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第十五話「義脳少女は羊雲の夢を見る」2/5

 =多々良 央介のお話=


「すごい量の…」


 ハガネの中の僕は、空を見上げる。

 その、要塞都市の上空を埋め尽くしているのは、白くて、羊の角を生やした、ふわふわの物体たち。


「羊雲って言うけど、本当に羊毛が雲になってるー!」


「夢、無暗に接触しないように。前回の巨人のような特殊条件を持っている可能性があります」


 ハガネの隣で、むーちゃんがアゲハごとはしゃいでいる。

 この、今のところ襲ってくる気配がない羊毛雲の群れは、当然ながら巨人だ。

 でも、こんな沢山を相手に戦えるだろうか?


《外見特徴から雌雄の判断不能。対象の戦闘コードは“羊雲王”です》


《全体に…PSIエネルギーが均等にかかっているな…。中枢は存在しているのか? この巨大な群を殲滅しかないのか?》


《人の精神や思考を元に構築されるのが巨人なので、どこかしらに軸となる部分があるはずですが…》


 大人の人達は、難しい話を続けている。

 羊毛雲は数限りなく空に浮かんでいて、これら全部を相手にしたら、何日もかかってしまいそうだ。


 それでも…やるしかない。

 そう思って、ハガネを身構えさせた時だった。


《おーっほっほっほっほ!》


 羊毛雲の合間に、ちらりと赤いものが見え、同時に聞き覚えのある高笑い。

 やっぱり、また来た。

 飛行機械アトラスに乗る、プリンセス!


《皆様、ご機嫌よろしくて? 今回の趣向も楽しんでいただきたいですわ! Dominate Drive!!》


 アトラス本体はよく見えないけれど、羊毛雲の隙間から例の赤いケーブルが何本か見えた。

 この雲を、操る?

 十本やそこらの操作ケーブルを伸ばしたところで、数が足りるとは思えないけれど。


 しかし、途端に羊毛雲の様子が変わった。

 今までは無造作でバラバラに浮いていた雲が、整列を始める。

 大きさごとに、綺麗に正方形に隊列を組み、それが層になって立方体になる。


《ひゃーっはっはっはっは! この天っ才、長手様にかかれば、この程度の光子脳情報のデコード管理は簡単に組めんだよ!》


 スピーカーを通して流れたのは、耳障りな悪人の声。

 確か、背の低い方。


《全く、意外な才能もお持ちになっていたものですわ。それが何で学業にも行かずに下っ端工作員してるんですの?》


《こいつ、才能を見せるって言って、軍の量子サーバーから情報抜いて公開したんす。そしたら一発退学で》


 悪人達は更に喋り続ける。

 ああ、そう。

 そのまま牢屋にでも入っていればよかったのに。


「おーちゃん…、あの人たちなんで外に向けてこんなこと喋ってるの?」


「何らかの誇示の可能性。あるいは、単純に知能が足りていない可能性」


 アゲハが首を傾げる。

 中のむーちゃんも首を傾げているのだと思う。


《はっ! ティーチャーガイア育ちの天才児は学校なんてものには収まらねえ才能だっていう証明だ!》


《まあ…陸上競技の訓練指針まで出してくれる教育ソフトは…TGぐらいしかなかったなぁ》


 ティーチャーガイアだって、こんな悪人を育てるための物じゃないだろうに。

 この怒りを、お腹の中に溜めておく。

 今日のハガネの攻撃力は十二分になりそうだ。


《だぁ、かぁ、らぁ! 俺らの能力を買ってくれるギガントこそが俺様の居場所ってわけよ!》


《その割には…俺ら下っ端なんだよなぁ…》


 多分、この辺があいつらの言いたかった話なんだろう。

 なんで、人を苦しめるような場所を、居場所だと思うんだろう?

 他にも浮かんだ色々な疑問を、佐介が掬い取って、代わりに聞いてくれた。


「なあ、大神一佐。今のってなんか証拠とかになったりしないのか?」


《以前の逮捕時、身体検査で連中の素性は割れている。動機が分かっただけだな》


 動機。

 僕から見ても子供っぽい話が、動機。

 イライラする気持ちを抑えて、他に気になった事を、僕自身で聞いてみる。


「じゃあ、あいつらがどこの誰かはわかってるんですか?」


《本名…は自身で名乗っているが、それ以外も出身から経歴、家族構成まで全て判明している》


 本名、そういえば長手とか足高とか言ってたかな。

 でも、どうでもいい。

 アトラスっていう機械ごと叩き潰すだけ。


「おとうさんおかあさんは泣いているぞー!」


「取り調べにおいてカツ丼は出しますが、同食費は自費となります」


 むーちゃんと、テフが、刑事ドラマであるような呼びかけをしている。

 ――ああ、あの悪人たちにも、父さん母さん、家族が居るのか。

 その人達は、今何をしていて、この悪人達をどう思っているんだろう?


