第十二話「ハガネ対クロガネ」2/6
=みんなのたたかいのお話=
《対象は、市内XXXX町XX番地のXX! 多々良博士宅付近! 戦車隊、無人戦車から付近へ配備を!》
《歩兵部隊による通常弾の銃撃、スティール1に効果なし。続き、対物ライフル、徹甲弾を…ええ、硬芯徹甲弾で。市内なので炸薬を含むものや榴弾は…》
《現在、テロ警報で付近住民の避難誘導を行っています。避難完了の確認次第、隔壁の完全展開を行います》
雨の、何の変哲もない住宅街。
兵士たちは、重武装に身を包み、一人の少年相手に銃撃を加え続ける。
「気分が…気分が悪い! 子供相手ってのが…!」
「無駄口叩くな! ありゃ銃も効かない怪物だ! …少し距離取れ、後方二点から対物射撃来るぞ! 5! 3、2、1…!」
少年の顔面と、胴体で、彼の体を千切るほどの大きな火花が散り、一瞬遅れて超音速の徹甲弾が作った衝撃波が辺りを揺るがした。
徹甲弾の部品が、金屑が飛び散り、銃撃を受けた少年の姿を覆い隠す。
「やったか!?」
兵士の一人が衝撃波にすくめた首を伸ばしながら、相手の方を窺う。
だが――
《――光学センサーで対象の残存を確認! 効いていません! ただ、先ほどからセンサー類で対象を補足可能!》
《ただ今の攻撃で、巨人特性防御に含まれない、擬装用の装備が破壊されたものと考えられます。 通常戦力による攻撃の続行を》
少年は、身に着けていた物が襤褸になってしまったのを確認すると、それを引きはがし、素肌を晒す。
しかし、ただ裸になったのでなく、その肌から次々と連なった金属質の板を生み出し、魚鱗甲のように身に纏った。
《歩兵隊、指定ラインまで後退してください。付近の避難が完了したため、戦車隊が前衛を引き継ぎます》
「言われなくてもあんな怪物、もう相手にしたくねえよ! 全員、後退! 後退ぃー!!」
兵士たちは各々に後退の号令をあげ、背後に現れていた戦車とすれ違うように動き出す。
前面に現れたのは、長大なリニアレールの砲身をギラつかせる、主力戦車。
少し遅れて、少年を挟んだ反対側の道路にも、同じ姿が現れた。
それらが少年一人に全武装を向けているのは、外見だけでいえば滑稽ですらあったが――
《補佐体、佐介君。こちらは都市自衛軍、作戦指揮の大神ハチ一佐。先に攻撃した非礼を詫びる。住民避難までの時間稼ぎ、偽装装備の排除などが理由だ》
戦車に備え付けられた拡声器から、通信の音声が流れだす。
《その上で問う。国際犯罪結社ギガントとしての破壊活動を中止、降伏の意志はあるか》
それを聞いて、少年は雨の中、少し悩むように頭を掻く。
掻いたあと、腕に付いた雨粒を振り払って、姿勢を正し、踵を揃えて敬礼をして見せる。
笑顔を浮かべて、答える。
「都市自衛軍の皆さん。お疲れ様です!」
一瞬の後、佑介の姿は戦車の砲身の先には居なくなっていた。
遠方のドローンカメラが、長く伸びた彼の片足、そしてそこから伸びて推進力を生みだした金属の突起を映していた。
後方の戦車のカメラが、彼の右腕から伸びた、金属の刃を映していた。
「でも、ここはオレ達家族の新居なんだ。近所で、そんな物騒な大砲向けて欲しくないなぁ!」
佑介の腕の刃は、一度空中を薙いで勢いを付けた後、最前列の戦車を串刺しにした。
戦車の中身を大きくえぐるように刃を動かした後、佑介は呆れたような顔を浮かべる
「無人戦車…大神一佐もバカだなぁ。PSIエネルギーの乗ってない攻撃なんてオレに効かないのにさぁ!」
《全、都市防衛部隊! 戦闘再開せよ!》
1台目の戦車を切り刻んだ佑介は、後方にいた2台目の戦車へ飛びかかる。
直前、その戦車の迎撃システムは即時、空中の佑介へ機銃掃射、続いて主砲での砲撃を行った。
行った、はずだった。
その弾道に、佑介が左手から作り出した2本目の刃が配置されていなければ。
機銃の弾丸が弾かれ、徹甲弾が切り裂かれ、次に同じ刃で砲身が切り裂かれ、そのまま戦車全体が真っ二つ。
2台目の戦車の後ろに降り立った佑介は、両手の刃で3台目の戦車を挟み切る。
並んでいた戦車が撃破され、その後方にいた兵隊たちが、対応不能な怪物に銃を向けながら、後退を続ける。
その時、佑介は見た、遠くの防衛塔が自身に向けていた砲の砲煙を。
一瞬遅れて、強烈な閃光と轟音が彼を包んだ。
対車両部隊用の音響閃光弾が炸裂したのだ。
眩惑で、佑介の反応が一瞬遅れた。
だが“次の攻撃”を防ぐのには間に合っていた。
両腕から生やした刃を交差させて、首を防御。
その刃に食い付いていたのは、上下二段、軍用の大型ナイフ。
2本のナイフの向こうにあった顔は、少年も見慣れて、信頼していた人物。
Eエンハンサーの狭山一尉。
人としての姿を捨てた狭山一尉が両腕に構えたナイフには血霧が纏い付き、禍々しい輝きを発していた。
