第十四話「オフサイド・トラップ」6/6
=多々良 央介のお話=
僕は、相手の攻撃を受けて掻き消えたハガネを、もう一度戦場に立たせた。
相手、球蹴王はまだ健在。
針千本と槍を突き出しているアゲハには、近づけないのだろうか。
「おーちゃん!! 大丈夫!?」
「ああ! まだハガネの形を作れるから、平気!」
むーちゃんの呼びかけに、僕は精一杯の元気を込めて、応じた。
その後で、疑問の声を上げたのは、佐介。
「にしても…、さっきのホイッスルは何だ!? ボールは、足で弾いたぞ!?」
その時、携帯から、緊急連絡のサイン音が鳴った。
続いて聞こえてきたのは――
《央介くん! 央介くん!! オフサイド!》
「え!? 紅利さん!?」
オフサイドって聞こえたけれど、サッカーの、オフサイド?
確かに相手はサッカーのルールを押し付けてくる感じだけれど、オフサイドの条件って、確か――。
《今戦ってる相手って、巨人そのものと、乗ってるギガントのお姫様で二人分じゃないの!? その後ろでボール持ったらオフサイドになっちゃう!》
「――っ! そうか、アイツ単独で、オフサイド・トラップなのか!?」
オフサイド・トラップ。
サッカーで、最後方の二人のプレイヤーがあえて前に出ることで、ボールを持つプレイヤーを強制的にオフサイドにする戦法。
《その、こっちから見てる映像だと、悪いお姫様と巨人、二人並んで見える感じなの。だから、もしかしてって!》
僕からでは、プリンセスは巨人の上に居て、球蹴王を操り人形みたいに動かしてるようにしか見えなかった。
紅利さんは、軍の映像か何かで、別角度から見ているのだろう。
文字通り視点が違う考えで、はっとさせられた。
さっき、ハガネは相手の後ろに回って、ボールに触れてしまった。
結果、オフサイドの判定で、相手にペナルティキックを与えてしまったわけだ。
球蹴王が、アゲハを遠巻きに、移動を開始する。
そこで気が付いた。
今、球蹴王はボールを持っていない。
だからハガネがダウン中に攻撃を仕掛けてこなかった。
あいつは、ある時は、ボールが手元に出てきて、今はボールを拾いにいっている。
でも、紅利さんのくれたアシストで、答えが見えた。
「そっか、ボールが出たり引っ込んだりって、こっちにぶつけてハンドやラインアウトとって、ボールが回った時だったんだ!」
「わかってみりゃ、簡単なことかよ!」
安っぽい手品に引っ掛かったことを理解して、佐介が唸る。
すると――
「待って、待ってよ!? いま私たちはサッカーをさせられてるの?」
――今度は、むーちゃんからの質問だ。
僕もなんとか、考えられる範囲で答える。
「多分、ってところかな。あっちもこっちも武器使ったりしてるから、正しく試合をしてるのかわからないけど…」
「しかし、サッカーのオフサイドなら、同方向にゴールが存在するはずです」
冷静に次を切り出したのは、テフ。
多分、テフ。
むーちゃんと同じ声だから、分かりづらいけれど。
《――ッ!! 対象巨人のボールの弾道、記録は出来ているか!?》
通信の向こうで、大神一佐が突然の指令を下した。
すぐに、周囲が応じだす。
《もちろんです!》
《ボールの挙動から、対象巨人が構築している可能性があるプレイングフィールドを計算します! 央介君、夢さん、持ちこたえて!》
都市軍が、僕たちの支援に動き出す。
じゃあ、ハガネもやるべきことをやらなきゃ。
僕は、ハガネを動かして、球蹴王の追撃を始める。
《ここで弾道が途切れて、その後にスローインした。であればアウトラインがここ…》
《サッカーボール、中央大通りの二千二十銀行前に転がっています。全軍のHUDにボール位置を投影》
ゴーグルのAR映像に、建物の影に転がるボールが強調表示で映し出された。
球蹴王がそっちに向かっているのがはっきりわかる。
「アイアン・チェイン!」
「反則にならないでくれよっ!」
ハガネは球蹴王の行くであろう路線に鎖を放つ。
といっても、相手に飛び越されたら意味はないので、わずかにでも遅らせるのが目的。
すぐに、球蹴王がチェインでの封鎖場所に差し掛かり、飛び越えにかかる。
「バタフライ・シルク!」
「発射します」
続いたのは、立ち位置変わって後方にいたアゲハ。
アイアンチェインが塞ぐ道路の上空に、2匹の蝶が飛ぶ。
「飛び道具!? アイアンショットみたいなもんか?」
佐介が、自分の技で類似しそうなものを挙げる。
それは鎖を飛び越える球蹴王に向かって、しかし前方を掠めて飛んでいった。
外れた!?
