第十二話「ハガネ対クロガネ」5/6
=多々良 央介のお話=
「どうして!? アイツは閃光の中で、佐介の行動まで読めるの!?」
閃光の収まった国道上、クロガネはアイアンチェインを打ち払った手をひらひらと振って、からかう。
対して、佐介が吼える。
「央介の視界を使って、どう飛んでくるかを計算した。そうだろう、偽物ッ!」
「その通りだよ。偽物」
僕の、視界!?
そうか、それも僕の頭の中の情報なんだ!?
でも…でも、それじゃあ、ハガネは本当に打つ手が…!
何もできなくなって立ち尽くしてしまったハガネに、クロガネはゆっくりと歩み進んで近づいてきた。
その頭部、ハガネとは逆側についた主砲が向きを変え、僕より少し左側に狙いを付けた。
佐介を、狙っている。
撃たれると思った瞬間に、再びの閃光が周囲を覆う。
「央介君、しっかりしなさい! 今は戦闘中よ! 失敗しても失敗しても戦闘終了までは、行動を続けなさい!」
狭山隊長の声だった。
この閃光も、あの人が持っていた大砲から放たれたものかもしれない。
慌てて、ハガネの両腕を顔の前に構えて、相手の攻撃を防ぐ姿勢をとる。
クロガネの放ったアイアンカッターが、ハガネの腕に深く突き刺さり、何とか止まる。
痛みはあるけれど、耐えられないほどでは、ない。
次に通信から流れてきたのは、大神一佐の声。
《央介君、私がRBシステムの無制限解放を行う! 周囲のDマテリアルをガラス類もろとも粉砕してしまえば、最低限相手の巨人状態は解除されるはずだ!》
RBシステム、以前にDマテリアルを砕いた音波の兵器。
でも、無制限解放って――
《一佐! それは国際法に抵触します! 法律上は緊急避難としても有罪は免れません!!》
《対音波シールドされているのは佐介の頭脳部だけです! こちらもDドライブが壊れて、ハガネを失ってしまいますよ!》
《他に方法があるなら、何でも発案してくれ! このままでは我々は巨人への対抗策を失う、という状態に追い込まれるのだ! 10秒以内に案がなければ実行に移る!》
それだと、佐介と偽物の一騎討ちになってしまうのだろうか?
そうなると、僕には、もう何もできることが――
「いや、方法ならまだあるぜ…!」
――佐介の、声。
「央介! それに大神一佐! 失敗した原因はわかってるんだ! それだけ潰せばいい。そうだろ!?」
《原因!? 央介君の思考や知覚だろう!? だが、央介君が攻撃に参加できない状態では、巨人同士の戦いは不可能だ!》
「いいや、この町にきて、初めて戦った巨人、どうやって倒したか覚えてるだろ!?」
あれは、確か、馬型の巨人で、煙幕で相手の視界を封じて、それからアイアンチェインを絡みつけて…。
…そうか! 鎖の手探りで無理やりしがみついたんだった。
「央介が相手を見られない状態。目を瞑って、攻撃のタイミングが分からない状態なら、対応はできないはずだ! そーだろ、偽物ォ!?」
「…やりたければ、やってみろよ。無駄なおしゃべりしか能がないのか?」
まだ、偽物の方は馬鹿にしたような口ぶりは変えていない。
それが、弱点を突かれることへの虚勢だと思いたい。
でも、それとも、この攻撃にも対応できる自信を持っていたら、どうすればいいのだろう…?
《はずだ、で行動するのは嫌いなのだがな…。だがしかし…それに頼るほかない! 再度、音響閃光弾用意! 間を置かずに発射し続けろ!》
「アイアンチェインを手掛かりに、タックルで組付け! 央介!」
三度、閃光が周囲全てを真っ白く染めた。
しかし今度はその閃光が止むことは無い。
明るい世界のなかで、僕は目を瞑って暗闇の戦いを始める。
《アイアン・チェインッ!》
「ぐっ…!」
少し長く時間差があって、佐介が攻撃したのがわかった。
同時に聞こえたのは、偽物の呻き。
《絡んだ! 央介! 手元に鎖を渡すからそのままいけぇ!》
上向きにしたハガネの手のひらに、鎖の感覚が落ちてきた。
それを握りしめ、手繰り、盲目のダッシュ。
相手との距離は、わからない!
《今だ! しがみつけ!》
いきなりの佐介の言葉に、慌てて瞑った目の前にあるものに組み付いた。
目を開けると、白い閃光の中には全身に鎖が絡みついた、ハガネそっくりの、クロガネの体。
…ここから、どうしよう!?
