第十四話「オフサイド・トラップ」5/6
=多々良 央介のお話=
「二度も食らうかよっ!」
悪人どもに操られた巨人、球蹴王の放った必殺シュートは、間違いなくハガネを捉えていた。
しかし、ボールが直撃したのは、ハガネが作り出した鋼鉄の板。
佐介が、ギリギリで間に合わせてくれた。
「なんで! なんで、アゲハが動かないの!? …あれ、動く?」
むーちゃんの声が、背後にいるアゲハから聞こえてきた。
“アゲハが動かない”。
確かに、球蹴王に狙われた後、アゲハは不自然に行動が停止して、そこを必殺シュートに狙われた形だった。
「何か、巨人のロジカル現象だろ!? あの巨人の“ルール”で、やったらダメなことをしちまったんだ!」
「やったらダメなこと!?」
佐介の助言に、むーちゃんは戸惑って、こっちに問いかけてくる。
そうか、むーちゃんは軍の秘密基地で戦闘の訓練は受けていても、巨人の起こす“おかしなこと”、ロジカル現象を直接は体験していないんだ。
ハガネは、僕は、最初の戦いからは、もう半年以上。
多くの巨人と戦ってきたから、ある程度の判断もできるようになった。
むーちゃんに、可能性が高い推論を伝える。
「サッカーボールに、手で触れたからだよ! ホイッスルも聞こえた!」
「あっ、ハンドってこと!? じゃあ、ボールには手で触れないっ!」
最初の攻撃、ハガネは頭でボールを受けさせられた。
だからハンドにはならない。
次に、アゲハがボールを両腕でガードした。
こっちはハンドになる。
多分、そういうことだろう。
サッカーボールに関するルール、それを警戒して、戦いを続ければいい。
だけど、それは同時に手による行動に大きく制限を受けてしまう。
「テフ! 今、ボールは!?」
「10時方向、ビルの間の通りに存在。球蹴王もそちらへ移動中」
むーちゃん、アゲハが先に動き出す。
ハガネは防御態勢を解除しようとして、少し遅れてしまった。
アゲハは、球蹴王を追いかけ、ビルの合間に駆け込んでいく。
《両側がビルで逃げ場はありませんわね!》
アゲハの向こうに、待ち構えていた球蹴王がいた。
プリンセスが狙い通りとばかりに笑い、ボールを蹴り飛ばしてくる。
「正面からくるってわかってれば、こわくないもん!」
アゲハは、装甲マントを地面に突き立てて支点にし、ドロップキックのように両足を前面に繰り出した。
ボールはアゲハの両足に弾き飛ばされ、球蹴王に返送される。
《あら、危ない》
球蹴王はそれをあっさり躱して――
――また、ホイッスルが聞こえる。
今のは、ハンドじゃないはずだけど!?
気が付くと、球蹴王の“手元”にボールがあった。
《Max110mile/hの投球、お受けあそばせ!》
プリンセスの宣言通り、球蹴王は大仰な投球フォームから、ボールを投げつけてきた。
狙われたのは、さっきのボール迎撃態勢から立て直している最中だったアゲハ。
ハガネを前に出そうとするけれど、間に合わない。
目の前でボールが、アゲハを直撃した。
「いったーい! ちょっと、それハンドじゃないの!?」
「威力は、それほどでもありませんでした。夢、ハガネとラインを組み直しましょう。ここでは央介さんがカバーに入れません」
幸い、むーちゃんとテフの会話は、それほど深刻なものではないようだった。
でも、彼女を護れないのが、悔しい。
《残念ですわ。やはりサッカーボールをベースボールスタイルで投球しても上手くいかないものですわね…》
プリンセスと同調している球蹴王が、完全に侮った様子で指を鳴らし、攻撃の不出来を悔いる。
しかし、大きく疑問が生じる。
それは、むーちゃんが言っていた通りに、相手が手でボールを扱ったことだ。
ここから考えられる事。
「スローインとか、キーパーなら、手を使うこともあるだろ!? キックが多いのは…威力か?」
横から佐介が、僕とむーちゃんの疑問へ回答する。
佐介の考えは僕の考えを受信したものだから、遠回りな自分への言い聞かせなのだけど。
ただ、もう一つ引っ掛かることがある。
相手がボールを取りに行ったり、逆に、いつの間にか相手傍にボールが現れたりするのは。
時々聞こえるホイッスルの音はどういう条件なのだろうか――
「じゃあ、おーちゃん、今度は二人で仕掛けよう! ボールは一つ、挟み撃ちなら同時に狙えなくなるでしょ!」
