第十四話「オフサイド・トラップ」3/6
=多々良 央介のお話=
要塞都市のエレベーターが、ゆっくりと上昇していく。
僕は、その上に立つハガネの中。
少し後ろに、むーちゃんの夢幻巨人、アゲハが立っている。
ハガネには前を向かせたまま、僕は、アゲハの方を横目で見る。
向こうからはハガネの中まではわからないから、そんなこっそりと見るようなことはしなくてもいいのだけれど。
アゲハは、今は金属の装甲板みたいなマントで全身を覆っている。
こうなるとハガネより一回りも二回りも体格があるように見えるけれど、中の体はハガネより細身。
そして、この間の戦い、マントを大きく広げていたときは、アゲハの名前どおり、蝶の翅を背負うような姿になっていた。
むーちゃんは、昔から蝶々のデザインが好きだったからなのかもしれない。
長い髪につけているリボンは、いつでも蝶々の形だった。
そのマントの内側には、磁力でありとあらゆるものを砕いてしまうMRBSとかの機械が沢山しまってある。
巨人の攻撃に弱い機械を守るために、巨人を装甲として外側に出しているようだと、父さんが説明していた。
――その後で、父さんは、Dドライブと補佐体は佐介を含めて3人分を作っていた、そう言った。
それは、目覚めないままの2人を守るために用意した、と。
巨人の元、PSIエネルギーの流れを光子回路で制御する。
それが、父さんが発明したDマテリアルだ。
でも、父さんだけでは全部は無理だった。
機械と神経のシンクロ関係は医学博士の黒野のおじさんが調整をしていた。
Dドライブの光子を制御するソフトウェアは工学博士の竜宮のおじさんが作った。
父さんが必要な夢幻巨人を作る二つの要素、Dドライブと補佐体は、もう用意されていた。
だから、父さんのいない所でも、既にある物を調整して、機械の比率を増やした戦闘用の補佐体テフ、ハガネから発展させた夢幻巨人アゲハを作ることができた。
サイコが伝えてきた、父さんも知らない事、というのはそういうことだったんだ。
改めて、アゲハの姿を横目に見る。
この間の戦いからすれば、アゲハの方がずっと強力な、戦闘向きの夢幻巨人なのかもしれない。
だけど、僕は、むーちゃんを戦いに巻き込みたくは――
「おーちゃん、こっち見てるでしょ!」
僕は思わず飛び上がった。
ハガネの中からこっそり、のつもりだったのに、むーちゃんにはお見通しだった?
「あ…! え、えっと、その…ごめん」
「ふっふーん」
卑怯な行動だったと思って謝った僕に対するむーちゃんの声には、怒った気配はなかった。
それどころか、楽しそうな感情しか感じない。
アゲハが、マントを広げて、その内側の機械を明らかにする。
「すごいでしょ、16れんそーMRBS! テフが狙いを付けて、Dマテリアルは全部砕いちゃう!」
「アゲハが居れば、央介さんの負担は大きく軽減されます」
むーちゃんは、無邪気に満載した武器を見せびらかし、テフがその意味を親しげに伝える。
昔の僕だったら、それを格好いいと思ったかもしれない、けれど。
――耳元の通信機から、サイン音が鋭く響く。
《今回、ハガネ・アゲハの共同訓練もなしに、いきなり実戦だ。すまないな、央介君、夢君》
《市街地での模擬戦、市側とのスケジュール調整で、良くて再来週か、その先かって話でしたね…》
大神一佐からの呼びかけ、それとオペレーターのお姉さんの声。
模擬戦、そういうのもあったんだ…。
続くのは、士官のお兄さんの声。
《しかし、相手巨人は一体。今までとは戦力比が違いますし、楽に勝てそうなもんですけれどね》
《ギガントの連中は、こちらが対策を打つ度、必ず対策の対策を配置していた。勝って、どころか、勝つ前から兜の緒を緩めてはいられんぞ?》
《…ですかね》
少し油断した会話に対する大神一佐の厳しい見方と、ため息も通信に入っていた。
確かに、ギガントはいつでもこっちのすることを無駄にして、自分たちの優位を見せつけてくる。
だからといって、負けたなんて僕は絶対に言わない。
大神一佐が説明を続ける。
《夢君。アゲハ兵装の攻撃識別装置はこの都市のものと連動している。よって余計なものに当たる可能性はない。君は自由に狙ってくれればいい。》
「はいはーい。…あ、バタフライ1、了解っ!」
「バタフライ2、了解」
大神一佐へ、むーちゃんが一度は軽く返事をした後、軍形式での返事をしなおし、テフが続く。
不気味な笑顔の偉い人、附子島少将は、むーちゃんに戦闘訓練を受けさせた、というような話をしていた。
時々、軍隊のルールを守るように行動するのは、その影響なのだろう。
それに、さっきアゲハが見せてくれた沢山の装備は、全部が軍の武器。
女の子に戦闘訓練をさせて、全身に武器を満載した夢幻巨人に乗せて。
僕が、大切な友達を、そうしてしまったのではないだろうか?
