第十三話「アゲハの夢」3/6
=多々良 央介のお話=
戦闘の構えをとらせた僕の夢幻巨人、ハガネ。
その正面に相対している巨人、料理王。
料理王は、片手に構えたフードプロセッサーを空に向けて、その刃を回転させた。
そこから噴き出た、煙。
――いや、煙じゃあ、ない。
何かキラキラしていて、砂みたいな、白い粉末!
その粉が周囲を覆った瞬間、僕の体に異変が生じた。
「うっ!」
猛烈なその感覚に、思わず呻いてしまった。
《うぐっ!》
《ひゃっ!?》
通信回線からは、父さんと紅利さんの呻きも聞こえる。
多分、指令室にも、シェルターにも同じ異変が生じ始めたんだ。
これは――
「あ…」
《あ…》
《あ…》
三人揃って、その異変を訴える。
「甘いぃぃぃ…っ!!!」
口の中を満たす、甘さ。
砂糖を次から次へと押し込まれている以上に甘く、何かもう、頭がくらくらとする。
それでやっとわかった。
料理王がばらまいている白い粉は、無差別に甘さを与える、巨人の砂糖!
《つ、辛い…! 甘味ばかりは…辛い!》
「構うもんか! 気を付けるべきは、右手の物騒な食意地濃刀だけ! 拘束かけるから、央介はスピナーを! アイアン・チェイン!」
「わ、わかった!」
大神一佐の珍しい悲鳴が聞こえる中、こういう時に頭脳が機械の佐介は強いんだな、と思う。
すぐにハガネ左頭部の主砲が角度を変え、そこから太い鎖が放たれる。
鎖はまず巨人右手のフードプロセッサーに絡みつき、更に二本、三本が相手の周囲に渦を巻く。
「ハガネ、アイアン・ダブル・スピナーを使用します!」
《アイアン・ダブル・スピナー、了解。対象方向に友軍なし、どうぞ!》
空中に描き出した鋼鉄の螺旋は、少しずつ回転速度を上げ、その先端で鎖に絡め取られた料理王を狙い澄ます。
僕は、ハガネは螺旋を突き出したまま、相手へと突っ込んだ。
それは、本来なら必殺の一撃だったが――、
――料理王に突き当たった鋼鉄の螺旋は、その先端から水を掛けた角砂糖のように崩れて、消え去る。
「なっ!? なんでぇっ!」
僕は、慌ててハガネに拳を構えなおさせ、そのまま殴り飛ばして料理王を突き離そうとする。
一瞬、拳もさっきの螺旋のように崩壊するのではないかという恐怖があったけれど、ハガネの拳は料理王に命中する。
確かに、命中した。
でも、まるで、手ごたえがない。
更にもう一撃、一撃と加えていっても、何かふわふわとした感覚になってしまう。
「央介! 何かおかしい! 拘束は解かないから、このまま一旦退け!」
佐介に言われて、ハガネを飛びのかせて、そのまま十分に距離をとる。
ハガネの身体能力に異変は感じられない。
スピナーと、拳だけが、意味を失っていたことからすれば――。
「どうして、攻撃が無効化されちゃう!?」
誰にともなく、問いかける。
《央介。これは…推論だがな。この甘味の幻覚は、思った以上に危険かもしれん》
父さんから、答えが返ってきてくれた。
「危険て、どういうこと?」
《周囲の壁一切を無視して、料理王が放っているこの甘味は、単なる味覚にとどまらず、全身の神経系に甘味を感じさせていることになる》
《神経で、甘味? それが、どうして危険なの、央介くんのパパさん!?》
紅利さんの質問に、父さんがパッドに絵を描いて説明する。
前にも、歌の超巨大巨人でも似たこと、あったかな。
描かれた絵は、人間と、その体の中で枝分かれする線、それと、脳――神経の図だろうか?
《いろいろと説明を省くが、神経というのは、燃料として糖分を使うんだ。そして、今、全身の神経は巨人の幻覚で糖分を感知してしまっている》
「神経が、燃料があると思っている状態になる? それが悪い事なの!?」
話を聴いている間にも、鎖の先で、料理王がもがく。
その度に、フードプロセッサーからは、真っ白い巨人の砂糖がばらまかれていく。
《そうだ、燃料が行き渡っていると感じて、脳も脊髄も満足してしまっている。これでは生物の本能的な、獰猛な危機感が薄れるんだ!》
父さんの書いた説明の図では、神経から伸びる、PSIと書かれた矢印にバツが書かれていた。
危機感が無くなる? それが、どういうことなんだろう?
獰猛? あれ? どこかで聞いたキーワード。
「ひょっとして、ハガネの攻撃力がなくなってるのって、それか!? 危機感が無いから、戦闘!っていう構えができない!?」
《そうだ! 巨人は神経系が発生させているエネルギー現象だから、真っ先に影響を受けて攻撃性を失ったんだ!》
そういえば、佐介のPSIエネルギーが獰猛だとか、サイコが言っていたんだった。
アイアンチェインだけが有効なのは、そのせいかな?
いけない、戦闘中なのに、余計なことまで考えて…これも、危機感が薄れているから?
