第八話「ハダカのハガネ!?」3/4
=多々良 央介のお話=
大神一佐は、ハガネが持つ道路灯の電柱を敵へ投げつけろ、という。
僕は疑問を投げ返す。
「とうてき…でも、この電柱を投げつけて、巨人に効果あるか、わかりません」
《だろうな。だから直接当てるのでなく、相手の近くに投げつけて、破壊力を見せつける》
「破壊力を、見せつける?」
《そうだ。次から相手はそれを避けるようになる》
…避ける? どういうことだろう?
《学習させることで相手の行動を一つコントロールできる、ということだ。習うより慣れろ、やってみたまえ》
「仕方ない。ダメで元々、やってみよーぜ? このすっぱだか現象止めないと」
確かに、早く何とかしないと、街の人たちみんな裸のままだ。
――学校のみんなも、紅利さんも、はだか。
いやいやそんなこと考えちゃダメだ。
そうだ、彼女の義足、場合によっては車椅子も消えて、大変かもしれない。
早く、このメーワクなヘンタイ猛獣をやっつけなきゃ!
骨だけのハガネは、電柱を投槍として投げつける。
狙いは、大神一佐が言う通り、野生王手前にあった、大きな看板。
《すぐに次の電柱を確保! 手持ちを投擲しても防御力が下がらないことを見せてやれ!》
電柱に貫かれた看板が派手に倒れる中、慌てて次の電柱を引っこ抜き、構える。
野生王は、一撃で破壊された看板から飛び退き、ハガネを睨みつける。
けれど、野生王は睨みつける一方で、足元は既にハガネと逆向き。
逃げを意識していることは明らかだった。
やっと理解できた。
十分な距離があった看板がハガネに破壊されたのを見せつけることで、“危険を察知させた”んだ。
《良し! 狙い通りだ。央介君、奴をこちらの指示する方向に追い立ててくれ!》
「は、はい!」
電柱や信号機の投槍を重ねて、野生王を市内へと追い込む。
相手はもう完全に逃げの一手になっていた。
大神一佐の作戦、凄いな…。
「…でも逃げられても…マズいんじゃねえか? こっち何も攻撃できないんだぞ? えーい、なんか出ろ!」
佐介が言う通りの問題もあるのだけど。
野生王は時折こちらを警戒しながら、逃げる。
もうすぐ、追い立てろと言われた方向の先だけど何も――
――いや、大通りの路面に、大きく布が敷いてあった。
「うわぁ…落とし穴かぁ…」
佐介の呆れ声。
確かに、シンプル過ぎないだろうか。
《大型兵器展開用のエレベータを解放し、運搬用シートで穴を覆った。さあ、突き落としてやれ》
効くかなあ…?
一片の不安を感じながらも、電柱を派手に振って、野生王に最後の一押し。
こちらを窺いながらだった野生王は、違和感のある地面に気付かず、その一歩を踏み抜く。
落ちた!
《央介君! 組み付け!》
深さ20mはある落とし穴に飛び込んで、シートが絡まった野生王にしがみつく。
しがみついて、えーと、どうすれば?
《…うむ、央介君。君は…四足獣相手のサブミッションを、知っているか?》
しそくじゅう?
さぶみっしょん?
《…すみません、大神一佐。そういうのは教えてないです…》
打つ手が無くなったこちらに対して、抑え込んだ野生王の抵抗が激しくなって。
結局、ハガネとシートの拘束をもがいてほどき、転がり出た野生王は、とんでもない身体能力で壁をよじ登って、穴の外へ向かった。
その時、何かがハガネから飛んで行って、野生王に当たった。
…コツンと当たっただけ。
通信から、大神一佐の咳払いが聞こえる。
《すまない、央介君。今度、四足獣相手のサブミッションを教えよう。…次の作戦を練るので、持ちこたえてくれたまえ》
大神一佐ーっ!?
そ、それはないんじゃあ!? これからどうやって凌いでいけば――
「いや、次の作戦あるぜ。とりあえず、こっから出してくれ」
――慌てていたら、佐介が何か言いだした。
そういえば、さっき飛んでったのは、何だろう?
