表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/235

第十六話「月下の悪魔嬢」1/5

 =多々良 央介のお話=


「うわぁっ!!」


 ハガネの両腕での防御。

 でも、ダメだった。

 闇夜に光る真っ赤な爪は、それを簡単に切り裂いて、ダメージを与えてくる。


 《第5エリアから第13エリア、完全に沈黙! 猶も洗脳隊員の侵攻が続いています!!》


 《吸血妃のコウモリを侵入させるな! 気密モードはどうか!?》


 《現在、空調含め司令部への侵入経路の98%の閉鎖が完了。しかしこれではこちらも反撃に移れませんよ!》


 通信の先、大人たちも追い詰められている。

 アイアン・ロッドを振るって、目の前に立つ巨人に反撃を加えようとする。


 立っている相手なら直撃するはずの、横薙ぎ。

 これも、ダメだった。

 鉄棍が打ちつけられる瞬間に、その巨人の体から多くの羽ばたきが生まれ、攻撃は手ごたえもなく空を切る。


「くそっ! 殴っても殴ってもこれか!」


 巨人は殴られそうになる度、羽ばたくコウモリの大群に姿を変えて、ハガネの間合いから離れてしまう。

 そしてコウモリは集まっていき、再び女性的な姿の巨人、吸血妃の姿に変わる。


「でも直撃は避けようとはしてるんだ! 効果がないわけじゃあ、ない!」


 昔話に語られる、吸血鬼。

 その力を100%引き出した巨人。

 強大過ぎる、闇の力。


 今、ハガネの足元に横たわっているのは、アゲハ。

 吸血妃の神出鬼没に対応できないうちに、その噛み付きを受け、倒れてしまったアゲハ。

 むーちゃんからの通信は、止まったまま。


「一体…、どうすれば…」


「考えろ! 何か…ヒントはあったはずだ!」


 佐介が叫ぶ。

 僕は、記憶を手繰る。

 この巨人の発生元の、その少女の事を――




「――暗い深い水の奥底で蠢く魔物…、それは襲い掛かる!」


 背後で激しい水音がして、足のつかない水に浮かんでいた僕は何者かに抱き着かれた。

 夏の水温の中で、熱くさえ感じる体温。

 誰かを察した僕は、慌ててそれを引きはがす。


「む、むーちゃん! やめ、やめてってば!!」


 手足をじたばたさせて、密着している幼馴染の腕の中から何とか抜け出した。

 今、僕たちがいるのは、学校のプール。

 みんな水泳帽に水着姿で、当然、僕も、むーちゃんも。


「こーすると、おーちゃんがちっちゃくなったのがわかるんだもーん」


 むーちゃんは、悪びれていない。

 でも、断固として譲れないのは、僕が小さくなったんじゃない。

 むーちゃんが、大きくなったんだ。


 昔は、ちびの僕よりは大きい程度だったのに、5年生の頃には頭半分は差ができて、今はそれ以上の差がある。

 僕たちぐらいの年齢だと、女の子のほうが成長が早いっていうし、多分それだと思う。


 ただ、女の子は大人の女性らしい体つきになる、という話だったけれど、むーちゃんは…なんというか縦に伸びただけの気がする。

 何にしても、そうやって体の違いが見えてくると、ましてやそれがよくわかるような水着姿で抱き着かれると、最近は、恥ずかしい。


 更に抱き着いてこようとするむーちゃんを警戒。

 泳ぎながら構えた僕の背中に、何かが衝突してきた。


「うわっ?」


「ぶくがぼが! あぶわぁ!」


 振り向くと、衝突してきたのは、水泳補助用のビート板。

 それを必死に掴んだまま、溺れないよう必死で顔を上げて叫んだのは、長尻尾の狭山さんだった。


「たた、たたた多々良ぁ! あたっ、あたしが泳いでる所を何で邪魔する!!」


 激しく藻掻いて、何とか水の中での安定を取り戻そうとする彼女の両腕には、初心者用の浮き輪が嵌っている。

 転校して来て以来、体育万能に見えていた彼女だけど、水泳は全くダメらしい。

 いわゆる、カナヅチ。


「泳いでいるというか溺れかけているというか…狭山は6年間水泳やって、結局泳げなかったなあ」


 そう言うのは、普段は野球帽、今は赤い水泳帽の、根須くん。

 彼は、着替え室に来るときにはもう水泳帽に変わっていたけど、どうしていつも帽子なんだろう?

