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第二話「要塞都市の巨人と巨人」3/3

 =多々良央介のお話=


「ありがとう! 巨人のハガネ!」


 紅利さんの声に、僕の代わりに佐介が手を振って答える。

 そのまま佐介はハガネの腕を伝って、あっという間にハガネの左肩に登った。

 子供の背格好の佐介の、尋常でない身のこなしを見て驚く大勢の避難者。


 ……それぐらいは、僕にだってできるのにな。


「央介の場合は落ちたら大怪我だ。やるんじゃないぞ」


 “いつも通りに”佐介は僕の考えを読み取る。

 こういうときだけ、佐介は口うるさい。


「お前を守るために作られたんだ。怪我一つさせないぞ」


 こういうときだけ、都合よくロボットみたいなことを言う。

 それに少し嫌味を込めて、返事。


「わかったわかった、それじゃあロボットくんは役目通りに動いてくれ」


 ハガネの左肩に、やる気があるのかないのかわからない佐介を乗せたまま、ドローンに先導されて駅前に向かう。

 その途中。


「さーて! じゃあ、やるとしますか!」


 佐介が気合を入れて、ポーズを決める。

 ハガネの肩の上――僕から見るとハガネの兜を隔てて、隣にいた佐介。

 その姿が、淡く青い光の塊に変わった。


 次に、佐介だった光の塊は形まで崩れて、ハガネの全身に流れ込んでいく。

 すると、ハガネの黒い鉄色の体表に、青く光る筋が描かれる。


 それが全身に届いたとき、今まで左右対称だった兜の左側、人であれば耳の部分から光の角が伸びた。

 光の角は、後ろに流れるように伸びて、形を定めていく。

 次第にその光は失われ、代わりに金属の光沢を帯びていった。


 光の角だったもの、機械の排気管のような形のそれを、僕は主砲と呼んでいる。

 これが佐介が変じた、ハガネの攻撃器官だ。


 そして、佐介が混ざったこの姿。

 世界に唯一の、強化巨人の完成。

 そのことを父さんに、軍の人たちに向けて状況を報告する。


「――夢幻巨人ハガネ。形成完了しました!」


《PSI数値も安定しているな。いいぞ、央介、佐介》


 父さんの声が聞こえ、携帯を手に取る。

 行動前に状況を確認したい。


「父さん、出現した巨人、馬頭王は?」


《動きはなし。本物の馬みたいに身震いしたり、足踏みしたりだ》


 そこまで喋ったところで、やっと丘を越えて駅前が見える。

 呆然と立ち尽くす馬頭王の姿も。


《多分、大人しい馬がモデルになったんだろう……牧場で、気軽に触れ合えるような》


 その時だった。

 軍の通信が騒がしく音を立てはじめる。


《馬頭王付近に動体反応! 何か、飛んで……不明物体の発射を確認!》


《発射地点周囲は住民の避難完了、何も居ないはずで……いえ、聴音センサーに感あり! ピックアップします!》


 何か、異変があったらしい。

 嫌な予感がする。

 僕は、軍のセンサーが拾ったらしい現場の音に耳を澄ます。


《……ったぁっ! ミッションコンプリートぉ! ボーナスいただきだぁ!》


《に、逃げなくていいのか? この透明マント、そんなに信頼していいのか?》


 この耳障りな声は……。


「これ、あの二人組、だな」


 佐介も、同じ結論に至ったようだ。

 紅利さんを誘拐して、銃を突き付けて、その後で工作ロボットで襲ってきた二人組の悪人。


《当たり前だろ! こいつはあのダイダラボッチのと同じ技術なんだぞ》


《そ、そうか? でもなんかさっきからドローンがこっちに集まってねえか?》


 あと一瞬早く、叩き潰せていたら。

 そうしたら巨人も出てこなかったかもしれないのに。


《あーっ! これも音までは隠さないんじゃねえか! 足高てめぇが大声あげるから!》


《大声あげてるの長手だろ……》


 音の座標はわかっている。

 今度こそ、潰してやる。

 ギガントに、容赦なんてしない!


