第二話「要塞都市の巨人と巨人」1/3
=珠川 紅利のお話=
私はみんなの歓声で賑わう教室に車椅子を進めて、いつも通りに挨拶。
そう、なるべく、いつも通りに。
「おはよう」
「おはよー。紅利ちゃんー」
巻き角の女の子、葉子ちゃんがのんびり元気に挨拶を返してくれた。
「昨日の、大丈夫だったー?」
続いたのは主語のあやふやな問いかけ。
それでも意味はわかる。
昨日の事は、みんなの下校時刻で、それも私の家の方向での事件だったのだから。
「う、うん。警察とか軍とかすごかったね。でも大丈夫だったよ」
……流石に、事件の中心に巻き込まれていた、とは言えない。
昨晩、お家にやってきた軍の人に、昨日の事件の秘密を喋ると法律違反になるということをパパ、ママと一緒に教わって、難しい書類にもサインすることになった。
だから、注意、注意。
「そっかー、紅利ちゃんの家の方だったから、心配したのー」
「それよりもさ!」
横から声をかけてきたのは、小さなラジコン飛行船の少女、美宇ちゃん。
噂好きの彼女は、その体を生かしていろんなところで情報収集してくる。
じゃあ、今日のゴシップは。
「転校生だよ! 二人だよ! 双子だよ!」
美宇ちゃんはプロペラをばたつかせ、最新情報を楽し気に伝えてきた。
彼女はそのまま、滑り込むように葉子ちゃんの机に着地する。
「美宇ちゃん、見てきたのー?」
葉子ちゃんは机の上の美宇ちゃんのバルーン部分を指でぷにぷに。
お触りされた美宇ちゃんは機械の腕やプロペラでじゃれつき返す。
「あひゃひゃひゃ……くすぐったいって。今、ちょろっと職員室の窓の外からね」
飛行船のフェイス・モニターにはドヤ顔の顔文字。
いつでも元気で表情豊かな彼女。
車椅子の私としては空を飛べる体を持っているというのも、ちょっとうらやましい。
「――で、転校生って、ケンカは強そうだったか?」
長い尻尾のある女の子、狭山さんが話に加わってきた。
ちょっと乱暴な、でもみんなから頼りされているわんぱくな女の子。
――昨日は、彼女のお母さんの狭山隊長さんにお世話になっちゃった。
大丈夫って言ったのに、家まで送ってもらって。
でも、その事を彼女には言えない。――難しい。
「ふっふっふー、画像はこちらになります」
美宇ちゃんのモニターは顔文字から一転して、彼女が見てきた画像に切り替わった。
そこに映っていたのは、職員室で先生たちと話す二人の男の子。
間違いなく、昨日とても衝撃的な出会いをした、ヒーローの男の子たち。
「……なんだよ。チビじゃねえか」
遠景の映像だったけれど、それでも十分見取れる情報でがっかりしたらしい狭山さんは、尻尾で後ろの机をぺしぺしと叩く。
自分の机を叩かれた男子は、何も言えずに微妙な表情をしていた。
「これじゃあ双子掛かりでもアタシにゃ勝てないな!」
それを聞いて、私は少し考え込んだ。
双子に見えるけれども違う、央介くんと佐介くん。
鉄砲も効かない体に、不思議な巨人の力で私を助け出して、巨大なロボットをあっという間に倒してしまう。
時々ニュースに出てくる、すごい力で、悪い人を倒して、災害からみんなを助ける人たち。
ヒーローの力、そういうものなんだと思う。
でも、狭山さん、そしてそのお母さんの狭山隊長さんも、軍隊が作ったそういうすごい力を持っている……らしい。
うん、あんまり、ケンカはしてほしくないかな。
そこまで考えた所でチャイムが鳴って、みんながそれぞれの席について。
まもなく担任の三沢先生が教室に入ってきた。
「はい、みなさんおはようございます」
「おはようございまーす」
先生は話をつづけた。
笑顔で、大イベントの通知。
「さあ、今日はこのクラスに新しい仲間がやってきました! それも二人ですよ?」
クラス全体が大きく声を上げる。
進級から間もない時期の転校生、それも二人同時というのが珍しかったからだろう。
「さあ二人とも入ってきて」
「はい」
「はーい」
似たような返事が二つして、二人が教室に入ってくる。
それはもちろん、アンテナ髪の央介くんと、右目隠れの佐介くん。
二人はこっちに気付いたみたいで、小さく目くばせ。
「それじゃ二人とも名前をお願い」
二人が電子黒板に書き込んだ名前は、彼らの身長の加減で少々低い位置だった。
けれど、先生の少しの操作で移動・拡大されて、クラス全体で確認できるものになる。
多々良 央介
多々良 佐介
双子だー、そっくりー、焼けてる、海外からかな、サスケだって、忍者みたい。
クラスは各々の反応で賑わう。
「二人は南の沖ノ鳥諸島、新東京市から、ご家族の仕事でお引越ししてきました。向こうは海の真ん中で、こっちは海無し県。色々慣れない事もあると思うので、みんな仲良くしてあげてくださいね」
「よろしくおねがいします」
「ヨロシク」
そろってお辞儀する二人。
央介くんは丁寧に、佐介くんは少し軽く。
――えっと、沖ノ鳥諸島、新東京市。
東京とは言うけれどずっと南の海、科学の力で成長させたサンゴ礁の島々にある都市、だったと思う。
都市のシンボルの海水が循環する噴水公園と、噴水で育てられた大きな陸上サンゴの樹をいろいろなメディアで見たことがある。
ひょっとしたら二人の不思議な力は、そこの技術で作られたもの?
