第九話「大いなるヒーロー」2/4
=多々良 央介のお話=
――ゼラス。
学校の授業では習った。
第三次大戦から後の頃、ゼラスや、近い種類の生き物が幾度か日本に上陸し、その度に大暴れしたこと。
その記録映像も見ているのだけれど、それでも何となく遠い世界の話としか感じていなかったのだと思う。
しかし、目の前に居るのは、本物のゼラスだ。
「あれ?多々良くんだ。君らもゼラスを見に来たのか」
急に、横から声がかかった。
見ると、同年代の眼鏡の男の子がこちらに近寄ってきた。
えーと、確か、クラスメイトの、面矢場くん。
「う、うん。その、滅多にない機会だからね」
「だよなー。生ゼラスなんて見られるなんて思わなかったもん。そもそも過去の上陸ルートから言えばこの辺に来たって話はないしさ」
随分、詳しい。
彼はそういう趣味だったのかな。
僕の感想はお構いなしに、更に面矢場くんは続ける。
「でも…過去に上陸したのより随分小さいし。ゼラスの子供なんだろうな。ちょっと残念」
「大物に居られては流石に困るよ」
後ろから、声をかけてきたのは大神一佐。
「…太銀四線の桜星…わわっ、こ、こんにちは都市一佐! ボクは面矢場といいます! …あれ? でもなんかテレビで見たような。ハガネ関係で…」
ぴしっと敬礼した面矢場くん。
彼は軍隊にも詳しいのかな。
僕は最近やっと階級章が何となくわかってきた程度なのに…。
「こんにちは。私は大神ハチ、日本都市自衛軍一佐だ。ハガネ関連の責任者でもあるし、君らと同じ神奈津川市の住人だよ」
「あっ、そうなんだ…そうなんですか! …ということは…、もしかしてハガネも来ているんですか?」
「うむ、すまないね。それは、機密事項なんだ」
流石に真横にハガネの中身が居るとは思わないらしい。
一方で、面矢場くんは、抱えたカメラの設定を見直しだした。
「そうかー…じゃあひょっとしたらハガネとゼラスが一枚の写真に納まったりするかな…」
「ハガネはJETTER所属だ、記録映像はマスメディアを通じてきちんと配信されるはずだが?」
円谷くんはすこしもじもじとした後、しっかりと答える。
「その、やっぱり自分で撮りたいんです!」
「…ふむ。まあそういう考えもあるか。ところで、君はシェルターの入り口は確認したかね?」
「はい!この観覧席自体にも防御機構があって、その上であっちの非常口サインからシェルター直通のエレベータと非常階段があるって」
どうにも面矢場くんは時々早口になる。
興奮気味なんだろうか。
「よろしい。冷却されている限り、ゼラスは目を覚まさない。が、万が一がないとは誰にも言いきれないからね」
「そもそも、ここに運ばれたのも、万一の事を考えて、だろ?」
父さんのところでゼラスの情報を確認していた佐介が、いつの間にか横にいた。
まーた失礼な物言いをして。
「こいつが迷い込んだ日本海は、転換弾の汚染があるから、運んで来たって」
「そうだな。転換弾の“揺り戻し”にコイツが巻き込まれたら、手負いの獣となって狂暴化するかもしれないからだ」
――転換弾の、揺り戻し。
これも授業で習ったこと。
転換弾は物質の位置を置き換えることで大きな破壊を起こす危険な爆弾。
それによる物質の汚染で、何度も置き換えが起こってしまうこと、それが揺り戻し、だったかな。
昔の大戦でいっぱい使われた後になって、汚染があるってわかったっていう…。
「君たちどころか、私すら生まれていない時代の傷痕で、この大騒動というわけだ。よくわかっていないものを無暗に振り回すものじゃないな。――」
結局、転換弾が使われたのは、第三次大戦の時、日本の付近の海と、ユーラシアの一部でだけだったはず。
日本以外の方は、ずっと戦争をしていた二つの組織が、どちらも転換弾という技術を手に入れて、最初こそ睨み合いだったのに、結局使ってしまった。
互いにとって歴史ある大事な土地が、汚染で揺り戻しが起こり続ける立ち入り不可能の地獄になるまで。
一方で、日本の方は使われたのが海の上だったから、揺り戻しが起こってもそこまで大きな被害は起こらなかった。
その被害が少なくて済んでいた方に、ゼラスが来てしまうなんて。
「――とはいえ、人間がやったことの後始末は人間にしかできん。だからゼラスを眠らせて、本来の棲み処である太平洋まで空輸する」
「で、その途中で、この基地で補給や点検、ついでにゼラスの学術調査、ですね!」
「そういうわけだ。…なるべくなら、さっさと太平洋に運んでしまいたいものだが、ね」
調査をして、次に役立てる。
次にゼラスが来た時に助かるかもしれない。
事故が起きないように、早く太平洋に運んでしまう。
そうしないと、このゼラスが何かの拍子に暴れ出すかもしれない。
どっちが正解なのだろう?
