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第十一話「空間湾曲!分かたれた二人」3/5

 =珠川 紅利のお話=


「えいっ!」


 壁に走っていた巨人の線を、手のひらで叩く。

 大工の巨人に組み替えられてモザイクにされた学校は、また一つ元の形に戻っていく。


「ルービックキューブみたいなもんだよ。あれは組み換えた回数だけ戻せばいい」


「じゃあ、組み換えの前に聞こえた音からすれば、あと1回?」


「そういうことになるけど――」


 ――破裂音!


 私は慌てて佐介くんの方に車椅子を寄せた。

 廊下の今までいた場所が、別の廊下にすり替わる。

 続いて、更に破裂音がして、壁や天井が別のものと入れ替わっていく。


「――あと3回になっちゃったな。どうやら作った物を勝手に弄られたから、構築王…この巨人の機嫌が悪くなったかな…?」


「これ、線を見つけて切るより早く、次の組み換えが起こっちゃったら…」


「もう少し手数が増えればいいけど、オレみたいな巨人の半端者じゃPSIエネルギーが不十分、紅利さんをひとりぼっちにも…」


 佐介くんが、何か考え事を始める。

 独り言、多いのかな?


「それはそれで都合がいいか? 合流させずに済むなら…、んっ!?」


 急だった。

 佐介くんはいきなり窓に飛びついて、開け放った。


「央介! ここだ!!」


 央介くん!?

 私も、すぐに佐介くんの傍に寄って、窓から向こうを覗く。

 車椅子に座った高さだと、本当に目の高さギリギリだけれど…。


「佐介! 紅利さんは!?」


 窓の向こうの隣の校舎、その窓から、上下逆になった央介くん。

 よかった…無事だったんだ。

 窓の向こうにも見えるように、私も手を振る。


「紅利さんは今、隣にいる! ケガもないよ!」


「佐介くんが助けてくれてるの! それと…線を見つけて!」


「線!? どういうこと!?」


 また破裂音が響く。

 組み換えが、来る!


 焦る私の隣で、佐介くんが最低限の情報だけを、叫ぶ。


「壁とか地面とかに、変な直線があるはずだ! それをぶっ叩け!!」


「そうか、さっき何度か修復されたのは――」


 央介くんの声が聞こえたのはそこまでで、彼が覗く窓の辺りが切り取られて、空に開いた暗闇の中に消えていく。

 そして、何事もなかったように、別の窓がそこに嵌っていた。

 佐介くんが、大きく息を吐く。


「…よし、伝わった。央介も、辺りに線がないか、探し始めてる」


「あー…、そっか。央介くんから佐介くんには伝わるんだっけ」


「そういうこと。央介も線を壊せるから単純に効率が倍だ。他の問題は…、まあいいか。央介に、会えたんだ…」


 うん、それなら私も、頑張らないと。

 …といっても、さっきまでの通りで、佐介くんに車椅子を押してもらうばかりだけれど。


「その…、佐介くん。さっきから助けてくれて、ありがとう…」


「まあ、紅利さんは、央介にとって大事な人だからな。怪我はさせられないさ」


 えっ…?


「…だ、だだだ、大事な人って…!?」


 我ながら、声が裏返るぐらいには、動揺する一言だった。

 変に思われなかっただろうか?


「ああ、いや、ちょっと言葉のあや。その…、央介は、紅利さんを助けてることで、気が楽になってるんだよ」


 佐介くんは、丁寧に流してくれた。

 それにしても、よくわからない話で、そのことをきちんと聞き返す。


「…気が、楽? 私、助けられてばかりなのに?」


「うん…ちょっと知っててほしくもあるから言うけどさ。今でこそ、央介はハガネであれだけ戦えてる」


 声色から冗談の感じを消した佐介くんが、話し始めた。


「けれど、オレが作られる前、更にDドライブが作られる前、何をやってもギガントの先回りさ」


 そういえば、央介くんだけでハガネになっていたことがあったっけ。

 どうして、ハガネで戦うときに佐介くんが必要なのか、私は知らない。


「それで、巨人での戦い方も分からない頃、友達にも大怪我をさせたんだ…。二人の、大事な、大事な幼馴染をね」


「幼馴染…!?それに、怪我!?」


 朝の話で、央介くんが幼馴染という言葉で、表情を曇らせていたことを思い出した。

 私の、思い出したくもない火事の記憶みたいに、央介くんにはそんなことがあったの?


