第十二話「ハガネ対クロガネ」3/6
=多々良 佐介のお話=
“僕”は、出動要請がかかって、央介と一緒に準備をしていた。
今、軍はアイツを捕獲、できなければ軍とハガネの本気で戦える、国道までの追い立て作戦を行っているらしい。
今回は、規格外な偽物相手の戦いで、何が起こるかわからない。
だからきちんとバトルスーツも着用することになった。
銃弾を防ぐ、眩しさや爆音も防ぐ、宇宙服にもなる、という触れ込みのバトルスーツを着込みながら、思ったことをぼやく。
「こんなものなくても、攻撃なんか全部弾いちゃうか、もしくは…貫通されて致命傷なのにな」
「佐介の場合はそうでもさ。…あと、ちゃんと道具や装備を入れておくためのポケットとか、付いてるだろ?」
「ポケットね…、あっ!?」
「あっ?」
央介が、睨んでいる。
メインの胸元のポケットに入れる物が、ない。
「…ま、た、携帯忘れたとか言わないよね?」
「い、いや。今日はちゃんと、家から持ってきたぜ。さっき一緒に警報受け取っただろ?」
言い訳をしながら、携帯の経緯を思い出す。
そうだ、さっきの部屋、紅利さんの話を聞いていた談話室。
あそこの机の上に置いた、と思う。
要らないと思った物は、本当に思考から外してしまう癖を治したい。
そこも含めて、本当に僕は人工知能なのだろうか?
「…ごめん、取りに行ってくる」
「遅刻するなよ!? みんなに迷惑かかるからな!」
幸い、談話室まではそこまで遠くもなかったので、すぐに辿り着いて、タッチパネルを操作して扉を開く。
中には――
「あれ? …佐介くん、どうしたの? 変なカッコ…」
「紅利さん!? まだここにいたの!?」
「え、ええ。戦闘警報だから、無理に動き回るより軍の施設にいた方がいいよって、さっきの軍のお兄さんが。パパにもちゃんと電話したから…」
なるほど、確かに逃げるにしても地下基地と地下シェルターで、大きく変わりはないはずだ。
それはさておき、携帯は…、あった!
「それそれ。携帯忘れてたんだ」
「えー…」
紅利さんの、呆れ顔。
それもそうだ、忘れ物するロボットなんて聞いたこともない。
けれど――
「…ああ、その…偽物の佐介くんも、携帯忘れるって言ってた」
――紅利さんのその言葉に、携帯を手に取ったまま、僕は一瞬固まってしまった。
でも、それは…、多分。
「…きっとさ。最初から、携帯持ってないのをごまかすために、言った言葉じゃあないかな?」
「そうかも、しれないけど…。でも、央介くんの気持ちが分かるから、持たなくていい、でしょ?」
その、通りだった。
強がりの笑いを浮かべて、なんとか喋る。
「そういう所まで同じなんだな。あーあ、気持ち悪ぃ!」
紅利さんが、真っすぐな目で、僕の顔を見ていた。
そして、話を続ける。
「佐介くんと、向こうの佐介くんが同じものなら、…どうして戦うの?」
結構、痛い所を言われてしまった。
少し考えてから、たぶんこれだというのを答える。
「同じ物だから、むしろ自分の椅子を奪い合う、椅子取りゲーム、なんだと思う」
「…でも、それだったら、同じ力と同じ心で、ずっと勝負がつかないんじゃない? ずっと、傷つけあうの?」
傷つけあう。
ロボットみたいな物の僕に、ギガントで作られた化け物のアイツに、それが当てはまるかわからないけれど。
「…そうかもね。まあ、オレかアイツか、どこかが別になったら、終わる戦いかもしれない」
別になる。
それは、目的自体が変わった時か、あるいは、二度と取り戻せないほどに、状態が変わった時。
つまり、僕かアイツの、どちらかの機能が止まった時。
「…じゃあね! 紅利さん、けっこー急いでるんだ!」
「あ…、うん。…佐介くん、またね!」
僕は、紅利さんと再会を約束して、ドアの外に飛び出た。
そうだ、絶対に勝って、央介を護り続けるんだ。
集合場所は、もう現場の方になっている。
それも、携帯無しでわかるのだから、結局取りに行った意味はあったのだろうか?