考えが迷路に入り込んでしまった。
佐介と二人で腕組みをして、互いに眉をしかめて考え込む。
「そうだね、とても難しい問題だ」
「ふえっ!?」
急に声を掛けられてびっくり。
傍に立っていたのは…、何だろう、この人。
男の人だと思うけど、肌の色は褐色で、髪の色は銀、人種がわからない。
よく見ると、この人の隣には同じような姿の人がもう一人。
「将来のために調べておく、安全のために対処を急ぐ。どちらも正しくて、答えが出るのはずっと後」
…この人、僕の考えを読んだ?
サイコみたいな、ESP?
佐介が警戒して、僕と、不思議な男の人の間に割って入る。
「でも、どちらにしても行動していなかったら、後悔する」
敵意は、感じないけれど。
…そもそも、敵意ってどんなのだろう。
「だから、今すぐできる事を、いつでも考えて、準備しておこうね」
「できる、事…」
優しい笑顔の、不思議な男の人。
その時、彼の陰に控えていた人が何かに気付いたようだった。
話かけてきた方の人に、何か耳打ちして伝えると、彼らは直ぐにくるりと向きを変えて、出入口の方へ歩いて行ってしまった。
「何だったんだ? ESPっぽいけど、身元怪しい奴がここまで入れないだろうし、軍の関係者、か?」
「できる事の準備…」
二人で怪しく思いながらも、僕は、Dドライブを握りしめる。
これなら、僕にできる事だ。
「…多々良くん達、顔がおっかないけれど、大丈夫?」
今度は面矢場くんが、こっちに向き直って話しかけてきた。
「ああ、うん。ゼラスが暴れ出したら、どうしようかなって」
「そしたら…、ヒーローが助けに来るよ! 輝く炎の超人がさ」
――炎の超人。
これは授業では習っていない。
習ってはいないけれど、みんな知っている。
遠く宇宙からやって来て、太陽表面に拠点を構えた巨神種族、ウニウェルズム・メンシェ
災害とか、宇宙からの事件とか、そういうのが起こった時にやって来て、多くの人々を助けて、太陽へと去っていく。
世界的なヒーローの代名詞と言ってもいいだろう。
「…炎の超人。U・メンシェか? どうかな、彼らは人間自身の失敗は人間自身の努力で、という姿勢だという」
大神一佐が、軍人としての冷静な意見を語ってくれた。
「それに、特にゼラス周りで出現したという話は聞かない。あれは…人間の作った物がエサだからだろう」
「…それでも、U・メンシェとゼラスの2ショット。見てみたいなー…」
面矢場くんがぽつりと呟く。
そういえば、どっちも有名なのに、ゼラスとU・メンシェが戦った、という話は聞いたことがない。
なるほど、ゼラスは人間が解決しなきゃいけない事なのか…。
改めて、ゼラスをしっかりと見つめる。
――その傍に、陽炎が立ったように見えた。