《狙いが甘いようですわ…ね? ああら!?》
球蹴王の跳躍は、不自然な角度で地面に落下する。
更に着地に失敗して派手に転がった球蹴王。
その瞬間、もがく球蹴王からアゲハまで伸びる、細い輝きが微かに見えた。
「これは…糸!?」
「蝶が紡いだシルクの繊維は見えなかったでしょ!」
「飛び道具ではなく、アイアンチェインのアゲハ版です」
細い糸が、球蹴王に絡まっている、みたいだ。
よく見えないけれども。
それを絡めて、相手を引き落としたんだ。
《むぎーっ!!》
プリンセスが、ものすごい声を上げた。
ちょっと引くぐらいに。
同時に球蹴王が、両手を使わずに跳ね立ち上がり、全身に力を込めて絡まった束縛を引き千切る。
「あちゃー…強度不足?」
「相手が怪力の可能性。ですが、時間稼ぎには十分でした」
そう、球蹴王がこちらの妨害に引っ掛かっているうちに、僕のハガネは余裕をもってボールに到達していた。
すぐに、アゲハも追いつき、球蹴王に向けて両手を構え、牽制する。
下手にこのボールに触ると、またオフサイドになりかねないけれど――
《――計算完了! ドローン部隊にピッチ構造を投影させます! 央介君、夢さん、対応できる!?》
武装ビルから大量のドローンが飛び立った。
そのドローン達が光の帯を放ち、都市に、サッカーフィールドのラインが描かれていく。
それでやっとわかった。ハガネとアゲハが居るのは、フィールドの中央ほど近く。
向こうに、こちらに相対する球蹴王。
そのずっと奥には、ドローンが示す、輝くゴール。
これなら、オフサイドにはならない。
「ルールで追い込まれたんだから、ルールで勝てば、どうにかなるかな!」
ハガネはゴールを睨み、サッカーボールを踏みしめる。
《うぐっ!? おバレになったようですわね…!》
プリンセスが動揺を隠さない声を上げた。
なるほど、向こうだけはルールを全部把握した上で、それを悪用していたのか。
あのアトラスとかいう機械には、そういう機能があるのかもしれない。
「おーちゃん! 一緒に行こう! アシストは任せて!」
「ああ! いつも通りに!」
ハガネで、巨大なサッカーボールを蹴り上げ、頭、胸、膝の順でリフティング。
そして足の甲でピタリと受ける。
最近は、こういう遊びをしなかったけれど、鈍ってはいない。
「GO!」
足の甲で高く蹴り上げて、宙に飛ばしたサッカーボールを追いかける。
球蹴王もそれを奪うべく、こちらに向かってきた。
でも、そんなのは予測済み。
丁度、相手とこちらが走り出した中間地点で、サッカーボールはハガネの頭上。
それを高くジャンプしてのヘディングで、球蹴王の上から奥に押し込む。
その向こうにいたのはアゲハ。
ハガネも球蹴王の横をすり抜けて、ボールを受け取ってドリブルを始めたアゲハを追う。
これは僕と、むーちゃんと、たっくんの必勝パターンだ。
本来なら、パス先が二択で、もっと相手が対応しにくい作戦。
順番を間違うと、僕だけが飛び出して、オフサイドになってしまうのだけれど。
《お、おお、奥の手というのもございましてよ!?》
後方、球蹴王が背負うアトラスから、プリンセスが叫ぶ。
その途端だった。
ゴールへ向かう途中のビルの陰から、球蹴王がもう一体姿を現した。
「な、なんだぁっ!? 増えやがった!?」
佐介が耳元で叫ぶ。
そうしている間にも、別の街角からも、新たな球蹴王。
「――なるほどね。選手は、イレブン!」
《現在、フィールド中に球蹴王8体を確認! …ですが、アトラス内部におそらく最低3名が搭乗していますので、イレブンと推定されます!》
《内、4体はハガネ、アゲハから後方。追いかけてきています! ですが速度からして、障害にはならないかと!》
多分、この隠れていた球蹴王達は、オフサイド・トラップ狙いで、全体の布陣を上げていたのだろう。
その分、一度切り込まれれば、弱い。
ドリブルを続けていたアゲハに、前方2体の球蹴王がブロックにかかる。
けれど、アゲハは華麗な足さばきで、サッカーボールを一旦止めて、横に蹴り飛ばした。
パスを受け取るのは、僕。ハガネ。
ゴール前に飛び出して来たのは、少し姿の違う球蹴王。
キーパー、かな?
