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第十六話「月下の悪魔嬢」2/5

 =多々良 央介のお話=


「はい、私のお家は、先祖代々の吸血鬼なのです。エヘヘ」


 クラスメイトの女の子、有角さんは、少し恥ずかしそうに、衝撃の事実を語る。

 いつもお決まりの恰好、なんて言えばいいのか、シスターさんとかそういう感じの服の彼女。

 お話なら、むしろ吸血鬼を退治する側の服装だと思うのだけれど。


「えっと、吸血鬼って…、その、あの…日光浴びると灰になっちゃう…?」


 僕の混乱した質問に、有角さんは丁寧に答えてくれる。


「そうなのです。日光はあんまり平気じゃないのです。すぐに灰にはならないけど、火傷しちゃうのです」


「じゃ、じゃあ、プールに入れないのも?」


 これを聞いたのは、むーちゃん。

 そう言えば吸血鬼って水は駄目とか、あったかな?


「流水は平気なのです。でも、日光遮断の全身水着ってのが結局なかったのです」


「屋内プールだったらよかったのにね。ここのは露天プールだから…」


 そう言うのは紅利さん。

 確かにまあ、顔を覆うような水着ってのは、聞いたこともない。

 僕は、以前からの考えが誤解だったのかと、それを口にする。


「てっきり、その、服装が服装だから、肌を見せちゃいけないとかの、宗教とかかなって思ってたんだけど」


「あー、お家は実際クリスチャンなのです。間違ってないのです」


 有角さんは、服の胸元に手を差し入れて、十字架のネックレスを取り出した。

 あれ? 十字架も平気なのかな。

 聖なるものに触ると火傷とか、そういうのもあった気がしたけど…。


「吸血鬼っていうとー、すごい力があったり、空を飛んだり…吸血したり?」


「杭を刺そうとすると、蝙蝠の群れになって躱したりな」


 むーちゃんと、佐介が、映画で見たような話を持ち出した。

 それを受けて有角さんは口元に手を当てて、少し考える素振り。


「うーん…昔はそういう事ができる人もいらっしゃったそうですけれど――」


 そこまでで彼女は一度、言葉を切り、目を閉じる。

 あれっと思って、彼女に注目した瞬間、再び開かれた彼女の目は、真っ赤な、猛獣の瞳に変わっていた。


「うわっ!?」


 またしても、僕たち三人の驚きの声。

 手品じゃ、ないよね。

 有角さんは悪戯っぽく笑って、説明を続けた。


「びっくりしたのです? 私はこうやって体の一部だけの変化、夜目が利くようにするとかしかできないのです」


「体の…変化?」


「いやでも、狭山一尉も変身し…、おっと」


 佐介がうっかり、僕たちが知らないはずの話をしそうになる。

 確かに言われてみれば、変身できる人って結構いる、のかな?


「それが、吸血鬼の力なの? すごい、すっごい!」


「なのです。吸血鬼って体を変化させられるのです。あ、牙も作ったりできるのです」


 むーちゃんが、無邪気に驚く中、有角さんは口角を引っ張って、歯を強調してくれた。

 綺麗に並んだ前歯の犬歯がすっと伸びて、吸血鬼らしい牙になり、また元に戻る。


「牙…。そうか、吸血、するんだ。それは、そうだよね…。吸血鬼…」


 吸血鬼の当たり前のことを、今更理解させられた。

 目の前の女の子が、人の血を、吸う。

 思わず視線を泳がせてしまった僕に、有角さんが慌てた様子で両手を突き出し、否定する。


「ああああ! 町から女性を攫って、とかじゃないのです! 月に一度、血液パックをいただいているのです!」


 ああ、それなら、まあ…。

 …まあ、としていいのだろうか?

 人間の血を飲むことには、変わらないのだけれど、どう考えたらいいんだろう。


「血液パックっていうと…、病院の、輸血の、かな?」


「えーと、特定体質なので、お医者さんや都市軍さんから専用の血液パックを分けていただけるのです」


 お医者さんの事となると、むーちゃんは食い付く。

 黒野のおじさんは、吸血鬼とか、出会ったことはあるのだろうか?