 慌てて、車椅子を押す佐介くんを顧みる。


「その…、それで、幼馴染の子は?」


「…二人から作られた巨人を、未完成の巨人で無理やり倒したから…、ずっと目を覚まさなくなった」


「そん…な…」


 確かに、巨人を倒されると夢が傷つくと、央介くん自身に説明された。

 それでも――


「…だって、クラスメイトのみんなから出てきた巨人なら、央介くんがいくつも倒してるのに、誰も、そんな…」


「うん。そのために作られたのが、オレさ。巨人の力を…うまくバランスとって、大きな傷を負わせないようにできる」


 佐介くんは笑顔を作って、ガッツポーズをして見せる。

 それが、空元気だっていうのが簡単にわかるぐらいに、痛々しく。


「それまで、オレが居なかった頃は…、友達が、同じ学校の子供達が一人一人倒れていって、央介は、自分の部屋から出ていけなくなってた」


 今の央介くんからは、そんなこと想像もできない。

 最近なんて、クラスの他の子とも、少しおしゃべりするぐらいに、距離が縮まってるのに。


「央介は随分元気になったよ。…それでも、ホントはね。央介は一人で戦うのも怖いんだ。」


「…そう、なの…」


 央介くんが、時々辛そうな顔を見せる理由が理解できた。

 理解してしまった。

 だけど――


「――でも、どうして、私が大事な人になったのか、わからない」


「そうそう、それでやっとその話なんだけどさ」


 佐介くんは、車椅子を停めて、私の前に回り込んできて、私の両手を取る。

 そしてまた、話し始めた。


「初めて出会って、大騒動して…。最後にありがとう、って笑顔をくれただろう?」


 私は、声も出せずに頷くばかり。


「ああやって人を助けられたの、感謝されたの、初めてだったんだよ」


「あ…!」


 あんな、小さなことで。


「君を助けていられる。それが今の央介には、嬉しいんだ」


 何もできない私が。


「央介は君を助けたけど、君が央介を笑顔にできたんだ」


 彼にしてあげられた、事?


「…それで、央介が嬉しいなら、オレも、嬉しい」


 佐介くんの、すごく柔らかな笑顔。


 彼とはまだそれほど長くない付き合いの中だけど、普段とは違う感じがした。

 普段、佐介くんは会話に合わせて笑ってはいたりするけど、それは央介くんの気持ちを窺いながらの、ロボットとしての機械仕掛けの笑顔だったのじゃないだろうか?


 今、見せてくれたのは、それとは違う、優しい笑顔。


「…あ、こういうのナイショだよ? 央介、気を遣っちゃうからさ」


 いたずらっぽく口元に指を立てて、秘密というサインをしてから、佐介くんは私の車椅子を押しに戻る。

 車椅子の影に顔を埋めるような姿勢で、もう、彼の表情はわからない。


「――それでも、オレには…居る場所が必要なんだ…」


 背後に回った佐介くんが、そう呟いたのが聞こえた。

 どういう意味なのか、聞き返そうとして――


 ――目の前の廊下が一瞬暗がりになって、元に戻った。

 壁にあったポスターが、ちゃんと繋がっている。


「これは…」


「うん、央介が向こうでやってくれた」


「じゃあ…、あと線は2本?」


「さあ頑張って、探しに行こうか! あの巨人、構築王が作る線は、必ず繋ぎ目の近くにあるはずさ!」


 佐介くんに押されて車椅子が走り出す。

 教室の前、校長室の前、おトイレの前、また教室の前を走り抜けていく。

 その間に佐介くんの独り言について聞き返すタイミングを探していたのに、次の線が見つかってしまった。


「それじゃ紅利さん、よろしく」


「う、うん…」


 中庭を渡って隣の校舎に続く渡り廊下、その扉に横一文字の巨人の線。

 佐介くんから貰ったペンダントを握りしめて、叩く。

 あれ、壊れない? もう一回!

 それで、やっと線は砕ける。


「大丈夫? 紅利さん。疲れてない? 集中力が落ちると、巨人を作り出すのも難しく――」


 急に、佐介くんが黙りこくる。

 そのまま、私の手から、巨人を作るDマテリアルのペンダントを取り上げて。


「――あーあ。合流、されちまったか」



 何か、酷く怖い声で、そう言った。

 その時――


(アカリーナ! そいつから…佐介から離れろ!!)


「な、何!?」


 ――耳元で、それとももっと頭の中の方で、声が聞こえた、ような気がした。


「…どうかしたの? 紅利さん」


「う、ううん。気のせい、かな?」


 アカリーナ、最近は呼ばれなくなった、私の呼び名。

 私は一体、何を聞いたのだろう?


 佐介くんから、離れろ、って…?


 私は、車椅子の操作レバーを、操作しかねていた。

 恐る恐る、佐介くんの表情を、何とか窺おうとした。

 すると、佐介くんは軽いため息を吐いて――


「…そうか、サイコの告げ口か。紅利さんと央介の視覚を覗いていたのか…」


 佐介くんはそう言うと、渡り廊下の向こうへ、振り向いた。

 そこから何がやってくるのか、わかっていたみたいだった。


 渡り廊下の向こうが一瞬暗くなって、最後の組み換えが解除されていく。

 そこに、男の子が、二人立っていた。


 …あれ?


 どうして、央介くんは、佐介くんを連れているの?


 だって、佐介くんは、私の傍にずっといたのに?

 じゃあ、ここにいる佐介くんと、向こうにいる佐介くんは…。



 向こうに立っていた央介くんが叫ぶ。


「紅利さん! そいつは、佐介じゃない!!」

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