第十三話「アゲハの夢」5/6
=多々良 央介のお話=
「夢幻巨人アゲハ! 直ちに敵性巨人を鎮圧します!」
空高く、アゲハと名乗ったその巨人は、名前どおりに蝶の翅を広げた。
正確には、違うのかな――コートとか、マントみたいなものを広げて、翅のような形にしている?
その翅で風を受けて、僅かにアゲハの落下速度が落ちた。
《アゲハちゃん、武装を送る。キャッチできるね?》
「訓練しましたもん!」
「可能です」
輸送機から、更に小型の輸送機が投下された。
それは空中のアゲハに追いつき、その輸送機から生えた機器が、彼女が広げている蝶の翅に織り込まれていく。
機械を組み込む、巨人…!?
「テフ! 戦闘領域内の生命維持システム類の位置特定、もちろんおーちゃんのハガネも! それ以外全部撃っちゃって!!」
「了解、実行開始」
アゲハの翅が一度羽ばたいて、七色に輝きだす。
そこから、大量の光の筋が、地表に向けて降り注いだ。
一瞬は驚いたけれど、それは焼き払うためのレーザー光線ではないようだった。
しかし、光線の先では窓ガラスが砕け、砂となって風に舞う。
どういう、攻撃!?
《…っ! 光線は照準用のものか!? しかし一体、何で破壊している!?》
《周囲のPSIエネルギーの収束率が低下していきます! まさか…散布されたDマテリアルが破壊されていってる…!? RBシステムか!?》
起こったことが衝撃的過ぎて、口の中の辛さが、薄れていることに、僕はやっと気がついた。
それでも、どうして、彼女がここに。
やってきた、だけならわかる、わかろうとしてみせる。
でも、ただやってきたのでなく、夢幻巨人の力をもって――。
《しかし、RBシステムでガラス型Dマテリアルまで破壊しているとしたら、広域でガラス類が全壊して、大惨事に…!?》
《あっ!? 磁力…、巨人アゲハを中心に、強力な磁力が発生しています!》
《…そうか、おそらくRBシステムでも、MRBシステム! だがあれはRBシステムと違って、発振器が自身の磁力による崩壊を起こすために連続稼働は無理だったはず!?》
父さんたちが、驚きながら、何か難しい話をしている。
そういえばさっき、サイコが、これは父さんも知らない話だって言っていた。
でも、父さんなしで夢幻巨人は、その元になる補佐体は作れない、はず。
《それを、破壊不能の非物質である巨人で補強して使っているんだよ、多々良! 音波兵器じゃないから国際法にも触れないわけだ!》
通信から聞こえてきたこの声は…、黒野のおじさん。
じゃあ、じゃあ親子で、ここにきているの?
《磁力の効果射程はごく限られる! 磁石と同じようにね! だから必要な範囲内だけの放射もできる!》
「ちょっと電力が必要だけど!」
《そこは、この要塞都市が外部から賄えばいい、ということだよ。都市隊、マイクロウェーブ送電設備を起動、マーカーβに送電するように》
黒野のおじさんと、彼女と、軍の偉い人がそれぞれ説明する。
新しい武器なのは、わかったけれど。
アゲハは、長い落下を終えて、翅を広げたままハガネ近くの地面に着地する。
それは、翅を広げた見た目に反して、随分重たげに、地面の舗装をえぐりながらの派手なものだった。
「着地、成功♪」
「衝撃による兵装破損率、誤差範囲。照射を継続します」
着地しても、アゲハの翅は光を放ちっぱなしで、翅に組み込まれている難しい名前の武器で、周囲を薙ぎ払い続けた。
ハガネは、僕は、あっけに取られて、身動き一つ取れずにいた。
《…ハガネ、アゲハ周囲のPSIエネルギー、極めて微弱にまで低下。敵対巨人からの干渉はほとんど無くなっているはず、です…!》
「それじゃあ、とどめ! Dキャプチャー!」
アゲハは、翅をマント型に折りたたみながら、その翅の中から取り出したものを、雑に投げた。
その仕草も、良く知っているもので、胸が辛くなる。
投げられたものは、咲いた花のような形をした機械で、中央には、赤く輝く結晶。
Dマテリアルを組み込んだものだというのはわかったけれど、一体――?
その機械が地面に転がった瞬間、奇妙なことが起こった。
バラバラの場所にいた二体の巨人の姿が一瞬崩れ、その機械付近に再構築されたのだ。
《巨人を構成するPSIエネルギーが一ヵ所に集中!? あの機械は!?》
《Dキャプチャー。何のことは無い、精製度の高いDマテリアルの塊だよ。周囲に他のDマテリアルがあるうちは何の意味もない機械だけどねえ》
《――そうか! 都市全体に散布されていたDマテリアルを破壊した上で、性能の高いものを一点に配置。そうすればそこにだけ全部のエネルギーが集まる!》
――わからない。
色んなことが分からなくて、通信の先の父さんに、目的もあやふやなままで、聞く。
「どういう…こと? 父さん…」
《ああ…うん、そうだな。あちこちに空いてた巨人が出てくる穴を塞いで、一か所だけ出てきやすい穴を作った、とでも言えばいいか?》
「なんとなく、かな。でも――」
――わからないこと、聞きたいことは、そこだけじゃないのだけれど。
その時、彼女が、必殺の好機を伝えてきた。
「今だよ! おーちゃん! 女の子の方を!」
「――ッ! 央介、考えるのは後だ!」
そう…、そうだ。
佐介の言う通り、この巨人たちを倒してから、全部を聴けばいい。
僕の知っていたことと食い違う事を、全部!
邪魔になる甘さも、辛さも、もう無い。
ハガネは、言われた通り調理妃にターゲットを絞る。
「渦巻け、鋼鉄の鎖!」
調理妃に、佐介の作った鋼鉄の鎖が螺旋を描き、絡みつく。
「アイアン・ダブル・スピナー。僕は…、辛い夢を打ち貫く!」
ハガネは、僕の作った鋼鉄の錐を構え、相手に向けて繰り出した。
鎖の螺旋、錐の螺旋が互いを加速させ、そのまま相手を貫通する。
貫いて、確認のため、振り返った。
――もう一体の巨人、料理王は?
「ふふっ、よぉし!」
すこし楽しそうな、声。
ハガネが、敵を倒したことを喜ぶ、そんな声。
「テフ、二連主砲にデリンジャー、出力用意!」
「了解。接近の際、相手の武器に警戒を」
何か、攻撃を仕掛ける気配の掛け声。
ハガネの中から、慌てて左手方向の彼女、その巨人アゲハの様子を窺う。
「夢から、甘い夢にさよならを! バタフライ・キッス!」
料理王ギリギリに接近したアゲハの両手に、それぞれ小さな銃のようなものが握られているのがわかった。
それが料理王の胸元に突き付けられ――
――次の瞬間、二本の鋭い螺旋のトゲが、料理王の背中から突き出た。
二本のトゲは直ぐに消え去り、動きを止めた料理王だけが残される。
それを見た佐介が、呟く。
「…ありゃあ、この間のクロガネが使ってた技、か?」
《今、彼女が用いた攻撃は、君たちのアイアン・スピナーを再現しようとした結果なのだから、似たのは必然でもあるけどねえ》
通信先の都市軍の偉い人は、佐介の言葉を耳聡く聞き、説明を返して来た。
調理妃が光の粒子になって形を崩していき、それに料理王も続く。
でも、目の前にはもう一人の巨人、アゲハが残っていた。