第九話「大いなるヒーロー」3/4
=どこかだれかのお話=
褐色の肌の表面に、銀色の髪が風で流れる。
先ほど、央介に話しかけてきた不思議な青年たちは、基地の管制塔の上に居た。
いかなる移動手段によるものか、間違っても一般人が行ける場所ではない。
そもそも、そんな不自然な場所に居て、誰に見咎められることもないようだった。
「悪い流れ、だね。学者さんの作った“心の束ね石”が動いてしまっている」
「それなら、自分たちで解決させるべきです」
傍に控えていた、同属らしい年上の男性が、抑えの一言。
序列で上にあるらしい青年は、部下の諫めを聞いて、ため息をつく。
「それを成すのは、未来の芽か。彼、頑張ってるみたいだけど…苦しそうだったよ」
青年は心配そうな視線を、観覧席に送る。
その次の瞬間、彼の傍の虚空から人影が現れた。
女性。
やはり褐色肌に、活発さを感じさせる短い銀髪。
先の男性二人と同じような姿をしている彼女は、青年と柔らかくハグをする。そして――
「若ー、ちょっとヤバいかもよー?」
――警告を口にした。
部下の男性は空かさずに忠告を挟む。
「妃殿下、言葉遣いを正すべきです。それでは主語もなく、あまりに広義です」
「感応でわかるでしょー?」
妃殿下と呼ばれた彼女は、コミカルな仕草をしながら両手の指で頭を指し、彼らにとって当たり前の力を使うように促す。
だが――
「この星では音の言葉が主流です。力に頼ってはなりません」
部下の男性は、慇懃に、道義を通すのみだった。
対して女性、子供のように指で口角を引っ張り、歯を剥いて見せる。
若と呼ばれた青年は苦笑しつつ、彼女に問う。
「何か見えたのかい? 君の先見の力にしては…時間がかかったようだけど」
「ちょーっとね、ちびトカゲちゃんと、未来の芽くんの可能性が幅広過ぎて、手間取っちゃったけどー」
女性は、渋い表情を作って、続ける。
「なんていうか、私達の名誉問題になりそう」
「…うん?」
青年は、言葉の意味をとりかねた。
=多々良 央介のお話=
基地に、警報が響く
「これは…」
《緊急事態発生、緊急事態発生! 基地内に、正体不明の巨大物体出現!》
観覧席から見える、ゼラス近くに何かが立つ。
大きな人型。
「あれって…巨人!? こんなところに!?」
「…なんだと!? Dマテリアルの除去が不十分だったかもしれない、だと!? 伊野に後で面を貸せと伝えておけ! ああ、准将の伊野だ!!」
大神一佐の、聞いたこともない口調。
怒鳴りつけた通信機を収めてから、こっちに向き直って、
「あ、ああ…。すまない。こっちで働いている同期がヘマをしたようだ。基地内物品にDマテリアルが紛れ込まされていた、だと…」
今にも人に噛み付きそうな顔をしている、大神一佐。
その向こうに、巨人の姿。
記録映像で見たことのある、その姿は――
「U・メンシェ!?」
面矢場くんが叫ぶ。
その巨人は、人型の輪郭線を満たして燃え盛る真っ赤な炎と、その部分部分を覆う、銀の装身具。
僕だって憧れた、ヒーローの姿。
でも、これは偽物。
巨人が、ヒーローの巨神種族を真似たもの。
《ええと、コードを、巨人の戦闘コードを発行します。対象は…にせがみ、ですか? ぎしん? はい…偽神王、繰り返します、対象は…》
《基地内で観覧の皆様へご連絡申し上げます。現在、基地内部で非常事態が発生しました。速やかに、係員の指示に従って避難を…》
何か、通信から流れる音声が、随分とたどたどしい。
こっちの基地の人は、巨人事件に慣れていないから?
