第十三話「アゲハの夢」6/6
=珠川 紅利のお話=
新しい巨人が戦いに飛び込んできて、央介くんのピンチを救った。
通信から聞こえてきたのは、女の子の声。
彼女は、央介くんのことを、“おーちゃん”と親しげに呼んでいた。
私は、流石に何が起こったのか気になって、戦いの後、軍隊の人にお願いして央介くんのところに連れて行ってもらった。
基地の中の医務室まで、飾り気のない廊下に私の車椅子のモーター音が響く。
央介くんたちはハガネを使った後の検査が終わったばかりみたい。
「ああ…、紅利さん。その、辛いの、大丈夫だった? もう少し、早く倒したかったんだけどね…」
「あれぐらいは、俺達だけでもなんとかできたんだけど、な」
呼びかけてきたのは、いつも通りに優しい央介くんと、強気の佐介くん。
でも、やっぱり、普段とは雰囲気が、違う。
酷く落ち着かない、そんな感じ。
「あの…降りてきた巨人、アゲハって――」
――私がそう聞こうとした瞬間。
「おーちゃーん!!!!」
私の後ろで声がして、医務室のドアが開く音がして、知らない女の子が飛び込んできて――
――央介くんに抱き着いた。
央介くんと同じように日焼けした肌。
長い髪をまとめる、蝶々の形の大きなリボン。
女の子は、央介くんに抱き着いて、頬擦りまでしていた。
私は、私はどうなんだろう。
央介くんのことはカッコいいとは思うけれど、そこまでは、しないと、思う。
「おーちゃん! 会いたかったぁ!!」
やっと抱き着きから顔を上げた女の子が、笑顔で央介くんに話しかける。
ただの笑顔、じゃなくて、目の端には涙の滴も見えた。
「ど、どうして…むーちゃんが…!?」
央介くんは抱き着かれたまま、動揺しているのが見てわかる。
それでも、呼びかけからして、とても身近だったことも理解できた。
以前、央介くんの周りで何度か聞いた、幼馴染の名前、“黒野 夢”。
この子、なんだ。
黒野さんが、私に気付いて、央介くんから離れる。
それから、
「車椅子の女の子…! あなたが報告書の、おーちゃんに協力してくれた珠川 紅利さんね!」
黒野さんは、私に向かって、両手を広げて。
彼女は、私に飛びついてきて、車椅子ごと、私を抱きしめた。
え、ええーっと…!
やっぱり、頬擦りまでぐりぐりされて、でもすぐに彼女は顔をあげて、自己紹介を始める。
「はじめまして! むーはね! 黒野 夢! おーちゃんのお嫁さん!」
え、え、え、ええーっと!?
咄嗟に央介くんの方を見ると、ものすごく慌てている様子で、でも言葉が見つからない、といった感じ。
「あー…、お嫁さんってのは、向こうの小学校で2年生の時、班分けの最中に出た、そういう話だから」
そんな中でも冷静だった佐介くんが、横からの説明。
ああ、なるほど。
いや、なるほどで済ませていい話、なのかな?
「ひどい! さーちゃんはそういうこと言うんだ! 子供の遊びじゃないもん! むーは結婚の約束したもん!」
「さ、さーちゃん…?」
「当時、央介さんからも、約束の了解を受けています」
黒野さんと同じ声が、急に、別の角度から。
驚いて、そちらを向くと、黒野さんが、もう一人??
「失礼しました。皆様、初めまして。補佐体、第2号機の蝶、です。今後、よろしくお願いいたします」
もう一人の黒野さん、テフさん。
黒野さんと姿も声もそっくりだけど、喋り方も、雰囲気も、全然違う。
これは、多分、佐介くんと同じ、巨人を手伝う、ロボットさんなのかな?
でも、佐介くんはロボットらしくない感じなのに、テフさんはいかにもロボットさんの応対の感じがする。
それにしても、また名字で呼びにくい相手が出てきてしまった…。
距離感が、難しい。
私がそんなことに悩んでいた、その時。
「…どうして、どうして、むーちゃんが、戦いに…」
急に、央介くんが口を開いた。
それは、とっても、苦しそうな声で。
一緒に戦う仲間が出来たのに、倒れたままだったっていう幼馴染と出会えたのに?
