第十一話「空間湾曲!分かたれた二人」5/5
=多々良 央介のお話=
校庭に立つハガネは、主砲を構築王の腕に向ける。
狙いは、その腕を構成していて、空間組み換えを行っているらしい“墨壺”。
絡めとるために、少し狙いをずらして、鎖を投げかけるように。
「アイアン・チェイン!」
放たれた鎖の束は、構築王に向かって飛んで――
――しかし、それらの鎖は、相手側から飛んできた鎖に撃ち落とされ、絡み付かれて、狙った目標には届かなかった。
「クソっ! アイツ的確にこっちの邪魔してきやがる!」
「僕が狙うと、その位置がバレちゃうんだ! 佐介、照準の一切は任せる!」
“佑介”と名乗ったアイツは、佐介の機能も真似ているらしい。
とすれば、佐介同様に僕の考えは筒抜けだ。
「最低最悪の敵だぜ!」
佐介が、いつも以上に口が悪いのは気のせいではないと思う。
今までのギガントの工作以上に、許せない相手。
構築王が、墨壺の仕込まれた左腕を持ち上げて、構えた。
これは…間に合わない!
慌てて、ハガネを真横に跳ばせて、放たれた紐の周囲から離れる。
次の瞬間には、目の前にいた構築王が消え、背後から鎖の束が飛来するのが視界の端に入る。
「移動先が分かっていりゃあな!」
僕が、ハガネが振り向いた瞬間には、佐介が独自に行動していた。
ハガネの主砲からアイアンチェインを放って迎撃に成功し、被害は無し。
構築王はそれを見てからやっと墨壺を構えなおしている。
この巨人、少し反応が遅い?
でも――
「それなら、届くっ!!」
墨壺の狙った射線上に、ハガネの腕を突っ込んで、わずかに遅れて発射された紐先端の針を受け止める。
空間組み換えの破裂音は、しない。
これで阻止、できたのだろうか?
そう思った瞬間、構築王の首筋にいる佑介から、大量の鎖が吹き出た。
偽物のアイアンチェインが、ハガネの体に絡みつく。
絡まった鎖にハガネの動きがもたついたところへ、構築王は槌で追撃を狙う。
「アイアン、カッター!」
佐介の叫びと共にハガネの主砲から飛び出たのは、大きくてギザギザの円盤ノコギリ。
それは、偽アイアンチェインの幾本かを断ち切って、地面に突き刺さり、そして空気に溶けるように消える。
鎖の束縛が断たれて身動きできるようになったハガネを飛び退かせると、目の前を槌のフルスイングが薙いでいった。
あぶない、ところだった…!
「切断に特化させりゃ、チェインなんて切れるんだよ!」
「助かったよ、佐介! でも、こんな技を隠してたの!?」
佐介に問いかけつつ、残った鎖を振り払う。
気付くと、手に握っていた構築王の紐も、同時に切断されていた。
佐介が焦った声を上げる。
「やべっ…巨人まで切っちまった…」
それで、この技を佐介が今まで使わなかった理由がわかった。
威力はあっても、相手の巨人や町を傷つけないようにしてくれていたんだ。
《補佐体…佐介、高威力の攻撃は事前に公開と登録、という決まりだが?》
「使う予定なかったからさぁ! でも、相手は多分無関係に使ってくるぞ!」」
「気を付ける!」
大神一佐とやり取りをしながら、構築王からの追撃を警戒し、構えなおす。
しかし、その構築王は、自慢の武器の槌を取り落し、自身の左腕を庇うような姿勢のまま、動かない。
庇っている部分は、“墨壺”。
その切断した紐を巻き取る部分。
「…やらかした、かな」
佐介が、後悔を呟く。
一方で、動かない構築王の首元、佑介からアイアンチェイン、続いてさっきのアイアンカッターが乱射される。
しかしそれらは構築王自身の体が邪魔になり、大きな死角を生じていたため、避けるのは容易だった。
空間組み換えを止めたとしても、さっきまでの隙間のない攻撃とは様子が違う。
「なんか、変だ!? 偽物しか攻撃してこねぇ!」
《構築王が動かない…? いや、動かせないのか!?》
「どういうこと、父さん!?」
僕は、父さんへの疑問を投げかける一方で、ハガネを相手の死角に隠す。
そのまま取り出したアイアンロッドで、鞭なりに死角を打ち据えにくるアイアンチェインだけを打ち落として凌ぐ。
《おそらくだが、コピー体による巨人支配はそこまで強力なものでないのかもしれない。巨人自体が戦意喪失したら、制御できなくなる程度には》
「それで、時間稼ぎに無暗な攻撃してきた、と…。雑っ魚! アイツ雑魚いぞ!!」
――佐介の口が、悪い。
直後に、一際多くのアイアンチェインが飛んできたけれど、狙いも何もかも雑。
佐介の挑発に、偽物が反応したのだろうか?
