第九話「大いなるヒーロー」1/4
=どこかだれかのお話=
「――ということでねえ、ハガネくんにも参加してもらうということで」
椅子に寛いだ姿勢のまま勿体付けた喋り方で、壮年も末の男性、附子島少将は決定事項を言い渡す。
受け取るのは、気を付けの姿勢で前に立つ、大神一佐。
「失礼を覚悟で言いますが、見世物ということですか」
「うん、JETTERはそういうものだよ。目立つ戦力を国民から良く見えるところに置いておく」
附子島は、部下からの棘のある言葉もあっさり受け止めて、流す。
「ヒーローもアイドルとして売り込んでおけば、彼らも、我々も動きやすい、ねえ」
その表情も物言いも穏やかな物だが、酷くビジネスライクな話だった。
大神は堪りかねて言い返す。
「央介君は小学生の子供ですよ。軍の看板でも商品でもありません。」
「ああ気の毒だねえ…。まだ友達と遊ぶのが仕事の年齢なのに、随分張り詰めた感じだった」
どうあっても、のらりくらりと逃げられてしまう。
そうやって喧嘩を作らない温和な見た目と喋り口をしていて、その実、限りなく冷徹な軍人。
それが附子島という人物だった。
大神も諦めて、矛を納めざるを得ない。
「央介君は…、その友達を危うく手にかけるところだったと言いますから」
「ふむ。巨人に立ち向かえるのは巨人。だからこそギガントは最初の被験者三人のうち二人を使った」
附子島が指先で操作しているタブレットには、巨人の初期事件の情報が表示される。
そこには、敵性巨人1号から4号という書類ファイルが並んでいた。
「最初の2回で、他の人物でも巨人が利用可能かの検証データを取り、3度目で開発側…こちらの戦力になりうる過半数を奪い、潰しておく。いやまったく手際のいい事だ」
「わざわざ1体、央介君を残したのは…」
「実証実験のモルモット、だろうね。複数がバラバラに動けば手が付けられないが、一匹なら噛み付かれる程度だ」
附子島は表情の読めない笑顔のままで――
「それも、もうお終いになるわけだけどね」
「RBシステム、ですか」
大神がすぐに返す。
「まあ、ね。あちこちにモルモットの齧り穴が空けば、連中を覆っている秘密のヴェールの向こうも見えるようになるだろう」
附子島は何か含みを持たせた形で、一度語り終え、椅子に重心をかけて次の話に映る。
「で、その穴の一つ。この間の、ギガントの」
「逮捕された工作員からの情報、何も有用なものが上がってこないようですね」
「ああ、ダメっぽいよ。何も知らない子供だって。良い給料だけもらって、ほとんど一方通行の命令と道具だけ受け取って動いてたそうだ。」
それを聞いて唸る大神の顔は、まさしく猛獣のものだった。
「使い捨ての末端で、あれだけの事を…」
「きみ、顔がおっかないよ? 軍人なら表情にも情報を出さないようにしないとねえ」
附子島は少し笑って、顔をマッサージすることを勧めるようなジェスチャーをしてみせ、話を続ける。
「装備品の分析も進めてもらっているから、おいそれとは入れなくなる、と思うんだけども」
「今回の逮捕は、巨人による怪現象含めての幸運が重なった結果ですので…」
「いや、なかなかの眼福だったよ。たまにアレと同じ巨人が出ればいいんだがねえ」
それが卑猥な冗談なのか、作戦上の有利を語っているのか、大神には判断が着かない。
構わず附子島は続けた。
「にしても、捕まった本人たちに“捕まるまでの記憶がない”…。何かヘマをして切り捨てられたか、…そういう誘導できる誰かが介入してる」
附子島の笑った目に、鋭い光が宿る。
大神も同じ可能性に気付いていたのだろう、すぐに応じる。
「マル非、非合法自警団の可能性――」
附子島は満足げに頷き、大神に続けさせる。
「――この間の悪夢王関連でも、投影者の父親が自分が誰かもわからないような記憶喪失になっていた、という事例がありましたので」
「随分、危険な力の持ち主ということになるねえ。…ま、ま、タダで協力してくれてるんだ。ありがたいと思わなくちゃねえ」
基地の奥深く、軍人たちの会話が続く。
その傍で、特異な思念の波が揺らめいた。
(流石に警戒されてるか…どこからボロが出るかわからないし、あんまり何度も目立つような力を使うわけにいかないな…)
ESPの少年あきら、あるいはサイコは、その能力で“覗き見”を行っていたのだ。
作戦指揮のために表に出てくる、多々良一家と接触を持つ大神一佐は、あきらにとって紐付けがしやすい人物だった。
加えて、最近の大神が、ESPによる干渉を疑っていたことも、見張る理由の一つ。
(にしても、このタヌキジジイの進めてる計画、央介には教えない方がいいかな…。大神一佐や上太郎博士すら知らない計画をどうして知ったって話になるし…)
あきらは、その小さな体で、大きくため息を吐く。
それは他人に検証されようのない手段で得た情報で、いくらでもごまかしようはある。
とはいえ、重大な事を知っておいて、黙り続ける罪悪感は残る。
(挙句に央介、とんでもない仕事をさせられることになったもんだ…)
=多々良 央介のお話=
義阜基地の観覧席は、安全が確認されて公開となった目的の物を見るため、大勢の人で賑わっていた。
「JETTER所属ってめんどくさいな。こんなのに駆り出されて――」
佐介のいつものぼやき。
「地域の軍事活動には、なるべく協力してもらうのが参加条件なのでな」
大神一佐の言葉からは、あまり感情を読み取れなかった。
佐介のぼやきに怒っているのかな。
構わず佐介は続ける。
「――それで、あれが…」
父さんと佐介と僕が見ているのは、基地の一角で、厳重な監視状態に置かれ、大量の冷却剤を吹きつけられて眠る“それ”。
父さんが、有名なその名前を語る。
「ゼラス。海底に棲む超巨大、異種生命体」
岩肌のような体表で、透明な結晶の背びれが並ぶ尻尾で体をぐるりと巻いて眠る。
巨大なトカゲのようで、一般的な動物と全く異なる巨獣。
僕は、常識はずれの生命体を眺めて、ぽつりと呟く。
「本当に、あんな生き物がいるんだ…」
――今回のハガネの任務。
それは、この巨獣と2ショットの映像を撮ることだ。