「遅い!」
央介が両手を振り上げて怒っている。
こうならないように、いっそ携帯を内蔵式に改造してもらえないだろうか?
…いや、通信機器を内臓すると、不正操作の穴になるからダメだって言ってたっけ。
「今、狭山一尉が、偽物を国道の方に追い立てるって連絡があった。このエレベーターですぐ近くに上がれるって…」
「知ってる知ってる…。あ、でも央介、狭山隊長の変身した格好見たことないだろ!? カッコいいんだぜ?」
「え!? 何それ、知らない…!」
それはまあ、そうだ。
悪夢王に反撃されて、狭山一尉に助けてもらった時、央介は意識を失っていたのだから。
「後で、オレの記録映像を見せてやるさ」
「う、うん。…でも見ちゃって、いいのかな? 変身した姿とかって…」
「あー…、本人に聞いてみないとな。だから、助けに行こう!」
央介が、頷く。
二人で、エレベータに歩き進む。
装甲シャッターが閉まって、上昇が始まる。
多分、アイツはエレベータの前で待ち構えている。
央介がどう行動しているのか、わかるのだから。
上昇が止まった時、携帯から、大神一佐の通信。
《央介君、やはり巨人を止められるのは巨人だけのようだ! 最終確認だ、出動は可能か!?》
「はいっ!」
二人で、声を揃えて返事をする。
返事に合わせて、装甲シャッターが開き始め、外の雨音がエレベータの中まで響きだす。
目の前には、まっすぐ伸びた国道。
そして――
「やあ、偽物」
“もう一人の僕”がそこに居た。
雨に打たれながら、笑顔で。
「その胸糞悪い姿を消し飛ばしてやる…! 頼む、央介!」
「ああ! ギガントの怪物、僕はお前たちみたいな悪夢を、打ち砕く!」
二人で声を合わせて、巨人の発動コードを叫ぶ。
「Dream drive! ハガネ!」
光の中からハガネが出現し、央介は金属色の巨大な鎧兜に包まれていく。
僕は、ハガネの体に手を当て、その中に溶け込む。
僕は、央介の鎧、央介の盾、央介の剣。
ハガネのエネルギーを制御して、世界で一番大切な人を護る。
その為だけに作られたのだから。
夢幻巨人ハガネが、国道に立つ。
目の前にいるのは、小柄な影が一つ。
《央介、気を付けろ! さっきからそいつの、佑介のPSIエネルギーの出力量がおかしい! まるで巨人一体に匹敵するような…》
父さんの警告を聞きながら、央介が操るハガネは、一歩進み出て、その少年を右手で掴む。
自分と全く同じ姿のそれを見ていても、あまりいい気分はしない。
このまま、握り潰してしまえば――
「ふ…! あは…! あはははははははは!!」
急に笑い出した声は、僕たちと全く同じ声。
もう、逃げ場もなくなったもう一人の僕は、狂ったように笑い続ける。
「はは…。このまま、潰してくれればよかったのにさ…。オレを潰したら、隣にいる奴まで居なくなるって迷うんだ、央介?」
央介は、可能なら捕獲という命令と、ギガントへの敵意からの破壊、その間で、迷っていた。
その中には、目の前の僕が言った通りの気持ちも、混ざっていた。
嫌な予感がする。
僕なら、この状況で、手段がないなら、央介の意志があるなら、無駄に喋らず、結末を受け入れる。
僕は、何かの決断を迫っている。
説明する時間は、ない。
ハガネの、こいつを握っている右手だけでも制御権を、早く握り潰してしまえば、なんとか――
「父さん、最悪のケースで大当たりだよ!」
もう一人の僕が、時間切れを告げる。
すぐにハガネの手の隙間から、右手を引っ張り出した。
ぶら下がっていたのは、赤い輝き。
赤い、Dドライブ。
「Dummy drive! 名前は、そう――」
佑介は、紅利さんが付けてくれた名前を、はっきりと宣言する。
「――クロガネ」
赤と黒の輝きが、ハガネの右手を弾き飛ばした。
慌てて、金属の盾を何枚もハガネの前に創り、追撃の可能性から、央介を護る。
しかし、追撃は、こない。
盾を、ほどく。
その向こうにいたのは、大きな黒い影。
それは、ハガネの鏡映し。
はっきり違うのは、体に脈打つ光の筋が、赤。
悪の、夢幻の、巨人。
――クロガネ。