第十三話「アゲハの夢」4/6
=多々良 央介のお話=
辛い。
辛い。
そして、痛い。
料理王という巨人がばらまいていたのは、全身を貫通する甘味。
対して、新たに現れた調理妃という巨人が同じようにばらまくのは、辛味。
《央介、大丈夫、か…? これは、少々キツいことに、なっている、が…》
通信からの父さんの声も、つっかえつっかえ。
他にも通信には大勢の咳き込みや、唸り声が聞こえる。
紅利さんの、悲鳴も。
「父さん、これはさっきのと比較して、どうなんだ!?」
《はっきり…危険だ! 辛味というのは痛覚で、それを直接神経に発生させている! 大人ならまだしも、乳幼児や健康弱者がどうなるか、わからん!》
《央介君、一刻も早くの撃退を! ただ攻撃順序として料理王が先、調理妃が後の必要がある、理由は分かるな!?》
大神一佐の言うことはわかる。
調理妃を先に倒してしまうと、料理王の能力が表に出てきて、ハガネは攻撃力を失うからだ。
しかし、その分、調理妃の被害は長くなってしまうことも。
《幸い、料理王は先ほどの格闘で武器を失っている! 今が攻撃の機会だ! 甘味が辛味で上書きされている以上、攻撃は可能だろう!》
「は、はい!」
「央介! ダブルスピナーの応用だ! 調理妃をオレがチェインで拘束する。央介は単独のスピナーで料理王をやれ!」
都市の建物の間を駆けて、ハガネの立ち位置を変える。
向かうのは、ハガネの主砲がある左に調理妃、ハガネ本体で狙う右に料理王、そうなる位置へ。
移動する間も、料理王は一度破壊したフードプロセッサーを構築しなおしている。
調理妃は空に向けて麺棒を振り回し、そこから赤い霞を放出している。
あれが、辛味の源。
ばらまかれる、痛覚。
早く、狙える位置に――!
「行ける! 央介、ここだあっ!!」
佐介の声と共に、ハガネの主砲から鎖の束が放たれた。
それはあっという間に調理妃に巻き付き、その動きを止める。
「今度こそっ!! アイアン・スピナー!!」
佐介のサポートを得ないせいか、口の中を覆う辛さのせいか、鋼鉄の螺旋の構築に手間取る。
早く、早く!!
ハガネの手元に、螺旋が描かれ始めて――、
――でも、それは、僕の目の前で弾け飛んだ。
「え!?」
「な、なんだぁ!?」
弾け飛んだ鋼鉄の破片が、目前の料理王や、周囲の都市防壁に突き刺さり、少なくない破壊を起こす。
けれど、それだけ。
アイアンスピナーでの必殺の効果は、現れない。
「な、何やってんだ央介!?」
「わ、わかんない! 螺旋が、うまくまとまらない!!」
もう一度、螺旋を組み立てなおそうとする。
けれど、今度はさっきより酷く、無茶苦茶なトゲトゲが出来上がるだけ。
それを無理矢理回転させようとした途端、バラバラと飛び散った。
《――そうか! 央介、今度のお前は、発生している痛覚によって意識の集中が出来ない状態になっている! スピナー形成は佐介に任せるんだ!》
「は、はい!!」
《だが、多々良博士。それではもう片方の巨人が野放しだ!》
大神一佐の懸念の言葉が聞こえる中、僕は次の行動に移る。
「佐介! アイアン・スピナーを!」
口に出していう間もなく、目の前に鋼鉄の螺旋が形成されていく。
佐介が機械的に形成する、攻撃の形。
これに巨人の攻撃力を籠めるだけなら、今のヒリヒリ状態でもできるはず!
佐介が行っていた鎖の拘束が解けた調理妃が、掴みかかるような姿勢で両手をこちらに向け、駆け始める。
これなら、間に合――
――調理妃の手元にあった、麺棒は、どこ?
