第十二話「ハガネ対クロガネ」1/6
=珠川 紅利のお話=
ざあざあと長く降り続く雨。
そろそろ梅雨も終わりの頃なのに。
そんな雨からは遠ざかって、地下の軍隊の基地。
私は、タッチパネルで認証を受けて、部屋の扉を開ける。
「おはようございます」
「おはよう、紅利さん」
中で待っていたのは、央介くんと、佐介くん。
それと、彼らのお父さんの多々良博士。
軍隊の人も、一人。
三日前の、学校での巨人との戦い。
その時に現れた、佐介くんの偽物。
彼を逃がさないために、街ではたくさんの防壁が道を塞ぎ、大勢の兵隊さんが雨の中を走り回っている。
私が、ここ――軍の施設に呼ばれたのも、彼に関する事の聞き取りの続きだった。
「それじゃあ、珠川紅利さん。何度も同じような話をさせて申し訳ないけれど、偽物の補佐体、佐介くんについてのお話、いいかな?」
軍隊の男の人が、優しげに話を始める。
私も、「はい」とすぐに答える。
それでも、前の日、その前の日も彼と一緒に学校を走り回ったことは説明したのだけれど…。
「偽物、偽佐介、今日からは専用のコードで『スティール1』とも呼ばれるけれど…最後にユウスケと名乗っていたらしいね?」
「オレが佐介だからって佑介とか、安直もいい所だ」
佐介くんがとげとげした感じに呟く一方で、多々良博士から、新しい言葉が出てきた
スティール1。
彼は佑介、スティール1。
「それでも彼は、その、私が佐介くんと呼んでも、変な動きをしたようには思えませんでした」
「うん…。僕は、佑介は記憶含めての完全な佐介のコピーではないか、と考えている。本当に立ち位置だけの問題だね」
央介くんのお父さんが言う“立ち位置”…、央介くんの傍にいるか、ギガントの側にいるか。
それだけで、巨人を呼び出して、央介くんと戦う。
そんなことになってしまうのだろうか?
「スティールって、英語で鋼のこと、だよね? 偽のハガネだから?」
横から、央介くんが気になったらしいことを尋ねる。
「ああ…、確かに音は同じなんだがな。盗む、って意味の言葉なんだ。盗まれただとストールンなんだが、そっちは機器用語で聞き間違えがあるから、スティール」
多々良博士は、長い腕を伸ばして、頭を掻きながら、答えた。
央介くんは、少し恥ずかしそうに縮まってしまった。
「央介、そういう間違い結構やるよな?」
いきなり、佐介くんが横から切り出して、央介くんをつつく。
「巨人だって正確には虚構領域、神経波投影像を、父さん達が略してキョシンキョシン言ってたのを聞いて巨人だって勘違いしたんだぜ?」
「えっ? 巨人じゃなかったの?」
何か、冗談みたいな間違い。
央介くんって、割とかわいい?
そんな央介くんが、恥ずかしさに顔を染めて、答える。
「う、うん…。最初はテーブルの上の大きな機械に手を入れると、別の所からも影みたいな手が生えてくる、みたいな機械で、でも巨人じゃないから、おかしいなって思ってたけど…」
あ、央介くんの頭を掻く動き。
多々良博士とおんなじだ。
傍らで佐介くんが、更にそのお話を続ける。
「で、央介が巨人だって思い込んでたから、公園で本格的な出現実験をした時、本当に巨人が出てきちゃった。笑えるだろ?」
「やめてよそれ、本当に恥ずかしいんだから…」
央介くんは、小柄だけど格好良くて、それと辛いことを抱えているヒーローだと思っていた。
けれど、こういう所を見ると同い年の男の子だと納得できて、思わずくすりと笑いがこぼれてしまった。
いや、くすりどころではなく、結構笑いが止まらなくなってきた。
央介くんは佐介くんの襟をつかんでぐわんぐわんと揺さぶっている。
それがまたおかしくて。
「…その実験が相当目立ってね。それ以来は、子供達がそういうものが居るっていう思い込みの影響を受けたのか、出てくる巨人は大体大型になった」
多々良博士が騒々しくなってしまったお話を締めくくる。
なるほど、それで巨人というものが生まれてしまった。
央介くんが、巨人の事で深刻になるのは、そのことを責任に思っているからなのだろうか。
…あれ?そうなると――
「でも、それを知らない私たちの方でも巨人は大きくて――」
そこまで言って、私に思い当たることがあった。
あってしまった。
「――私が攫われた事件で、ハガネが戦ったから…」
「紅利さんは、悪くないよ! ギガントの連中が暴れたんだから!」
央介くんがいきなり。
私を、気遣ってくれた、のだと思う。
それに続けて佐介くんも喋り出す。
「そもそも巨人が小さかったら、物陰まで探して見つけなきゃいけないから、大きい方が助かってる気もするなー」
これは央介くんや私への気遣いなのか、本当に事実を言っているのかちょっとわからないけれど。
「そして今、実際に人間サイズの巨人、佑介が見つからない状態ですからね」
軍隊の人が、脱線に脱線を重ねた話を、元の場所に戻してくれた。
「ギガント製の隠蔽装置をいくつも装備しているとなると、我々の監視機器は役に立たないでしょう。なので少しでもヒントが欲しい」
ヒント…ヒントになりそうなこと…。
何かあったかな?