 一方で狭山さんは、三つの補助具を付けながらも溺れそうな身動きで、それでも根須くんに抗議する。


「うるせー。人間は陸の上走れれば十分なんだよ! あぶぶぶ…」


「お前エンハンサーだろ? むしろ能力上昇してそうなもんだけどなあ?」


 根須くんはそういうけれど、どうなんだろう?

 エンハンサーと泳ぎって関係あるのかな?


「じゅ、獣人だからって、泳ぎが上手くなるなんて限ら…」


 その時、僕たちの足元、水中を物凄い勢いで泳いでいった褐色の影。

 それは一瞬水面の反射で見えない方に消え、直後に勢いよく水面から跳ね上がって、プールサイドに着地。


「いぇーい! オイラ水陸両用!」


 大きな兎耳から耳栓を引き抜きながら歓声を上げたのは、ウサギネコ獣人の奈良くん。

 僕は、自分では泳ぎが上手いつもりだったけれど、彼のは規格外だと思う。


「狭山、奈良(ナナ)を見ろ。上手いじゃないか」


「ごぼぼ! カワウソ混じりと一緒にするな! あたしは猿だ! 樹上生物だ!」


 狭山さんは、抗議する勢いでますます溺れそうになる。

 ちょっと気の毒になったので、僕とむーちゃんで彼女をビート板ごと引っ張って、プール岸にまで連れていった。

 そのまま彼女は両手と尻尾で岸にしがみついて、ぐったり。


「ぶあー…、頼れる地面っていいなー…」


「大丈夫? 狭山さん。これ、どうぞ」


 声をかけてきたのは、プールサイド用の電動でない車椅子に乗った紅利さん。

 水着の彼女が差し出して来たのは、スポーツドリンクのボトル。


「さんきゅ」


 狭山さんは水から逃げるように這い上がりながら、ボトルを受け取った。


「央介くんと、夢さんも」


 しかし、紅利さんがボトルを差し出してはくれているけれど、車椅子の高さの分、水面からは距離があって、直接は受け取れない。

 水から上がってしまおうかどうか、考えたところに。


「どうぞなのです」


「あ、ありがとう」


「ありがとねー」


 紅利さんから一度ボトルを受け取って、水際に屈んで渡してくれた女の子。

 少し特徴的な服装をしたクラスメイトの有角(うすみ) くらりさん。

 僕たちの感謝に笑顔で応えた彼女は、プールサイドの屋根付き休憩所に戻っていった。


 彼女は、今まで三度ほど水泳の授業があったけれど、いずれも参加していない。

 紅利さんでも、低学年用の小プールでの水泳はしているのだけれど。

 それに――


「有角さんって、普段からあの格好だけど…暑くないのかな? 日光過敏症…?」


 むーちゃんが言い出したように、やっぱり、気になる恰好をしている。

 この夏の強い日差しの下で、一切の露出がない長袖に長裾。

 念入りな事に、手には手袋、髪を出さない被り物に、顔にも薄くヴェールがかかっている。


「普段の体育には出てたと思ったけれど…」


「普段も、体育の時でも、ああいう恰好だったな、肌見せないって言うか」


 僕の記憶の掘り返しを補強してくれたのは、いつの間にか傍にいた佐介。

 記憶力の佐介が言うなら、間違いない。


「あー、有角は体質がアレなんだ」


 話を聞きとめたのか、横から声をかけてきたのは、奈良くん。

 普段はふわふわしている彼だけど、今は体毛に水泳用のオイルか何かを塗っていて、全身がつやつやてかてか。


「体質が、あれって…何か病気、とか?」


「んー、まあ、いっそ本人に聞いた方がいいぞ。ウヒヒ、ビックリするぜ?」


 奈良くんは、随分と含みを持たせた言い方をするだけだった。

 僕と佐介が首を傾げ、それを見たむーちゃんも続く。



 そして、水泳の時間が終わって、着替えた後の休み時間。


「吸血鬼!?」


 僕と、佐介と、むーちゃんの驚きの声が、教室に響いた。

 はにかみながら頷いて答える有角さん。


 吸血鬼。

 物語では、時に恐ろしい怪物として襲ってくるもの。

 それが、毎日一緒に過ごす、同じクラスの女の子に居た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