更に、アゲハをブロックしていた球蹴王達も、ゴール前に駆け出す。
後方から、追い上げてきたのは、アトラスを背負った球蹴王。
そこから、悲鳴が漏れる。
《ええっと!? ナンバー17がこっちで、ナンバー49はこっちに…どど、どうすればいいんですの!?》
プリンセスの戦術は既に崩れているみたいだった。
こうやって、むーちゃんと、たっくん、僕の三人で、相手チームを切り崩して来た事を思い出す。
僕は、自分の口元が緩んでいるのに気付いた。
戦いの最中なのに。
目前のギガントを倒さなきゃいけないのに。
僕は、余計な気持ちを蹴り出して、自由になったアゲハにボールをパスする。
ゴール近くにいる球蹴王は、4体。
守りを固めるもの、ボールを奪いに来ているものに二分。
切り込むべき角度は――
「やっちゃってー! おーちゃーん!!」
――見えた。ここ!
ハガネに強く踏み込ませて、向かっていた方向とは逆に飛ぶ。
対応しきれなかった球蹴王達の動きが一瞬乱れた。
その瞬間、アゲハから、高めのボールが上がる。
完璧な、いつも通りのタイミング。
ハガネのキックが、ボールを捉える。
強く回転力を加えた、ドライブシュート。
ボールは爆発的な速度で飛び、球蹴王達の間を抜け、回転が軌道を落とし、キーパーの手を弾いた。
ボールが、投影されたゴールネットを貫く。
《ごおおおおぉぉぉぉぉぉるっ!! ゴール、ゴール、ゴール! ゴールです、ハガネ、ゴール!》
思わずガッツポーズを決めてしまった、僕。
熱烈なアナウンスをしたのは、オペレーターのお姉さん。
《…はっ!? し、失礼しました。え、ええと! きゅ、球蹴王、全体が行動を停止!》
確かに、球蹴王達のほとんどは動きを止めていた。
しかし、その中で、一体だけ動く球蹴王。
アトラスを背負っていた球蹴王だけが、ゆらりと動き――
《こ、この…スポーツ科学の粋からなるわたくしが…負ける、ですわ…!?》
その球蹴王は、膝から、フィールドに崩れ落ちた。
すぐに、輪郭がぼやけ、光の粒子になっていく。
「――あれ?」
《球蹴王、崩壊していきます!?》
そのまま球蹴王達は、消え去っていった。
どこからバウンドして戻ってきたボールだけが、寂しそうに転がって残っていたけれど、それも薄れて、消える。
「ゴールしただけで、倒れた?」
僕は疑問を口に出して、周囲の誰かから情報を求める。
都市軍側も確認してるみたいだけれど、巨人再出現の情報はあがってこない。
「11対2で負ければ…そうもなるんじゃない?」
「1人でイレブンの同時制御は無理だったのでしょう。一体一体の動きすら悪くなっていました」
むーちゃんと、テフが冷静に感想を言い出す。
まあ、以前にも、一度条件を満たしたら戦いを止めた巨人は居たけれども。
一方で、残されたのは。
《ぐ、ぐぎぎ…ですの。かくなる上は…!》
ギガントの飛行機械、アトラス。
何か、次の手段の気配がする。
ハガネとアゲハ、そして都市軍に囲まれたこの状況で、“かくなる上”は?
周囲を猛烈な閃光が包む。
これは――!
《これで終わったと!》
《思うなよー!》
《ですわー!》
――捨て台詞!?