「それじゃあ二人並んで空いてるのは……珠川さんの隣ね。一番後ろだけど黒板見えるかな?」
えっ、私の隣。
「視力は、平気です」
「身長ないけどな」
二人で自分たちの身長を茶化しながら、指定された席――私の隣にまでやってきた。
央介くんは席に座りながら、もう一度私にハンドサイン。
私も、周りに気付かれない程度に小さく返す。
二人が座ったところで、クラスみんなの質問総攻撃が始まった。
好きなものは? スポーツは得意? 好きな女の子は? お父さんの仕事って?
色々な質問が出たけれど、彼らはやんわりはぐらかしていた。
――そうだよね、巨人を操ってヒーローしてます、なんて言えないもんね。
「はいはい、そこまでそこまで。それで、皆さんに連絡があります」
先生はそこで話を区切り、手元のタブレットを操作する。
「最近、町の中で不審者が目撃されている、と前にも言いましたが…」
先生の操作を受けて、電子黒板に不審者の背格好の映像が表示された。
これは間違いなく、私をさらった二人組のそれだ。
でもあの人たちは昨日、央介くん達に酷い目にあわされて、それでもまだ何かしているのだろうか?
画面には他にも何か出ている。
赤い結晶。
昨日佐介くんが見せてくれた、央介くんの言う毒のガラス。
「この人たちは町の中で、この赤い、ガラスみたいなものを捨ててまわっています。それでこの赤いガラスには、体に有害な物質が含まれている、とのことなので……」
先生はそこで一度言葉を切って強調した。
「もし! 不審者やガラスの欠片を見つけたら、近づかず、触らずに! 警察や先生達に知らせてください。低学年の子たちが持っていたらすぐに捨てさせてくださいね」
それに対するクラスメイトらの反応は様々。
やだー、こわーい、アタシが捕まえてやるさ! 狭山なら相手のが心配だよ!等々……。
ふと、央介くん達の様子を見る。
彼らも似たようなことを考えたようで、こちらを見ていた。
わかってるわかってる、秘密にするから。
――あれ? でも、どうして央介くん達は、あれが毒のガラスだって先に知っていたんだろう?
少しの疑問を残して、いつも通りの学校の一日が始まった。
クラスのみんなは、いつも通りじゃない転校生の二人に声をかけていったけれど、なんとなく、距離を置かれているのを感じて、空気を読むことにしたみたい。
そういうのが嫌いなガキ大将――ただしあくまでも女の子のである、の狭山さんだけは少しムッとしていた。
そして昨日の騒動なんて無かったみたいに、日常が過ぎていってホームルームが終わる。
途端、駆け出す男の子がいた。
フルフェイスのガスマスク――正確には違うらしいけど、それを身に着けた、背低い順で一番前の夏木くん。
いつもはのんびり図書室に行ってると思ったのに。
あんなに急いだら、彼を時々倒れさせる喘息が始まっちゃうんじゃないかな。
そんな私の心配を他所に、夏木くんは走って行ってしまった。
あそこまで急ぐとなると何か、家にあるのかもしれない。
新発売のマンガとか、ゲームとか、あとは宝物とか。
もしくはすぐに隠さなきゃいけない、わるい事の証拠――拾っちゃった毒のガラスだとか?
私も人の事を気にしていないで早めに帰らなきゃ。
昨日の今日で、パパもママも心配するもの。
車椅子は、今日は何の問題もなく走行した。
いつもより早めの帰宅時間のせいか、人通りはほとんどない。
そんな中で――。
「あっ」
――あっ?