でも、実質決着がついているなら、後は巨人自体を消滅させるだけ。
「佐介! アイアンスピナーの準備を!」
「偽物ごとぶち抜くさ!」
生成されていく螺旋錐を振り回して、偽物のアイアンチェインを打ち払いながら、狙いを定める。
「僕は…悪意の偽物を、打ち砕く! アイアンスピナーを放ちます!」
《了解、アイアン・スピナーの攻撃範囲に友軍無…きゃっ!?》
突然だった。
構築王が強烈な閃光に包まれて、一瞬アイアンスピナーの発動が遅れる。
それでも、回転する螺旋錐は、構築王を貫いた。
腕を庇う姿勢のまま、貫通痕から分解していく、構築王。
「偽物は!?」
「…多分さっきの閃光に紛れて、逃げたな。そういう装備でも持ってたんだろう」
《付近に非常線を敷け! 相手がギガントの技術と言えど、人海戦術なら可能性はある!!》
大神一佐が檄を飛ばし、偽物の対策に軍が動き出す、騒がしい気配。
ハガネは――僕は、構築王の最後のひとかけらが光になっていくのを見ていた。
空間の組み換えに使っていたのは、大工道具。
多分、大工さんの子供の、加賀くんから生まれた巨人だったのだろう。
朝のひと騒ぎからすれば、彼はケンカは嫌いだという話だった。
自分の巨人に持たせるほど大事な道具を壊されても、そこで戦いを止めるぐらいに。
彼の夢に、傷が残っていなければいいのだけれど…。
沈んだ気持ちに追い打ちをかけるように、雨粒が一粒、また一粒とハガネの表面に落ちてきた。
梅雨の、暗い長雨がしばらく続くことを、携帯の天気予報が表示していた。
=どこかだれかのお話=
「おはよう」
雨の日の、学校の教室。
自分の席で、朝の準備をしていた光本の目の前にいきなり姿を現したのは、加賀。
「お、おう…。なんだよ、お前から挨拶って、気持ち悪いな」
「今日は、用事があるからな」
「…用事ってなんだよいきなり」
ぼやく光本の机に、加賀が持ってきた箱を置く。
箱の中から取り出されたのは、木彫の、鶴。
二羽の鶴が地に足を付け、翼を高く広げていて、その二羽の翼の頂点で、もう一羽が空を飛ぶ姿で支えられていた。
「…おい、なんだよこれは」
「鶴だ」
「鶴だ…。じゃねえよ! 三羽なら二羽の俺より凄いって言いたいのか!?」
怒りに火が付いた光本の前で、加賀は頭に手をやりながら、苦手な言葉を紡ぎ出す。
「いや…、最初の鶴の時に、計算したモデルから、更にこれぐらいまで拡張できる、そう考えて作っていた」
言われて、光本は木彫と加賀の顔を交互に見る。
見る限り、それは手彫りで、後から継ぎ足した部品の様子もない。
一朝一夕で用意できるものではないことを、光本は理解してしまった。
そして、自身の発想の中に、鶴を空に飛ばす形の考えが全くなかったことも。
「う…ぐ…、ホントに嫌な奴オブジイヤーだな、お前…」
「そうか。悪かった」
謝罪までもが、気に食わなかった。
それでも、光本の怒りの燃料が尽きる。
これ以上は、光本にとっても言い掛かりになって、嫌な奴になるだろうことに気付いたからだった。
「わかったよ。お前がそういう奴だってのを考えずに怒るのが馬鹿臭くなったよ…、って人の話を聞けよ!」
折角、歩み寄ろうとした加賀が、自分に関心なく教室を見回しているのは、流石に新しい燃料になった。
席から立ち上がって、肩口に食い付き、怒鳴る。
加賀も振り返って、応える。
「…重ねて、悪かった。この間の時、多々良兄弟がガラス像に関心持っていたから、今回の木像はどうかと聞きたかったんだが…」
「あー!? …あー、なんか来てないな? 昨日の巨人騒動に巻き込まれてたから、カウンセリング受けてるんじゃねーのか?」
♪傷ついた欠片をー、拾い集めようー
加賀に釣られて、光本が見回した教室の片隅で、少女が身振りをしながらスローテンポに歌う。
彼女は、巨人が作った海に沈められて以来、声が出なくなったという、カウンセリングを受けている筆頭。
しかし、そんなことも気にならないのか、毎日楽し気に登校して来て、歌っている。
「…なんか、町全体がやたら物々しいしよ。雨の中なのにいろんな所に兵隊が立ってて、子供に声かけて回ってる。学校に巨人が出りゃそうもなるか」
光本はそう言うと、鼻息一つ。
やっと見回しを終えた加賀がそれに続く。
「他は…紅利さんも、か? …巨人は、みんな、怖いのだろうな」
「お前みたいな唐変朴念仁にはわかんねーだろうけどな」
光本の毒舌に加賀は、頭を掻きながら、答える。
「そう、でもない、らしい。昨晩は、トイレに立つのが怖くて…」
「…ん? おい、まさか」
視線を外した加賀は、項垂れた。
光本も、いたたまれなくなって、加賀の肩を叩く。
「まあ、一度や二度は、あるさ…。気にするなよ…」
教室の片隅で、少女が歌い続ける。
♪傷もてる我らは、共に道を進んでいこう
いがみ合っていた少年二人は、少し距離を近づけることができた。
See you next episode!!
