第十三話「アゲハの夢」2/6
=多々良 央介のお話=
甘粕くんと辛さんによる料理対決が、始まってしまった。
といっても、そんな仰々しいものでもなく、何故か審査員に選ばれた僕と佐介の前に、甘粕くんと辛さんの作ったお菓子が並べられただけなのだけれど。
「先攻は僕でいいかなあ!」
「あーら、後に食べた方が印象に残るのに、いいのかしら?」
甘粕くんと、辛さんが目線をぶつけて火花を飛ばしている。
そんな中で僕の目の前に並べられたのは、フルーツとクリームがサンドされたクレープと、チョコチップクッキーだった。
どちらもいたって普通のお菓子、だと思う。
「それじゃあ…えっと、こっちのクレープが甘粕くんの作った方、だよね?」
「うむ! 味わって食べてくれたまえ!」
芝居がかった彼の言い方に苦笑しながら、クレープを口にする。
縁部分に並べられた新鮮なイチゴの酸味と、程よい甘味のクリームは、確かに幸せな気持ちになる。
イチゴが口の中から消えると、たっぷりのクリームがボリュームをもって口の中を満たす。
それでも、これは普通のクリームクレープでは。
しかし、もう一口食べ進めた時だ。
味が変わった。
変わったといっても甘味は甘味だ。
けれど、今度は別途挟まれたクレープ生地と、それに包まれた甘く煮詰められたリンゴ。
微かに酸っぱい甘味と、さっきとは別の歯ごたえ。
それを噛み締めることで、甘いシロップがリンゴから噴き出してきて、クリームを押し流す。
ひょっとして、クリームとで甘味の段階を計算して作っているのだろうか?
とすれば、最初の酸っぱめのイチゴは後の甘さを引き立てるため。
じゃあ、最後の一口は――
――チョコクリームと、砕かれたウェハース!
甘味の向きがガラッと変わって、クレープの中に意外なサクサク感。
チョコのほのかな苦みが心地よい。
最期の一口を、飲み下す。
三段階に分けられた、シンプルながら甘味の幅を教えてくれる、そんなクレープだった――。
「――美味しい…」
「うまいな! これ!」
どうやら、佐介からも好評だ。
そういえば、自分の作っていたクレープは、単純に果物を放り込んだだけのもので、甘味のバランスなんて考えても居なかった。
家事より研究の父さん母さんに代わって、少しは料理を作ってきたつもりだったのに、悔しい。
「たった一切れのスイーツの旅、楽しんでもらえたかなあ? 辛の邪道とは違うんだよねえ! ふっふっふ!」
「さて、どうかしら? 次は私のクッキーよ。刺激的だと思うわ」
――邪道? 刺激的?
不穏なワードが聞こえて、ちらりと、隣の皿に並ぶ辛味さんのチョコチップクッキーを見る。
特に、おかしな様子は…。
周囲から、微妙な視線が僕に向く。
逃げるわけにいかなくなった感じが、する。
恐る恐る、クッキーを手に取って、口に運んだ。
ぱくり。
クッキーを噛み砕いて、一瞬、ちりっと電流が走った。
なん、だろう――?
「…んん?」
――次の瞬間。
口の中が痛みと炎に包まれた。
そう思った。
「ぶっ! ぶえぇぇぇぇぇっ!?」
それが、辛さだと理解して、紅利さんが横からすっと差し出してくれたコップの水を一気に飲み干す。
ほっと一息。
口に残ったのは、やさしいチョコチップの甘さ。
「ほーれ見ろ。だからキミの料理は邪道だって言うんだ」
「そうかしら? もう辛くないはずだけれど?」
辛味さんの一言。
そういえば、あれだけの辛味が、口内から消えている。
コップ一杯の水で、辛味を洗い流せた?
どういうことか、佐介に見解を求めようとする。
その佐介は、自分には何もわからない、という風に首を傾げている。
――ん? あれ? おかしいぞ?