《逃がすな! センサー類は!?》
《最初から目視以外では探知不能なんです! PSIエネルギーにも…感無し。巨人と繋がってたから数字が出てたのか!?》
《可視光線で微かに確認…いえ分裂しました!? 追尾は…3、2…全ロスト!》
逃げられた。
また。
左の掌に、右の拳とやり場のない気持ちをぶつける。
「いやあ…マジで言うんだな。これで終わったと思うなって…」
佐介が間の抜けた感想を漏らす。
まあ、僕もそこは気になったけれども。
それにしても、今、逃がしたというより、次がまたあるだろう、という事に苛立ちが募る。
今度は、巨人撃破と同時に網でも飛ばして捕獲してしまおう。
いやでも、アイアンスピナー使った直後って、他の技が出にくくなる感じがあるから、別の――
「おーちゃん、手!」
「え?」
むーちゃんの声に、僕は、反射的に、ハガネの右手を掲げた。
その手のひらを、アゲハの掌が叩く。
ああ。
これは、よくやっていたハイタッチ。
酷く、懐かしく感じる。
「安心した! おーちゃんはやっぱり、おーちゃんだった!」
――そうかな。
最初の事件からそろそろ一年近く。
何もかもが変わったから、結構、僕は自分を変えてきたように思ったんだけど。
「どうして、オレ!って言わなくなったのかわかんないけど、今のおーちゃんも大人っぽくってカッコいい!」
「う、うん。ありがとう」
その答え方も、少し意外でおかしかったようで、むーちゃんは、アゲハにくすくす笑いをさせていた。
彼女は更に続ける。
「むーは、もう大丈夫だから。たっつーだって、直ぐに追い付いてくるよ!」
むーちゃん、そして、たっくん。
僕が傷つけた友達が、また傍に来てくれる。
アゲハ、むーちゃんの隣に、たっくんも笑顔で立っている未来。
――でも、そんなことがあって、いいのかな?
僕は、彼らを傷つけた瞬間が、まだ忘れられないのに。
たっくんなら、なんて言うだろう?
いつもの、おどけた調子で窘めてくれるだろうか。
今は誰も居ない、アゲハの隣を見る。
その向こうの路面に、狭山一尉が、安心した様子で立っていた。
また、助けられた。
狭山一尉だけじゃない。僕は、戦う中で、大勢の大人の人に助けてもらってきた。
僕の勝手な戦いで友達を傷つけた。
大人の人達が僕の前で戦ってくれた。
そうしているうちに、周りが気になって、昔みたいに前に出る事が怖くなった。
目の前に、これ以上出てはいけないオフサイドトラップでもあるみたいに。
――だから、僕は、オレを止めて、僕になった。
でも、その事を周りに説明する事すらできない。
僕は――。
=珠川 紅利のお話=
「…サッカーは…終わったんだ。何もかも…」
修斗くんが、さっきの巨人と同じように崩れ落ちていた。
私が、巨人サッカーの観戦を終えて、シェルターの医務室から、学校避難所に戻ってきたときには、この通り。
周りの子たちはスルー気味。
サッカー好きな子はたくさん居るから、倒されたのが彼の巨人とは限らないけれど、色々と痛ましい。
体育の授業も、翌週からは水泳になる。
次のサッカーは、随分と先になりそう。
――でも、どっちにしても私には、関係ないかな。
車椅子を操作して、央介くん達の偽物さんの近くへ向かった。
See you next episode!!
ヒトの脳は科学技術を作り上げる。
そしてついに科学技術はヒトの脳すら作りだした。
それらは全て人類のために。
次回『義脳少女は羊雲の夢を見る』
君たちも夢を信じて、Dream Drive!!
##機密ファイル##
『日本自衛軍』
第四次大戦末の日本一ヵ月内戦で、日本を技術によって支配していた強権的科学者団体からなる政権が崩壊。
それと共に、彼らの私兵組織と化していた旧・自衛隊も解体を受けることとなった。
(解体と言ってもまだ大陸連邦、及び新ロシア帝国との係争も残っていたため、一斉に、というわけではないが)
後、数年にかけて、新体制の元で新たな軍として再編成されていったのが日本自衛軍である。
構造として、五院制議会の内の一、臨時・時限立法権のみを持つ軍議会の直轄で、その上に衆参院がある。
軍は、21世紀以来の陸上・海上・航空の三軍に加え、新軍として
・全日本の陸上要所に配置されている計60か所の要塞都市を担当する『都市自衛軍』
・月との重力均衡点L1にある日本領宇宙コロニー群、星空道を中心に活動する『宇宙自衛軍』
この二軍が新たに結成されている。
また、旧自衛隊、及び科学者団体によって開発された超戦略級兵器群の管理、あるいは監視を目的として、
各軍・警察・自治体ごとの縦割りを超えての活動、外部人材の積極活用を可能とする、勅令による特殊条例団体JETTERが結成。
しかし超兵器管理という基礎目的は秘匿されており、表向きには各地の特殊状況活動への支援団体として機能している。
なお、都市自衛軍は、武装ビル立ち並ぶ都市自体を船団のように見立てて運用しているため、指令系統が海軍と似ているとされ、階級章も海軍の色違いとなっている。