 僕が、あのアトラスを潰して、二度と帰らないようにしたら――


《さあ! 怒涛の羊! お受けなさいませ!》


 思考の途中で、プリンセスが高らかに宣言する。

 途端に、羊毛雲の立方体、その内の一層が抜き出されて、更にその端の一つから列になって飛び出してきた。

 羊の角を生やした雲の列は、真っすぐにハガネとアゲハに向かってくる。


「央介! 触らない方がいいよな!?」


「うん! 大神一佐、都市に縦穴を用意できますか!?」


《塹壕か!? 分かった、兵器用エレベーターを開放しておく! 今は隔壁の影に!》


 ハガネとアゲハは、最初の立ち位置から二手に分かれて、都市に競り上がった隔壁の陰に隠れる。

 突撃してくる雲の列の正面から外れて、追撃を待ち構えた。


 雲の大群は、2体の巨人が最初に居た場所を通過していく。

 この雲一つ一つが攻撃だとしたら、ハガネでも受け止めきれるか、わからない。

 しかし、それ以上の追跡は無く、元の立方体に戻っていった。


《雲をぶつけてきた、か…》


《巨人隊、前回の戦いからすれば、アトラスは巨人の能力をあらかじめ解析できていることになる。やはり、あの雲への接触は避けるべきだ》


《それでも危険度が判断できなければ、次の行動ができませんね…》


 大神一佐と父さんが状況観察を続けている。

 その一方で、僕たちも僕たちなりの観察。


「真面目に追いかけてこないのかな?」


「複雑な動きができないか、単なる様子見か…でも油断しないで!」


 むーちゃんが、雲の行動に疑問を漏らし、僕が答える。

 そもそも、この雲が巨人にどんな影響を及ぼすのか、全く不明なままだ。

 相手がぶつけてくる以上は、何か危険性があるはずだけど。


《ドローン部隊、ハガネのダミーを展開します。…通常の巨人相手と違い、アトラスという指示系統がある以上は、効果が薄そうですが》


 ハガネ近くの兵器用ハッチから、大型のドローン達が飛び出すのが見えた。

 そのドローンが吊るしていた風船が膨れ上がって、ハガネに似た姿になる。


 羊雲王は、その陰に隠れたアトラスは、紛らわしいものが増えたことにどう反応を示すだろう?


「前に、悪夢王で同じ手をやってたな。アゲハ型のは…準備できなかったのか?」


《製造だけならプリントで出来るのだけれど、ドローンへの装備の手間があってね。ゴメンなさいね!》


 佐介への返答は、狭山一尉。

 ゴーグルに表示された位置表示の方向を見ると、彼女はハガネ型の風船を吊るしてホバリングするドローンの一台の上に立っていた。


《サルの姿をもって生まれた私の場合、向こうの方に乗ってる方が似合いそうなものだけど。生憎、機械の方が使い慣れていてね》


 そう冗談を言って、羊毛雲の方を指さす。

 なるほど、お猿のヒーロー、孫悟空は雲の魔術に乗って空を飛ぶ。

 でも、どうして狭山一尉は、ドローンに乗って出てきたんだろう?


《さて、相手の居場所が分からなければ、ジャイアントキリングとはいかないけれど》


 ジャイアントキリング。

 前の戦いでも狭山一尉が飛び出すときに言われていた言葉。

 これは、ギガントの悪人たちが現れた場合に、軍が優先的にそれを狙うという命令なのだそうだ。


 そうか、狭山一尉はアトラスを攻撃するための出撃なんだ。

 確かに、アトラス相手なら、巨人との戦いと違って、エンハンサーでも攻撃が届くかもしれない。

 前回は、防がれていたけれど。


《この白い雲の中で、紅一点が見えないとなると、よっぽど奥に隠れて…?》


 狭山一尉の乗るドローンが、他の物より少し高く飛ぶ。

 そんなふうにしたら、目立ってしまって――


「狭山一尉、危ないですよ!」


《あっはっは、不死身の私に危険を説くとは、央介君も頼もしくなったわね?》


 ――冗談めかして、かわされてしまった。

 その途端だった。


《Eエンハンサー、貴女との戦いは望んでいませんわ。退場していただきますわよ!》


 プリンセスの声と同時に、羊毛雲が動く。

 雲の立方体から、一面が剥がれて、壁となって突進を始めた。

 行く手には――


「危ない! 狭山一尉!!」


 僕がそう叫び、佐介がアイアンチェインを放って、何とか雲の動きを阻害しようとした。

 けれど、アイアンチェインは雲を突き抜けるだけで効き目はなし。

 雲の壁は、後退しようとした狭山一尉に追いつき、激突した。


《うわっぷ!?》


 雲の壁は、狭山一尉を飲み込んで、ある程度前進したあと、直ぐに翻って、元の立方体へ戻っていく。

 残っていたのは、ドローンに乗って浮かぶ、狭山一尉の姿。


 怪我をした様子は――ない!

 雲に対して警戒しすぎたのだろうか。

 僕は少し安心して、狭山一尉に呼びかける。


「狭山一尉! 大丈夫ですか!」


 しかし、返答がなかった。

 嫌な予感が、する。


《け、けけ…、んんん、んのあ…》


 通信から、狭山一尉の声。

 よく、聞き取れなかったけど、なんて言ったんだろう?


《くく…くくく、クォンタムななナンバリングはあはVRナーぁぁぁヴがががりょりょ量子環へへのへの浸透とうとうレベレべルるるる…》


 え?


《狭山一尉、応答してください! 狭山一尉!!》


《ぼへっ…》


 ――そのまま、狭山一尉はドローンの上に倒れ込んだ。

 羊毛雲の塊は、立方体のパズルのようにところどころを回転させ、それを見下ろしていた。


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