声に気付いて見回すと、央介くんと佐介くんがこっちに駆けてくるところだった。
最初に呼び掛けてきたのは央介くん。
「こんにちは、珠川さん。今日は大丈夫かな?」
「ええ、おかげさま。これで今日も安心できそう」
私が冗談を言うと、二人とも苦笑していた。
頼りになるボディーガードの少年二人へ、私から呼びかける。
「紅利でいいよ。私も央介くん、佐介くんで呼んでるから……。あ、でも学校だと、いきなり名前呼びだと変に思われるかな?」
「えっと、それじゃあこういう時には、紅利さん、で」
「学校では珠川さん、だな」
央介くんと佐介くんで相談する感じは、阿吽の呼吸といった感じで面白い。
それに彼らの話は年相応の男の子の感じ。
クラスのみんなと距離を取っていた時とは少し雰囲気が違う。
その事を思って、私は考え無しに質問してしまった。
「学校でもそうしていればいいのに。あー、やっぱり秘密の事があるから?」
「ええと……。うん、それもあるけど。ごめん……」
あ……。
あんまり良くない質問だったかもしれない。
私が戸惑った丁度のタイミングで、佐介くんが割り込んできた。
「おいおい何で謝るんだよ、央介? その辺は大人との決め事で言えないこともある、だろ?」
「……うん。そうだね」
――何か、央介くんが言いよどんだ所に、佐介くんが庇うように口をはさんだような気もした。
うん、触られたくない事もあるみたいだから、少し話題を変えよう。
「ああ……、そうそう。秘密なのかもしれないけど、佐介くんが人間じゃないって、どういうこと?」
「……それは」
央介くんが考えこみ、その隣で佐介くんが問題ないというように身振りしながら話す。
「まあいいだろ。どーせそこはバレてる話なんだし」
それを受けて央介くんも頷いて、でも今度は喋ることについて考え始めたみたい。
「そう、だね。ええと……、どこから話そうかな……」
先に動き出した佐介くんは少し格好つけたようなポーズをとって、話を始めた。
「まず、かんたんに言えばオレがロボット、だな」
ロボット――、ロボット。
まあ、人間そっくりのロボットさんならよく見る。
知っている範囲で言えば介護施設で働いていたり、病院の看護師さんの補助をしていたり。
でも、そういう人たちはみんな礼儀正しい感じで、佐介くんは、なんというか、ヤンチャな感じがする。
私がロボットに関する記憶を引っ張りだしている中で佐介くんは央介くんの隣で、央介くんとぴったり同じ動きをしだす。
それはまるで双子の曲芸みたいだけれど、佐介くんがロボットということになると?
「オレは央介とPSI波の共振を…えっと…心とかそういうのを受信して、虚構領域障壁を…バリアをはったり、エネルギーを増幅したりコントロールして、形態変化なんかもやってる」
……わからなくなってきた。
その表情を察して、央介くんが助け船を出してくれた。
「僕の出してる巨人……ハガネっていうんだけど、あれを人間の大きさにした、みたいなのが佐介なんだ。武器にも、盾にもなってくれる」
人間の大きさの巨人、何か不思議な言葉。
でも、確かに佐介くんは悪人たちの鉄砲から央介くんを守っていた。
盾になるというのはわかった。けど――。
「――武器にも、なる?」
「うん。えーと、珠川さんを助けた時、鎖で相手のトレーラーを縛ったよね。あの鎖をやってるのが佐介なんだよ」
そういえば、あの時、鎖に目があるように見えた。
あれが見間違いではなく、佐介くんがやっていたことだとすると。
「鎖に変身して、私を見つけてくれたの?」
「まあ、そんなとこ。あのギガントどもが珠川さんを抱きかかえていても、針みたいのを生やして直接黙らせるつもりだった」
佐介くんは、自慢げに語った。
どうやら、二人は私には考えもつかないようなことができるらしい。
――それと、ギガント。
昨日の騒動の時にも、その名前が出ていたような気がする。
「あの……あの悪い人たちにも言ってたけど、ギガントってなんなの?」
「悪い奴ら」
「悪い奴ら!」
二人同時に、そしてものすごい勢いで言われて少しびっくり。
央介くん達は、明らかにギガントというものに対して怒っている感じだった。
「……巨人は、父さんたちが作ったんだ。僕たちも、その手伝いをして……」
央介くんは急に言葉を切った。
――何か、辛そうな顔をしていた。
少し間があって、代わりに佐介くんが話をつづける。
「ギガントの連中は、巨人の作り方を盗んで、襲ってきたのさ。それで……何度も、戦った」
確かに昨日の戦い、央介くん達はすごく簡単に相手をやっつけてしまった。
そっか、今までも戦ってたから対応にも慣れていたんだ。
そこでまた、央介くんが話に加わる。
「……でも、僕らの育った新東京島は、科学研究の島だったから、悪い奴らが暴れても、それを止める設備とかあんまりなくて」
「周りが全部海だから、悪い奴らの出入りも止めきれないしな。あのトレーラーロボ、前は5台も10台もまとまって出てきてたんだぜ?」
ああ、なんとなく央介くん達が引っ越してきた理由が分かった。
そこで、二人は揃って言う。
「この要塞都市でなら、ハガネは戦える」
――二人で一人の巨人。
悪い人たちと戦うヒーロー。
それが央介くんと佐介くんなんだ。
私が納得したその時、緊急警報が町中に鳴り響いた。