佐介は、ハガネが武器を出せないと言っていたのに、何かを飛ばした?
《…補佐体。何か、考えが?》
「ああ、今のハガネでも出せるものが分かった。央介、床の布を拾ってくれ。アイツの目隠しに出来るはずだ」
また、真面目な佐介。
ちょっと変に感じながらも、言われた通りにする。
「佐介、出せるものって?」
「色々試してて、さっき野生王に一発当てたのがな。ありゃハガネのケツだ」
???
ハガネの、何?
《…ハガネの…ケツ?》
「ああ、戦闘中だったから、“他の場所”は使えるかわかんなかった」
落とし穴にされていたエレベータが本来の役目に戻って、ハガネを乗せてゆっくり競り上がる。
その間、佐介の説明が続く。
「だから、無くなっても問題ない、ハガネのケツの先、尾てい骨をぶっ放した」
尾てい骨。
確か、人間の尻尾の名残の骨。
「そうだ。今、人間の道具は出せなくなってる。でもハガネはここにいる。ハガネを成り立たせてる“人間自身の部品”なら問題なかったんだ。…多分な」
エレベータが地上にまで昇り詰めると、目の前の大通りには野生王が待ち構えていた。
投槍を持っていないハガネは獲物でしかない、そう考えたのだろうか。
「央介! 一番の長物を持たせる! 奴の不意を突け!」
野生王が、必殺の牙を剥いて、飛び掛かってきた。
ハガネは足元のシートを左手で持ち上げ、振り広げて相手の視界を覆う。
佐介がハガネの手元に生じさせた“それ”を右手で握りしめ、野生王にはシートの空蝉を食わせる。
食い破ろうとして一瞬手間取った野生王の頭が、シートに浮き上がる。
「僕は、野生の夢を叩く!」
大上段に構えたのは、ハガネの大腿骨。
両腕の力を込め、野生王の頭頂めがけて振り下ろすと、重く鈍い音がして――
「――あっ、央介の服、戻った!!」
「えっ!?」
シートに包まれながら、よろめく野生王。
巨人に脳震盪があるのかはわからないけれど、十分なダメージで、その能力を止めることはできたようだった。
ハガネが、うっすらとした、いつもの鎧を纏うのが僕からも見える。
《今だ! 央介!》
「ああ、いつもの、出せるぜ!」
「アイアン・スピナー。放ちます!」
生み出された鋼鉄の螺旋が鋭い唸りを上げ、そのままハガネは巨大な野生を打ち貫いた。
野生王は、あっけなく光の粒になって消えていく。
それを見ながら、佐介が呟く。
「…アレだな。文明を持った人間が一番凶暴とかそういうのだ」
「文明で出来上がったロボットの佐介が言う?」
「オレは央介の道具だから、オレ自体は狂暴じゃないもーん」
――まあ、それもそうか。
巨人だって、正しい使い方なら、こんなことにはならなかったのだから。
(そこでサイコからお知らせでース)
ん!?
(いやー、全裸は大笑いだったネ。でも、おかげで見つかったものがあル)
見つかったって、何が!?
(ギガントの工作員サ。連中も素っ裸になってたから、見つけられたんダ。今はお巡りさんに捕まってるヨ)
「そっ…!」
それ本当!? って叫びそうになって、通信で聞かれることを思い出して、慌てて黙る。
(嘘ついても仕方ないだロ?)
「ふうん…お前だったら前から見つけられたんじゃないかな」
佐介が小声でつつく。
確かに、サイコの凄い能力なら、探せたんじゃないだろうか。
(…ワタシは、そノ、読む相手の場所が分かんないト…、そんな万能じゃないんだヨ)
「へぇ?」
サイコの能力にも、穴があるんだ。
佐介も、その穴を突けないかと、悪だくみをしている感じ。
でもまあ、巨人もやっつけて、ギガントも捕まえて、きっと良い方に向かってるんだ。何もかも。
《お疲れ、央介。よくやったな》
あ、父さんも、白衣が戻ってる。
《丁度、クラスメイトの…あの車椅子の子から電話だ。何か揉め事が起こってるようだぞ》
紅利さんから?