推論が出る前に、むーちゃんが呼びかけてきて、先に動き始める。
確かに、数の優位による速攻を仕掛けるべきかもしれない。
「…わかった! 佐介はボールを警戒して!」
「まかせとけ!」
「夢、二連主砲にデリンジャーを用意しておきます」
ハガネはアゲハを追いかける。
――アゲハを先に行かせてしまった。
彼女を前に立たせるのに少しの抵抗を感じつつも、ハガネはアゲハの真後ろ、影に入って走り、連携を狙う。
前方、球蹴王に突撃したアゲハが、両手を構えるのが見える。
そこから繰り出した攻撃は、相当に剣呑なものだった。
「バタフライ・キッスのぉ、連射連射連射連射連射っ!!」
アゲハは、料理王を撃破したドリルを突き出す攻撃を、左右交互で何度も繰り出し、走る槍衾となって突撃しだしたのだ。
球蹴王も、剣幕に押されて後退するばかり。
更に、彼女たちからの提案が、僕に飛んできた。
「おーちゃん! アゲハの翅に掴まって!」
「前方に、投げ飛ばします!」
「えっ!? う、うんっ!」
慌てて、目の前にあった、アゲハが背負っている状態のマントを、ハガネの手で掴む。
途端にマントが勢いよく跳ね上がり、前方に加速度がかかって、ハガネが宙を舞う。
アゲハの攻撃に対応が鈍る球蹴王の頭上で、ハガネは捻りを加えて宙返り、そのまま相手の後方に着地した。
「マントみたいに見えて、テフの手足みたいなもんなのか!?」
「っと、相手は! こっちだぁっ!!」
僕としても想定外な状況だったけれど、間違いなく相手の後ろを取れた。
目の前には、球蹴王に背負われたギガントの飛行機械アトラス。
これを叩き潰してしまえば、事は片付く!
《かかりましたわね!》
と、球蹴王の動きに変化が生じた。
両腕の流れるような動きで、アゲハの突き攻撃を外向きに弾き、同時にヘディングと背中を使ったトラップでサッカーボールを運ぶ。
そのまま、落ちてきたボールを、後ろ蹴りでハガネの方に放ってきた。
ボールは至近距離、避けられはしない。
でも、威力は感じない――
「ボールは! 足で止めるっ!!」
僕はハガネの脚を高く降り上げ、飛んできたボールを受け止める。
これで、クリア!
無防備になった球蹴王へ追撃を――
ホイッスルが響く。
――気付いた。
僕とハガネの同調が解けている。
追撃をしようとしたハガネが、動かせない。
球蹴王の向こうに見えるアゲハも、動きを止めている。
動くのは、球蹴王だけ。
抱えたボールを丁寧に地面に置き、わずかに勢いをつけて。
攻撃が来るのが分かっているのに、ハガネは、動けない。
《必殺のぉ…、プリンセス・シュートォ!!》
ボールは酷くゆっくりと見えた。
佐介の歯軋りが聞こえる。
防御は、間に合わない。
最初に食らった時よりも、強力なシュートが、ハガネに衝突して、そこから僕の全身に痛みが貫通する。
意識が遠のく。
一瞬。
多分、一瞬の後、ゴーグルが覆っていない口元に風を感じて、自分がハガネの外にいるのだと気付く。
シュートの直撃でハガネを吹き飛ばされて、それどころかハガネを維持できなくなって。
生身のまま放り出された?
でも、地面に叩きつけられずに、誰かに、抱きかかえられて…?
そのまま、地面に降り立った感覚がある。
「ああ…、佐介か?」
「それと私もね。 間一髪だったわ、央介君」
傍にあるのは、佐介の顔。
更にその上に、狭山一尉の顔。
ええと、僕を抱き止めた佐介を、更に抱えているのが、狭山一尉?
「狭山一尉も心配性だな。オレだけで助けられたのにさ」
「おばちゃんはお節介が仕事なの。黙って助けられなさい。…央介君、撤退する?」
そう、狭山一尉は心配してくれるけれども。
僕は、首を振って、答える。
「…いいえ。もう一度、ハガネを出します」
「無理は…、しないでと言っても無駄かしらね」
大人に、こんな辛そうな顔をさせてしまった。
ハガネで戦うようになってから、こういうことは何度かあって――。
それでも、狭山一尉に降ろしてもらう。
目の前を見上げる。
アゲハが両手からドリル槍を繰り出して、球蹴王の動きを制し、前線を維持してくれていた。
僕は、二人にも守ってもらって、カッコ悪い。
そう、思った。
何とか気持ちを抑えてDドライブを構える。
「Dream Drive! ハガネ!」