 僕はハガネに全力疾走をさせ、駅前に向かう。

 家屋、ビルの屋根を階段にして跳躍し、小さな駅前ビルの屋上に降り立つ。


 ハガネには重さなんてないから、薄いベニヤ板の上にだって、多分立てる。


《あれ、あれ! 昨日のバケモノロボだ!?》


《いいから! 黙って! 逃げろ!》


「佐介! 主砲スタンバイ!」


 僕は命令を下す。

 瞬間、巨大な(いなな)きが、周囲を揺るがした。

 ギガントの工作員に意識が向いていて、一瞬反応が遅れる。


 圧倒的な速度で飛びついてきた馬頭王を、受け止めるのが精いっぱいだった。


 馬頭王の体当たりで、ハガネ全体に圧力がかかった。

 これ以上、同質のエネルギー体である巨人を無理に受け止め続ければ、ハガネを構築するエネルギーにダメージが入ってしまう。

 ――どうすれば。


「央介! 九時方向! 道の側に重心を崩して、倒れ込め!」


 耳元で、佐介が怒鳴る。

 だけど、こういう時に考えが同じで、しかし文字通り視点が違うのは助かる。

 僕に見えない部分を、佐介が補ってくれる。


 佐介に言われた通り、ハガネの左足で馬頭王を蹴りつけさせて、そちらに倒れ込んだ。

 馬頭王をその場に残して、ハガネはビルから転がり落ちる。


 落ちるのはハガネで、僕じゃない。

 痛みがあるわけでもない。

 ――それでもやっぱり、これだけの高さと勢いは、まだ怖い。


 駅前大通りの地面で受け身をとって、すぐに立ち上がる。

 父さんから心配する通信。


《央介、大丈夫か!?》


「うん、なんとも! それよりも……!」


 ハガネを追いかけて、大通りに馬頭王が降り立つ。

 その目は、明らかにハガネを睨みつけている。


《敵対操作を受けている……! じゃあ、さっき工作員どもに撃ち込まれたのが巨人の誘導装置か!?》


 馬頭王は姿勢を落とし、蹄の足先でアスファルトの地面を引っ掻く。

 それは間違いなくハガネに向けた攻撃の準備。

 さっきまで大人しかった馬頭王は、攻撃的な巨人にされてしまっている。


「父さん……」


 何か別の方法は、と言いたかった。

 そんなもの“今までも”なかったけれども。


《……応戦するんだ、央介。今は他に方法がない》


 父さんが、諦めの命令。

 更に、それ以上の悩みを許さないように、馬頭王は突進を仕掛けてきた。


 先ほどの体当たりはビル上への跳躍ついででしかなかった。

 けど、今度のは地面で加速をかけながらの最大の威力をもった攻撃。

 父さんによる強化巨人であるハガネであっても、その直撃は避けたい。


 大通りの両側は、非常時としてせりあがった防護壁で守られたビル。

 ――避ける場所がない。


「佐介! アイアン・ロッドを!」


 命令した時には、既にハガネの主砲から“鉄の棒”が飛び出し、手元に供給されていた。

 その棒を突進してくる馬頭王に向け――


 ――勢いよく地面に突き立て、その場で棒高飛びをする。


 馬頭王は残された棒にだけぶつかる。

 そのまま相手を見失った馬頭王は、勢いのままに通り過ぎていった。


 ハガネは一時脅威の去ったその場に着地。

 鉄の棒は、宙に溶けて消える。

 それはエネルギーに一時的に棒の形を取らせただけのもので、物質じゃあない。


 少し遅れて、馬頭王が駅前の広場で体勢を立て直した。

 そして、また攻撃の姿勢に戻る。


「どうする央介、足元に鎖を絡めて転ばせるか?」


「それでいこう。こちらハガネ! アイアン・チェインを駅方向に放ちます!」


 ハガネが行う“広範囲の攻撃”は軍に許可をとる。

 そういう約束をしていた。