銃弾も砲弾も効かない佐介でも、味覚は割とダメージになる。
だからこそ、母さんのよくわからない混合健康食に悲鳴を上げるのだから。
それなのに、佐介は水を飲んだ形跡がない。
何か不正はないかと、一瞬で観察する。
すると、佐介の少し膨らんだズボンポケットから、ちらりと覗くクッキングペーパーの端。
こいつ――。
「ああ、でもチョコの甘味が結構残るっていうか、ありがたみを感じるな!」
何も気づいていないように、佐介が僕の感覚を読み取って、勝手に感想を言い出す。
おのれ。
でも本当に、甘く、辛味の後ではありがたい。
そんな僕らを横に、辛さんが説明を始める。
「このクッキー、唐辛子と山椒、二種類の辛味を少量使ってあってね。片方が片方を引き立てるから、すごく辛く感じるけど、すぐに引くようになってるわ」
そして、ボウルに入ったチョコチップを見せる。
辛味の中のチョコチップ、甘い。
「加えて使ってあるチョコチップは、油脂分と甘みの強いミルクチョコ。その分、甘味が長く続くわけね。神経を直撃する辛さとの合わせ技よ」
なるほど、甘い。
甘味が、とてもありがたい。
ちゃんと考えられた辛さだったわけだ。
「さあ! どっちのお菓子が優れていたか。多々良兄弟の答えは!?」
いつの間にか司会役に収まっていたのは、ウサギネコ獣人の奈良くん。
泡立て器をマイクに見立てて、アナウンス。
――うん? あれ? さっきの甘粕くんのクレープ、どんな味だったっけ?
辛味で、一度頭が真っ白になったから、思い出せない。
思い出せたのは、後の方が有利になる、という辛さんの言葉。
そういう意味では彼女の計画通りということになる。
しかし、ここで僕がどっちかを選んでしまっていいのだろうか?
えーと、えーと…。
「気になるジャッジは! 同時に、ドーン!」
とっさに佐介に目配せを飛ばす。
せーのっ!
「甘粕くん!」
「辛さん!」
――とっさの秘密談合により、対決は引き分けに終わった。
そして今日も、巨人がやってくる。
こっちの対決も、引き分けで済めば、一番いいのに。
現れた巨人は、真っ白い服、そして真っ白くて、高い高い帽子。
その片手に携えるのは、回転刃が唸る巨大なフードプロセッサー。
「かわいくないコックさん、だな」
佐介が感想を述べる。
《頑張ってね、央介くん》
あれ? 通信回線から紅利さんの声。
すると、すぐに大神一佐からの説明が入った。
《今回はJETTERの協力枠ということで、通信での特別アドバイザーになってもらっている。可愛い彼女が見ているのだから、頑張りたまえ。》
「え、えっと…、はい!」
大神一佐は何か勘違いしているのかもしれないけれど、紅利さんとはそういう関係のつもりは…。
それに、大切な女の子とか、僕には、もう、居てはいけないような、気がする。
そういうものを、僕は、自分の手で――。
《外見上の特徴、及び雄性突起より、戦闘コードを発行します。対象の巨人は、料理王。繰り返します…》
「…偽物とクロガネを倒したからって、巨人が出なくなるわけじゃないんだな」
《すまない、央介。あれこれ手を尽くしてはいるんだが――》
佐介の一言に対して、父さんから辛そうな声の通信が届く。
いつものことだけれど、僕が償わなければいけない分を、父さんに背負わせてしまっていることが、辛い。
でも、いつもとは違って、そこで終わりじゃなかった。
《――ただな、佑介から手に入れたギガントの改造型のDドライブ。アレの解析で、巨人を止められる可能性は出てきたんだ》
「それ、初耳!」
「本当なの!? 父さん!」
僕らの反応に、父さんが嬉しそうに答える。
《ああ、あれには人間から周囲に放出されて主が薄れたPSIエネルギーを集める特性があって――》
父さんの説明の途中だった。
けれど、料理王が動き出す。
《――また今度、説明しよう。戦いに専念するんだ》
「うん!」
料理王は、手にした、あるいは手そのものになっているフードプロセッサーを高く掲げる。
その先端から、白い煙が噴き出した。
それは、あまりにも恐ろしい効果を持っていた。