「…わざわざ近くにきてくれて、ありがとう、央介。これなら、見えなくても――」
偽物の、声。
クロガネの頭部右側にある主砲が動いて、狙いをつけ始めた。
「――何処に偽物が居るか、簡単にわかるよなあッ!」
クロガネの主砲から螺旋が槍のように伸びる。
ハガネを避けさせようとしたが、間に合わない。
それは、ハガネの頭部左側、佐介自身である主砲の位置を貫いていった。
「偽物ぉ、殺ったあ!」
「しまっ…、佐介っ…!?」
時間が、凍る。
失敗した。
失敗して、僕は、僕を護ってくれていた相棒を、失ってしまった。
どうすれば。
僕は、どうすれば――
《――へえ? じゃあ、ここに居るのは誰なんだろうな?》
「何ッ…!?」
二つの、佐介の声。
《ごめん、央介。オレ、お前を騙して利用しちまったよ…》
よく聞けば、佐介の声がしているのは胸元の通信機。
それに、出元である主砲が破壊されたはずなのに、アイアンチェインはクロガネを縛ったままだ。
そして、目潰しのための閃光が消えて、気付く。
ハガネの体に走っている青い発光線がなくなっている。
今のハガネは、佐介と融合した夢幻巨人じゃあ、ない。
《…よう、偽物。やっぱり、オレを狙ってきたな? 央介から離れない、そう思ったんだろう?》
やっと、何が起こったかわかった。
僕が目を瞑ってる間に、佐介はハガネから分離して、クロガネに飛びついて“アイアンチェインになった”んだ。
《ハガネからエネルギー供給できていない状態だと、アイアンチェインといってもほとんど耐久力のないハリボテ。でもコイツ、偽物はわざと捕まったままでいる》
それは多分、目が見えなくても、偽物が狙っている佐介、主砲を頭に付けたままのハガネが、自分から近づいてくるのを待てばいい、から。
でも、要するにこれって、僕が囮に…。
「おまえ…、おまえぇーっ!!! 央介を…、央介を、一人で戦わせたなぁーっ!!?」
偽物――、佑介が、普段の佐介からは聞いたこともないような、怒りの声をあげた。
ハガネにしがみつかれたクロガネは、その体に巻き付いた鎖を引き千切ろうと、暴れ始める。
全力でその動きを抑え込んでいると、とげとげしい佐介の煽りの言葉。
《おまえが、央介に依存しすぎなんだよ。ポンコツロボット!》
クロガネを抑え込むので精一杯のハガネには、これ以上の行動ができない。
それに、このままではアイアンチェイン、佐介が千切れてしまう!
「佐介! 無茶だ! その状態じゃあ、パワー負けしちゃう!」
《佐介君、バイタルサインが心停止を起こしています! あなた、大丈夫!?》
不穏な言葉が、司令部からの通信で舞い込んできた。
心停止? 佐介が!?
考える間もなく、右から、左から、同じ声が聞こえる。
《大丈夫だ、央介! いったんこいつから離れろ! オレでも少しだけなら時間を稼げる! その間にアイアンスピナーを叩きこめ!》
「で、でも!」
「死なば諸共か!? そいつは悪くない話だな、偽物!」
《生憎だな! ぶっ壊れるのはお前だけだ、偽物ぉっ!》
通信からは、父さんの声。
《央介! もう攻撃の機会を失うわけにはいかない! 佐介なら俺が修復できるから、今はこの一瞬に賭けろ!!》
もう、失敗できない。
一瞬で、僕だけで螺旋錘を作り出して、アイアンスピナーを放つ。
でも、出来なかったら――
《信じて、突っ込め央介! 捻じり、紡がれる芯!》
「ら、螺旋の中心の力…! でも、アイアンスピナーに佐介まで巻き込んじゃうよ!!」
ハガネはクロガネの拘束を解いて飛び退きながら、空中に螺旋を描く。
佐介にはギリギリに離れて欲しいと願ったけれど、返ってきたのは意外な言葉だった。
《そうだ、そのまま巻き込んでいい! 螺旋は貫く力だけじゃない! 紡ぎ、絡めとることだってできる!》
《え? あれ? スティール1のPSIエネルギー不安定化…!? それにこれは…補佐体、佐介君から…PSIエネルギー検出!?》
クロガネから離れて気付いた。
国道上に立つ相手の周りには、佐介が変化した鎖が長く伸びて、渦を描いて浮いていた。
「こ、この程度の鎖、クロガネなら千切れるはずなのに!! そ、それに…体が…寒い…!?
何か、焦り出した佑介の声が、聞こえる。
クロガネは鎖に縛られたままだけど、それが何時解かれるかわからない。
でも、それを気にする時間は残っていない。
今、僕が構えている鉄の螺旋と、クロガネを絡めとっている鎖の螺旋。
どういう効果を生むのかは、全くわからない。
でも、それを考える時間は残っていない。
「僕は、一点で…相手に穿つ! アイアン…!」
《ダブル!》
「…スピナァーッ!」
アイアンスピナーは、佐介の作り出したもう一つの螺旋渦に導かれて、鋭さを増して加速する。
そして、アイアン・ダブル・スピナーは、拘束されたクロガネを貫いた…。