《了解、同方向に友軍なし。アイアン・チェイン、どうぞ》


 すぐに都市の軍から許可がでた。

 これも、故郷の街では難しかったこと。


「撃つぜ!」


 佐介の掛け声とともに、ハガネの主砲から鉤の付いた鎖が幾条も飛び出した。

 これも当然実物ではなく、佐介が構築してくれたエネルギーの実体化。


 鎖の束は馬頭王に向かって勢いよく飛ぶ。

 けれど、目的を果たさなかった。

 馬頭王は、自らに降りかかるそれらを全て見切り、蹴り飛ばして、踏みつけて止めてしまったのだ。


「えっ!?」


 予想外の事に僕の対応が遅れて、ハガネは立ち止まってしまった。

 そこに馬頭王の再度の突進。


 僕はとっさに、主砲から伸びた鎖をハガネに掴ませて、そのまま振り回した。

 幸い、その幾本かが馬頭王に絡みつき、そのまま相手は足を取られて派手に転ぶ。

 しかし馬頭王は転んだままではなく、両手を地に着いて後ろ足を跳ね上げ、絡みついた鎖を振り飛ばし、立ち上がる。


 その合間に、僕はハガネを飛び退かせて相手との距離を図りなおす。

 相手、馬頭王は再度の鎖攻撃を警戒したのか、無暗な突進の繰り返しはしなかった。


「恐るべき野生パワーだな、動きも目もいいのかよ」


 佐介が茶化す。

 こいつは僕が余裕をなくしているときに、そうやって落ち着かせてくれる。


 一度、深呼吸。

 その間、馬頭王は少し遠巻きにこちらをうかがっている。


 近づこうとすれば突進。

 鎖は外されたけど通用はしている。

 直接縛ろうとしたのを、見切られただけ。


 ――じゃあ、見切られなければ鎖は効く。


「佐介、あいつの目潰しってできる?」


「狙えなくはないけど、目が潰れてくれるかはわかんないな」


 一度失敗すれば、相手は余計に警戒度をあげてしまうだろう。

 失敗は、できない。


《目潰しなら、煙幕って効くかしら?》


 いきなり携帯から声が飛び出した。

 この声は、長尻尾の狭山一尉。

 煙幕――この都市はすぐに煙幕が準備できるんだ。


《そう、ですね……。巨人がどうやって周囲を認識しているのか正確には判明していませんが、やってみる価値はありそうです》


 父さんが周りの人に見解を伝える。

 新しい作戦が、動き出す。


《よし、ならば試すだけ試そう。こちらHQ。戦車隊、及び防衛機構隊に告ぐ。直ちに煙幕弾を装填後、配置に着き、構え!》


 この声は……、えっと、軍の偉い人。

 ――犬獣人の人。


 途端に都市全体から機械の動作音が響き始める。

 戦車の金属部品が動き出す音、防衛ビルの大砲が狙いを定める音。


 馬頭王はそれらに少し気を取られていたけれど、すぐにハガネに向き直った。

 他の物は敵にもならないと理解しているのかもしれない。

 実際、巨人には巨人での攻撃しか通用しない。


 けれど、まだ大規模な目隠しは試したことはない。


《第15から第18防衛塔が対象への照準完了。戦車隊、現在18台が砲撃可能位置に到着》


 オペレーターさんのアナウンスが準備状況を告げる。

 この都市では、大勢の人たちが一緒に戦ってくれる。

 ――不思議な感覚。


《央介君、3カウントで、こちらが煙幕弾を一斉に撃つ。煙幕が対象を十分に覆ったら、先ほどのアイアン・チェインを網状として投射する、可能かね?》


「できます!」


 僕は犬の司令官さんの言葉に、すぐに返事を返す。

 一緒に戦ってくれる人がたくさんいるのが嬉しかったのかもしれない。


《よし、では即時行動を開始する。カウント! 3-2-1-撃てェ!》


 ――その瞬間は、大きな音はしなかった。