鉄の塊を飲み込んだような、嫌な感覚がする。
「…央介、今はもう戦闘中だ。お前がそれだと、ハガネが不安定になっちまうぞ」
「――ああ…、うん…」
佐介の容赦ない一言に、深呼吸を一度、それから両手で顔を一回叩く。
アゲハ、むーちゃんを戦わせたくないなら、僕が前に出て戦えばいいだけなんだ。
ハガネとアゲハを乗せたエレベータが地上にまで競り上がる。
正面の大道路には、巨大な人型をした影。
巨人は、その状態から少しずつ形をはっきりさせていった。
丸い影が、巨人の頭の上で跳ねている。
影が頭上から落ちると、巨人は伸ばした足先でそれを受け止め、再度跳ね上げる。
完全に姿が整った巨人は、それに見合った巨大なサッカーボールでリフティングをしていた。
ヘディングでサッカーボールを受け止める頭は、それもまたサッカーボールから二本の角を生やしたような形。
六角形の目は、ボールだけを追っている
「ボールの友達、って感じ?」
むーちゃんが、率直な感想を口に出す。
僕は――
「う、うん…」
「ちょっと、やなデザインだな」
佐介が、僕が感じたけど黙っていた感想を喋ってしまった。
直ぐに、むーちゃんが反応する。
「あ、…おーちゃん。怪談の首なしサッカー少年思い出したんでしょ。首をボール代わりに、っていう」
「あああああ! 考えないようにしてたのに!!」
作戦は始まっているのに、佐介が子供っぽく叫ぶ。
――怖い話って、どうも苦手だ。
正体がつかめない、どこからやってくるかもわからない、幽霊とか、オバケとか。
今、僕が乗ってる巨人も、そういうものだけれど…。
《雄性突起、対象の外見的特徴から、戦闘コードを発行します。現対象のコードは“球蹴王”です》
《巨人本体よりも、ボールのPSIエネルギー量が大きいような…?》
いつも通りに、相手の名前のアナウンスが流れる。
名前が決まるだけでも、なんとなく気分が楽になるのは、少し不思議だと感じる。
「早く、この球蹴王、倒しちゃおう。本当に、頭のボールまで飛ばしてきそうだし…」
「こっちは巨人二人だもん! 楽勝だよ!」
むーちゃんが、さっき大神一佐が士官のお兄さんを窘めた話と同じような事を言う。
その時だった。
《果たしてそうなりますかしら! ですわ!》
響き渡った、声。
聞きなれない声。
《なんだ!?》
《オープンチャンネルの通信です!?》
《報告、未確認飛行物体!? いや、レーダーには何の反応も…!》
空を切り裂いて、真っ赤な何かが、ハガネと球蹴王の間に飛び込んできた。
それは、古めかしい自動車のような形をした、機械の乗り物。
プロペラやジェットのような推進機は見えないのに、空中に浮かんでいた。
その飛行機械の上に、誰かが立っていた。
姿は、風に靡く純白のドレス、長い金髪と、頭に輝く王冠のような髪飾り。
「お、女の子!?」
彼女は、衣装とは不似合いにも、腕を組み、飛行機械の上に仁王立ちしていた。
表情も、かなり不敵なものを感じる笑顔。
《お初にお目にかかりまして、ですわ。夢幻巨人ハガネ、アゲハ。並びに日本都市自衛軍の皆様》
巨人同士の戦場で、優雅にドレスの裾を持ち上げて、ゆっくりと会釈する、未確認飛行機械の少女。
一体、何のパフォーマンスなのだろう?
でも、こんなことをするのはどこの誰か、なんて簡単にわかる。
《わたくしはプリンセス。ギガントのプリンセスですわ。以後、お見知り置きを》
すぐに彼女自身が、その答え合わせをしてくれた。
命令を待たずにハガネが攻撃態勢に入ろうとしたその時、通信回線に大神一佐の号令が響く。
《狭山ぁっ! コード・ジャイアントキリング!》
《アイッ、サァーッ!!》
大神一佐への叫び声のような指令と同時に、周囲の武装ビルからとんでもないスピードで飛来してきたものがあった。
ロケットかミサイルと思ったそれは、身長より長大な推進器を背負った人型――
――Eエンハンサーの狭山一尉だった。
「シャぁぁぁーーーっ!!」
咆哮を挙げ、両手にナイフを構え、飛行機械に襲い掛かった狭山一尉。
しかし、その攻撃は、何もない空中に突き刺さり、止まった。
《性急なのは、よろしくありませんわ》
「バリアーっ!? しかし、今の感覚、補佐体や巨人の…!」
狭山一尉は、何もない空中にナイフを突き刺したまま、宙に浮かんでいた。
そのまま、二度、三度とナイフによる攻撃を加えるが、見えない壁の突破には至らない。
《その通りですわ。虚構領域神経波障壁…Dマテリアルの本来の使用法となりますわね》
「ふざけるなぁっ!!」
僕は、何かを考えるより先に、最大限の声で怒鳴りつけた。
父さんの作ったDマテリアルを、こんな形で使われて、許せるはずもない。
同時に、ハガネを相手に飛び掛からせた。
《皆様、暴力的ですのね》
そう言うギガントの少女、プリンセスを乗せた飛行機械は、狭山一尉を振り落とした後、慣性の法則を一切無視したような動きで、ハガネから離れていった。
格闘でダメなら、長距離の追撃をかける!
《こちらは、ふざけてなどいませんわ。Dマテリアルには様々な可能性があり、それら全てはギガントのために用いられますのよ》
そんな話を聞く間もなく、佐介が吼える。
「アイアン・チェイン!」
ハガネの主砲から放った、幾筋もの追い討ちの鎖が宙を切り裂く。
けれど、飛行機械はプリンセスを天井に乗せたまま鎖の合間を縫って飛び、追撃は空しく終わってしまった。
悔しさに噛み締めた奥歯が、擦れて鳴る。
更に、最悪な気分を逆撫でするように、プリンセスの口上が続く。
《さて、今日からは、わたくしがこの都市での計画を遂行させていただきますわ!》
新たな敵、ギガントの少女の宣言に続く高笑いが、要塞都市にこだまする。