――ごめんなさい、さっき少し変なことを考えそうになりました。
そのことを反省して、深呼吸してから、受話。
《央介くん、無事でよかった! ハガネ、ホネホネでもカッコよかったよ!》
「う、うん。ありがとう…」
褒められるのは、やっぱり、照れ臭い。
それに、奈良くんに何か起こってなければいいんだけども。
《えっと、それでなんだけど。さっきの…はだかんぼの時にね、央介くんの偽物さん達は服着たままだったの》
…うん?
ああ…、リモコンロボットだから、その服は服扱いじゃなかった? よくわかんないな。
《その…戻ってきたときに、うまく話が繋がるように、考えておいた方がいいかも! …それと…、ううん、なんでもない。じゃあね!》
「あ、ありがとう!」
何か、一瞬言いかけて止めて手を振る彼女の映像を最後に、通話は切れた。
「…どうするよ、央介?」
「どうするって…どうする?」
通信の父さんに目線を送るも、向こうも向こうで頭を抱えてしまっている。
まさか、裸になる影響がそんなあっちこっちで出るなんて…。
…どうしよう?
ふと、見えたハガネの手には、逆転の一撃を放った大腿骨がまだ握られていた。
野生王を撃退した、原始的極まる武器。
「名づけるならアイアンボーンか? 二度と使い道ないな。…このサイズの犬でもいれば、食いつくかな? 今朝の夢じゃないけどさ」
佐介がからかう。
今はそんな事より、戻った時のことを考えてほしいのに。
どんな言い訳なら、ごまかせるだろう?
大きなため息を一つ。
「…これなら犬になる巨人のほうがまだマシだったよぉ!」
嘆きと一緒に、ハガネの大腿骨を空に向かって放り投げた。
=どこかだれかのお話=
――暗闇の中で、彼は目を覚ました。
ベッドのぬくもりは、ない。
そもそも機械の自分がベッドで眠る必要はないのだけど、と彼は考える。
それでも、自分が守るべき者の傍には居たい。
それが、彼の――佐介の願いだった。
しかし妙だった。
寝室ではなく、いつもの整備を受ける部屋でもない。
もう一つ気が付いた。
体が動かない。
磔のような状態で、何かに拘束されている。
巨人の力を発生させ、その拘束を解こうとする。
だが、びくともしない。
「なんだよ。これ?」
想定外の事に、佐介は驚きの声をあげる。
「…父さん!? 何の冗談なんだ! …央介!!」
声をあげるが、誰からも返事はない。
央介の反応は、ある。
――そうでなければ、自分は動いても居ないのだから。
でも、これは、どこか、酷く、遠くで、別の事を考えている…?
佐介は、央介の感覚を必死で受信し続ける。
その央介の視界に、“自分”が居るのを佐介は見た。
「え…? ええ…?? な、なんなんだ…?」
心細い子供のような声を、辛うじて漏らす。
「…うむ。起動に成功。反応は…想定より随分ショックを受けているようだな。やはり実験が重要だ…」
闇の中から、どこか金属質な、老いた男の声が聞こえた。
周囲に明かりが灯る。
そこは無機質で、厳重な管理を施された、何かの施設だった。
佐介から、何かのコンソールの前に立つ、白衣に白髪の男が見えた。
その背後には、無機質な施設の中では違和感を放つ、巨大な魔神像。
「…何だよ、てめぇ…!」
佐介は怒りを露わに、問いをぶつける。
体は、動かせない。
「儂が、何かと?」
白衣白髪の老人は佐介に向き直る。
「儂は、Dr.エルダース。我が組織の創設者。そしてその指揮などもやっている――」
老人は、機械混じりの歪な杖をつき、白衣の裾を翻して、笑顔を浮かべ、名乗る。
「――ギガントの、Dr.エルダースだ。答えとして十分だったかな、補佐体の、コピー体よ?」