第十五話「義脳少女は羊雲の夢を見る」6/5
=どこかだれかのお話=
央介が、僕のことを考えてくれている。
しかし、何か、央介との結びつきが弱まったようにも思う。
それを感じながら、佑介は目を覚ました。
どうせろくな状態じゃないと、と悟りながら。
彼の目の前に広がっていたのは、以前にも見た、Dr.エルダースの拠。
壁面の悪趣味な魔人像は、以前よりも部位が追加されているようだった。
佑介は、どうせまた磔なのだろうと、体を動かそうとして、違和感に気付く。
体は、何の縛めもなく動かせた。
しかし、それよりも佑介が気になったのは、右腕の感覚。
ハガネにダミードライブを渡して、直ぐ後、何者かの乱入によって千切られた右腕。
その右腕が、動く。
幽霊のような巨人体だけで構築されなおしたのかと思い、佑介は右腕を確認する。
しかし、そこにあったのは、見慣れた腕ではなかった。
鈍い輝きの金属で組み立てられた、酷く不格好で、サイズの合わない、機械の腕。
その手のひらに、赤く光るDマテリアル。
「――ッ!! 何の冗談だ! クソジジイ!!」
佑介は、左手で右腕を強く握り締めた。
機械なら、自身にまとう巨人体の力で破壊できる、そう思っての行動だった。
しかし、壊れない。
「こらこら…。せっかく作った物を壊されては困る」
暗がりの中から、杖を突いた老科学者、エルダースが姿を現した。
そして、話を続ける。
「佑介君。君の右腕は、再生しなかったのだよ。補佐体同士での戦い、あるいは本来の主人が絡んでの破壊だったためと推察するがね」
「それでこんなオモチャの腕を付けたか!? ダミードライブを父さんに渡した事での嫌がらせかぁっ!」
激昂する佑介は、エルダースに向かって飛び掛かる。
機械仕掛けになった右腕で、彼を刺し貫くつもりで。
しかし、エルダースの目前、見えない壁が佑介の攻撃を阻み、衝突音が空間に響く。
何らかの防御策が取られていたことへの怒りに、佑介の食いしばった歯の間から、激しく息が漏れた。
それを気にする様子もなく、エルダースは嗤う。
「いや、素晴らしい…。完璧以上の結果だ。君の行動も、結果も。 何より! 善く、多々良博士に儂の研究成果を届けてくれた!」
「何だと!?」
佑介の反駁にも、エルダースは嗤い続ける。
目の前のコンソール操作に没頭し続ける。
「やはり。やはり生命に至った物というのは素晴らしい…。常に前の段階を超えようとする。未来の可能性を求めに行く」
そうするうちに、周囲に映像が、何らかの情報画面が、投映され始めた。
佑介は、殺意をエルダースに向けたまま、それらの情報を見回し、光子頭脳で処理し続ける。
「補佐体にとっては主人こそ命。守ることこそ生命。そして、それが果たせなくなった君は、生命への渇望を得た」
映像のいくつかが切り替わる。
機械の頭脳。そこから伸びる生体素材の神経。
それらから、PSIエネルギーが検出されていることを示す図。
「儂がかつて手掛けた物に、結晶光子義脳がある。それは…肉体の機能の代行は出来た。しかし、生命として幾分欠けていたのだよ」
「クリスタル・エルダース! お前を知って、央介が失望する前に殺すべきか!」
佑介は、央介から受け取った知識から、目の前にいる邪悪な老人と、世界で語られる偉大な科学者が同一人物だと気付いていた。
自身の事に言及されたエルダースは、しかし動じる様子もない。
「義脳は、生命体である肉体と繋がなければ、ただの機械で終わる。ところが君は、全身が無から作られた機械でありながら、生命に至った」
佑介をまるで視野に収めないエルダースは、愉快そうに機器を操作して、周囲の画面に情報を書き加えていく。
技術を弄ぶのが楽しくて楽しくて仕方がないというように。
「君のPSIエネルギーの出力は、君が生命となった、その一面というわけだ。…よおし、これで欠点は解消されたと言えるだろう」
情報を入力し終わったエルダースが、杖型の端末を操作した。
周囲に、機械の作動音と振動が広がる。
佑介とエルダースの前に、ケーブルとパイプが生物の臓物のように絡み合う巨大な機械が降りてきた。
「そして、原理と手順が分かれば、再現はたやすい」
巨大な機械の中心に、それは居た。
真っ白い髪をした少年の上半身。
下半身があるべき部分からは、歪に機械と管が伸びていて、それが人ではないことを示していた。
「補佐体…? いや…」
怒りに満ちた佑介の思考に何かが引っ掛かる。
下半身のない、怪物。