視界が激しくブレた。
ハガネの頭に、重たい何かが直撃した。
視界の端に、ゆっくりと落ちていく、調理妃の麺棒。
調理妃が、拘束が解けると同時にハガネの頭上に投げていたのが、時間差で直撃したようだった。
そして、調理妃本体がハガネに取りつく。
「ぐっ…、ぐああああああっ!!」
調理妃が掴んだハガネの体、右肩と左腕。
僕の体の同じ場所が、猛烈な熱さ、痛みを訴えだす。
辛味、痛覚が流し込まれている!
「クソっ! アイアン・チェインで調理妃を拘束する! 離れろ央介!!」
目の前に噴き出す、大量の鎖。
取りついた痛みの巨人を振り払って、ハガネは辛うじてその状態から脱する。
脱して、目の前を貫いたものがあった。
フードプロセッサーの回転刃。
スピナーで狙って、調理妃に取りつかれて、そうしているうちに再生の成った料理王が襲い掛かってきたのだ。
全身に染み込んだ痛みでチカチカする視覚の中、必死でハガネにその攻撃を避けさせた。
二体の巨人から、ある程度の距離は確保できた、けれど――
「ダメだ! 状況が悪化してる。これじゃアイアンスピナーを放つどころじゃないよ!」
《順序を見誤ったか…!? 央介君、今からでも…調理妃を狙えるか!?》
「手が、手が足りねえっ!!」
大神一佐の次の指示、佐介の叫び、そういったものが少し遠くに聞こえる。
ハガネの目の前に立つ、二体の巨人。
全身を蝕む辛さの中、僕にはそれらに別のものが、重なって見えた。
二体の、倒してはいけない、大切な巨人の姿が――
《手詰まりか…!?》
「自爆覚悟で…やばい方の調理妃だけでも倒すしか…!」
《人間の精神の根幹自体を攻撃してくる巨人とは…! 巨人相手に機械的措置は通用しないというのに!》
通信の先、困惑と混乱が、聞こえてくる。
ハガネは、二体の巨人から距離をとるので精一杯。
僕は頭をぶんぶんと振って、相手の巨人に被さる幻を追い出そうとする。
《已むを得ん! 巨人による特異現象の発生範囲にあるシェルターからの退避通告! ハガネは一時撤退して相手の分散を――》
《――その必要はないよ、大神君。これより作戦βを発動。私、附子島がその指揮を行う》
だ、誰?
通信に、誰の声?
「聞いたことはある! 確かこの都市軍の一番偉いおっさん! こっちに来る直前に、一度会ったはず!」
《じょ、上空に空自の輸送機! これも附子島少将より、作戦βとしてプランが出ています!》
(――ッ!! お、央介! これから起こることに驚くな! いや…驚いてもいいけど…。これは…多々良博士や大神一佐も知らなかった話なんだ!)
サイコ!?
大勢の通信と会話が、入り乱れる。
一体、何が――
空を見上げる。
通信で言っていた通り、はるか上空に、輸送機の黒い影が見えた。
《さあ、テフ! いっくよー!!》
《了解》
――声。
通信に、僕が良く知っている声。
同じ声が、二人。
僕は、ハガネで、遠くを見た。
ハガネにそんな事ができるなんて、知らなかったけれど。
巨人の力で伸ばされた視力では、輸送機の底に書いてある文字まで読めた。
その輸送機の後部が開いていき、そこから、誰か二人が、手を繋いで飛び降りた。
二人に焦点を合わせようとしたけれど、目で追うのが間に合わない。
やっと視界にとらえた時には、二人から巨人が形成されるときの、光の粒子が噴きだしていた。
顔までは、わからない。
誰なのかわかってはいるけれど、わかりたくは、ない。
光の粒子は形を整えていき、巨人になる。
体表面には、青い発光線が走って。
「夢幻巨人アゲハ! 直ちに敵性巨人を鎮圧します!」
空高く、ハガネとは別の夢幻巨人が出現した。
それを、誰が作り出したのか、誰が操っているのか、僕は知っている。