「縛るだけなら攻撃的でないってのと、あとオレが使ってるPSIエネルギーは、央介から出てるのを機械的に変換してるからかもな」
疑問には、佐介がすぐに答えてくれた。
続けて喋ったのは、父さん。
《しかし問題は央介自身だ。この状態では、攻撃的意識の塊であるアイアンスピナーはさっきみたいに崩れる、全ての行動に攻撃のPSIが乗らなくなる》
「そんな! それじゃあ、ハガネはあいつを止めることができなくなっちゃうよ!」
《そう…なる。 なんとか、神経系に危機感を発生させるような手段があれば…、何か対抗手段は無いか考える。攻撃は佐介に任せて、相手との距離と保て!》
対抗手段、この甘さに対抗する対抗手段。
思い当たることはあったが、今すぐにはできない。
そう思っていたら、佐介が口を挟む。
「父さん、今は、央介の神経系が危機感をなくしている、だよな?」
《あ、ああ。何かアイデアが!? ただ、巨人を食い止めての準備となると、少し時間が…》
「いや、今すぐオレが何とかできる、かもしれない!」
佐介が、また何か言いだした。
でも、大体はそれが逆転の切っ掛けになっている気もする。
「央介、オレが一旦人間状態に戻る! 拘束も解けちまうけど、その間ぐらい逃げ回れるよな!?」
「も、もちろん! でも、一体何を!?」
「ちょっとだけ、覚悟しとけ! 拘束解くぞ! 1、2のっ」
そのタイミングで、料理王を縛っていたアイアンチェインが消え失せた。
ハガネに、再度相手から距離を取らせるために後退りすると、目の前に都市の防御隔壁が競り上がって、目隠し。
本当に、この都市の戦闘用の機能は、軍による支援はありがたい。
これから、佐介はどうするつもりだろう?
と、思った瞬間、僕の目の前に佐介が現れた。
ハガネの中に佐介が入ってくるのは、珍しいことだけれども。
「央介、これだ!」
そう言って佐介がポケットから取り出したのは、クッキングペーパーに包まれた、チョコチップクッキー。
これだと言われても?
…ん? このクッキーって――
「そうだ! 激辛クッキー! これなら痛覚、刺激が脳に入る! 辛味、危機感が引くまでの勝負だ!」
「う…。それ…本当に効くかな?」
「ダメならチェインで縛るところからやり直しだ! それで父さん達に考えてもらうさ!」
なるほど。
でも、これは、さっき言われた通り、覚悟が必要なやつだった。
佐介から激辛クッキーを受け取る。
その上で、佐介に向けて、ぼやく。
「やっぱり、このクッキー食べてなかったんじゃないか…」
「そのおかげで戦えるんだ。ラッキーさ」
それ、ラッキーとクッキーの、だじゃれかな…。
僕は、色々を諦めて、恐る恐る口にクッキーを一つ頬張り、噛み砕く。
「――――――――ッッッッッッ!!!!!」
脳に、稲妻が走る。
全身から汗が噴き出る。
舌が、痛い!
危機感、確かにこれは、危機感!
そう思った瞬間、目の前の隔壁がクラッカーのように砕かれた。
突き破ってきたのは、フードプロセッサー、そしてそれを振りかざした料理王。
更にそれは、ハガネに向けられて――
「調理器具は、人を傷つける物じゃない! 巨人だって!」
そう叫びながら、ハガネの両手で、フードプロセッサーの軸を掴み、ハガネがミンチにされるのはギリギリのところで阻止した。
しかし、阻止どころか、掴んでいた軸にヒビが入る。
「あ、あれ? そんなに強く掴んだつもりはっ!!」
「辛さで気合入り過ぎてるんだろう!? そのままへし折っちまえ!」
「うあああああああああああああああっ!!!」
辛さの馬鹿力とでもいうのだろうか、ハガネの握り潰しでフードプロセッサーの軸が砕け折れた。
大事な道具を砕かれて、狼狽える料理王に、ハガネは殴りかかる。
一度、格闘の連撃で相手の体勢を崩してから、アイアンスピナーの準備を、そう考えての行動だった。
正拳、裏拳で、料理王の両腕を弾き、少し仰け反らせてから、相手の胴体にハガネの胴体をぶつけ、大きく吹き飛ばす。
そこから一歩退いて、空中に螺旋を描く。
「アイアン…」
口の中は、まだ辛い。
食べたクッキーの辛さが引くまで、あと――
《お、央介くん。辛い! なに、これ!?》
通信に入ったのは、紅利さんの悲鳴。
辛い? 紅利さんまで?
どうして? クッキーを食べたのは僕なのに?
《央介君! 後ろだぁっ!!》
大神一佐、後ろ…?
アイアンスピナーを構え始めていたハガネでは、とっさの回避ができなかった。
鈍い痛みが、ハガネの、僕の背中に走り、痛みの源はそのまま振り抜かれる。
その勢いでハガネは地面に打ち倒された。
倒れたまま、何度か転がって、体勢を立て直す。
前は駄目、料理王がいる。
後にいる何者かとも距離をとって。
起き上がったハガネは、料理王と、乱入した者とで丁度三角形になる位置。
そこに居たのは――
《し、雌性刻裂を確認。出現した第二の巨人に戦闘コードを発行します! 調理妃、対象は調理妃!》
ハガネを殴り倒したのは、手にした長大な麺棒。
それを構えた真っ白い服に、白くて高い帽子の、もう一体の巨人。
「巨人が、二体…!!」
調理妃と名付けられた新たな巨人の力なのだろう。
口の中からは、何時まで経っても辛味が引かなかった。