強化ガラスの遥か向こうの偽神王は、冷却の眠りについているゼラスに向かって、戦闘の構えをとっている。
「すごい! ゼラスとUメンシェの戦いなんて! えっ、避難!? い、一枚だけ撮らせて!」
この場にいる子供は、僕と、面矢場くんだけ。
彼が見たかった風景。
それが偽神王に戦う動機を与えてしまったのだろうか。
今、僕にできる事は、たった一つ。
「すまない! 央介。こんな事になるなんて!」
声をかけてきたのは、大神一佐に先導された父さん。
避難経路とは別の扉へ向かいながら。
「大丈夫! 行くよ、佐介!」
「応っ!」
僕の方は、佐介と一緒に避難経路。
他の避難中の人たちと一緒に、シェルターへ…行くわけではない。
経路の途中で、ハガネの姿が表示された壁面モニターと、その隣で誘導してくれている兵隊さん。
走りながら彼にお辞儀をして、そっちへ走る。
先には、外への出口。
飛び出て、Dドライブを構え、ハガネを作り出す。
しかし、こちらが実体化する間に、偽神王はゼラスに向かって突進を始めていた。
あわててハガネが出せる限りの速度で駆け、偽神王へ飛び蹴りをお見舞いする。
その直撃を受けて吹き飛んだ偽神王は、地響きと土埃を立て、地面に倒れた。
「U・メンシェと戦うなんて…」
「偽物だぜ?それにゼラスが目を覚ますとこだった」
ゆっくりと立ち上がった偽神王は、ハガネ相手に格闘の構えを見える。
ターゲットをこちらに移すことには、成功したみたいだ。
《央介君、こちら大神だ。今、君が戦っている場所付近には、ゼラスを眠らせるための機械が多くある。できれば場所を移してくれたまえ》
「わかりました! …避難は終わっていますか!?」
《ああ、現在兵員が最終確認しているが、民間人、研究員は全てシェルターに移っている。軍属も生身の者はゼラス付近と滑走路区画には残っていない》
「それなら、広い場所で思いっきりやれるな!」
一言、気になる言葉があった。
「…生身のもの?」
「多分、Eエンハンサーとかの普通じゃない兵隊さんが現場に残ってたりするんだろ?」
「ああ、なるほど。それなら…それでも、被害は出したくないな」
「…そーだな」
ハガネを、ボクシングのフットワークのように細かく飛び跳ねさせ、偽神王と結ばれた視線の軸を少しずつ移していく。
偽神王は構えたまま、じりじりと向きを変えて常に正面を向けてくる。
――今、相手は間違いなく、こちらを狙っている。それが確認できた。
ゼラスに向かなければ、良し。
そうするうちに、偽神王から仕掛けてきた。
打ち込んできたのは、勢いをつけての、正拳。
それを避けると、今度は高い蹴り。
どちらも重い一撃のようだったけど、避けるのは簡単で、違和感があった。
「――なんだろう?あんまり実戦的じゃないような?」
「型はきれいで、見栄えは良かったけどな」
そこに大神一佐からの通信が入る。
《U・メンシェは、巨獣などに対した時、相手が戦意を失えば十分という戦術を用いているという。それを知ってか知らずか、真似ているのかもしれん》
「まわりくどいなぁ」
「いいから佐介、アイアンロッドを! 相手が殴る蹴るなら、武器で優位をとる!」
現れた鉄棍をハガネに握らせ、それを物差しにして偽神王との間合いを取る。
素手相手に武器を使うのは…卑怯かもしれないけれど。
そう思った瞬間、偽神王が構えを変えた。
腕を揃えて、こちらに突き出す。
その腕の周囲に、光の環が現れ――
「――あれって…!」
《U・メンシェの粒子加速力場!高次粒子光線か!?》
偽神王の構えた腕から“ビーム”が放射された。
ハガネは両足と鉄棍まで使って、全力でそれから逃れる。
逃げきれなかった鉄棍の先がビームで焼かれ、蒸発した。
「こ、怖っ!? なんだあのやべー攻撃!」
《…央介、今の攻撃からは粒子反応が検出されていない! 見せかけだけで通常の巨人の攻撃と変わらない!》
《偽神王のPSIエネルギー低下。かなり消耗した様子です。…あれ? 何だこれ?》
確かに偽神王はパワーダウンを起こしているようだった。
最初は赤々と燃えるようだった全身の光が、随分と暗い色になっている。
動きも、鈍い。
「なんだ単発で息切れかよ! 央介、やるぞ!」
「ああ!」
精神を集中させて、ハガネが空中に螺旋を描く。
それが鋼鉄の螺旋に変わり、ゆっくりと回転を始める。
「…僕は、偽物の英雄を砕く! アイアン・スピナーを使います!」
《は、はいアイアン・スピナー。…このドリル攻撃だから…問題ありません、範囲クリアです! どうぞ!》
《これ…PSIエネルギー反応、座標が…え、嘘だろ!?》
アイアンスピナーが、偽神王を貫く。
僕は、消えていく偽神王へ振り向き、大きくため息を吐く。
事態は解決したけれど、偽物といえどヒーローを倒してしまった。
後味が、悪い。
そう思って、ハガネが構えを解いた時――
《き、緊急!! ゼラスから膨大なPSIエネルギーを検出!!》