第十話「天空の貝殻」2/4
=多々良 央介のお話=
倒れたハガネの中で、深く呼吸をする。
警報を受けて、出動して、今は近くの中学校の校庭。
立ち上がっても、目の前に敵は居ない。
《央介君、大丈夫!? 大きく吹き飛ばされたけれど、立て直せる?》
《鳥船妃、更に速度上昇! ハガネから4時方向、再度突っ込んできます!》
敵は、大きな翼の生えた、船。
ファンタジックな外見のこの巨人は自在に空を飛び、さっきはハガネが校舎の屋上に陣取った途端の体当たりだった。
「…大丈夫です! 佐介、アイアンチェインのネットを!」
「わかったから隙を作るなよ。射撃はオレに任せてればいい!」
確かに、この空中の相手には殴る蹴るなんて無理な話で、僕は回避だけに専念していればいい。
にしても、どっちが主だかわからないような話だ。
勢いよく突撃してくる鳥船妃の動きを見極めて、ギリギリのところで避ける。
ハガネの主砲から撃ち出された鎖の網が、相手の船首の女神像に絡みついた。
これで動きを止め――
「――うわぁっ!?」
「引っ張られっ…!?」
引きずり降ろすつもりで踏ん張っていたのに、お構いなしに引っこ抜かれた。
ハガネの足が宙に浮く。
一瞬、迷った。
アイアンチェインを解除して地面に降りるか、それとも拘束を強めて相手に取りつくか。
それが、大きな失敗だった。
その一瞬で、鳥船妃は自身に絡まった鎖ごとハガネを振り回した。
ハガネの視界の天地がぐるんとひっくり返って、地面に叩きつけられた衝撃と、背中の激痛。
受け身を、取り損ねた。
「ご、ほっ…!」
打ち付けたのは僕の背中ではないのに、痛みで呼吸ができない。
息が、吸えない。
《央介君のバイタルに乱れ! 呼吸不全…央介君、一度声を出して、息を吐いて!》
《周囲の陸戦隊、閃光弾で支援を! ハガネは…一時撤退も考えてください!》
呼吸を、呼吸を戻す。
声を、出す…!
「…っあ! あぁあ…あーっ!! …っは」
言われた通りの対処で、肺はなんとか普通の状態に戻る。
ハガネをやってて、初めて死ぬかと思った…!
《…スポーツとかで時々ある事よ。横隔膜が痛みや衝撃で一時的に痙攣を起こすの。今度は過呼吸に気を付けて》
「は、はい…!」
落ち着いてみれば、前に父さんとの組手の最中にも、一度なったことがあったと思いだす。
少しふらふらとした状態で、再度の攻撃に備えようとすると、
「央介、ハガネ自体が不安定だ。言われた通り一度退こう…」
佐介が、弱気な事を言い出す。
でも。
「…いえ、大丈夫です。佐介、何か盾になるものを出して――」
《いや、央介。撤退していい! …お前が苦しむ前に間に合わせたかったんだが、すまない》
通信から飛び込んできたのは、父さんの声。
ここ数日は、家にも帰ってこなかったから、すごく久しぶりの声に感じた。
「て、撤退って…。まだ相手の動きも止められてないよ!?」
その質問に答えたのは父さんでなく――
《央介君、こっちの準備が整ったのだ。ハガネは撤退準備を。RBシステム、最終安全確認》
「…大神一佐、それは、命令?」
佐介がいつもの調子で聞く。
何か、進行してる感じはするけど、正直なところ巨人を放置するのは、嫌だ。
《そうだ。近くに狭山一尉の乗っている指令車両がいる。そちらに向かいたまえ》
「…了解。行こう、央介。大人達も何かしたいみたいだし」
思わず、少し歯噛みをしてしまう。
「わかり、ました」
自分でも、嫌な言い方になったと思いながら、指定地点に向かう。
その足取りが遅くなったのは、襲ってくる鳥船妃への警戒だったと言い分けしようとする自分の計算も、嫌だ。
「央介君! こっちこっち! 急いで!」
車を停めて待っていた長尻尾の狭山隊長は、何かのケースを手にしていた。
以前の遮光ゴーグルのように、何か、入っているのだろうか?