黒野さんも、央介くんのその反応に、少しびっくりした様子だった。
――ああ、でも、もう一人の佐介くんが一緒に言っていた。
“巨人での戦い方も分からない頃、友達にも大怪我をさせたんだ。二人の、大事な、大事な幼馴染を”
央介くんは、そのことが、辛いんだと、思う。
自分がしてしまったこと。
だから、嬉しさより、悲しさ、後悔が出てきて。
私は――私なら、どうなるんだろう。
私の、私の後悔は。
ショッピングモールに、置いてきた、私の、足――。
「やあやあ。感動の再会、そして新たな出会いは済んだかな?」
もつれ始めた部屋の空気を壊して、大人の人たちが医務室に入ってきた。
先頭は、ニコニコとした、おじいさんというほどでもないけれど、結構な年齢の軍隊の制服を着た男の人。
それから、犬の顔の大神さん、そして、少し浮かない顔をした央介くんのお父さんと、もう一人の白衣の男の人。
「どうだい? ハガネくん。仲間が一人居れば手強い相手もあっという間、だ」
ニコニコおじさんが言うハガネくん、というのは、央介くんのことだろうか?
でも、その話は、多分、今の央介くんには、良くない話だと思う。
実際に、央介くんがたまらなくなったのか、声を絞り出すようにして、質問をぶつけた。
「どうして、むーちゃん…、黒野さん、が、こんな、夢幻巨人を持って、戦ってる、の、ですか?」
「ああ、それねえ! 実はね、三か月ほど前には彼女は目を覚ましていたのだよ。そう、君がこっちに来る前後だね」
え…?
これ、ひどい話じゃあ、ないの?
そこまで関係はしてない私でも、央介くんがそれを知らされてない、なんておかしいと思う。
央介くんも、間違いなくショックを受けた表情で、体も、強張っている感じだった。
その事に気が付かないのか、おじさんはニコニコ顔を止めずに、話を続ける。
「で、事情を説明して、それから秘密の基地で、対巨人の訓練と、新装備の研究手伝いをしてもらっていた。その成果が、新しい夢幻巨人、アゲハちゃん」
「なん、で。なんで、それを秘密に、して、いたんです、か」
央介くんの声は、もう、泣きたいような、怒りたいような、ぐちゃぐちゃになる寸前なのがわかる。
同時に、佐介くんが、央介くんの前に割って入って、ニコニコおじさんを睨み始めていた。
少し、そっとしておいてあげた方がいいと思う、けど。
「本来はギガントの虚を突く別動隊にするつもりだったんだよ。でもまあ、この間の偽物くんの一件のように、ハガネくん一体では困難な作戦があるとねえ?」
「あれは! オレが! …僕が、倒しました! 都市の軍隊の人たちの手を借りました、けど…!」
央介くんの口調は、かなり激しいものになった。
――あ、あれ? 今、央介くんは、オレって言った?
