第十話「天空の貝殻」1/4
=多々良 央介のお話=
「おはよー、の、ニュースっ!!」
賑やかに声を上げながら、窓から教室に飛び込んできたのは、小さな飛行船。
最初こそびっくりしていたけれど、流石に慣れてきた朝の日常。
紅利さんと仲の良い、飛行船の女の子、高原さん。
向こうの方で光本くんが渋い顔をしている。
ごめん。本当に、ごめんなさい…。
「今日は何のニュースだよ? ハガネの中の人でも突き止めたか?」
長尻尾の狭山さんが応対するのも、いつもの流れのような気がする。
…流石に、ハガネをやってるのが僕だってバレてない、よね?
佐介が、何かあったら飛び掛かろう、というような姿勢になってる。そういうのやめろ。
「あー、それも気になってるんだけどねー。でも今日はもっと重大な事!」
そう言うと、高原さんは自分のフェイスモニターの画像を切り替えた。
それは、メディアで流れていたコマーシャル映像。
青い海から伸びて、青い空を貫く真っ白な柱。
《軌道エレベータ、アメノミハシラ。地球の青を眺めながら、漆黒の宇宙まで、快適の12時間》
人間が作り出した最大の建造物、科学技術の結晶。
赤道から宇宙に向けて三本伸びていて、その一本、アメノミハシラは日本を中心として太平洋の国々のもの。
百年前は宇宙に行くのは命がけだったというけれど、今は地球側の駅から、縦に伸びる列車に乗り込むだけ。
《ステーション・ガイアは開業20周年へ、…キャンペーン開催中》
昔から理論はあっても、構造とか強度とかがどうしても解決できなかったという。
でも、それらを解決に導いた天才科学者が現れた。
エルダース・クリスタル。
どこの学校の図書室にも、偉人伝の棚に並んでいる一冊だ。
科学分野において何をやらせても天才という彼は、やっぱり僕も憧れてしまう。
100歳を超えてまだ存命だったはずだけど、今はどこで、どんな活躍をしているのだろう――
「で! だよ!」
コマーシャルがループに入ったところで、高原さんの声がモニターから突き抜ける。
あ、そういえばそういう話だった。
「このキャンペーン、無重力ステーション旅行なんだけどー。…みんなで応募して、当たったらわたしに頂戴っ!!」
「何だよ、その一方的にムシのいい話はよ!」
高原さんの、確かに都合が良い話に、狭山さんがツッコミを入れる。
ヘリウムガスのバルーンで浮かぶ高原さんはツッコミの一撃で教室の空中を漂って。
「…だって、その、宇宙船、憧れだもん…」
「なあ、これ情報確認したけどさ、当選者確認で、譲渡できないってあるぞ」
いつの間にか携帯を弄っていた佐介が、非情なトドメ。
そのまま、高原さんにその情報ページを見せつける。
もう少し、柔らかい行動ができないものだろうか?
