


「むーも居るもん! バタフライ・キッス!」


 ――吸血妃が重たい攻撃を終えた隙を突いたのは、アゲハ

 両手に構えた拳銃が、夜間照明を反射して光り、次の瞬間、二本の螺旋が吸血妃を貫いた!


 貫いた、のに。

 黒い羽ばたきが、周囲に舞う。

 それは、コウモリの群れ。


 気が付くと、吸血妃は“そこには居なかった”。

 コウモリの群れが飛び去った後には、相手を貫いたはずのアゲハの螺旋槍と、アトラスだけが残されている。

 そのアトラスも一足遅れて、飛び去っていく。


 アトラスの行く先で待ち受けていたのは、コウモリの群れ。

 それらが合体し吸血妃の姿に戻り、武器のアトラスを構えなおす。


「クソっ! ずりーぞ、アゲハのビームも直接攻撃も効かないなんてありかよ!」


「何か、何か手段は!? 父さん!」


 手詰まりになって佐介が毒づき、僕は父さんに助けを求める。

 その通信先は――


 《吸血鬼でしょう? 弱点は色々あったはずです!》


 《日光、流水を渡れない、十字架に触れると火傷、ニンニクが苦手、細かい物を数えたくなる、狼男が宿敵等はよく言われますが…》


 軍の人たちも、ああでもないこうでもないという話をしている。

 その中にヒントはないだろうか?

 あげられた中で、有角さんが苦手にしていたものは、太陽光ぐらい?


 《さっきから防衛塔の投光器で、可視光線や赤外線・紫外線など太陽光に含まれる光線類を浴びせていますが、効き目ありません!》


 《それに、さっきから防衛塔にもコウモリが攻撃して来てるようで…おい!第18防衛塔、応答どうした!?》


 映像の中で、大勢の視線が何処かへ向く。

 その中で、一人だけ少し慌てた様子の人は。


 《わ、私は名前はオオカミだが、犬だ!》


 残念ながら、大神一佐は、狼男ではないみたいだった。

 軍の人たちは、気まずそうに視線を背けていく。


 《…大神一佐、通信で情報部の有角三佐――》


 《き、緊急、緊急! 第一種緊急連絡! 第18防衛塔内部で、現在、交戦状態!》


 急に、通信が入り乱れだした。

 大神一佐の大声が、回線越しに僕たちまで揺るがす。


 《なんだと!? こんな時に何と交戦したというのだ!?》


 《コウモリです! コウモリに噛まれた連中が暴れ出して! ゾンビですよ、アレじゃ!》


「ゾンビ!?」


 気が付くと、さっきまで吸血妃を照らしていた防衛塔のいくつかから明かりが失われていた。

 目を凝らすと、小さなコウモリがビル周囲を飛び交っているのが分かる。


 防衛塔の中らしい通信映像では、よろよろと歩く兵士たちが、通信元のカメラへゆっくり近づいてくる。

 不気味な兵士の一人は、自分からヘルメットをむしり取り、大きく口を開く。

 それは、目の前にいる者に食らいつくためだと、本能的に理解した。


 《や、やめろ! こっちに来るな! じゅ、銃が友軍識別で…、うわああああああ!!》


 音声は悲鳴に満たされ、映像は無茶苦茶な動きの服の接写。

 そして、静かになる。


「ま、まさか、死んだの…!?」


 《…攻撃を受けた隊員のバイタルは…、正常! 応答を!》


 オペレーターさんが必死で訴えるけれど、答えは返らなかった。

 聞こえだしたのは、うめき声。

 さっきまで襲われていた兵士のカメラ映像は、不気味な移動を開始する。


 《ゾンビ製造…いや、洗脳能力? 確かに、吸血鬼は下僕を作り出すという。これもアトラスと同じ、か!?》


 《直ちに防衛塔地上部、及び都市地下構造全体の気密閉鎖! 対BC兵器態勢へ! 無駄かもしれんが、可能性を潰せ!》


 ――怖い。


 巨人は、ハガネばっかり襲ってきていた。

 それが今、都市を、軍を巻き込んだ攻撃をしてきている。


 また一つ防衛塔の明かりが消える。

 周囲がどんどん暗くなって、吸血妃の姿が闇夜に溶けていく。

 空中を滑るように動き、不規則にばらばらのコウモリ群に変わり、追尾がどんどんしにくくなる。


 追い詰められた僕は、全てのコウモリを追跡することに、失敗した。


「きゃっ!」


「むーちゃんっ!?」


 ハガネの後方、アゲハから悲鳴が聞こえて、振り向く。

 アゲハには、吸血妃が抱き着いて、首筋に牙を突き立てていた。


「あっ…、く…」


 吸血。

 むーちゃんが、襲われて。


 僕は、無我夢中でアイアンロッドを投げつけて、アゲハに取りついた吸血妃を追い払う。

 でも結局、コウモリになって逃げられてしまって。


 支えを失ったアゲハが、地面に崩れ落ちる。


「むーちゃぁん!!!!」

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