「そうだねえ、頑張って倒してくれた。先手先手で行動してくる相手に、全力で当たっての見事な勝利だ。…ところで、余力は残っていたかい?」
「え、余力…って…」
ニコニコおじさんは、表情を崩さずに屈んで、央介くんと目の高さを合わせた。
私、この人、怖く、感じる…。
それに、央介くん達を、名前では呼んでいない。
「戦いに勝てたのは、良い事だよ。でもね、それは相手の手札が全部明らかならの話なんだよ、ハガネくん。実際、相手は伏せた札を用意していたねえ」
「戦闘後に現れたアンノウン…正体不明の巨人。ギガントがアレを戦闘へ投入してくる可能性は極めて高く、予備戦力が必要となる。…央介君、附子島少将の、大人の判断を、理解してくれ」
そんな、厳しい事を言われたら、私たち子供に、何かを返せるはずもないのに…。
俯いてしまった央介くんと、それを心配する佐介くんと、央介くんのパパさん。
それに黒野さん二人。
心配している黒野さん達の肩に、もう一人の白衣の男の人が優しく手を当てていた。
大事な相手を心配するような様子から、なんとなく、この人は黒野さんのパパさんなのかなと理解する。
急に、ニコニコおじさんは俯いていた央介くんの顔を両手で挟み、自分の方を向かせた。
向き合せて、話しだす。
やめてあげて、ほしい。
「ハガネくん。君と彼女の立場が逆だったら、彼女が一人で遠くで戦っていると知って、助けに来ないのかい?」
「それ…は…」
央介くんの、涙声が、辛い。
「そして、君が、問題の事件で、倒す側の巨人だったのは、ほんの偶然。1/3の確率だけだったんだよ?」
これは、もう一人の佐介くんが言っていた、央介くんの辛い思い出の話、かな。
おじさんと向き合わせられている央介くんは、もう、何も言えなくなっている。
黒野さんも、央介の姿に、戸惑ったままで。
「それがあっても、彼女は君を助けたいから、こっちに来るのに同意してくれた。そこのところは理解しておきなさいよ。いいね?」
それが、その場での締めくくりの言葉。
怖いおじさんが手を離して自由になった央介くんは、黙ったまま頷いてそのまま部屋から出て行ってしまった。
直ぐに追いかけたのは、佐介くん。
央介くんのパパさんは、おじさんに一度お辞儀してから佐介くんに続く。
「おーちゃん…」
黒野さんが、心配そうに、遠くへ行ってしまった央介くんの愛称を呼ぶ。
形だけは優しく甘い言葉。
飲み下せないとげとげとした辛い気持ち。
それらを心に残したまま、私達は、家に帰ることになった。
黒野さん達は、まだ色んな手続きがあるらしくて、その場で一度お別れ。
でも、春に央介くんが転校してきたように、彼女も私たちのクラスにやってくるのだろうか。
この先が、不安になってきた。
See you next episode!
転校してきた夢、央介の抱えた傷
二人の思う距離が食い違う中
襲い掛かってきたのはお姫様とサッカーボール!?
次回『オフサイド・トラップ』
君達も、夢を信じて、Dream drive!!
##機密ファイル##
『この時代の学校』
技術の進歩、文化の変化、幾度かの戦争を越えたこの時代になっても、学校制度の基本は変わっていない。
小中高大の分割で、義務教育は小・中、希望進学は高・大。
ただし、義務教育期間。特に小学校に関しては、技術進歩の影響を大きく受けている。
これは以前に公開した情報通り、AIという理想的な教育者が完成したため、人間の教師による学術教育が非効率的になってしまっているため。
その技術のインフレーション凄まじく、教育ドリル1冊程度の価格で、小中高大全ての教育を個人に最適化して行える家庭教師AIが購入できてしまうほど。
あまつさえ、これらのAIを無料配布している科学教育団体すらある。
結果、小学校は学術教育には軸足を置かず、子供が子供同士、あるいは教師らと接触し、人間関係の基礎を作っていく場として変化している。
人間関係が困難だったり苦痛という子供には、登校しない、参加しない、通信遠隔参加という選択肢もある上で、共同作業やレクリエーションを行うことで、AIでは教えきれない有機的な関係を体得することが狙いとなっている。
そして中学校は、個人の専門性を判断する場。
高等学校では中学で選定された専門だけでの集まり、というのが基本的な路線となり、大学は教育よりも研究機関としての側面が大きい。
この辺りは、第三次大戦頃に制定された15歳成人制度の影響によるものと、中学を出たらAIの補助を付ければ社会人として十分機能してしまうようになったため。
なお、設備環境などから、家庭教育AIでは教育しきれない体育科目などにおいてはやはり学校依存のまま。
しかしこの時代、獣人やEエンハンサーなどの児童生徒は、身体能力において人間の枠を超えてしまっており、
画一化教育では対応しきれないということが、戦後20年、教育界での課題となっている。