「あー…えぇー…、これ自力で当てなきゃダメなのぉ…? 折角、宇宙行けると思ったのになー…」
「宇宙だから、色々審査厳しいんだろう」
落ち込んで落下しだした高原さんを、紅利さんが捕まえて、車椅子の膝に抱き留める。
少し興味が湧いたので、話を聞いてみたくなって。
「高原さんって、宇宙に興味あるの? その…体の具合とか、大丈夫?」
高原さんが使っている小さな飛行船。
この類の“遠隔操縦の体”は、本当の体が深刻な状態の人が使う物だったはずだ。
「あー、そういえば多々良くんは知らないっけ? 具合は…悪くないんだよね。“うんどーニューロンしょーがい”で、ベッドに寝てる体だけどもー」
多分、運動ニューロン障碍。
…ええと。
「体中の筋肉がほとんど動かない、ってやつ。産まれてからずっとだから、具合は悪くないかなー。風邪ひいてるわけじゃないし」
そこで高原さんは、プロペラを回して見せる。
「んで、こっちのが動く側の体っていう、分担?そんな感じー」
「一度、高原ちゃんのお家で、寝てる方の体見せてもらったけど、ほっそりしてて可愛かったよ?」
紅利さんが相槌をうつ。
「ほっそりというか、筋肉がないというかなんだけどね。んで、機械仕掛けの全身タイツで神経とやり取りして――」
ふわりと、高原さんの飛行船の体は、空中に浮き上がる。
そのまま機械の腕で、ポーズをとって、
「こっちの体を動かしてるわけ。飛べるんだよ? 便利でしょ」
「強風の時、校庭一番の高い木に引っ掛かって大騒ぎになったけどな!」
「あはは…あの時は、狭川っちに外してもらって、ありがとね。お猿さん」
狭川さんは自慢げなガッツポーズの後で、何か引っ掛かったらしく、少し首を傾げる。
「…でさ、こういう体の場合、大人になるまでお薬で治していって、そこそこ動ける体にするか――」
「――貝殻体のサイボーグになるか…」
思い当たったことを、口に出してしまった。
貝殻体は、体自体を機械と繋げて、大きな機械を制御できる状態にする、少し珍しい方法のサイボーグ。
新東京島でお世話になった、軍の汎用戦闘機の兵隊さんがそういう体だった。
「なーんだ知ってるじゃん! で、わたしはそのまま宇宙船長になりたいの! シェル・ポッドの船長さんの船って人気なんだよ!?」
高原さんは、手をびっと伸ばして、空を指さす。
…かっこいい。
何か、僕も、協力してあげたくなって、ええと…そうだ。
「あの、うちの父さんは科学者で、何度も仕事で宇宙にも行ってるから、こういう子が学校にいるよって言ってみる」
「ひょっとしたら、それで一気に宇宙まで行けちゃうかもな」
僕と佐介で、少し無責任な話をしたかな、と思った。
と、いきなり高原さんは僕の手を取って、
「期待しちゃっていい!?」
「あ、あはは。…あんまり、そんな、うまくいかないかもしれないけど…」
「じゅーぶん、じゅーぶん! ニュース、最速の宇宙船…うっふっふー!」
よっぽど気分が高ぶったのか、飛行船の高原さんは高く飛び上がっていって――
「あいたっ」
教室の天井に頭?をぶつけた。
丁度その時、教室に入ってきた、ふわふわの耳。
「あー、高原だ。やっと追いついたよ…」
ウサギネコの奈良くん。
彼は、ランドセルを棚にしまいながら、高原さんに呼びかける。
「空飛べる奴は良いよな、まっすぐこられるからさー」
「時間的に奈良が寝坊しただけだろ?」
「弟がぐずったんだよ…一人っ子の狭川にはわかんないだろーけどさ」
ふかふかの毛並みの彼は、少しだけぼやいた後、何故かこっちに向き直って、首を傾げる。
そして、妙な事を言い出した。
「あれぇ…? 多々良兄弟、二人ともいるな。オイラより遅刻組が居ると思って安心したのに」
「え?」
「早めに登校してたつもりだったけどな」
佐介と僕で、顔を見合わせる。
全く、心当たりがない。
奈良くんは怪訝な顔。
「見間違えだったかなあ? 高原が飛んでいったのを見た後、駅近くのトンネル前」
「そっちは…家と逆の方向だし、登校中には行かないよ」
「二人ともずっとここにいたわ」
僕の説明に続けて、紅利さんも証言してくれた。
別の子を見間違えたのだと思うけれど。
「うーん…、多々良って実は三つ子だったりしないよな? 三人で交代して、一人は学校サボってるとかさー」
「…そんなに似てたの?」
流石に気になって、問い質してみる。
「いやー、そう言われると…、背格好はよく似てたと思うんだけどなー。すぐにトンネルに入っていって、見えなくなっちゃったし」
「奈良の記憶容量はあんまり当てにならないからな。この耳ばかり大きくて、のーみそ詰まってないんだ」
狭山さんが、奈良くんの後ろに立って、長くて大きな耳を引っ張る。
…触ってみたいな。
流石に奈良くんがあんまりな扱いに憤慨しだして、話は流れていった。
佐介が、呟いた。
「…央介に似てるのか、オレに似てるのか、どっちだったんだろうな?」