 少し遅れて、様々な方向から重たい砲撃音が響き、それと同じ頃に、馬頭王の周囲で大量の煙幕弾が炸裂する。

 何が起こったのか理解できずに惑う馬頭王を、真っ白い煙が塗りつぶした。


「アイアン・チェイン、ネット!」


 空かさずにハガネは捕縛をかける。


 ハガネの主砲から、蜘蛛の巣様の鎖が発射された。

 佐介が、状況に応じて飛ばす物の形を自在に変えてくれる。

 ――金属質でできそうなものに限るけど。


 これで、先ほどハガネの逃げ場を奪った駅前通りのビルの峡谷は、今度は馬頭王の檻となってくれるはず。

 そして、鎖が伸び切ったところで“鎖をしている”佐介が叫んだ。


「絡んだぁ! 央介、かかれ!」


 ハガネは伸びた鎖を辿って煙幕の中を走り、闇雲のタックルを仕掛ける。

 手ごたえがあった。


 煙で姿は見えない。

 しかしハガネに組み付かれて身動きできるのは、同じ巨人だけ。

 手元の鎖を交えて、しっかりと組み付く。


 ――ぜえ、ぜえ、と、何かが聞こえた。

 掠れた、呼吸音。


 馬頭王は、思ったほど抵抗をしない。

 先ほどまでの身体能力からすれば、まだ抵抗できるはずなのに。

 何かが、おかしい。


 ぜえ、ぜえ、ひゅう、ひゅう、と、馬頭王の体全体に響く、痛々しい呼吸の音。

 次第に、馬頭王の体から力が失われ、同時にひび割れが走っていく。


 巨人に呼吸なんて必要ない。

 あるとすれば――


「――これは……、マズい勝ち方だったな……?」


 佐介が、僕の後悔を受けて、言葉を漏らした。

 そうだ。これは多分、“巨人に対してやってはいけない勝ち方”をした。


 馬頭王のひび割れから光る粒子が漏れ出る。

 それは全身に広がり、馬頭王の姿が崩れていく。

 巨人を構成するエネルギーの崩壊。


 煙幕が晴れた時、そこに立っていたのはハガネだけ。


《敵性巨人の崩壊を確認、作戦を回収段階へ移行する。……ハガネ、央介君。ご苦労様》


 司令官さんの淡々とした状況説明が通信に流れる。

 巨人が倒れる時に何が起こったかは、司令官さんも気付いているはず。

 そして、“それが何を起こすか”についても。


 夕闇が町を包んでいくと同時に、戦闘警報が解除され、街の武装状態が解除されていく。

 隔壁が降りて露わになったビルの窓ガラスに、ハガネの顔が反射して映り込む。


 ――ハガネの頬を伝う模様、青く光る筋は、誰かの流した涙の形に見えた。


 See you next episode!

 その時、ハガネは可憐な少女たちに取り囲まれていた!

 襲い掛かる幻惑の罠、紅利は意を決して央介を助けに向かう!

 次回、『人形の国のハガネ』

 君も、夢の力を信じて、DreamDrive!



 ##機密ファイル##

 国土防衛要塞化都市『神奈津川市』

 日本海から太平洋への路線と交差し、また日本の東と西を結んでいる国道99号線が、山間部を抜ける地点の地方都市、神奈津川市。


 過去、第三次大戦での大陸連邦の上陸侵攻戦の想定、及びリニアラインの防衛等の目的もあり、日本中部中央の要塞として、99号線沿いとリニアラインを中心として都市改造が行われた。

 実際のところ、第三次、第四次世界大戦においてはD兵器、E兵器の投入により、ここまで達する侵攻戦は発生せず、その後になっても日本各地の、特に海辺にある要塞都市と比較してやや軽く見られがち。


 市街地全体に基地機能、防衛機構が施されており、立ち並ぶ防衛塔は軍事ファンの定番観光地となっている。

 名物は栗のお菓子。

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