それは呪怨破壊、ありとあらゆる物質を呪い殺して破壊するEエンハンサーの攻撃。
しかし、巨人とはPSIエネルギーとD領域からなるもの。
言い換えれば精神力を異空間で覆ったもの。
“何もない場所”は呪怨であっても破壊しようがなく、侵入もできないようだった。
結果、攻撃の精神力と防御の精神力がぶつかり合うのみ。
だから、首を斬り飛ばそうとしたそれは、防げた。
しかし、佑介の考えは少し甘かった。
人間としての常識に囚われて、両腕2本のナイフが全てだと。
狭山一尉が猿のEエンハンサーということを考えてはいなかった。
狭山一尉が、両足と長い尾に構えていたナイフの3連撃が、佑介を襲った。
背中、脇腹、太腿を狙った3連の突き刺しは、不意の状態だった太腿に突き刺さる。
しかし、それ以外は佑介が纏っていた魚鱗甲に阻まれ、砕け折れた。
攻撃大半の失敗を悟って飛び退いた狭山一尉は、既に新たなナイフを両足と尾で抜き放っていた。
佑介は、興味深げに、太腿に残ったナイフを引き抜き、自身の血に塗れた刀身を眺める。
流血の傷口の周りには新たに装甲が生え始め、更に全身を補強していく。
同じ攻撃は、もはや通用しないだろう。
「五刀流…。凄いね、狭山隊長さん。Eエンハンサーの攻撃はちゃんとPSIエネルギーが乗るんだな…」
雨の中、狭山一尉の口から、白く曇った呼気が漏れる。
続いて、言葉も。
「佐介君、どうしてあなたみたいな子が? いつも央介君を守ろうとしてきたでしょう!?」
「普通なら絶対死ぬような攻撃しておいて、それを言うの?」
「…そうね。軍人だから、あなたが止まらない限り、作戦を続けるわ」
佑介はため息と同時に、手に取っていたナイフを投げ捨てる。
そして、狭山一尉に向かって、行動の理由を語り掛ける。
「気持ち悪いと思わない? 自分と同じ顔をしたのが、自分の家にいて、自分の家族は何の疑いもなくそいつと暮らしてる…」
狭山一尉には、佑介の言葉と同時に、インカムに流れる通信音声には次の攻撃プランが聞こえ続ける。
そのどちらも、聞き逃さない。
「だから、そいつを…そいつだけを、ぶち殺すまでは、止まらない」
「止まりなさい…! 怪物になりたくなかったら!」
狭山一尉は、両手に握ったナイフで半人半獣と化した体への自傷を行い、再度呪怨による攻撃を狙う。
対する佑介は、首を傾げて続けた。
「ざんねん…。オレは、止まらないぃぃ!!!」
次の瞬間、狭山一尉からは、佑介が爆発したように見えた。
あながち間違いでもなく、佑介を中心として多くのものが飛び散ったのだ。
それらは金属質の様々な物体、アイアンチェインやアイアンカッターといった、攻撃エネルギーの塊だった。
太いアイアンチェインの枷が、狭山一尉の体にも降り注ぎ、彼女の体を背後、国道にまで吹き飛ばす。
勢いを失わなかった鎖は、そのまま地面に食い込み、絡めとられたままの狭山一尉もまた、磔とされてしまった。
作戦の修正案がインカムを通じて聞こえるが、まずは抜け出さなくては。
狭山一尉は焦る。
既に対象、佑介は国道上の移動を開始している。
その先に配備されるのは――
彼女は、唯一自由な腕にナイフを握りしめ、拘束された体に刃をあてがう。
Eエンハンサーの不死身の体、脱出のために多少切り刻んだ所で。
《狭山一尉!! そこまでだ!》
司令室で、通信回線に吼えたのは大神一佐。
かなりの声量だったので、周囲の士官やオペレーターは思わず息も止めた。
直後、大神のため息一つと同時に、司令室は通常の状態を取り戻す。
「狭山一尉、よく相手を国道まで引き出してくれた…。ハガネが、準備できた。君は、工兵隊が救助に回るので、それまで待機だ。」
《え、L1了解…。待機、します》
と、そこで一度終えた狭山一尉からの通信回線のゲージが、特定のタイミングで瞬く。
秘匿通信希望のサイン。
大神は、スイッチを切り替え、再度受信する。
《大神一佐。作戦外の感情を、吐かせてください…。央介君達と、もう一人の佐介君を、戦わせたくは、ありませんでした…! …以上です!》
「…ああ、そうだな」
通信を受けた大神も、やり場のない感情を込めて、呟く。
「多々良博士…、改めて恐ろしい兵器を作ったものだ…。いや、それを悪用したギガントか。それとも…」
大神が覗き込んだ指令用のモニターには、二人の子供が映っている。
その片方は、今、都市の最大戦力を無効化したものと、全く同じ存在。
大神は、感情を押し殺して、通信回線のスイッチを入れ、少年たちに命令を下す。
「央介君、やはり巨人を止められるのは巨人だけのようだ! 最終確認だ、出動は可能か!?」
《はいっ!》
二人の子供の、揃った返事が、司令室に響いた。