「すぐにハガネを解除して! こっちに!」
「は、はい!」
僕は、ハガネを屈みこませ、兜の中から飛び出て、差し出した掌に降りて、そこから地面に。
一度振り向いて光になって消えていくハガネを確認、その中から駆け出してくる佐介。
鳥船妃は、狙っていた対象が消えたことを怪訝に思ったのか、上空を旋回して、こちらを窺っているようだった。
「央介君、Dドライブを出して。この箱に」
「え?は、はい」
言われた通り、ハガネを作り出す青い結晶のペンダント、Dドライブを差し出す。
狭山隊長はそれを受け取ると、持っていたケースにしまった。
「OK、…こちらL1指令車。央介君、佐介君…補佐体、およびDドライブ保護の完了を報告します!」
《報告了解。作戦を次の段階へ移行する。L1はRB発振地域から十分に距離をとれ!》
何か、大きなものが動いているのはわかるけれど、普通の機械で巨人をなんとか出来たことは今まで無かった。
戸惑う僕に、狭山隊長が呼びかける。
「央介君、佐介君。おばさんと一緒にドライブしましょう! 乗って!」
狭山隊長は、言葉こそ冗談めかしているけれど、顔は真剣そのものだった。
慌てて、佐介と一緒に指令車に乗り込むと、車は体に圧力がかかるほどの加速で発進した。
《RBシステム、出力系統に問題なし。最終セイフティ解除します》
《…よし央介、見えるか?》
突然、指令車の内部モニターに、父さんからの映像通信。
父さんの傍には、ガラスケースに収められたいくつかの赤い結晶。Dマテリアル。
《忘れるはずはないと思うが、巨人は、Dマテリアルが収束、投映したPSIエネルギーの姿だ》
《システム起動カウントダウン!》
物々しい雰囲気の中、父さんの説明が続く。
《Dマテリアルは、周囲のDマテリアルへ情報を伝播させるため、一帯に同じものがある限り巨人が出現しつづける、だから…》
《5…4…3…2…1》
カウントダウンが、終わる。
その瞬間、異様な響きが、周囲を揺るがしはじめた。
《これで周囲のDマテリアルを、全部砕く!》
《…RBシステム発動中! 対象の粉砕まで継続されます!》
モニターに映るガラスケースの内で、Dマテリアルがひとりでに動いていた。
あるものは、カタカタと震えてぶつかり音を鳴らし、
あるものは、見えない指に弾かれたようにケースの中を転がりまわる。
その一つが、ケースの中で派手に飛び跳ねて――
――派手に砕け散った。
「えっ!?」
《これは共振破砕システム。…特定の物質を震わせる超音波を発振して、その振動に耐えきれなくなったものは、砕け散る》
「だからさっき、Dドライブを隔離させてもらったのよ。このケースはその超音波を遮断できる」
大神一佐と、狭山隊長がそれぞれ説明してくれた。
映像の中で、また一つDマテリアルがひび割れ、砕ける。
《これは…危険過ぎて専用の条約で禁止されている兵器なのだ。本来の姿、無差別発振ならば、兵器の繊細な部品やガラス、人間の聴覚や末端神経系なども壊すことができてしまうからな》
《今回はターゲットをDマテリアルに絞っているので、法的にギリギリセーフ。…おかげで調整にずいぶん時間がかかって…》
父さんが少し言葉を切った時、身を乗り出して来たのは、佐介。
「あ、あのさ父さん。オレは、大丈夫なのか!?」
言われてみれば、佐介はDドライブ光子脳で動いている人造人間だ。
一緒に壊れてしまうのではないだろうか?
《安心しろ、佐介。お前の頭蓋骨格も、そのケースと同じ遮断構造にしてある。きちんと対策しておくのが、科学者だ》
映像の向こうの父さんはそう言って、笑顔を浮かべる。
――父さんの笑顔、久しぶりに見たような気がする。
新東京島で、最初の事件が起こるまでは、いつでも笑顔の父さんだったのに。
《鳥船妃、PSIエネルギーが分散していきます。…目視で、末端部からの崩壊を確認…》
《投映装置であるDマテリアルが壊れれば、当然として巨人も消える。我々の勝利だ》
モニターを覗くと、確かに鳥船妃は少し透けていて、形も崩れ始めていた。
同じように、隣に映るガラスケースの中のDマテリアルは、もうほとんど砕け散っていた。
――わずかに震える一つを残して。