第十五話「義脳少女は羊雲の夢を見る」4/5
=多々良 央介のお話=
「これがって言われても分からねーよ、父さん!なんで爆発が巨人に効くんだ!?」
「該当の新兵器Dボムについて詳しい概要を、支障のない範囲で公開願います。多々良の小父様」
補佐体二人が揃えたように、ガッツポーズの父さんに突っ込みを入れた。
この場合、佐介とテフは兄妹という事になるのだろうか?
《ああ、まあ、そうだな。うん。どこから話せば分かりやすいかな?》
「まずは、どうして物理的攻撃が巨人に効いたか、かなー?」
質問を決めたのは、むーちゃん。
むーちゃんは、こういう事の順序建てが上手い。
《それからか。えーと、Dボムの中に格納してあったDマテリアルが、爆弾の爆発に伴って“爆発の巨人”を発生させることで、巨人にダメージを与えている》
「爆発の、巨人!?」
なんか、いきなりおかしな言葉が出てきた。
どうして、どうやってそんなものが、ええと?
「じゃあおじさま、次の質問。爆発の巨人っていうのは、誰が巨人を出しているの?」
むーちゃん、ありがとう…。
そうか、巨人なら、PSIエネルギーを誰かが出しているはず。
このDボムは、どこからPSIエネルギーが出ているんだろう?
《ああ! 夢ちゃん、良い質問だ。まさにそれなんだよ。このDボムの爆発の巨人は、“みんなが出している”んだ》
そう言って、父さんは手元のパッドの映像を見せつけてきた。
携帯の映像の中の映像は小さくて分かりにくいけど、さっきの報道が続いているみたいだった。
《この報道で、少し嘘をついてもらった。巨人にはこの爆発が効き目がある、ってね》
「え? …まさか、効き目があるって情報を、みんなに広めたから、効いた!?」
《そうだ! 人間がいる場所には、巨人にはならない程度だがPSIエネルギーが行き交っている。それを、報道で誘導して、Dボムが瞬間的に“爆発の巨人”にしたんだ》
――あれ、なんか前にも似たことを聞いたことがあるような。
サイコの話だったかな。
それとも、父さんが何かで説明してくれた話だったかな?
「歌唱妃の時の幻覚の説明と、あとは偽物野郎が周囲のPSIエネルギーを集めてクロガネを作ったとか言ってたな」
佐介、記憶力凄いね…。
その辺も光子頭脳の機能かな…。
《その通り! これは佑介の残していった、ギガント製Dドライブの機能を解析して作ったものだ。以前だったら…PSIエネルギーを集めるのは無理だったな》
「なっるほどー。じゃあプリンセスが悲鳴を上げてたけど、ギガントの自業自得ってわけね!」
そう考えると、いい気味かもしれない。
にしても…、この爆弾の効果に関して一つ思ったことがあった。
あまりにもぶち壊しで、言いたくは――
「つまりDボムって、単なるハッタリじゃん?」
――佐介が言っちゃった。
なんでそう言わなくていい事まで言っちゃうんだろう、このポンコツ。
《まあ…そう言えなくもないな。しかし、このために軍にも情報を誘導してもらったり、大変だったんだぞ?》
《Dボムの第二波の配置が完了しました。PSIエネルギーも十分収束しています!》
…あれ?
これだと、僕たちは居なくてもいい事になるんじゃあ?
少し焦った心のまま、携帯の画面に食い付く。
Dボムの群れは空を飛び、羊毛雲を追いかけている。
追いかけているけれど――
《効果範囲内から羊雲王群が離脱! あの爆弾目立ちすぎるんですよ!》
《目立つことでPSIエネルギーを集めて、対巨人破壊力を発生させているわけなので…、目立たなくしたり、速く動かすと効果が無くなりますからね》
《なるべく多くを映像で映していますが、その範囲外の物は影響も小さいようです…》
――うん、大丈夫かな。
僕ができる事は残ってる。
《効果はあっても融通が利かんか…。 巨人隊、再出動の準備を! トドメは君達に頼るしかないようだ!》
僕が戦える場所があるなら、いいや。
そう思いながら、車両に揺られて、それほど時間もなく、次のエレベーターに到着。
ここは、天井が開いていないから、まだ雲に襲われる心配はない。
僕と佐介、むーちゃんとテフが、それぞれの夢幻巨人を出現させにかかる。
その間も、通信は忙しく戦況を伝えてきた。
《Dボムの攻撃と陽動で、羊雲王に隙が出来ています。また、雲が減ったり動いたりした結果、光学観測でアトラスの位置が確認できました》
《とはいえ、依然として雲の群れに襲われれば危険だ。退避の準備を心掛けながら戦いたまえ》
《医療班から報告! 狭山一尉は命に別状なし、また報告したい現象があると!》
通信に紛れ込んできた会話に、少しだけほっとする。
よかった、狭山一尉は無事だったんだ。
また狭山さんを悲しませずには済みそう。
《――知らない情報が、流れ込んでくる、だと? ああ、これは巨人隊との通信にも繋げ! 今のを、もう一度説明できるか!?》
あれ? 何かあったみたい。
形成され終わったハガネとアゲハで顔を見合わせて、通信に耳を傾ける。
《あ、はい。では、繰り返します。我々が狭山一尉を手当てしようとした際にですが、一尉が雲の断片を吐き出し、自分は防護服越しですが、それに被曝しました》
え!? それは大変な事じゃない!?