「Type-blankという。“君の補佐体”だ。そして――」
機械の少年が、ゆっくりと目を開ける。
柔和な表情のその目は、佑介だけを見ていた。
「おはようございます。佐介さま。わたしはシロ型、あなたのしもべです」
「――君をここに連れ帰ってくれたのが、これだ。未完成だったが、君の傍に潜み、守っていたのだよ」
佑介は、理解した。
自分が敗れた後に現れた、謎の巨人。
その中にいたのが、これだと。
「――ッ!!」
佑介は手が届かないエルダースからいったん離れ、シロ型に飛びつき、機械の右腕でその顔を殴りつけた。
それほどの不愉快の極みだった。
顔の形が歪むほど強く殴られたシロ型は、しかし――
「ああ…、申し訳ありません。佐介さま。何か、お気に障ることがあれば、なんなりとお申しつけください…」
――シロ型は、佑介に殴られたことを意に介さず、むしろ彼と接触を持てたことに対する好意の笑顔を浮かべる。
激しい暴行に、口から鼻から流血を見せるが、それすら幸せそうに、佑介を見つめ続けていた。
戸惑い、動きを止めた佑介に、エルダースは呆れた様子で口を挟む。
「せっかく作った物を壊されては困ると、さっき言ったのだがね。それに、シロ型の機能停止は、佑介君、君の機能停止も意味するのだよ?」
「なんだとっ!?」
予想だにしていない話に佑介は動揺し、だがエルダースは調子を変えもせず説明を続ける。
「シロ型は、人間に頼らずにPSIエネルギーを発生できる。そういう補佐体なのだよ。試作だから、このような巨大な機械になってしまったがね」
「それと、俺の機能停止がどう関係する!」
佑介は、エルダースとシロ型を交互に睨み、しかし判断を下し切れず、ただ奥歯を噛み締める。
隣ではシロ型が、溢した血液を両手で拭い、それを佑介から貰った大切な宝物のように見つめていた。
「君は感じているはずだ。今現在、君と多々良央介君との接続が弱まっていることを。そうあっても君が機能不全に陥っていないのは、シロ型からPSIエネルギーを供給されているからなのだよ」
「エネルギーの…供給!?」
エルダースは杖を持ち上げ、佑介の右半身の方を指す。
その先にあるのは、金属光沢をした、佑介の新たな右腕。
「君が失った右腕は、君にとって重要な…シンボルとなっていた部位だったのだろう。その巨人構造体としての喪失。結果、央介君からのPSIエネルギーを受け取りにくくなった」
その指摘は、佑介には、思い当たることがあった。
央介と同じ利き腕の右手。
そして、央介の死角を守るため、左前に立った時に、央介を護る右腕。
「その代用をしているのが、その機械製の右腕だ。シロ型からのエネルギー受信機構となっている。なるべく壊さないように、な」
エルダースは、そう話を纏め、再び情報画面に向き直った。
ある程度は佑介に向けて、次第に誰に対してでもなく独り言を呟く。
「それにしても、君は随分良質なデータを集めてくれた。今後は自立型補佐体はもっとコンパクトにできる…。おお、そうだ。Type-blankを幾つか並列で稼働させてみよう」
幾つかの操作を終えたエルダースは、杖を突きながら、どこへともなく去っていった。
広間に残されたのは、作動音が低く唸りをあげるシロ型の機械類のみ。
しばらくして、シロ型が、問いかける。
「佐介さま、わたしがお手伝いできることはありますか…?」
佑介は、酷く気に障る一言に、シロ型を睨み返す。
一層の事、この不愉快な機械を壊し、この場で果ててしまうことも頭によぎる。
しかし、彼は、まだ執着を捨てきれなかった。
主人である央介の元へ戻る。
作られた時からの、最重要目的。
「…オレは佑介だ。次に佐介とか言ったら、ぶち壊す」
「ああ、申し訳ございません…。ですが、佑介さまが壊れろとお命じになられるなら、わたしはそれに従います。お手を煩わせることは、ありませんから」
先ほど、自身のしもべだと、シロ型は口にしていた。
佑介は、最後の確認として、聞き直す。
「ご主人様のために何でもしますって?」
「はい。わたしは佑介さまのために存在しています」
そう、事も無げに、笑顔でシロ型が答えた。
受けた佑介は、言葉を吐き捨てる。
「――中身からっぽの人形が」
See you next episode!!
夜の闇の中で、赤く光る瞳…
犠牲者を求めて襲い掛かる不死の眷属!
しかしその可憐な悪魔はとても身近な場所にいた!?
次回『月下の悪魔嬢』
君達も夢を信じて、Dream Drive!!