割と彼は…何かと喋っていた、ような。
「佐介くん…じゃなくて佑介くんは…、独り言が多かった、かな」
「それは、オレの癖だな。央介の考えてることはオレには伝わるけど、逆は無理。だから考えてることをなるべく喋るようにしてる」
ああ、そういう理由があったの。
納得する私の一方で、央介くんが佐介くんに向かって聞き直す。
「本当に? なんか時々嘘とか言うのに?」
「戦略的に不都合なことがあれば嘘も言うし、言わないこともある!」
「作った俺が管理に困るようなことはしないでくれよ、佐介…」
多々良博士が、大きなため息。
やっぱり、佐介くんはロボットという枠ではないのかも。
何より、感情豊かで…あっ。
「そう言えば、佑介くんは妙に落ち込んだり、逆に、央介くんの考えてることを伝えるときは、嬉しそうでした」
「うえー、気っ持ち悪いなー。自分の気持ちを再現されるとか、恥ずかしさで頭抱えそうだ」
佐介くんのその話を受けて、央介くんがお前がそれを言うのか、という様子で睨んでる。
だんだん漫才っぽくなってない? 二人とも。
それは、それとして――
「――少なくとも、私の傍に居た時は、ずっと私を守ってくれて…。央介くんが私を…、それを願っているからって」
多分、私を守ってくれていた時の彼の行動に、嘘は無かったと思う。
そこだけは、コピーでも佐介くんとして行動し続けていた、そうはならないだろうか?
「それだけ狡賢いってことさ、戦いになったら人質に使うつもりだったのかもしれない」
同じ姿の佐介くんが、刺々しい話し方をする。
気持ち悪い、というのは本音なのかもしれない。
「紅利さんもそうだし、ある意味、巨人を人質にとられたみたいな状態だった。他人の巨人操って戦わせるなんて…」
央介くんが、呟く。
結構、怒ってる感じがする。
そこに続くのは、やっぱり佐介くんの野次。
「それでも戦いの最後に、巨人を操り切れなくて逆ギレしてたけどな。ざまあみろ」
「そこは流石に、巨人は他人からそのまま飛び出た精神だからな。攻撃とかにアクセルやブレーキといった誘導をできても、本質的な部分にまでは干渉できないんだと思う」
これは、多々良博士の、難しい話。
「それこそ、悪いハガネ。ブラックハガネでも持ち出してこなければ、巨人が止めてくれるかもしれない、か」
これは、央介くんの、思い付きの話、だと思うんだけど――
「ブラックハガネ…」
「ブラックハガネ…!」
「ブラックハガネ…?」
私と、軍隊の人と、多々良博士が、思わず微妙な反応を返してしまった。
央介くんは何か変な事を言ったかな、というようにきょろきょろしだす。
「…う、うん。もう少しネーミングセンスが欲しいところだな。それに、央介が居ない状態でハガネを作り出せるとは…」
多々良博士は、頭を抱えながら、何か考えを巡らせ始めた。
確かに、ブラックハガネは…。
「その、クロハガネとか…クロガネとかの方が、格好良くない?」
そうやって、私も央介くんに提案してみるけれど――
「敵にカッコいい名前なんかつけなくていーよ!」
――佐介くんが、ぴしゃり。
それは、そうかもしれない。
「…いや、最悪のケースは考えておくべきか…。ギガント側の独自研究の方が我々より進んでいるとすれば…」
あちらこちらでみんなが喋る中で、多々良博士の、大きな独り言。
――最悪のケース。
それは多分、佑介くんの、黒いハガネ。
私がそこまで考えた瞬間、多々良博士、軍隊の人、央介くん、佐介くんの携帯が、揃ってけたたましい警報音をあげた。
《関係者各位へ通達! スティール1発見! 繰り返す! スティール1発見!》
佐介くんだった佑介くんが、ついに見つかったらしい。
部屋にいる私以外の人は、みんな一斉に立ち上がって、準備を始める。
戦いになってしまうとしたら、どうか、央介くんが、怪我をしませんように。
――それに、佐介くんも。