あれ、でもこの兵隊さんは、平気みたいだ。
防護服の効果、かな?
《その際、明らかに自分が知らない学術理論が、思考に混ざり出したんです。相当な専門分野で、ハイゼ社の特殊医療措置の発展理論が頭の中で議論を初めて…》
《ああ、そこはいい。それで体調の異常は?》
《特には、感じません。今チェックを受けていますが。それで、私見ですが、あの雲状の巨人は、情報を流し込む、という現象を持っているのではないでしょうか?》
情報を流し込む。
でも、狭山一尉はそれでノックアウトされている。
何か、不思議な話だ。
《情報を流し込まれて、思考に…負担。まさか一尉の発熱は、毒性によるものでなく、神経性発熱か!?》
《考え過ぎたり、心理的ストレスで熱が出る、って奴ですか。確かにそれならEエンハンサーでも起こりえますが》
「俗に誤用される、知恵熱。なお、正しくは幼児期の感染性発熱を知恵熱と呼称」
テフが何か難しい話をしている。
むーちゃん曰く、テフに収録された医療知識はお医者さんにも引けを取らないっていうけれど。
そうこうしているうちに、エレベータは競り上がり切って、僕たちは地上に出た。
羊雲王は、Dボムから逃げ回っていて、こちらに攻撃をしてくる余裕はないみたい。
と、アゲハの傍に何台かの軍用トレーラーが駆け付けた。
トレーラーの荷台が展開して、沢山の機器が剣山のように突き出す。
アゲハは慣れた様子で、マントを動かし、それらを収納していく。
そっか、アゲハはさっき武器の類を落としてきちゃったから再装備の必要があるんだ。
でも、この間の戦いでは、アトラス相手にあんまり効き目がなかったような?
そう思ったところで、大神一佐と父さんからの通信。
《夢君、羊雲王の雲状組織の破壊で判明したことだが、あれの外延部はDマテリアルを装備した虫型ドローンで出現させているようだ》
《おそらく、アトラス単体ではあの雲の群れ全部の出現範囲を賄えないんだろうね。そこで君のMRBSの出番だよ》
「わっかりました! アゲハ、攻撃を開始します!」
ハガネの隣で、アゲハがマントを大きく広げ、蝶のシルエットになった。
周囲の武装ビルから無線送電されたエネルギーに、組み込まれた武器が不思議な響きを立て始める。
そして、むーちゃんが攻撃の宣言。
「バタフライ・シャイン・フルバースト!!」
アゲハの正面が、輝く。
光線は照準用のものだというけれど、これだけの光量となれば熱を感じる。
そして、見えない破壊力が、空を薙ぎ払った。
《MRBS照射範囲での雲状組織の行動に乱れ! PSIエネルギーの収束量も低下しています。行けますよ!》
光線が当たった羊毛雲は、薄れて消えていく。
僕は、ハガネは見ていることしかできない。
《このっ!! やらせませんわぁーッ!!》
いきなり、プリンセスの怒声が響く。
そしてDボムの気球から逃げ回っていた羊雲王の大きな群れが、進行方向を変え、こちらに向かってきた。
《突進してくる羊雲王内部にアトラスを確認!》
《Dボムは!?》
《急行中ですが、間に合いません! それに、これ以上接近しての爆発は、巨人隊にも被害が出ます!》
そうか、Dボムって僕たちの巨人にもダメージを与えてくるんだ。
それに――
「――むーちゃん、一度引いて! アトラスにはMRBS効かないでしょ!?」
「う、うん! でも、磁気が収まらないと収納する時に壊れて…」
「夢、危ない!」
雲群の先頭部分が、もたついた動きのアゲハを襲った。
雲はアゲハにぶつかって――
――ぶつかろうとして、大きく広がったアゲハのマントに受け止められた。
「て、テフっ!!」
むーちゃんの叫びが、すぐ傍にいた彼女の分身にかけられた。
確か、マント部分の制御はテフが行っていて、そのマントに羊毛雲が直撃していた。
テフからの返事は――。