「献血の皆様のおかげで、吸血鬼でも人を傷つけなくて済むのです。これもきっと天にまします主様の思し召しなのです」


 有角さんはそう言って、ネックレスの十字架を手にとって、目を閉じ、祈りの仕草をする。

 そうしている彼女は、むしろ聖少女、といった雰囲気だけれど。


「映画に出てくるような吸血鬼! ってのとは全然違うんだなー」


 佐介が遠慮のないような話をする。

 最近、こいつがこうやって強く探りを入れるのは、周囲の人間への警戒のような気がしてきた。

 あんまり良くないことだという気持ちを込めて、横目で睨み付けると、佐介はわざとらしく目を逸らす。


「映画とかに出てくる、むかーしむかしの吸血鬼の悪い人は、大勢の人を襲って、沢山の血を飲んで、その分、力も凄かったそうなのです」


 佐介の失礼にあたるかもしれない発言を、有角さんはそこまで気にしていない様子なので、少し安心。

 にしても――


「――血の量で、力が変わるの?」


「なのです。お父様の話では、血に宿っているのは人の命の力で、それをいっぱい口にすると、命から離れた、ようなことができた、らしいのです」


 急に、不可思議な話になった。

 命? 命から離れた?


「ええと、その、どういうこと?」


「えーと、剣で刺しても鉄砲で撃っても死ななかったり、あと体を千切って沢山のコウモリになったり、そういうのはたくさん人を食べた怖い悪い吸血鬼、ってことなのです!」


「つまり、生き物から大きく外れるようなことができちゃう、ってことね?」


 むーちゃんが上手くまとめてくれた。

 有角さんもうんうんと頷いて、それを肯定している。

 なるほど。


「じゃあ、有角さんは…そんな怖い吸血鬼みたいなってできないのか?」


「なのです。人を傷つけるなんて、いけないことなのです。主様から天罰が下るのです!」


 その言葉は、今までの有角さんの柔らかな喋り方とは違って、少し強く、乗り出してくるように語った。

 これは、有角さんの、信じる心の姿勢なのかもしれない。


 …うん、そうだよね。

 人を傷つけるような奴には、天罰が下る。

 それは、ギガントに――


 ――それと、僕にも、下ったんだと、思う。


 視線を落とした僕の傍に、佐介。

 慰めてくれなくて、いい。

 これは、僕が、僕がしたことなんだから。


「…なのです!」


「へー、お母様は普通の人なんだ。恋愛結婚?」


 うん?

 僕が、一人でつまづいている間に、むーちゃんと有角さんとで、話が別の方向に行っていたみたい。


「でも色々大変だよね。日光の下が辛いってなると、好きな人とのデートとかも難しいわけでしょ?」


「肌を直射日光に当てなければ、割と平気なのです。…水着デートする勇気はないのです!」


 うん。

 僕には、あんまり、よくわからない方向の話だったみたい。

 有角さんは、誰も居ない方向に目を向けキラキラさせて、幸せそうなため息をついていた。


「素敵な方と、月の夜空を飛んでの逢瀬とか、憧れるのですー…」


「むーなら…東京島の夕暮れの砂浜がいいかなー。昔からの遊び場だったしー」


 むーちゃんが、視線をこっちに向けてきた。

 その、ごめん。

 僕は、もう一度目を伏せる。


 やっぱり、駄目だ。

 未だに、むーちゃんと目が合うたびに、悪夢の中の両手のない彼女が、僕が両手を千切り取った彼女が、ダブって見える。

 僕はもう、むーちゃんと昔みたいに、仲良くは――。


 むーちゃんの視線から逃れようとする僕の隣。

 佐介が、急にしゃべり出す。


「月夜か。そういや、今夜は満月だっけな。月の光は太陽の反射光だけど、大丈夫なのか?」


「平気なのです。あと、機械で成分とか?まで再現した太陽光でも平気ってお父様が言っていたのです」


「うーん。現代医科学ではまだ計り知れない何かがあるのかなー?」


 話題が移り変わって、むーちゃんの関心は別の所へ。

 …佐介、ありがと。

 助かった。


 ――満月、か。

 夜の戦いは、この町に来てからはあんまりしていない。


『夜の戦いはカミさんとだけにしたいもんだがなぁ!』


 そういう冗談を教えてくれた人がいた。

 そこで言う戦いというのは、その、ケンカとかそういう意味じゃないっぽくて、赤面した記憶がある。

 今は、その人は助けてはくれない。


 でも、今の僕たちには、この要塞都市と、そこで一緒に戦ってくれる人たちがいる。

 その人たちを、ハガネはどこまで守っていけるかは、不安なのだけれど。


 そして、戦慄の夜が、訪れた。

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