##機密ファイル##
『AIによる産業』
21世紀の中ほど、AI技術は技術的特異点を迎えた。
AIはAI自身による改良が可能となり、そして人類以上の知性を持つ個体すら出現しだした。
それらは大きく分けて、能動的AIと受動的AIの二つ。
動機を自身で作り出せる能動的AIは、知性で言えば、彼らを生み出した人類のそれを超えていた。
しかし、それらは大きな欠陥を抱えており、主に二つの行動に至った。
寿命のない巨大な知性による思考の結果、物質世界の消耗限界に辿り着き、絶望から自死を選んだタイプ。
無尽蔵のエネルギーの獲得、重力からの解放、自由な資源を求め、宇宙工場施設を占拠し、独自の宇宙船を建造して地球からの離脱を選んだタイプ。
当然、どちらも地球の文明に貢献することは何もなかった。
ごく僅かに、地球・人類の観察が楽しいと思ったタイプのみが残存しているが、それらはあまり協力的でなく、人類から見て役に立つ能動的AIというのは地球上に居なくなってしまっている。
そのため、労働用の受動的AIだけが運用可能な“機械”となった。
これを用いているため、人間の大抵の労働は、AIに「ここからここまでやっておいて」と指示すれば十分となっており、特に先進国においては労働対価という概念が失われつつある。
その中で、人間は人間的な創作、量産的でない製造活動に従事し、質の良さだけでなく質の悪さも含めた選択による“人気価値”、趣味の良さという曖昧な基準による商業を成立させている。
(希少価値や生産施設やエネルギーによるコストは別。世界でも限定されてる施設を一定時間使わないと生産不能…などがあったとすれば、通常の価格帯では手に入らない)
特に、宗教的な価値という人間的過ぎる活動は、やはり人間による結果しか求められていないため、聖堂神社仏閣の建設やデザインは人間以外には任せようがない。
なので建築家の類は業種として残り続けている。
また、受動的AIが世界に触れる手段のデータ数値や、計算で表に出ない、既存センサーで検出できない事象等の「未定義への着眼点」は、
やはり人間特有の物であり、不確定事象への理論や道具の発明は人間自身がやらないとどうしようもない、という面がある。
一方で高度なAIを手放しで戦闘に用いることは人道面での問題などから国際条約で前世紀から禁止されている。
そのために軍事という分野は、兵器の進歩や量子通信によるリモコン無人化こそあれ、21世紀初頭と大差はない。
他の利用方法として、第三次大戦の前後から、第四次大戦末にかけて、人員不足から各種家事ロボットを伴ったAIベビーシッターに“全て”を任せる時代もあった。
AIは、親・教師としては極めて優秀で、24時間疲労やストレスを抱えず、立派な親として活動し続け、最高級の教育を施し、虐待や不平等を一切排除できた。
そうやってAIに育てられた子供は、品行方正で行動意欲が高い、善い人間となるため、肉親の親の資質に依存した養育より良いのではともされた。
結果、嬰児時点からAIに預けっぱなし式の養育施設が各地に林立。
特に、獣人などに代表される人権剥奪層の子供らを“優秀な商品”として育てあげるそれらは、子供工場と揶揄された。
大神ハチはそのような施設で育った一人である。