第十話「天空の貝殻」3/4
=多々良 央介のお話=
僕は、指令車の窓を開いて、薄れていく鳥船妃を眺める。
なんとなく、周りの物が妙にビリビリと震えているのはRBシステムの副作用だろうか?
「空を飛ぶ夢、か」
隣に顔を出した佐介が呟く。
僕は、思い当たったことで返す。
「それか、普段から空を飛んでる子…高原さんの巨人かもしれない」
「どうかな? Dマテリアルをわざわざ介護用ベッド近くまで持ち込めるか?」
「この間の虫メカなら、もぐりこむかもしれないよ」
色々心配していた所に、通信が割って入る。
父さんからだ。
《そういったものを排除できるのが、このRBシステムだ。小さくて繊細なほど強烈に効く》
続いて、司令室の人たちの歓声混じりの声。
《Dマテリアル専用チューニングのRBシステムがあれば、もう巨人自体が出現できなくなりますね》
《鳥船妃のPSIエネルギー、形態維持ギリギリまで低下。…消滅予定時刻よりやや経過。再計算します》
《今まで見たいに紛れ込ませる手は使えなくなって、大きな保護カバーが必要になるから、おいそれと持ち込んだり、子供に触れさせるのはまず無理だ》
じゃあ、巨人と戦うことは、もう、無いの?
それは、とても良いことだと、わかってはいるけれど――
――それで、僕がしたことの償いになるのだろうか?
「央介…それは、言わなくても…」
佐介は諌めようとしているけれど、胸の中で渦巻いた気持ち悪さに耐えられなくなって、父さんに語りかける。
「…父さん。あのね」
《ん? どうした、央介》
そうだ。
今、言わないと。
巨人との戦いが終わるなら、僕のしたことを全部――
「僕は…、僕が最初に、父さんの実験室の――」
次の言葉を言おうとしたその時、大音量で警報が流れ出した。
《も、目標、鳥船妃のPSIエネルギー、再収束を開始!》
《――っ!? 馬鹿な! Dマテリアルを排除したんだぞ! 巨人が形を維持できるはずが…》
僕は、懺悔を中断させられてしまった。
戸惑って、父さんに指示を求めて、指令車のモニター映像に向き直る。
その映像には、ガラスケースの中で砕け散ったDマテリアルの破片と――
――それらに半ば埋もれて、形を残した一つのDマテリアル。
「…と、父さん。それ、何?」
混乱も極まって言葉が不明瞭だったところを、佐介が補ってくれる。
「父さん! ガラスケースの中のDマテリアル、砕けて無いのがあるぞ!?」
《何っ!?》
映像のフレーム内に父さんが飛び込んでくる。
慌ててケースを開き、その無傷のDマテリアルを掴み出した。
《これ…は…?》
《多々良博士、そのDマテリアルはどうして無事だ!?》
大神一佐も慌てた様子で画面内の父さんに駆け寄ってきた。
父さんはDマテリアルを光に透かし、じっと見つめてから――
《――大神一佐! その刀、少し借りてよろしいですか!?》
《むっ!? か、かまわんが!?》
《すこし、離れていてください!》
大神一佐が腰に帯びていた軍刀を抜き、父さんに渡す。
父さんはDマテリアルを机に置くと、刀を振り被り、一気に振り下ろした。
物が割れる音がして、何かが飛び散ったのが分かった。
続いて、金属の長い物が地面に倒れる音。
多分、父さんが適当に刀を手放したのかな。
その父さんは画面外に飛び出していって――
《クソっ! やられた!!》
――聞いたこともないような、父さんの激昂の声が響く。
僕は、少し怯えながら、状況を確認しようとした。
「…と、父さん、どうしたの!?」
《多々良博士…、それは…なんだ!?》
画面内に、父さんの手が映る。
それは赤い液体に濡れていて、透明なガラス片を持っていた。
「父さん、血が…!?」
《いや…、怪我じゃあ、ない…》
父さんの持っていた透明なガラス片から、更に赤い液体が零れ落ちる。
《…これは、流体光素子。液体状のコンピュータ、と言えばいいかな…。まさか、実用化してくるとは…》
《Dマテリアル、ではないのか!?》
大神一佐の問いかけに対し、父さんは苦しげに答えた。
《Dマテリアルですよ…、液体のね。ギガントの連中はRBシステムを使われることを見越して、改造していたんだ…!》
通信が一斉にざわつく。
流石に慌てた様子の大神一佐が、父さんに問い正す。
《これは…液体で、破損させようがないから、RBシステムが通用しない、ということか!?》
《そうです…。それをただのガラスに詰めてあるわけです。こうやって器から流してしまえば、回路が構築できないはずですが…》
佐介が、慌てて食い付く。
「じゃ、じゃあ、そのガラスもRBシステムで砕いちゃえば…」
《…駄目だ》
父さんに代わって、大神一佐が拒否で応えた。
理解できなくて、僕も質問に加わる。
「一体、どうして――」
《RBシステムは、狙った物質を全て破損させてしまう。もし、このガラス式のDマテリアルを狙えば…》
父さんが半ばまで答えて、続きは、大神一佐。
《町中のありとあらゆるガラス製品も砕け散る。その中には、医療器具など人の命を繋いでいる物もある。何より、RBシステム条約違反に踏み込んでしまう。許可は…出せない》
「そん…な…」
《…鳥船妃のPSIエネルギー収束率、最大値まで回復。…大神一佐、作戦指揮へお戻りください…》
通信に、大きな溜息が流れる。
それは、父さんなのか、大神一佐なのか、他の誰かなのか。
《…RBシステム停止! ハガネを中心とした作戦へ移行するぞ!》
大神一佐の一声。
ハガネで戦えることに、少しだけほっとした僕自身が、嫌だ。
そして、また、本当の事を父さんに言えなかった。
指令車の窓から空を見上げると、鳥船妃が空を舞っている。
鳥船妃自身の主だろう高原さんは、医療器械無しでは無事では済まない体のはず。
町中の命を人質として復活した天空の巨人に、ハガネで再度の戦いを挑む。